第58話

気付くと、静は家の庭先に立っていた。

服装が目に付く。

フロストランドで着ていたものだ。

だが、鎧と剣はない。

「……ッ!」

静は愕然とした。

元の世界に戻ってきている。

ワナワナと身体が震えた。

(こんな中途半端で…!?)

怒りと悲しみがない交ぜになったような感情がこみ上げてくる。


「静!」

巴が家の奥から走ってきた。

やはりフロストランドで着ていた服装である。

静は慣れてしまったので違和感はないが、こちらの感覚ではコスプレにしか見えないはずだ。

「戻ってきてしまった!」

巴も静と同じように憤っているようだった。

「お姉ちゃん…」

静はそこで我慢ができなくなった。

涙が溢れてくる。

「なんで、なんで!こんな!」

「うん、うん」

静と巴は抱き合って泣いた。



その後のことは思い出したくはない。

娘たちが騒いでいるのに気付いた両親がやってきて、何をしてるのかと怒られた。

服装の事も言われてしまう。


そこで気付いたのは、静たちがフロストランドへ移行してから、さほど時間が経っていないということ。

行って、戻って、その間は掛かったとしても1時間程度だろう。

実際には半年以上滞在していたのだが、その辺はご都合主義なのだろう。

ファンタジーやSFではよくあることだ。


しばらくは学校へ行き、帰ってきて家でぼーっとする生活が続いた。

何もする気が起きない。


巴も同じようだったが、ある時、スマホのSNSにメッセージが入ってるのに気付いた。

「静!」

巴は静の部屋に入った。

「クレアだ!」

「え!?」

メッセージを確認すると、英語であった。

「翻訳アプリッ」

静はスマホを操作し、アプリをインストールした。

英語から日本語へ変換する。


『ハーイ、クレアさんだよ。

 サムライガールども、どうしてる?』

友人とのやり取りは、こんなメッセージから始まった。


クレア「フローラ、マグダレナ、ジャンヌ、アレクサンドラ、パトラとは、もう連絡を取り合ってる」

シズカ「え、ヤンは?」

クレア「中国はSNSが使えないんだ」


中国はメジャーなSNSをシャットアウトしている。

一種の鎖国である。

その目的は、海外との情報のやり取りを遮断することだろう。

中国という国は内向きで、自国の管理だけに執着するところがある。


フローラ「中国独自のソフトなら可能です」

ジャンヌ「ウェーイポーだっけか」

アレクサンドラ「情報をみな吸い取られるぞ」


アレクサンドラが茶化した。


パトラ「連絡を取るためだ四の五の言ってられるか」

クレア「ウェーイポー入れたお」


クレアがすぐに対応した。


「クレア@ヤンさん探し中」というアカウントを作ってみたところ、すぐにヤンからメッセージが入った。


「みんなとまた話せて嬉しいよ!」

クレアを通してではあるが、ヤンと会話ができるようになった。

ヤンは喜んでいた。


ヤン「私たちどうなっちゃったの?」

マグダレナ「恐らく、退去させられたんでしょう」

トモエ「あのタイミングはないよな」

シズカ「まだこれからだってのに」

ジャンヌ「はあ…」


静と巴もスマホの画面を見ながら、ジャンヌと同じようにため息。

他の全員も同じであった。



クレアが率先して皆の連絡の架け橋となった。

目的はフロストランドへ戻る方法。

マグダレナが文献を漁ったり、クレアが超能力者などに訪ねたり、色んな方法で調べてみたが、フロストランドへ戻る方法は分らなかった。

そのまま時間だけが過ぎて行き、1年が過ぎた。


「静、英語、話せるんだ…」

クラスメイトの藍子が驚いていた。

静はやはり脳筋で知られているようである。

二人は昼休みの時間、下らないことをしゃべって過ごしていた。

「んー、よくフリーダムネットでしゃべってるからね」

静は自慢するでもなく、言う。

「各国にお友達いるし」

もちろん、フロストランドの大臣さんたちの事である。

「はあ? なにそれ、いつのまに国際派になったん?」

「それは秘密」

フフフと笑って静がドヤ顔をした時、


ベコッ


スマホにメール着信。


「……相変わらず変な着信音だね」

藍子がジト目で静のスマホを見る。

「ん?」

静はメールを開いて、しばし動きを止めた。


メールはクレアからだった。

『ニュースを見ろ』

とだけの内容である。

「なんだろ?」


♪あい~あれば~、そこに~さめざめと~


今度は着信だ。


「……音楽の趣味がおかしい」

藍子はコメカミを押さえている。


『静!』

電話に出ると巴だった。

「なに、お姉ちゃん?」

『大変だぞ、ゲートが!』

巴は興奮気味で言ってることがよく分らない。

「ゲート?」

『そうだ、スマホでもニュース見れるだろ?』

「藍子、ニュース見れる?」

「あいあい」

藍子は自分のスマホを弄った。


『…突如として現れたこの門のようなものから、謎の一団が出現してきました!』

レポーターが興奮そのものといった様子でしゃべっている。

どの番組でも同じ内容を映している。


『今日未明、中華人民共和国雲南省麗江市に門のようなものが現れ』

『…そこから、いわゆるロールプレイイングゲームに出てくるような格好の一団が』

『中国政府との接触が行われ……』


『中国政府の発表がありました』

『一団の長と思われる女性は「フロストランドから来た」と言っており、超兵器を有しているようです』

『あれはロボットでしょうか、エ○リアン2の作業機械にも似ています!』

『信じられません、杖のようなものからレーザー光線が!』

『山に大きな穴が空きました!!』

『中国政府はアメリカやその他の国と連携して対応に当たる方針を明らかに…』


「なんだってーッ!」

静は叫んだ。

「うわ!? なんだよ、いきなり」

「てか、スネグーラチカじゃんか!」

『そうだ!』

巴は感慨深い感じである。

「もしかして、あっちから来ちゃったの?」

『みたいだな』


「あのー、なんだかさっぱりわかんないけど、知り合いなの?」

藍子が胡散臭そうに静を見ている。

が、静はそれどころではなかった。


「藍子、私は急用を思い出したから、帰る!」

静は取るものも取りあえず教室を出る。

「あ、こら、サボリー!」

「先生には上手くいっといて!」

「なんだそれ!」

フロストランド友好使節団は、友好という名称がついているものの、実質降伏勧告の使者だった。

パワードスーツ、一瞬にして山に風穴を空ける兵器を始めとして、まるで魔法のような力を有していた。

現代の近代兵器を軒並み無力化した。


首領はちんちくりんの幼女で、金髪碧眼。

青と白の服を着ている。

それから二人の女性、一人はドイツ語を話す白人、もう一人は浅黒い肌。

ファンタジーの世界でよく見られるドワーフのような者たち、山羊の足をした者たち、などなど。


服装など、見た目こそファンタジーであるが、人類が持ち得ないほど進んだ科学技術である。

さらに魔法も使うようであった。


各国は、にわかには信じなかったが、数々の兵器、技術を見るにつれ、

「友好を選択するしかないのだ」

と理解した。

断れば、武力で侵攻してくるという事である。

まず手始めは中国である。

裏では既にこっぴどくやられたようで、それ以上戦えば滅ぼされかねない。

この状況では、中国は諸国と友好を選ぶしかなく、その他の国々も一時的に協力体制を敷くことになった。


各国との交渉を終え、フロストランド友好使節団はメッセージを流した。


『我が北方諸国連合はこの世界の人々に戦いを挑みたい訳ではありません。

 友好を謳っているのは本心からです。

 ですが、世の中というものは力を持たないものには厳しい仕打ちをしがちです。

 我々は友好を選択いたしました。

 これは大変喜ばしいことです』

メッセージを発信しているのは、


「ヘンリックだ!」


静はテレビの画面にかじりつくようにして見入った。

忘れようもない、その顔。

しかし、静と巴の記憶に残っている姿より成長しているようである。

「ヴァルトルーデとヤスミンもそうだったな…」

「なんか、皆、成長してるん?」

巴と静は、お互いに顔を見合わせる。



ヘンリックは流暢な英語で話していた。


「ヘンリック、英語がこんなに上手く…」


フローラは目に涙を浮かべている。

あの授業がこんな所で役に立つとは夢にも思わなかった。


『世界史もバッチリですからね』

マグダレナが画面の中で言った。

『なんで、こんなに成長してるんだ?』

ジャンヌが聞いた。

『多分、あちらの時間が進むの早いんだろう。あまりにも進んだ科学技術もそれで説明がつく』

クレアが答える。

なにげにSFが好きなようだ。

『スカジとニョルズは変わりないねぇ』

アレクサンドラが懐かしそうに言う。

『パックもね』

パトラが補足する。



『遅くなった』

『コニチワ』

巴と静がログインした。


クレア『お、来たね』

静『偉いことになったね』

アレクサンドラ『退屈してたから嬉しいよ!』

パトラ『これからどうなるんだろう…』


『ニーハオ』

ヤンがログインした。


ジャンヌ『なんで、ヤンが直接ログインできてんだ?』

クレア『闇で接続してるのか?』

ヤン『いや、正規の接続だよ。政府公認』

マグダレナ『……どういうことですの?』

ヤン『スネグーラチカが中国政府に私の事を言ったんだ。で、政府が私を抜擢したってわけ』

パトラ『それって、つまり…』


「ヤンさんがフロストランドとの交渉役になったということですか?」

フローラは言った。


ヤン『そう、だから特例で正規の接続が使えるんだよーん。他にも色々と特権がもらえました』

静『ヤンさん、出世したなぁ』

アレクサンドラ『ヤン・シャオヤンじゃなくて、ヤン・ダーヤンじゃん?』

ヤン『煩いぞ、ロシア人』

アレクサンドラ『なんだよ、中国人』

クレア『いつものw』


ヤン『てか、静たちもすぐに自分らの政府に呼ばれるぞい』

巴『え?』

ジャンヌ『なんだと!?』

ヤン『スネグーラチカが言及したの、私だけだと思うかい?』

パトラ『……はあ?』

マグダレナ『……まさか』


その途端、


ブーッ


フローラの家の玄関のブザーが鳴った。



静たちは各国政府により招集された。

スネグーラチカたち使節団との橋渡しである。


皆とは上海で合流。

ヤンが上海出身なためである。

そこから雲南省麗江へ飛ぶ。


有名な世界遺産、玉龍雪山。

そこでスネグーラチカたちが待っている。


静はロープウェイから降りる。

他の皆も後から降りてきた。


「やあ、元気だったか?」

金髪の女が歩み寄ってきた。

ヴァルトルーデだ。

「そっちは老けたみたいだね」

アレクサンドラが軽口を叩く。

「まあね、こっちに来るのに苦労したんだよ」

「また会えて嬉しい、くらいは言えよ」

「やなこった、また一緒に発明するんならいいけどね」

ヴァルトルーデは言った。

照れ隠しである。


「ヤスミン、大きくなったな」

パトラが声をかけた。

ヤスミンは背が伸びてパトラと同じくらいの身長になっている。

「うん、パトラも元気だった?」

「ああ、こっちは大して時間が経ってないから」

「カーリーはまだいるのか?」

ジャンヌが聞いた。

「うん、例え闇の部分だったとしても、意味があって出現したんだって。だからムリに消す必要はないんだってさ」

「それは良かったですわね」

マグダレナがうなずく。

「カーリーも私たちの仲間ですからね」

フローラが付け加える。


「よ、ヤンネ」

「トモエ、会いたかったよ」

巴とヤンネは頷き合った。

ヤンネも背が伸びて、ガッシリした体格になっている。

「トモエ殿、久しいですな」

ヤンネの脇で、ウンタモがお辞儀をした。

こちらのスーツに似たようなデザインの服装をしていた。

ヒゲを剃って、髪をしっかりセットしている。

「ウンタモ殿、お久しぶりです」

巴がお辞儀を返す。

「なに緊張してんの、父上」

「う、うむ」

ヤンネとウンタモは何やらゴチャゴチャ言ってから、

「トモエ」

「なんだ?」

「オレはトモエが母上になってくれないかと思ってる」

「はーッ!?」

巴は思わず叫んだ。

確かに、巴がヤンネをかわいがっていたのは事実だ。

しかし、そんな風に思われていたとは想像だにしなかった。

「トモエ殿、ぜひ私と結婚を前提にお付き合い願いたい」

ウンタモは意を決して言った。

「いや、その、そんな急に言われても」

巴はシドロモドロになって、

「急に用事を思い出した!」

さっと逃げてしまった。


「やあ」

「お久しぶりです、大臣方」

スカジとニョルズが挨拶した。

「うん、久しぶりだね」

静がうなずく。

「二人は変わらないねぇ」

ヤンが言った。

「まあね」

スカジはうなずいている。

「実は、私たちは結婚しました」

ニョルズが言った。

「え、おめでとう」

「ついに結婚かー」

静とヤンは色めき立つ。

「ニョルズさんの愛がついに実を結んだのかー」

「めでたいねぇ」

「よせよ、恥ずかしい」

スカジは身をよじった。

「やあみんな」

そこへパックがやってくる。

「かかあ天下なんだ…」

パックは挨拶もそこそこしゃべろうとし、

「うるさいよ」

「むぐっ」

スカジがパックのアゴをつかんだ。


「よ、お二人さん」

クレアはヘルッコとイルッポに声をかけた。

二人は昼間っから飲んでるようである。

「あ、クレア大臣」

「これはご無沙汰しとります」

ヘルッコとイルッポはクレアに気付くとお辞儀した。

「色々と面白いことになってるみたいじゃないの、そっちは」

「へえ、色々とありましたんで」

「まあ、みな頑張ってましたからねぇ」

ヘルッコとイルッポは、何やら遠い目をしていた。

「ま、追々聞こうじゃないの」

「へえ」

「りょーかいですだ」


「よお」

エーリクはちょっと緊張しているようだった。

「やあ、ビジネスマン」

ジャンヌが言った。

ヘルッコとイルッポから大体の話を聞いている。

「ニール商会を引き継いだんだってな」

「いや、ニールの息子の補佐役さ」

エーリクは照れているようだった。

「あー、ジャンヌさんじゃん!」

カットイヤーが話に混ざってくる。

「久しぶりだな」

ジャンヌは笑顔を見せた。

「全然老けないな、お前」

「ボクらは長寿だからね」

「……オレには笑顔じゃねーのな」

エーリクは恨めしそうにこぼした。


「久しぶり、アイザック」

静が話しかけると、

「久しぶりだな」

アイザックは無表情である。

「イザイアはもう出てこないの?」

「それには私が一度死ぬ必要があるが、そんな機会はなくなった」

アイザックは説明している。

「フロストランドを中心とした北方諸国連合は長らく戦など起きていない」

「堅苦しいなあ、アイザック」

笑いながら、クレアがやってくる。

「てかイザイアは諦めたんだろ」

「ふーん、結構面白いヤツだったのに」

静は詰まらなさそうに言った。



そして、全員が向き直る。

スネグーラチカがやってきたのだ。


「久しいのう」

声がした。

青と白の服装、白い杖を持っている。


スネグーラチカだ。

少しも変わりがない。


「皆、来てくれて嬉しいぞ」

スネグーラチカは笑顔を見せた。


「そりゃ、お召しがあったからね」

静は肩をすくめる。


「うむ、こちらの世界でも私たちを助けて欲しいのじゃ」

スネグーラチカは厳かに言い渡した。


「もちろんです、主よ」

静は芝居がかった口調で答える。

「私のお株を奪うなよ」

巴が苦笑した。




フロストランド 完

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フロストランド @OGANAO

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