第51話

51


ストリゴイ。

吸血鬼の一種と言われる。

が、先ほどのくだりを見るとおり、二つの人格が同居する者である。

長命のため、名前はその時々で変わっており、今はアイザックとイザイアと名乗っている。

一人が死んでも、もう一人が生きているので復活するという厄介な存在だ。

人や妖精と絡んで行く上で度々倒されているのだが、この特性のためなかなか滅ばない。

今でも生き延びている存在だ。


アナスタシアやマロース、スネグーラチカは人や妖精と共存し、彼らを導いてゆくやり方をしているので、敵対することが少ない。

しかし、ストリゴイはそうではなかった。

人や妖精などには、生きて行く上でクリアすべき障害が必要だ。

それをクリアする努力をするから進歩する。

生きているという実感を得られる。

それがストリゴイの信条だった。

策を練り、争いが起きるよう画策する。

そんなことを悠久とも言える歴史の中でやってきた。

メルクとウィルヘルムを仲違いさせたのも、その信条に従ってのことだ。


イザイアはウィルヘルムに戻ってきていた。

ベイリー家には帰れない。

アイザックが死んだと思われているからだ。

服を取り替え、フードを被る。

『こんなところに戻ってきて、どうするんだ?』

アイザックが聞いた。

「まあ、事後処理ってとこかな」

イザイアは暢気に答える。

貴族が住む高級住宅地へ向かっていた。

夜の闇に紛れて、とある邸宅へ忍び込む。


邸宅の一室に入った。

ヒゲを蓄えた男が椅子に座っている。

身なりが良く、威厳が伺える様子である。

なにやら手紙を書いているようだった。


「ハーイ、ジョージィ?」

イザイアは部屋に入るなり、言った。

「…ッ!」

男は前シルリング王、ジョージ・コヴァンであった。

「くせ者!」

「ふん、呼んでも誰も来ないぞ?」

イザイアは言った。

予め護衛や使用人は始末していた。

「痴れ者め」

ジョージは護身用においてある短剣を手にした。

そして、目の前にいる赤毛の男に見ているうちに、ふと思い出した。

「そなた、確か、ベイリーの家臣…」

「覚えていたとは嬉しいですな、前王殿」

イザイアは慇懃に礼をしてみせる。

「何しにきた? 無礼であろう」

「はい、前王には今後の策のために、お引き取り願おうと思いまして」

「何ッ!?」

「チャーリー殿に代わって、陣頭指揮などされては策が台無しですからな」

「……」

ジョージは短剣を抜いた。

しかし、イザイアが持っている剣に比べ、リーチが心許ない。

「では、死んでもらいましょうか」

イザイアは笑った。



『ウィルヘルムを裏で操っていた者の正体が分りました』

魔法の石を通して、アナスタシアが言った。

『ストリゴイです』

「ボーグなんですかいのぅ」

スネグーラチカが聞くと、

『はい、私たちとは別の思想や信条を持つ者です』

アナスタシアは忌々しげに答えた。

「ふーむ、敵対的な存在という訳ですかな」

『はい、ストリゴイは厄介な存在です』

二人は会話をしてゆく。


これまで何度倒しても死ななかった、復活する。

人々を争わせる、またそのために暗躍する。


という存在だということが分った。


「面倒な相手じゃのう」

スネグーラチカはぼやいた。

これまでは経済や政治が敵だった。

しかし、ここにきてボーグというファンタジーの存在が敵となった。

急展開である。


「アナスタシアさんの話を聞いた限りでは、自分はあまり動かず策略を弄してくるようですわね」

マグダレナが言った。


マスケットや無煙火薬などの開発が一段落したので、マグダレナ、クレア、ヴァルトルーデはメロウの町から戻ってきている。

スカジたちドヴェルグの職人も戻ってきていた。

スクリュー船「ヨルムンガンド」でエリン、アルバへ行き来していた、巴、アレクサンドラ、フローラも仕事が一段落したので戻ってきている。

ジャンヌもマスケットの配備が終わって館に戻ってきている。

久しぶりに全員が揃っていた。


「じゃが、要所要所では自分でも動くようじゃぞ」

スネグーラチカが頭を振る。

「メルクに攻撃を仕掛けてきたそうじゃ」

「なるほど、何をしたかったのでしょうね」

マグダレナは首を傾げる。

「陽動かなぁ」

アレクサンドラが答える。

「ソイツって死なないんでしょ? 自分を囮にするってのが可能なんじゃないかな」

「自分に注目させておいて、どこかで何かを動かしてるってことか」

ジャンヌが言った。

「何をしてるのか分らんけどね」

「まあ、そうだな」

静と巴がうなずき合っている。

「メルクと連携して情報収集じゃな」

「そだね」

「クレープ持ってきたよー」

ヤンは空気を読んでない。

「わーい」

運ばれてきたクレープを見て、ヤスミンが喜んでいる。



エリン兵たちは監視付きではあるが、仕事をしながら技術を学び始めた。

宿舎もあてがわれている。

窓に鉄格子付きの部屋であるが。

コルム、改めザカリはとりあえずボイラーから学び始めた。

他のエリン兵たちも同様である。

スクリュー船は難しすぎて理解できなかったからである。


「ふーん、蒸気の力を使うんだな」

「動力にもできるし、暖房にもできる」

「暖炉じゃダメなんかい」

「薪を燃やして湯を沸かす手間が分らん」

「そうなるよな、普通は」

ザカリは仲間たちの意見を受け止めた。

「しかしな、そこから脱して新たな試みをしているんだ、コイツらは」

そして、説得するように言う。

「ふん、こんなクソ面倒くせえことできっかよ」

「好き嫌いは関係ない。コイツらが使ってくる、オレらも使わざるを得ない」

「へいへい」

兵士たちは文句を言いながら、ボイラーについて学んで行く。

基本的にはエリンの鍛冶屋でも作れそうな構造だ。

金属加工の技術を求めたら際限がない。

最初は一歩ずつ積み重ねる必要がある。

(一歩ずつだ)

ザカリは自分に言い聞かせた。



「シルリングの前王が亡くなったそうだ」

アナセン伯が報告した。

ダン族の貴族たちの会合である。

彼らダン族は既にウィルヘルムへ戻ることは諦めており、これからはメルクに永住するつもりだ。

ある意味、回帰である。

「なにがあったのか分らんが、自業自得のような気がするな」

「うむ、同情する気にはならんな」

ダン族の貴族たちは口々に言った。

戦を経て以来、誰もウィルヘルムには良い印象をもっていない。

「アナスタシア様のお耳にも入れておくように」

アナセン伯は部下に指示した。

アナスタシアは、あれ以来ミシンにばかりかまけていた。

ほとんど政務に携わらなくなってきている。

政務はダン族に任せ始めたとも言える。

アナセン伯はそれを感じ取っていて、できるだけ自分たちで話し合って物事を決めるようになってきている。

もちろん、アナスタシアへ報告は逐一入れており、意見を仰ぐこともしている。


アナセン伯の提案で、近々平民の中からも能力のある者を選んで会議に参加させるつもりだ。

一族からは反発されるだろうが、少しずつ馴染ませようと考えている。

アナスタシアから聞いたフロストランドのやり方を参考にしている。

改革である。

これまではこれまで。

しかし、今後はやり方を変える必要がある。

硬直した変化のないシステムは平時には機能するが、今の様に変化の時代へ突入したら不具合が出てくる。

アナセンはそれを痛いほど感じていた。



「そういや、ヤスミンのもう一つの人格は?」

静が聞いた。

実際に見たのは、パトラ、ヤンネ、ヘンリックの3人だ。

ヤスミンはヤンと一緒にクレープ作りに夢中である。

ヤスミンがいない所を見計らっての会話だ。

「あれ以来、出てきてないですね」

ヘンリックは答える。

「まあ、ぼくたちは一緒に授業を受けているとはいえ、四六時中張り付いてる訳じゃないですから、実際のところは分りませんが…」

ヘンリックの表現は回りくどいが「見てないところで出てきてるか否かは分らない」と言いたいのだ。

「なるほど」

静はうなずく。

ほぼ分ってない。


だが、出てきたり出てこなかったりの不安定な状態では、対応に困るばかりか誰かを傷つける危険性すらあるだろう。

本当にもう一つの人格があるのなら、それとコミュニケーションを取り、危険性を排除する必要がある。

……マグダレナの意見だ。


「平然とノッカーを殺していたんだ、危険じゃない訳がない」

パトラが言った。

「善悪の観念を学び損ねている可能性があるよ」

「どうにかして話しできないかな」

「……私は精神科医じゃないから詳しくは分らないけど、呼びかければ出てくるかもしれないな」

パトラは答える。

もちろん、暴れた場合に備えて腕の立つ者たちが周りを固めておくべきだろう。


パトラの意見に従い、コンタクトを試みることになった。

ヤスミンを会議室の椅子に座らせる。

テーブルはどけておく。

静、巴、ヤン、ジャンヌが立ち会った。


「……なんかコワイよ、皆」

ヤスミンは、皆の態度がいつもと違うので怖がっていた。

「大丈夫、ヤスミンの中にいるヤツと話すだけだから」

静は笑顔で言うが、

「いや、それ、十分変だよ」

ヤスミンはドン引きしている。

「まあ、気にするな」

巴も笑顔で言うが、

「ムリだよー」

ヤスミンはもう泣き出しそうになっている。


「なんか交霊会みたいだな」

ジャンヌが茶化す。

「オカルトと一緒にしないでよ」

ヤンは呆れたように言う。

「二重人格は普通に起きる現象じゃん、あまり見ないけどね」

「まあな」

ジャンヌは肩をすくめる。

冗談がスルーされるくらい、皆、緊張している。


「じゃあ始めようか」

静は言った。

早く始めれば、それだけ早く終わらせられる。

「ヤスミンの中にいる人、出てきて私たちと話しをして」

同じ事を何度もヤスミンに問いかける。

「なにそれー」

ヤスミンは最初は笑っていたが、何度も繰り返す内に顔つきに変化が現れた。

瞬時に雰囲気が変化し、ヤスミンのゆるく幼い感じから、落ち着いていてそれでいて油断ならないような剣呑な感じになる。

静は押されるようなプレッシャーを感じた。


「どうして、私を呼び出す?」

ヤスミンは言った。

先ほどまでとは声色が違っていた。

顔つきも変わっている。

もう一つの人格だ。

「私は静、あんたは?」

静は言った。

「……カーリー」

ヤスミンは答えた。

「ヤスミンのルームメイトだ」

冗談っぽく言う。

「ユーモアのセンスがあるんだね」

静はゆっくり深呼吸した。

自分を落ち着かせるためである。

「あんたはノッカーを殺した。

 私たちは、もしかしたら危険な存在かもしれないと疑ってる」

相手を刺激しないよう事務的に言った。

「……あれは襲われたからだ」

カーリーと名乗ったソレは、ため息交じりに答える。

なぜそんなことを聞かれるのか分らない、といった態度が見て取れる。

「返り討ちにした訳だね」

静は言った。

「殺されそうになった、だから仕方なかった」

「正当防衛を主張なさる」

「当然だろ、無抵抗主義なんて理想に過ぎない」

カーリーは肩をすくめる。

「パトラに聞いたところじゃ、ヤスミンがあっちの世界にいた時、色々な場所で襲われたりしたそうだね」

「ああ、国じゃ常に危険と隣り合わせの生活だったから」

カーリーは少し遠い目をしている。

「ただ、我が表に出ていられる時間はそう長くない。

 ヤスミンの意識の具合次第では、こちらは強制的に引き戻される」

「……」

静は相手の言葉に聞き入っている。

「肝心な時に引き戻されてしまうことは、これまで何度もあった。

 我はあくまでも裏の人格という訳だな」

カーリーは自虐っぽく言う。

「なるほど、その心情は正直よく分らないけど、そうなんだろうね」

静はやはり事務的に言った。

「ヤスミンは弱い、弱さが集約している。

 その反動で、我が生じたのだろう。強さだけを集約している」

「ふんふん、どうぞ続けて」

静はカーリーの言葉を促す。

「我はヤスミンが生きるためだけに出現した。

 ヤスミンに危険が迫らなければ、表に出ることはない、出る必要もない。

 この世界は、元の世界より住みやすい」

カーリーはポツポツとしゃべった。

「願わくば…」


ガタッ


と、そこで扉が開き、大パックが入ってくる。


「…おっと、失礼」

大パックは会議室の中で何か行われているのに気付き、頭を掻いた。


静がカーリーを振り返ると、


「ん? なんかあったの?」

ヤスミンに戻っていた。



「どうやら、帝国が動き出したようですね」

アナスタシアが言った。

メルクの情報網を使っている。

政務をダン族の貴族たちに任せているお陰で、情報収集に専念できたようだ。

「帝国より見れば、此度の事はシルリング王国の内紛でしょうからな」

アナセン伯は客観的視点をもっている。

相手側に立って物を考えるのは、高度な政治・経済活動には不可欠な要素である。

相手が何を欲しているのかが分らなければ、的確な対処ができない。

「内紛で疲弊したり、結束が緩くなったところを狙うのは常套手段ですからな」

「はい、ウィルヘルムがあの時点で講和を選んだのは不幸中の幸いでした」

アナスタシアはうなずく。

「我々が疲弊し切る前に休戦しましたから」

「借金まみれになりましたが」

アナセン伯は渋い顔をしている。

「潰されるか借金まみれになるかの二択でしたね」

「それは分ります。

 ですが、我々が今後も苦しむのは変わりませぬ」

「交易に力を入れましょう」

アナスタシアは、ため息交じりに答える。

「サイダーやラムネを作るのに必要な重炭酸ソーダ石は販路を押さえてあります。

 ボイラー、蒸気車、蒸気船も自前で製作できる段階まで来ています」

「鉄道とやらはまだ製作できませぬかな」

アナセン伯は言った。

「何分規模が大きいので」

アナスタシアは難しい顔になる。

鉄道はレールを敷かなければならない。

メルクにはその技術も経験もない。

フロストランドより、技術者を招聘しなければならないだろう。

「で、帝国の攻撃にはどう対処しましょうかな」

「帝国は陸海両方とも強力な兵を有してます。我らだけでは対抗できません」

「では、王国として動かねばなりませんか」

「王国とフロストランドが協力してゆかねばならないでしょうね」

帝国は強力な軍事力で近隣諸国を属州として従えている。

つい何十年か前までは、シルリング王国もその一つであった。

属州の民族には海戦が得意な部族もいる。

そうした属州軍に海を任せているのだ。

シルリングの中のエリンのようなものである。

そして、帝国本体は協力な陸軍を有している。

まともに戦えば、シルリング王国には勝ち目はない。そう、旧来の兵装では。


アナセンはメルク領伯爵として、シルリング王国へ忠信した。

帝国が攻撃してくる。

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