第54話

54


クレアは町に繰り出した。

会議室で雑談してない時は、町に出かけている。

商会、工業、製造業、旅行宿泊関係などなど。

各業種の組合や有力者などに会ったりしている。


各業界の意見を吸い上げて、各役所の仕事や制度の改善をする。

こまめに調整をしてゆくことで、役所がいわゆる「お役所仕事」に堕するのを防ごうとしているのだった。

これは、ISOなどの規格ではおなじみのPDCAサイクルと同じやり方だ。

計画が上手くいっているか、上手くいかないのであれば何が問題か、問題を解決して改善するなどといったことする。

理想と現実をうまくつないでゆく作業と言っても良い。

クレアが得意なのは、館の会議でも発揮されていたように、計画されたアイディアを上手く現実に適合させてゆくことである。


そして、ついでに各業界から情報を収集している。

噂になっていること、目立って行われていること、民の間で話題にのぼっていること、などなど。

マグダレナやパトラは最初は自分で歩き回っていたが、最近はクレアの話を聞いて情報収集している。


その中に、妙なものが混じっているのに、クレアは気付いた。


「他所から来た人間の商人が商売を始めている」


一見、おかしなところはない。

フロストランドを訪れる人間は少ないが、皆無ではない。

商人が時々訪れる事はある。

が、ドヴェルグを始めとする多種多様な種族のニーズに対応できず、スゴスゴと帰ってしまうのだ。


この人間の商人は、ずっと腰を落ち着けているという。

多種多様な種族のニーズに対応しているのかもしれない。


(……人間がドヴェルグたちを相手に商売を軌道に乗せてる)


クレアは疑問に思った。


接触する前に、雪姫の町をエンジョイする人間に聞き取りをしてみることにした。

ヘルッコとイルッポである。

「最近、やってきたっていう人間の商人って知ってるか?」

「へえ、そういやそんなヤツがいるようですな」

ヘルッコが答えた。

「まだオレらも会ったことはないですが」

イルッポが言う。

二人はよく町に飲みに行く。

町のドヴェルグやトムテやアールヴたちと打ち解けている、コミュ力お化けみたいなヤツらだ。

クレアはそこに注目し、財務局の仕事を手伝ってもらっていた。

役人としてではなく、個人的に雇っている非正規職員のようなものである。

ヘルッコとイルッポは、古巣のビフレストでも、ピエトリという上司の下で同じように情報収集源になったり、雑用をこなしたりしていたので、この手の仕事は得意だ。

上司筋のお坊ちゃんであるヤンネの世話もしつつ、クレアの手先となっているのだから、器用な限りである。


「こんな狭い町で会ったこともないのか?」

クレアは聞いた。

グリーズの酒場に来ている。

二人にビールを奢りつつ、話を聞いているのだった。

「権力者を避けてるみたいですね」

「スジ者なんでしょ」

ヘルッコとイルッポはビールを煽りつつ言った。

まだ昼間だが、他にもドヴェルグやクルーラーホーンが沢山酒を飲みにきている。

昼間っから飲んだくれている客は珍しくもないようだ。

クレアはたんぽぽコーヒーを飲んでいた。

麦茶と同様に、マグダレナがレシピを作り、様々な所で飲まれるようになったのである。

「取り扱っている商品が人目をはばかるものだってことか」

「ありえますなぁ」

「薬とか、奴隷とか」

「奴隷はねえよ」

ヘルッコがイルッポにツッコミを入れる。

人間の国では普通に売買されているようだが、フロストランドでは奴隷はいない。

マロースやスネグーラチカの方針による影響もあるが、慣習的に奴隷制がないのだった。

皆が一丸となって力を合わせないと厳しい冬を生き抜けなかったせいか、フロストランドの民は階級意識が薄く、平等主義を有している。

スネグーラチカが権力の座に就いてからは、主君の元で皆、平等になった。

原始共産制に近いのかもしれない。

文化や技術は人間の国々に及ばないものの、長らくは安定した状態であった。

それが今や、文化や技術の最先端である。


「ここは貴族様がいねえ、奴隷もいねえ」

「奴隷は貴族とセットってか」

ヘルッコとイルッポは意味ありげに言い合った。

奴隷制度というよりかは、貴族制度が嫌いなのかもしれない。


貴族制が近代化とともに崩壊するというのは、クレアたちの世界では半ば常識である。

このフロストランドの世界でも、その兆候が見えてきている。

その代表がマスケットだ。

マスケットというのは誰でも少しの訓練で扱える。

熟練を要する冷たい武器群とは根本的に異なる。

平民が主権を握るのに貢献した物の一つだ。


「貴族制はそのうちなくなるよ」


ババン!


クレアが言うと、


「……まさか!?」

「そんな、だいそれたこと!?」


ゲゲベン!


ヘルッコとイルッポは息をのんだ。


彼らの意識では、貴族は生まれたときから存在していて、平民の上に位置する。

それをどうこうするという考えは希薄である。

「私たちの世界では、もう王侯貴族制が主権を握ってはいないんだ。

 王侯貴族は残ってはいるけどね」

「はあ、そっだなことがあんだか……」

「恐ろしいだな」

ヘルッコとイルッポは身震いしている。

理屈の上ではクレアの言うことは分るだろうが、感情的に受け入れるのが困難なのである。

切羽詰まって生活ができなくなる、不満が溜まりに溜まって爆発する、などの過程を経なければ民衆が権力者に刃向かい、それを倒そうとはしない。

「そうは言うけど、君らはもうその道を進み出してるんだぞ?」

クレアは意地の悪い笑みを浮かべた。

二人にしてみれば、悪魔の笑みにも見える。

「マスケットは誰でも使える。訓練がほとんど要らない。これは身分の差が関係なくなるということを意味する。

 今回のメルクとウィルヘルム戦でも平民が多く徴用されているだろう?」

「ああ、そういえばそんな話を聞きましただ」

「マスケットを扱わせて間に合わせたみたいですだね」

ヘルッコとイルッポはうなずいた。

「そう、マスケットだ」

クレアは言った。

「火薬が戦争を激化させた結果、死傷者が異常なほど増加した。

 平民を多く徴用しないと兵数を維持できなくなった。

 本来は貴族が占有していた領域に、平民が参加できるようになったんだ」

クレアはちょっとだけ溜を作った。


「つまり、平民が活躍できる時代がきたんだ」


「は、はあ…」

「そ、そうなんだべな…」

二人は恐る恐る言った。

彼らは徐々にそうした事実を意識し始めたのだった。


「まあ、それはおいといて」

クレアは話を進めた。

「人間の商人だ」

クレアは自分が話を振ったくせに、そんなことを言っている。

「そうでした」

「まあ、オレらで探りを入れてみましょう」

ヘルッコとイルッポは請け負った。



ヘルッコとイルッポは、すぐにその商人を探してみることにした。

結局、これは彼らの得意分野だ。

グリーズの酒場を出て、町の中へ繰り出す。

大通りを進んでゆくと市場へ続く道とクロスする。

市場はいつも賑わっていて、主に食料品や酒が売り出されている。

ドヴェルグやトムテ、アールヴは食べる事と飲むことが好きだ。

商売人なら市場に来るだろう。

というか、ヘルッコとイルッポも市場に来るのが好きだった。

普段からヒマさえあれば市場でダラダラしゃべりながらビールを呑んでいる。

市場の商人たちとも顔見知りだ。


「なんか最近人間の商人がいるらしいだな」

「どんなヤツなんだべ?」

ヘルッコとイルッポはビールを呑みながら、ドヴェルグの野菜売りと話していた。

「あー、そういや通り向こうの一角を借りて店を出してるみたいだべ」

ドヴェルグは思い出すように言った。

「ふーん、何を扱ってんだ?」

「布製品とかみたいだべ」

「ほーん、布って言えばニブルランドだべな」

「ほだ、ここいらじゃ珍しい絹ば扱ってんだと」

ドヴェルグは興が乗ってきたらしく、ベラベラとしゃべり出す。

絹は養蚕が盛んな東の国々で作られている。

軽くて丈夫で、更に見た目が美しいので、高値で売買される。

どの国でも女性に人気だ。


「絹だけでなく、木綿も扱ってんだ」

「いや、布製品だけじゃねえよ。茶とか薬も売ってるんだと」

「珍しい物の博覧会だべな」

隣の店のドヴェルグやアールヴも話に混ざってくる。

「ほー、だから商売になってるんだなや」

ヘルッコがうなずく。

「商売の基本は交換だぁ、目の付け所だな」

イルッポが知った風な事を言う。

「てかよぉ、そんだけの物を仕入れるルートなんて普通ありえねえだろ」

「んだなや」

ヘルッコとイルッポはビールをかっくらいながら、うなずき合う。


人間の商人のくせに、ドヴェルグを始めとする他種族の文化相違を物ともせず、上手く取り入って商売を軌道に乗せている。

フロストランドどころかビフレスト周辺でも手に入りにくい品物を仕入れてきて売っている。

評判も悪くないようだ。

あまりにも有能すぎる。


二人は、どこか怪しさを覚えた。

実際に会ってみないと分らないことも多いが、その商人には注意した方がいいだろう。


「で、会いに行くか?」

「うーん、なんかやだな」

ヘルッコが言うと、イルッポはいきなり腰砕けになった。

「あっふーん、だよなー」

「直で探りに行ったら死亡フラグってヤツだべよ」

「じゃあ、大臣殿に報告して終わりにすべえか」

「んだなや」

ヘルッコとイルッポは頷き合って市場から退散した。



クレアが町の商工組合の連中と話をし終えて建物から出ると、ヘルッコとイルッポがやってきた。

一応、大臣が外出する際には館の武官が付き添ってくれている。

ヘルッコとイルッポは館の武官たちとも顔見知りなので、顔パスである。

「大臣、人間の商人の噂を聞いてきただよ」

「直接会ってはいねーですが」

「何しに行ってきたんだ?」

ヘルッコとイルッポの話を聴き、クレアは呆れ顔をした。

(だが、まあ、色んな珍しい品物を扱ってるのが分った)

(それだけでも収穫だな)

クレアは内心ではそう思っていたが、顔には出さない。

「んでも、なんかおっかないですぜ、その商人」

「どっかおかしいですだよ」

「ふーん、言いたいことは分るけど、やっぱり会ってみないとな」

クレアは主張した。

向こうは館に接触してきていない。

その理由は分らないが、ヘルッコ、イルッポが言うように様々な商品を仕入れるパイプを持っているのなら、館にも益はあるはずだ。

「えー、また今度にしねーですだか?」

「なぁ、死亡フラグですだよ」

「どーしてそう後ろ向きかなぁ?」

クレアはしかめっ面をした。



「あれ、久しぶりだな」

スカジはちょっと驚いたように、ニョルズを見た。

「うん、ずっと警邏の仕事が忙しくてな」

ニョルズは戸口に突っ立っている。

いつもの工房である。

スカジは造船などの仕事が一段落して、休息している。

といっても、気付くと何やら工作していたりするのだが。

「今日は非番なんで、ちょっと顔を見に来てみた」

「そうか、まあ、ゆっくりしてきなよ」

ニョルズが言うと、スカジは工房の中へ招き入れる。

「良いお茶が手に入ったから淹れてやるよ」

「すまんな」

二人とも椅子に座って、お茶を飲みながら、世間話をする。

「そうそう、これを渡すのを忘れていた」

ニョルズは包みを取り出した。

「市場で見つけたんだが、お前にと思ってな」

「なんだい、これ?」

スカジは包みを受け取ってから、聞いた。

「開けて見てくれ」

「うん」

スカジは包みを開ける。

絹の手拭いだ。

「これ、絹じゃないか」

「最近、絹を扱う商人がいるそうでな、知り合いに頼んで手に入れてもらったんだ」

「高いんだろ?」

「そこは気にするな」

「…ん、まあ、ありがとう」

スカジは少しはにかんだように言う。

ドヴェルグは人間より長命である。

スカジはニョルズと知り合って長いが、これまでは恋愛対象として見ることはなかった。

だが、少しずつ気持ちに変化が出てきたように感じる。

徐々に距離が近づいてきたような気がする。

隣に居てくれるだけで落ち着く。

そんな気持ちになっている。

「あんたの申し出さあ」

しばらくの後、スカジは言った。

「ん?」

「いいよ、受けてやるよ」

「え?」

「え?じゃないよ」

スカジはフンとそっぽを向く。

「……おー」

ニョルズは椅子に背を預けた。

そのまま体重を掛けすぎて、後ろにパタンと倒れた。



ヤンネは武芸の鍛錬に勤しんでいた。

やっと大臣連中の仕事が一段落して、館に戻ってきているので、毎日のように稽古をせがんでいた。

力も技もついてきている。

だが、他の授業はほとんど身が入らない。

「ヤンネ、武術ばかりじゃバカになるぞ」

巴が言った。

「別に構わないよ、元からバカだし」

ヤンネは鼻ホジって感じで答える。

「バカモン!」

巴は怒鳴った。

「最初から諦めんな」

「うへえ、でけえ声だな、トモエは」

「うるさい」

巴はピシャリと言った。

「武術にも一般的な知識や技術は必要だ。例えば兵士だ。戦いだけが仕事じゃない。

 行軍するのに障害物があれば取り除き、川があれば橋を架ける。

 味方や一般市民が困難に遭っていれば救助する。

 相手を倒すだけが本分じゃないんだ」

「……オレは強くなりたい、ただそれだけだよ」

「強さってのは、お前が考えてるようなもんじゃない」

「……」

ヤンネは答えない。

なんと言っていいか分らないのだった。

「武術に入れ込むのも良い、でも他の事にも目を向けるんだ。

 それがいつかお前を助ける」

「分んね」

「分らなくてもいい、とりあえず私を信じろ」

巴はヤンネの髪をクシャクシャとかき混ぜた。



静は引き続きヤンとの稽古をしていた。

太極拳の指導を受ける。

ヤンが習得しているのは、陳氏太極拳である。

中国の河南省温県陳家溝に伝わっていた武術だ。

陳家溝は太極拳の発祥地とされている。

詳細はおいておこう。

静は太極拳の動きを通して、内包する術技を身につけていゆく。

そして巴との稽古でその効果を確かめてゆく。


「ふーん、動きが少し変わったな…」

巴は驚きつつも言った。

「そうみたい」

静はうなずく。

自分では意識してない。

「我が流儀にもこれはある、確か“空蝉”とか言ったはずだ」

しばらくして、巴は思い出したように言った。

「へ、ウチにもあんの、これ?」

今度は静が驚く。

「私は身につけていないがな」

「じゃあ、お父さんから教わったの?」

「父上も母上も習得できてなかったはずだ、文献にそういう記述があったんだ」

巴はため息とともに、そう答える。

「まさか、お前が取り戻すとはな」

「え、まさかぁッ?」

静は思わず聞き返した。

「我が流儀にとっては良い事だ、お前の方が継承者には適してるのかもしれない」

巴は淡々と言う。

「え、えーッ」

静は慌てている。

「ま、私にも教えてくれよ、それ」

「う、うん」

静と巴はうなずき合った。



クレアは町に繰り出した。

目的は例の商人である。

ヘルッコとイルッポは途中まで一緒に来たが、やはり怖じ気づいて逃げてしまった。

「チッ、腰抜けだな」

クレアは毒づいた。

「まあ、危険感知能力が高いってことかね」

一応、館の武官についてきてもらっている。


その商人は市場の一角に店を構えているそうだ。

クレアと武官は市場でドヴェルグの商人たちに訪ねながら、その店を目指した。

人間の商人、扱っている品がフロストランドでは珍しい、ということもあり、すぐにその店は見つかった。


「邪魔するよ?」

クレアは店に入っていった。

レンガ作りの建物で、路面に天幕が張られている。

天幕は商品を日光から守るためにある。

建物の中は暖房用のストーブがあって、寒さをしのげるようになっている。

多くの商人は店に住んでいる場合が多い。

フロストランドやその周辺の国々では一般的な店構えだ。

市場には通りにズラリとこのような建物が並んでいる。

「はい、お待たせしました」

男が店の奥から現れた。

赤毛の男だ。

スラリとした体躯。

服装は一般的な商人風で、かなりハンサムな顔立ち。

クレアは思わず見とれてしまった。

「あー、こちらでは絹やら何やらを扱ってると聞いた」

少し間を置いて、咳払いとともに言う。

「ええ、ウチはそうした物を扱ってます」

赤毛の男はニコリと笑った。

「イザイアと申します」

自己紹介をする。

「私は館に住む者で、クレアと言う。こちらは武官だ」

クレアは威厳を持たせた口調で言った。

「館の方でしたか。以後、よしなに」

イザイアは少し芝居掛かった感じでお辞儀をした。


「ええ、フロストランドに絹が普及していないのを見て、チャンスだと思いました」

イザイアは、クレアたちにお茶を勧めながら答える。

自分語りは好きなようで、ペラペラと話し出す。

「幸い、私には各地とのパイプがありまして、輸送に関してもフロストランドには鉄道がありますので便利なもんです」

「うん、鉄道は我が国自慢の設備だからな」

クレアは、うんうんとうなずいている。

イザイアはずっとしゃべり続け、自分が各地を回って売り買いをしたり、土地土地の特産を買い付けた時に失敗した時のエピソードを面白おかしく話して聞かせた。

結構な話し上手で、クレアと武官は思わず引き込まれてしまった。

「へえ、色んな国で色んな事をしてきたんですねぇ」

武官は警戒心を解いてしまっている。


……なるほど、商人だけあって、人をたらし込むのが得意なようだ。


クレアは半分くらいは引き込まれつつも、もう半分くらいの冷めた部分でそう思った。

一般論だが、フロストランドの住人は、朴訥・無口か、おしゃべり好きで超フレンドリーというおバカさんたちで占められる。

純真なのだが、詐欺・詐術に耐性がない。

これは、先の館への爆破テロでも判明していることだった。

もちろん、その後、パトラが武官たちを再教育しているのだが、こうした性質はなかなか変わらない。


「そのパイプを見込んで色々と品物を見たいのだが…」

クレアは目的の一つを話した。

「ありがとうございます、これは私にも運が向いてきましたかな?」

イザイアは、冗談っぽく笑って見せた。

「まだ買うとは言っていないが?」

クレアは駆け引きの一つとして布石を打ってみるが、

「きっと皆様の気に入る物がありますよ」

イザイアはさらりと受け流した。

「ふん、そうかもな」

クレアは鼻を鳴らす。


とりあえず、品物を見せてもらうことになった。

「絹織物……ニブルランドの絹糸を機織りしたもの、高級品です」

イザイアが絹を見せびらかすようにしている。

「きらびやかだな」

クレアは素っ気ない。

ホントはめっちゃ欲しい。


「こちらは木綿です。アレフランドの綿花を使ってます」

「コットンだな、それはよく知ってる」

クレアはうなずいた。

彼女の出身地であるアメリカは世界有数の綿花の産地だ。

生産国としては中国、インドとならんで3大産地。

輸出国としては世界一位である。

ノースカロライナ州からテキサス州にかけてをコットンベルトという。

主な産地は、テキサス州、カルフォルニア州、ミシシッピ州、ルイジアナ州、アーカンソー州である。

元の世界にいる時、クレアは学生でありながら会社を経営していた。

木綿製品は取り扱った事がある。

「というか、フロストランドでも木綿は普及している」

フロストランドは寒い地域なので、布と布の間に綿を入れた服が広く使われている。

綿入れというヤツだ。

「ですが、デザインは私が扱っている物の方がイケてますよ?」

イザイアは「ああ言えばこう言う」の典型だ。

クレアは何も答えなかった。

沈黙は肯定、ということらしい。


「ニブルランド産のお茶、これは一々いうまでもないですね」

「お茶ね……。コーヒーは扱ってないのか?」

「コーヒーは販路が確立されてなくて……」

イザイアは済まなさそうに言った。

「あ、そう」

クレアは素っ気なく言った。

心の中では落胆している。


「これは生薬か」

クレアが興味を示したのは、いわゆる生薬だ。

「フェロデンドリ・コルテックス(PHELLODENDRI CORTEX、黄柏)、

 シナモーミ・コルテックス(CINNAMOMI CORTEX、桂皮)、

 フォエニクリ・フルクトゥス(FOENICULI FRUCTUS、茴香)、

 ジンジベリス・リゾーマ(ZINGIBERIS RHIZOMA、生姜)……」

クレアは手近にある生薬を見ながらつぶやいた。

木綿と同じく、会社で少しだけ扱ったことがあった。

「驚きました……薬を扱ったことが?」

イザイアは鳩が豆鉄砲でも喰らったような顔をしている。

「ラ・ティエーン語がお出来になるとは」

「いや、薬の名前を少しだけ知ってるに過ぎない」

クレアは謙遜した。

「ふむ、クレア様は面白いお方だ」

イザイアは面白がっているようだ。

「薬は混ぜ合わせて使うのか? それとも個別に使う?」

クレアが聞いた。

彼女が元いた世界では、主に中国の生薬、漢方薬がそういう使い方をする。

「生薬の配合? そんなことをするケースがあるんですか」

「個別に使う方が多いんだな」

クレアは言った。

「生薬は足して使うことで新たな効能を発揮する事があるんだ」

「ほう」

「生姜は身体を温める。

 黄柏は健胃、消炎などの作用がある。

 桂皮は発汗、解熱、鎮痛作用がある。

 これらを組み合わせて服用するというのが通常の使用法だ。だが、これだけじゃない。

 組み合わせ次第では単体では予想できない効能を発揮することがある」

「それは興味深いですね」

イザイアは興味を持ったようだった。

「薬を服用した時に体内で起きる反応は複雑だ。

 リレーにつぐリレーを経て予想外の動きをするのかもしれない」

「できれば是非配合をお教え頂きたいですね」

「まあ、タダでとはいかないけどね」

クレアはそこでニヤリとする。

興味で釣っておいてから、条件を加えてきたのだ。

「商売人ですなあ」

イザイアは降参とばかりに肩をすくめた。

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