第56話
56
「……」
一部始終を見ていたスネグーラチカは固まっていた。
静たちも固まっている。
「お爺さま…」
スネグーラチカは、しばし目を閉じ、意を決したように言った。
「私たちはイザイアに専念するのじゃ!」
マロースが身を挺して強敵を排除した今、イザイアを逃す訳にはいかない。
向こうでは、ブラボー隊……巴、ジャンヌ、パック魔法小隊が裏口から廃屋に突入する。
ヤスミンを救出するつもりだ。
「ふん、人質になど頼るつもりはない」
イザイアは戸口を離れ、アルファ隊の前まで歩み出てくる。
腰の剣を抜いた。
「さて、最後は私自身が諸君らの障壁となろう」
イザイアは剣を顔の前に構える。
儀礼的ポーズだ。
「撃て!」
静が叫ぶと、
バァン!
狙撃手がライフルを撃った。
一斉射撃。
狙撃隊は一列に並んでいた。
バァン!
バァン!
バァン!
バァン!
発射音が鳴り響く。
イザイアは5発全部をまともに喰らった。
が、
「……外した」
狙撃手のスプリガン族はつぶやいた。
心臓には当たっていない。
イザイアが開けた平地を選んだのは、遮蔽物に隠れての狙撃をさせないためである。
撃つ瞬間が分れば、イザイアには「心臓という点」を撃たせないようにするのは可能だった。
「なぜだ!?」
「コイツ、なんなんだ!?」
狙撃手たちは動揺している。
彼らの使用するライフルには弾倉がない。
ジャミングを嫌って単発式にしたのが裏目に出たのだ。
イザイアはすぐに動いた。
静、ヤン、スネグーラチカへ向かって突撃してくる。
ライフルを再装填している暇はない。
静たちに接近してきたため、例え装填できても味方に当たるリスクを考えれば撃てないだろう。
「狙撃隊は下がって!」
静が叫んだ。
両手剣を構えている。
白兵戦を挑む気だ。
静は革に金属板を取り付けた全身鎧を着込んでいる。
ラメラーアーマーに近い。
腰にはショートソードを帯びている。
脇差しに見立てているのだった。
両手で操る武器を持っていて盾が持てないので、防御力重視の鎧を選んでいた。
刀剣程度なら刃を通さない。
ヤンは革鎧に槍。
腰には片手剣。
それにありったけの暗器を携行している。
静が前に出てイザイアと対峙し、ヤンが回り込みつつ隙を見て槍を繰り出す戦術だ。
スネグーラチカも専用の白銀色の鎧を着込んでいる。
フロストランドの象徴たるハンマーと盾を装備しているが、戦闘自体はあまり得意ではない。
イザイアが接近しても防御できるように武装しているだけである。
そうなっても静とヤンが挟み撃ちにする。
イザイアは静と向かい合った。
「両手剣か、珍しい武技だな」
イザイアが言うと、
「いざ、尋常に勝負!」
静は剣身を平青眼に置く。
「ふむ、間積もりが細かいな…」
イザイアは少し警戒したようだった。
これだけで突進力が削がれる。
「ハアッ!」
静は一歩踏み込んで突きを見舞った。
躱す、受ける、逸らす、いずれの行動を取っても、返す剣で叩き斬る。
ホーミング的な二撃目を見舞う嵌め手だ。
イザイアは何もせずその一撃を受けた。
刃が喉を貫き、動脈を食い破ったが、構わず剣を上段から振り下ろす。
周囲に吹き出た血がまき散らされる。
「!?」
静は固まった。
とても躱すことができない。
どっと汗が噴き出す。
死を覚悟した。
しかし、静の身体はその意とは離れて動いていた。
咄嗟に剣を離すと体を躱して相手の剣の軌道から逃れる。
石火神雷流で言うところの「空蝉」である。
そのまま、腰のショートソードを抜いてイザイアの胴を斬った。
「うおっ!?」
イザイアは驚いている。
「なぜ躱せる?」
「教えない」
「ははは、どこまでも面白いな、君らは!」
イザイアは首から両手剣を抜き取り、そして静の前に放った。
「私の策を破り、私の剣からも逃れる、そうこなくては!」
イザイアは笑っていた。
楽しくて仕方がない、といった様子だ。
「さあ、武器を取りたまえ」
「礼は言わないよ?」
静はイザイアからは目を離さず、両手剣を拾った。
「礼だと? それはこちらが言いたいくらいだ!」
イザイアは目を見開き、叫んだ。
ボーグは長命である。
要するに死なない。
ボーグたちは、暇を持て余した末に主義や信条に従って行動し出した。
膨大な時間を掛けて行う暇つぶしである。
「ありがとう、私の策を破ってくれて!」
「ありがとう、私の剣技を躱してくれて!」
「私は今、この瞬間、生きている実感をかみしめている!!!」
イザイアは叫び、そして剣を振るった。
恐ろしいくらいの気勢を放っている。
静は身を躱して、その刃から逃れた。
受ける気にはなれない。
「私は今まさに幸せだ!」
イザイアは剣を振りかぶった。
斬り降ろす。
静は両手剣を額の上方で横に構え、それを受け止める。
そのまま刃を滑らせるように手首を回転させ、相手の剣を滑り落としつつ返す剣で袈裟懸けに斬り付ける。
頸部を狙っていた。
イザイアは空いた手でその刃を掴んだ。
ぶしっ
掌が切れて鮮血が吹き出る。
静は再び腰のショートソードを抜き放った。
「それはさっき見た!」
イザイアは己の剣を離し、その手でショートソードを掴む。
「ッ!」
静は両手を封じられた。
ゴン!
そこへイザイアが肉薄して頭突きを見舞う。
静は衝撃で吹っ飛ばされた。
兜が吹き飛び、地面を転がる。
「ハッ」
シュッ
ヤンがイザイアの背後から槍を突き出した。
イザイアの後右脇腹、肝臓のある場所を狙っている。
ザシュッ
槍の穂先が突き刺さった。
「おお、なかなか良い攻撃だ」
イザイアは笑いながら言った。
「くっ」
ヤンは槍を捨てた。
ブラン。
と槍が垂れ、イザイアは不気味な姿になっていた。
イザイアの首の傷はもう治りかけていて、血が止まっていた。
「フン!」
イザイアは槍の柄を握りしめ、手力で折った。
穂先を抜いて、
「これで槍は使えなくなったな」
ヤンに笑いかける。
「君はどう私を楽しませてくれる?」
「ヤッ」
ヤンの手が動いた。
鏢である。
「同じ手か」
イザイアは体を躱してそれを避けた。
既にタイミングが知られている。
しかし、
ヒュン
ヤンは手を止めず、紐を操作していた。
標的から外れたはずの鏢が回転し、ヤンの肘から回り込んで再度イザイアを襲う。
ザクッ
鏢がイザイアの胸板に刺さった。
縄鏢である。
「ほう、工夫したのか…」
イザイアは感心していた。
先日見た鏢、九節鞭の要素を合わせてきたのだ。
イザイアは「手投げ武器は一度投げたら戻らない」という先入観を与えられていた。
その心理を利用して欺したのだった。
ヤンは続けざまに鏢を見舞った。
こちらは紐のついてない、普通のものだ。
ザクッ
ザクッ
ザクッ
三枚ともイザイアの胸や腹に突き刺さる。
「静! ヤン!」
「待たせたな!」
戸口の方から、巴とジャンヌが走ってきた。
カーリーとパック率いる魔法小隊5名もその後から着いてくる。
静、巴、ヤン、ジャンヌ、カーリーが一方を固め、パックたち魔法小隊が反対側を固める。
「10対1だよ?」
静は両手剣を構えて、言った。
ヤンが戦っている内に、兜を拾い被り直そうとしたが、凹んでいたので諦めている。
頭突きが強烈すぎて凹んだのだろう。
よくダメージがなかったものだ。
静は内心、自分の運の良さに感謝していた。
巴は、静と同じ革と金属板の鎧に、槍とショートソード。
ジャンヌは革の鎧にバック&ブレストプレート、バックラーとサーベル。
カーリーはカランビットとナイフである。
「ぼくらを忘れてもらっちゃ困るな」
パックが言った。
パック族で構成される魔法小隊は、全員、腰に充電器を装備していた。
「雷よ、敵を打ち砕け」
パックは呪文を唱える。
「サンダーボルト!」
「サンダーボルト!」
「サンダーボルト!」
「サンダーボルト!」
「サンダーボルト!」
5条の閃光がイザイアとパックたちの間に走り、イザイアの身体が爆ぜた。
「ぐっ…」
イザイアは膝を着く。
通常武器とはダメージの桁が違うのだった。
「どうだい、ぼくらの雷魔法は?」
パックは自慢げに言う。
「雷だと?」
イザイアは驚いて、聞いた。
「雷の精霊を入れるポットなど聞いたことがない」
「バッテリーだよ」
パックは答える。
「普段は気まぐれでどこにいるか分らない雷の精霊だけど、これに入れておけばいつでも使えるって訳さ」
「……そのような道具があるとは」
「さて、おしゃべりはここまで」
パックは非情にも宣告した。
「サンダーボルト!」
雷撃が再びイザイアを襲う。
「闇よ!」
イザイアは雷撃を喰らいながらも言った。
黒い霧のようなものがイザイアの身体にまとわりつき始める。
「コイツ、魔法も使うのか!」
パックは叫んだ。
「ダークアロー!」
イザイアが言うと、黒い霧が弾丸のようになってパックたちに叩き付けられる。
衝撃でパックたちはひっくり返ってしまう。
黒い霧のようなものが、パックたちの身体にまとわりついて離れない。
意識がないようだった。
「くそ、なんてヤツだ!」
巴が叫ぶ。
「闇の力……」
カーリーがつぶやく。
あの時、イザイアはそう言っていた。
(コイツは、我の力は闇の力だと言っていた…)
(闇の力はコイツには効かないんだ)
(どうすればいい?)
カーリーは迷いを生じた。
目眩がする。
我では勝てない。
そして恐らく、シズカたちもコイツに勝つことはできない。
なぜなら、ほとんどの武技は闇側の……
「聖なる力を授ける」
突如、声がして、カーリーの思考は遮られた。
スネグーラチカだ。
いつの間にか、カーリーの背後まで来ていたのだった。
「そなたは精霊に縁があるようじゃの」
「え?」
「感じるぞ、そこへ来ておる!」
スネグーラチカは一端目を閉じて、そしてまた見開く。
その目には青白い光が宿っていた。
「『風雪と氷冠を司るもの』よ! 我らに力を!」
スネグーラチカは両手を天に向けて掲げた。
……ワオーン……
遠吠えのようなものがした。
かと思うと、銀色の光り輝く狼がカーリーの目の前に現れた。
『また会ったな娘よ』
フェンリルは言った。
『古の盟約、神霊殿との友誼により、そなたらに力添えしよう!』
フェンリルが吠えると、
ワオーン!
ワオーン!
ワオーン!
平原の向こうから、無数の白銀の狼が駆けてくるのが見えた。
狼たちは走ってる最中で発光、それが幾条もの青白い光となって散った。
フェンリルも青白い光へと変化する。
青白い光は皆の武器へと吸い込まれて行く。
カーリーのナイフ。
静の剣。
巴の槍。
ヤンの縄鏢。
ジャンヌのサーベルとバックラー。
「ぬっ、氷の精霊か、余計なことを…」
イザイアはここで初めて焦ったような表情をした。
「大自然の力は、闇を打ち払う聖なる力じゃ!」
スネグーラチカは、ハンマーを取り出し、掲げた。
「我が秘技、アルトラル・ハンマーじゃ!」
「こんな手を隠してたんか」
静はしばらく面食らっていたが、
「でも、サンキューだよ!」
両手剣を構え直す。
「補助魔法ってヤツか」
巴は槍を構えた。
「最近じゃ、バフって言うらしいね」
ヤンは既に縄鏢を引き抜いていて、いつでも投擲できるように構えている。
「ふん、やっと私の剣技を見せられるな」
ジャンヌは半ばふて腐れているようだ。
「ハンマーじゃなくてナイフだけど」
カーリーはツッコミを入れている。
「細かいことを気にするでない!」
スネグーラチカは、ハンマーをガンガンと盾に叩き付けた。
「……ッ!」
ジャンヌも咄嗟にそれをマネする。
ガンガン。
ガンガン。
「この戦
精霊に捧げる
古からの盟約にて
競い合う
光と闇の戦い
我らの勝利を
祈願する
精霊の名は…」
スネグーラチカは、まるで歌うように祝詞のような文句を述べ始めた。
「フェンリル!」
スネグーラチカは力一杯、叫ぶ。
ぶわーっ
と、吹雪のようなものが周囲を薙ぎ、パックたちを覆っていた黒い霧のようなものが吹き払われる。
「……奥の手を隠していたとはな」
イザイアは舌打ちした。
悔しそうな表情だ。
「だが、よかろう。これで対等だ」
「負け惜しみを!」
「……」
ヤンが鏢、カーリーがナイフを投擲した。
イザイアはしゃがんでそれを躱す。
「ヤッ!」
巴が一歩踏み込んで槍を突き出す。
イザイアは跳躍して躱す。
「それ!」
「とりゃ!」
ジャンヌと静が同時に剣とサーベルを振った。
左右から刃が襲い来る。
イザイアは下がって、それを躱した。
すべて躱している。
「それ、敵は我がハンマーを恐れているぞ!」
スネグーラチカが鼓舞する。
「さあ、剣を取れ!」
静はイザイアに言った。
戦人特有の返礼である。
「ふむ、私が気遣われるとはな」
イザイアは地面に落ちている剣を取った。
「ハアッ」
静が両手剣を振るって肉薄する。
イザイアは剣を使って、それを受け捌いた。
幾合も剣が打ち合わされる。
「くっ…こんなことは初めてだ」
イザイアは攻防するのが精一杯だった。
喰らえばダメージを受けるだろうことは分っていた。
長い歴史の中で、このような魔法を使う者はいた。
しかし、規模が異なる。
スネグーラチカが使ったのは、土地の精霊の助力で極大まで効果を高めた補助魔法だ。
フロストランドの雪姫でなければ使えない。
風土・国土に裏打ちされたものだ。
恐らく使えるのは一回だけだ。
この規模で術を使えば、ボーグとしての力を使いきるだろう。
既に9名もの召喚をしていると考えれば、そうなるはずだ。
それでもいいと考えているのである。
イザイアが打ち合いを続けて凌ぎ切れば、やがて効果はなくなるだろう。
その前にイザイアの防御を崩せば、静たちの勝ちだ。
「ハッ」
「……」
ヤンの鏢とカーリーのナイフが放たれる。
イザイアは、やはり躱した。
「エイッ」
「ヤアッ」
「トオッ」
そこへ静、巴、ジャンヌが3人同時に獲物を突き出す。
静の剣先が頭、
巴の槍先が胸、
ジャンヌの刀先が腹、
へ突きつけられていた。
「……」
イザイアは防ぎきれず、動きを止めた。
「君達の勝ちだ」
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