第52話

52


この情報はウィルヘルムも掴んでいた。

シルリング王チャーリーは、評議会のメンバーたちと会談していた。

「帝国が動いているようだ」

「我らがメルクと争うておるのを見てのことでしょうなぁ」

「如何したものかのう」

チャーリーは惚けた様子で言った。

他人事のようである。

自分で物事を考えられないのだ。

「帝国の軍は強力ですからな」

「王国が協力して立ち向かうしかありますまい」

「ふむ、なるほどのう」

チャーリーはうなずいた。

「海はエリンとアルバの船団に担当してもらえばよろしいでしょう」

「陸はどうする?」

「ウィルヘルム、クリント、メルク、ビフレスト等の連合軍で対抗する他ありませんな」

家臣が言った。

「そういえば、あの田舎の国はなんと言ったかの?」

チャーリーは記憶をたぐっている。

「フロストランドですか」

「最北の連中ですな」

「あのような田舎には用はありませぬ」

「しかし、聞くところではエリンの船団を打ち負かしたそうではないか」

チャーリーは言った。

彼は宴会を催すのが好きである。

毎晩のように主催している。

そこに招かれる客は貴族だが、その中にはゴシップ好きな者も多い。

風聞や噂話が話される。

フロストランドの話も多く聞くことができた。

「そのような事はまぐれでしょう」

「エリンのディーゴン船団と言えば、帝国とも戦えるほどの強兵ですぞ」

「いや、鉄の船が用いられているそうだ」

「……それは私も聞き及びました」

家臣の意見が二分された。

「それに、マスケットはフロストランドから持ち込まれたそうだ」

「うむ、メルクがフロストランドから物資を輸入していたのは周知の事実だ。

 兵器を購入していても不思議はない」

「我らもフロス…なんちゃらよりマスケットを買えばよい」

チャーリーは提案した。

初めての提案である。

「王よ、それはなりませぬ」

「我らは由緒正しき伝統国家、田舎者などに物を乞うてはシルリングの名折れでござる」

「ふん、そのような事を言っておるからメルクに遅れを取るのだ」

「何を言うか!」

「確かに、伝統は大事だ。だが、それで国が崩壊しては話にならぬ」

家臣たちは、また意見が分れた。

「やめよ、騒いでも問題は解決せぬ」

チャーリーは堪え性がなかった。

ため息をついている。

機嫌が悪くなったのが見て取れた。

「では、こういたしましょう」

家臣の一人が言った。

この場合、出てくるのは折衷案という名の妥協案である。

「仲介をしてもらうのです。まあ、この場合はやはりクリントがよろしいでしょうな」

自分たちのプライドは傷つけず、利益だけを享受する。

人間というのは愚かな生き物である。



ともかく、クリントが仲介をし、メルクがフロストランドより購入したマスケットをシルリング王国全土に分け与えるように手はずを整えた。

アルバやエリンは自前で購入しているので、ここではその他の地域の邦や都市へ渡す。

ノルデンへのマスケットの普及である。


もちろん、マスケットを自作しようとしている鍛冶屋も多かったが、性能面ではフロストランドがブッチギリで良い。

まずはフロストロンド製を購入し、それをモデルにコピーを作って行くしかない。

徐々にノウハウを蓄積して行けば、質の良い製品が作れるようになるだろう。

いずれにせよ普及が目的である。


「こちらの思惑通りになってきましたわね」

マグダレナは言った。

彼女が、いきなりボルトアクションライフルを作らず、マスケットから始めさせたのには、こうした理由があった。

まず、ノルデンの民が銃に慣れる時間を作る。

次に、銃に慣れたら外敵に対しての防御に使用する。

凄惨な抗争は短期間で終わらせ、兵士だけが死ぬようにする。

死ぬのは兵士だけで良い。

兵士とはそういう職業だ。

ウィルヘルムもメルクも利益の追求をしただけだが、見事にフロストランドの思惑通りになった。

フロストランドは多くの利益を上げ、それを新たな開発や製造に回して行く。

今回は、マスケットを格安で提供した。

さらにスクリュー船をエリンとアルバに販売する。

二邦とも、冬になっても海が凍らないので、破氷機能はつけていない。

これだけで価格がかなり抑えられる。

また、スクリュー船については、すべて蒸気タービンによる発電機を設置することにした。

理由は内燃機関だと、燃料の問題でパワーが出なかったからである。

化石燃料がないのがネックである。

バイオエタノール、バイオディーゼルでは期待するほどの出力がない。

その代わり、発電機は小刻みに点けたり消したりができない。

ずっと力が出っぱなしになる。

発電はダダ漏れのまま、電力をオンオフする。

「大食らい」のままである。


「駐退機、復座機の開発が間に合わなかったのは残念ですが、海戦で帆船に負けることはないでしょう」

マグダレナは悔しそうに言う。

「なんじゃ、その「ちゅうたいき」とかいうのは?」

「大砲の衝撃を和らげて、元の位置に戻す装置ですわ」

「……」

スネグーラチカは理解することを放棄した。

「まあよい、準備は上々というところかの」

「ええ。こちらが負ける要素はありません」

マグダレナは自信たっぷりに言った。



注意:これより登場する人物は、演出によりオペラ調で会話します。


帝国。

デデン。


皇帝とその家臣たち。

ババーン。


「♪いまこそ我が帝国の威厳を見せつけるときぞ~」

皇帝が立ち上がり、家臣たちに向けて歌う。


「♪帝国の威光をもって野蛮人どもを打ち負かし~、我が力を示し~、権勢を強めるのだ~」

「♪しかし、陛下~」

「♪帝国内の状勢は芳しくありませぬぞ~」

家臣たちが返すように歌う。


「♪そのような弱気でどうする~、常に強気で攻めねば良くなるものも良くならぬぞ~」

皇帝が再度主張した。

堂々としていて、自信に満ちあふれている。


「♪一理ありますぞ~、経済は勢いですぞ~、金を回して行くから回るのですぞ~」

「♪そうですな~」


「♪ああああ~」

「♪皇帝陛下の権威に万歳ィ~」

「♪皇帝陛下の威厳にひれ伏せェ~」


「では、決まりだな」

音楽が止まり、皇帝がセリフを言う。


「♪皇帝陛下、万歳ィ~」

「♪皇帝陛下、万歳ィ~」

「♪皇帝陛下、万歳ィ~」

家臣たちは斉唱した。


「♪我が軍は無敵なり~、負けるものか~!」


ジャジャーン、パパパー、テンッ。


幕が下りる。



ザカリをはじめとするエリン兵は、技術研修を着実に進めていた。

やっとボイラーの操作を会得し、スクリュー船の操作を学び始めている。


「メガシャーク号」

アレクサンドラが言った。

相変わらず変な帽子を被っている。

髑髏とクロスボーンが描かれており、すごく不吉な見た目である。

フロストランドの大臣たちの話では「海賊の帽子」らしい。

「はあ?」

「なんだって?」

ザカリたちは呆けたように聞き返す。

「この船の名前だよ」

アレクサンドラは説明する。

「デケェサメがどうしたって?」

ザカリが聞いたが、

「ちなみに君らエリンが購入する予定だから、ちゃんと動かせるように訓練しなよ」

アレクサンドラは答えず、ザカリの背中を叩く。

「え? エリンの船になんのか、これ?」

「なら、そんな変な名前じゃなくて、もっと優雅なのにしろよ」

「ナニーッ!? メガシャークいいじゃないか!」

アレクサンドラは、急に焦ったようになり怒鳴った。

「アホか、アンタ」

「ほら、船は基本、女性名を付けるのが慣習だろ?」

「ああ、まあな」

「じゃあ、百歩譲ってブラック○ール号」

アレクサンドラはジロリとザカリたちを見る。

ヲタの目である。

「……いや、オレらに名付ける権利はねえよ」

ザカリは視線を外して、言う。

エリン兵たちは皆、黙った。

しばらく無言であったが、

「でもよ、コイツがありゃ戦いに勝てるんじゃね?」

エリン兵の一人が突然、言った。

「するってぇと、戦に勝利をもたらす女神か」

「じゃあモリグナだな」

わはは。

エリン兵たちは笑った。


このやり取りが元になり、後に購入する2隻と合わせて、モーリアン、ヴァハ、バズヴと名付けられる。

この船はモーリアンと呼ばれる。



「ルキ、エリンから手紙だ」

巴がやってきて、ルキに手紙を渡した。

もちろん、検閲済みである。

「お、あんがと」

ルキは手紙を開いた。


「エリンへ戻ってこい。

 フロストランドとは話はついている。

 新たな船を操るのに、おまえらが必要だ。

 今度の敵は帝国だ」


そういう内容だった。


「……」

ルキは黙っている。

最初こそ反抗心があったものの、ここで学んだことは新鮮で面白かった。

退屈しない。

次第に学ぶのが楽しくなっていた。

「トモエ」

ルキは言った。

「エリンに帰らなくちゃ…」

「ああ、分ってる」

巴はうなずく。

「私たちも船で参戦する、今度は戦場で会おう」

「…分った、それまで勝負はお預けだ」

ルキは拳を突き出した。

「ああ、次も転がしてやるさ」

巴も拳を突き出す。


コツン


二人の拳がぶつかる音。


ほどなくして、エリン兵たちとルキはモーリアン号を操って帰邦することになる。



帝国は北上した。

陸はウィルヘルム、クリントを目指して。

海はエリン、アルバ経由で。


帝国歩兵は鎧と盾、槍で武装している。

密集陣形を組んで敵を粉砕する。

歩兵の他にも、石弓や弓を使う弓兵、騎兵などの兵科もある。


海軍は帆船、手漕ぎ船の二つ。

敵の船に突撃し、水兵が敵の船に乗り移って刀で戦う。

鉈から発展した湾刀である。


帝国船団はエリン沿岸へ押し寄せた。

エリン自慢のディーゴン船団でも勝てるか否かというところだろう。

帆船同士の戦いでは。


しかし、エリンの船は一向に現れない。

「これは不戦勝かな」

帝国船の甲板で、船団長のペトルスがつぶやいた。

「我らを恐れて隠れたのでしょうな」

「エリンなど恐るるに足らず」

「帝国の力を思い知るがいい」

周囲にいた部下たちが、ワハハと笑った。

「……おや、何か向こうに見えてきましたよ?」

部下の一人が言った。

「どれ?」

その場の全員が海の向こうへ注目する。


やってきたのは黒い金属の塊だった。


貴族船は、あり得ない速度で急接近してくる。


「……なんだ!?」

帝国兵に動揺が走った。


どおおぉん


轟音が鳴り響き、


ドガーン


帝国船のドテッ腹に大穴が開いた。

砲弾である。


たちまち、その船は沈み出す。


帝国兵は我先に海へ飛び込んでいる。


「な、なんだ!?」

「なにが起きておる!?」

ペトルス及びその部下たちは慌てた。


どおおぉん


その間にも砲弾が発射され、帝国船が大破してゆく。


敵の金属船はありえないスピードで、帝国船の間を突っ切って行く。


「うおっ!?」

「つかまれ!」

その煽りを喰らって船が揺れた。

とても対応できる動きではない。



「うわははははッ! 見たか帝国のヤツらめ!」

ルキ、改めブリジットは興奮していた。

「蹂躙するって、た~の~し~ッ!」

「うわ、この人コワイわー」

ザカリ、改めコルムが引いている。

「おーし、おまいら、もっかいぶっばなしてやんぞ!」

ブリジットが言うと、

「うぃーす」

エリン兵たちはモーリアン号を旋回させた。


どおおぉん


どおおぉん


大砲が火を吹き、砲弾が撃ち込まれた。



帝国船団は為す術もなく撤退した。

大砲の砲撃で、3分の1の船を破壊されたからである。

追いかけようとしても追いつけず、逃げようとしても追いつかれる。

機動力に差がありすぎた。


帝国陸軍はウィルヘルム、クリントの南へ押し寄せてきた。

ウィルヘルム軍は、フリントロック式マスケットをもって、これを迎え討った。


奇しくも帝国の密集陣形と似たような陣形である。

マスケットが火を吹く。


ぎゃあああ!

ぐわあああ!


帝国兵が次々と倒れて行く。


「な、なんじゃ、あれは!?」

「火を吹く槍じゃ!」

帝国の兵士長たちは驚き、戸惑った。

ここで強行突破をすれば大勢の兵が死ぬだろう。

よく分らない物に突っ込んでいくのはただの無謀である。


「退却ーッ!」

「退却ーッ!」

すぐに兵士長たちは決断した。

全滅などということになれば、帝国の名折れだ。

それだけは避けなければならない。


帝国は海陸ともに退けられた。


この後、帝国は幾度か侵攻を試みるが、すべて防がれてしまう。

シルリング王国だけではなく、フロストランドも助勢に来ており、到底覆せるものではない。

帝国はマスケット、スクリュー船及び大砲の絶対的優位を思い知らされた。

休戦を申し入れ、交易によりマスケットを入手しようとする。

時代の潮流であった。

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