第49話

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アールヴたちはライフルの構えを解いた。

アレクサンドラ仕込みの狙撃手である。

それが5名。

護衛・斥候が10名なので、15名の小隊である。


アレクサンドラが開発したのは、ボルトアクション・ライフルであった。

B火薬を使ったガンパウダー、金属薬莢を使用している。


ボルトアクション機構は1836年にヨハン・ニコラウス・フォン・ドライゼが発明したドライゼ銃により初めて実用化された。

ドライゼ銃は後装銃である。

それまでのマスケットやゲベールなどは前装銃というが、ドライゼ銃は前装銃に比べ遥かに早い発射速度を実現した。

ボルトアクションは、同時期のスペンサー銃に代表されるレバーアクション共々、歩兵銃に前装式から後装式へのシフトを引き起こした。

1860年代にスナイドル銃やマルティニ・ヘンリー銃が金属製薬莢を確立し、

1870年代にその概念を移入したモーゼル・Gew71やグラース銃が登場、現在に通じるボルトアクションの基本概念が完成した。


世界の軍隊が黒色火薬を用いる単発式のボルトアクションまたはレバーアクションの一通りの配備を終えた時期である、1880年年代に、フランスのポール・ヴィエイユが無煙火薬を発明した。

これが、歩兵銃に無煙火薬化と連発化という第二のパラダイムシフトを起こす。


無煙火薬の登場当初は、超音速下での弾道特性が未解明であったため、フランスのルベルM1886や日本の二十二年式村田連発銃は、チューブ弾倉と平頭弾頭の組み合わせを選択し、命中精度の大幅な低下を引き起こした。

1888年にモーゼルのGew88は箱形弾倉と尖頭弾頭の組み合わせを選択し、尖頭弾頭と回転式弾倉・直動式ボルトアクションを採用したステアーのマンリッヒャーM1888共々、ボルトアクションを手動式連発銃として今日まで続く形態へと発展させるが、アレクサンドラはルベルM1886に注目した。

ルベルM1886は、世界で初めてB火薬と呼ばれる無煙火薬の使用を前提として開発された小銃である。

チューブ弾倉には拘らず、単発式に。

先頭弾頭を採用している。


これは極秘裏に進めており、狙撃小隊の存在も秘密であった。


夜襲に混じってウィルヘルムの兵站を攻撃したのは、この小隊である。

斥候のピクシー族、狙撃手のスプリガン族、護衛のパック族により構成される。


「薬莢は拾ったか?」

「全部拾った」

「そういや、大臣さぁ、自分が撃ちたかったって言ってたぜ」

「あー、言いそうだよな、大臣なら」

「狙撃大好きだしな」

ボソボソと会話して、狙撃小隊は去って行った。

地味である。



港の施設の一部を壊されたせいで、荷物の搬入が滞っている。

それにこう度々ウィルヘルム兵が入り込んでくるのでは、命の危険があるので作業ができない。

アナセン伯の悩みがまた一つ増えた。


が、目下やらなければならないのは、アブサン以下ニールセン家の戦死者の葬儀だ。

アブサンはこのウェーブで戦死した。

マスケットの銃撃を物ともせず突撃し、弾丸に貫かれて死んだのである。

家臣の兵たちも同様に多数戦死した。


「……アブサン・ニールセン殿、名誉の戦死にございます」

ダン族の貴族が厳かに言い渡す。

「……」

アナスタシアは目眩を覚えた。

力が抜け、倒れるように椅子にもたれ込んだ。

皆、アナスタシアがダン族の者を自分の子供のように思っているのを知っている。

掛ける言葉がないのも知っている。


「……」

皆が苦痛に感じるくらいまで沈黙が続いた。


「立派に死んだのです、アブサンらの葬儀はしっかりやりましょう」

やがて、アナスタシアは言った。

驚くほど無感情であった。


感情を押し殺すしかないのである。


「アナスタシア様。お気持ちはお察ししますが、他にもやらねばならぬ事がありますゆえ」

アナセン伯は憎まれ役を買って出た。

もちろん、アナスタシアもその気遣いは分っている。

「このままでは港の防衛が維持できませぬ」

「困りましたね」

「いっそのこと、街から打って出て雌雄を決しましょうぞ!」

主戦派の者が声高に言ったが、

「それこそ相手の思うつぼです。敵は我々を城門の外へ出したいのですよ」

アナスタシアは言った。

「野戦になれば数の暴力で負けるでしょう」

「ですが、このままでも港へ切り込まれてしまって、いずれ守り切れなくなりますぞ」

アナセン伯は現状の確認をする。

「……そうですね」

アナスタシアはうなずいた。

「ここはフロストランドへ助力を願いましょうか」


この辺のやり取りは、予めアナスタシアとアナセンが決めていたものだ。

いわゆる出来レースというヤツである。

会議というのはできるだけ分りやすくしなければ、皆には伝わらない。

なので、ショー的な要素が加わる。

プレゼンともいう。


「具体的にはどのようにするので?」

アナセン伯は聞いた。

「兵を借ります。それから船からの砲撃も」

「砲撃?」

「大砲というそうです。マスケットを巨大にしたようなものですね」

アナスタシアが説明した。

「港を守り切れれば良しですが、そうでない場合はフロストランドの船より砲撃をしてもらいます」

「港の施設に当たりませぬなんだか、それ?」

アナセン伯は難しい顔をする。

「その危険性はあります。

 でも、放っておけばウィルヘルム兵に破壊されます。

 同じ破壊されるのなら、砲撃で敵を倒す方がよいでしょう」

「……なるほど、ですな」

アナセン伯はうなずいた。


アナスタシアが言ったのは、砲撃支援というヤツである。

メルク兵のへなちょこさが目立ってしまうが、敵は死ぬ気で来る訳なので仕方ない部分もある。

装備はこれ以上にはならない。

あとは気力・精神力の問題だった。



ウィルヘルム。

陣営では、シルリング王と評議会の面々が渋い顔をしていた。

ベイリー家の部隊が中途半端で攻撃をやめて退却してしまったためである。

最後の一撃が相手のダウンには至らず、終わったということだ。

もっと簡潔に言うと、メルクが耐えきってしまった。


「お味方の被害は限界にござりまする」

「ベイリー殿が港を壊しきれなんだら、これ以上はムチャですな」

「うむ、左様か…」

シルリング王たるジョージ・コヴァンは、うなずいた。

グリフィス家が率いる主戦派も、ニールセン家の兵を押しつぶしたものの、被害は甚大で、これ以上戦闘を続けられない。

兵士をこれ以上投入すれば、邦内の防衛が疎かになる。

何度も言うが、下手をすれば、帝国が何かをしてくるかもしれない。

すべてにおいて限界を迎えていた。

「さすれば講和か」

「うむ、停戦の申し入れをすべきだろう」

「無念じゃ」

これでは何のためにメルクを攻撃したのか分らない。


「我らは何をしていたのだろうな」

「ベイリー殿が献策したのでしたな…」

「そうだ、アヤツの責任だ」

「では、ベイリー殿が戻られたら責任を取ってもらうということで」

「うむ」

ジョージがうなずいた。

全会一致である。



レナルドが陣営へ逃げ帰ってきた。

レナルド本人はまだ再起可能だと思っていたが、シルリング王たるジョージ・コヴァンとその取り巻きたちは冷たかった。


「おめおめと逃げてきたそうだな」

グリフィス家の当主、エドワードは言った。

評議会は既にこの戦争の責任をベイリー家に押しつけるつもりだ。

勝っても負けても被害が甚大である。

「皆の意見が一致しておるのでな、ワシも反対はできぬ」

ジョージ・コヴァンは突き放すように言った。

「レナルド・ベイリー殿におきましては、相談役を解任という運びになります」

配下の者が王の隣で言った。

つまり地位を剥奪され、責任を追及される。

「捕縛せよ」

ジョージは冷たく言い放った。

「……くそーッ、なんで私だけッ!?

 王国のために尽くしてきたのにーッ!」

レナルドは叫んだが、

「……」

評議会の面々は無視した。

レナルドは捕縛され、この後、処刑されることになる。

そして、ベイリー家は没落する。


「さて、これからどうしたものかのう?」

ジョージは言った。

停戦のことを言っているのだった。

「こちらから停戦を申し込むのはていが悪うございます」

「どこか調停役のできるところから、話を振ってもらえればよろしかろう」

「ふむ、そうですなぁ」

どこかから調停をしてもらおう、という事になった。

どこまで行っても他人事、体面ばかりである。



メルクへ使者が訪れた。

クリントから来た使者である。

アナセン伯以下、ダン族の貴族は使者を受け入れた。

クリントの使者は「見かねて停戦の申し入れ」をしてきたのだった。

もちろん、こんなのは茶番だ。

しかし、ここで受け入れなければメルクとしてもジリ貧である。

頃合いだった。


メルクもウィルヘルムも借金だらけ。

死傷者は数知れず。

死体を放置すれば疫病が蔓延しかねない。

敵味方の別なく、メルクでは戦死者の身体を検分し、埋葬していた。


メルク兵は死亡したものの家族には手厚い保障を行った。

葬儀も国費でしっかりしたものを催す。


ウィルヘルム兵については、名前の分らない者がほとんどなので、検分した日付と人数のリストを作成している。

遺留品があればそれを保管していた。


クリントの使者にその旨伝えて戦死者のリスト、遺留品を渡す。

後腐れがないようにキチンと戦後処理をするためだ。


「こちらにも要望がありますぞ」

アナセン伯は使者との面会で言った。

「王におかれましては退位いただきたい」

「え?」

クリントの使者は驚いた。

「我らだけではなく、王国にこれだけの損害を出したのは、王の責任でござる」

「しかし、それは…」

「この要望が飲めぬ場合は、メルクは引き続き戦を行う所存ですぞ」

強く主張され、クリントの使者はこの要望を断り切れなかった。


「……メルクではこのように要望しております」

「なんと!」

「傲岸不遜とはこのことだ!」

王の取り巻きたちは色めきたった。

「我らは調停を任されました」

「両陣営の納得のゆく結論を出さねばなりませぬ」

が、クリントの使者、それに大氏族長の派遣してきた爵位を持つ者は頑として言い張った。

「……しかたあるまい」

王であるジョージは、最終的にはこの条件を飲んだ。

(そのうちタイミングを見計らって、戻ればよいのだ…)

腹の内では承知していない。


ジョージ・コヴァンが退位した後、王位についたのは、甥のチャーリー・コヴァンだった。

チャーリーの母親がダン族の血を引く貴族の出身で、こじれた関係を修復するのに良いと判断されたのがある。


チャーリーの政治能力はほぼゼロであるが、政治は補佐役がやればいい。

王は何もしなくていい。

お飾りである。


ウィルヘルムとメルクの戦は終わった。

この世界で、戦の様式が変化した初めての戦いであった。



フロストランド。


ヘンリック、ヤンネ、ヤスミンは新たな学習仲間を迎えていた。


「アタシのことはルキと呼んでくれ」

ブリジット、改めルキは氷の館で授業に参加していた。


「ヘンリックです」

「ヤンネ」

「ヤスミンだよ」

「お、皆、よろしくな!」

ルキは気さくに言って、笑った。

ムードメーカーである。

地頭は良い方で飲み込みも早い。

習った事で分らないところは分るまで聞くので、しっかり覚える。

すぐに他の三人と同じレベルまで追いついた。


「へー、この蛇口ってのすごいねぇ」

ルキは蛇口を捻って感心している。

これだけで、水が出てくるなんて夢のような技術だ。

エリンやその周辺の地域では、井戸から水を汲んで水瓶に溜めておくのが普通だ。

「トイレが個室なのか、スゲーな」

「シャワーってのか、これ、便利すぎる!」

氷の館で見た物すべてが新鮮で、驚きの連続だった。


ルキは文学、歴史、数学、理科、武芸の5教科に何とか食らいついていた。

「でもよ、なんだってこんな訳分らん歴史習ってんだ?」

疑問を露わにする。

「ボクも最初はそう思いましたが、段々と面白くなってきましたよ」

ヘンリックは答える。

「我々の歴史と少し似た部分もあります。ボイラーやマスケットの登場はその最たるものでしょう」

「そんなもんかね」

「近代文明にさしかかるところは参考になります。

 今まさにメルクとウィルヘルムの戦いが繰り広げられてますが、マスケットによって戦の様式が変化したのは周知の事実です」

「てかさ、お前さん、メルクに帰って参加しなくていいのか?」

ルキは思った事を述べた。

「……今はここで学ぶのが最善だと思ってますよ。

 いずれ、ここで身につけたものが役に立ちます。

 それまではじっと我慢です」

ヘンリックは少したじろいだようだったが、すぐに立ち直った。

「ふーん」

ルキも何か思う所があるのか、それ以上、何も言わなかった。



「ヘンリック、剣の稽古につきあってくれ」

ヤンネは、あの事件以来、剣に取り憑かれていた。

「いいよ」

木製の剣を使って、ヘンリックと幾度も打ち合う。

ヤスミンとルキはそれを見ていた。


「マスケットがあるんだから、そっちを練習すればいいのに。

 これからは剣なんて役に立たなくなるんだぞ」

「ヤンネは剣で強くなりたいんだって」

ルキとヤスミンは見学しながらしゃべっている。


ヤンネはあれからひたすら練習をしてきており、基礎体力がついてきている。

地力が養われて相手に打ち負けなくなっていた。

小柄なので元々機敏な動きができる。

コンビネーションを駆使して、ヘンリックを圧倒しつつあった。


「ふう、多分、ぼくは君にはもう勝てない」

ヘンリックは素直に感想を言った。

「うん? そんなこと言うなよ、まだまだ行けるだろ?」

ヤンネは否定しようとするが、

「いや、分るんだ。

 君の練習量に、ぼくはついて行けない。練習量がそのまま実力につながってる」

「ふーん」

ヤンネはよく分ってないようだった。


「あー、やってるね」

「剣バカかな?」

静とヤンがやってきた。

このところ頻繁にメルクに行っている。

疲れを取るため、ゆっくり休息している。

「うるせーな」

ヤンネはブツクサ言って、

「シズカ、相手してくれ」

「あー、いいけど、音を上げないでね」

静は木剣を取る。



「フヒー、フヒー…」

ヤンネは肩で息をしている。

「もー、うごけね」

「うふーん、まだまだだねー、チミィ」

静は余裕である。

技量に差があると、自然と格上が動かず、格下が動くようになる。

余計に動かされてしまうのだ。

「ま、大分体力ついてきたね」

「ふん、まだまだっつってただろ」

「そう、力が入りすぎてんだよねぇ」

静は言った。

ヤンネは力一杯振るから疲れるのが早くなる。剣も生きない。

「じゃあ、どーすればいいんだ?」

「握りを軽く、かな」

「それじゃ剣がすっぽ抜けんじゃねーか」

「工夫してみなよ」

静はそう言ってヤンの方へ行ってしまった。

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