第48話

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ウィルヘルムがフリントロック式に慣れ、品質も安定してくる頃、

メルクは、また新式銃を投入してきた。


パーカッションロック式マスケットである。


マスケット銃などの火器で使われた点火方式の1つであり、雷管式(らいかんしき)、または管打式(かんうちしき)とも言う。

大まかな仕組みは火縄式やフリントロック式と変わりないが、撃鉄を落とす終端にニップルと呼ばれる火門の開いた突起があり、ここへキャップ状のプライマー、つまりパーカッションキャップ(雷管)を装着する。

引き金を引くと、撃鉄が作動して、ハンマーが雷管を叩いて発火させる。

火門を通して雷管の爆発が伝わり、銃身内の装薬が点火するという仕組みだ。


発火が確実に伝火し、火花を利用するフリントロック式の欠点である不発がなくなった。

天候に左右されないのも強みだ。

しかも発砲のタイムラグがほとんどない。


フリントロック式の機関部をそのまま流用可能であるのも強みだ。

これまでの製造法をほとのど変更することがない。

つまり安価で製造できる。

さらに容易にフリントロックから改造できた。



「また新たな銃を買えだと!?」

アナセン伯は、まず怒りで顔を赤くし、費用額を聞いて顔を青くした。

「いえ、新式の購入により不要になる以前の品は下取りさせてもらいます」

フロストランドの船に乗ってきた、平たい顔の少女が説明する。

ヤンである。

「修理や改造も承りますよ」

「むむむ」

アナセン伯は唸った。

(これでは、フロストランドに良いように引きずり回されるだけではないか!)

新型武器と聞いて購入したのはいいが、敵がすぐにコピー品を作ってしまうので、一種のイタチごっこになっている。

その度にフロストランドの営業がやってきて、新型銃を売りつけるのである。


購入時には最新だったPCが、次の年には新たなモデルが出て古くなるような感覚と言えば分るだろうか。

メルクには購入するしか手がない、というのが腹立たしかった。


「毎回言い値で買っておる、少しは安くしてくれるのだろうな?」

アナセン伯は自ら買い付けに立ち会っていた。

メルクの港に立てた商館の一室にいる。

アナセン伯は、お茶やお菓子をテーブルに並べてもてなしていた。

相手を歓待して気分を良くし、少しでも値切るためだった。

「もちろんです、このぐらいでどないでっか?」

「もう一声!」」

などとやっているが、基本的に相手のペースを作られているのでどれだけ値切っても相手は利益がでるようにしてある。

下取りした古いマスケットは、フロストランド内の装備へ回したり、アルバやエリンへ売るということをしている。

もちろん、アルバやエリンに近い土地を守備するゴブリン軍は、最新式を配備しているが。

とにかく商売上手の中国人であるヤンは、口八丁でアナセン伯を丸め込んでいた。


……これなら鍛冶屋組合に作らせた方が安上がりかもしれぬな。

アナセン伯は内心思った。

すでに現場レベルでは、マスケットの修理を担っている鍛冶屋などがドヴェルグの職人に教わっていたりする。

何人かの鍛冶屋はマスケットを自作し始めているという。


「いやー、お客様には敵わないねぇ」

ヤンが困ったような顔をしたが、

「ふん、世辞より値引きをしてもらいたい」

アナセン伯はしかめっ面であった。


メルクの台所は火の車だ。

付き合いのあるメルク周辺の領主連中などに借金をしている。

既存の商売相手だ。

借金の返済だけでなく、今後の商売で大きな見返りを約束している。


「ウチは貸し付けもやってまっせ?」

「いや、そこまで世話になる訳にはいかぬ。

 我らは誇り高い一族ゆえ」

アナセン伯はもっともらしいことを言ったが、フロストランドに借りるなどということはできない。

そんなことをしたら、借金でがんじがらめになり、後でどんな事をやらされるか分らないのだ。


結局、新型のパーカッションロック式マスケットを200丁ほど買わされる。

フリントロック式、マッチロック式を下取りしてもらったり、おまけを付けてもらったりで幾分か安くなったものの、出費は嵩む。


ヤンがおまけとして置いていったのは、フロストランドの雪姫軍が食べている戦闘糧食であった。

フロストランドが提供する商品の一つとして、試供品のような感じで提供している。

缶詰めとチーズだ。


まず缶詰め。

里芋とマカロニの煮込み、薄切り牛肉のワイン煮、豚肉と空豆の煮込み、蕎麦の実とオーツ麦の粥、等々。

静とフローラが考案したレシピを元に、工場で大量生産をしているものだった。

これまでのように各自材料を持参して煮炊きするという手間が省けるので、フロストランドでは補給・輸送の効率化が進んだ。

兵士たちからは味気ないという意見も上がってきている。


次に大量のチーズ。

チーズはタンパク質、カルシウム、ビタミンB2、ビタミンAなどが多く含まれていて、カロリー、塩分も取れる。

労働者、兵士など、しばしば過酷になりがちな職種には、カロリーと塩分は必要だ。

栄養価が高く、なにより保存性が良い食品だ。

これを食べさせない手はない。


チーズを作るには、レンネットが必要だ。

レンネットは子牛の第四の胃から取れる酵素で、チーズを作るためには子牛を必要なだけ屠殺しなければならない。

チーズのために子牛をいちいち殺してしまうのは、酪農家にとっては負担で、安定供給ができなかった。

不自由なくチーズが食べれるのは氷の館くらいである。


現代では微生物が産生するレンネットを使用している。

ケカビの一種であるリゾムコール・プルシスが産生するアスパラギン酸プロテアーゼが、動物性レンネットであるキモシンの代用品となっている。

フロストランドでは微生物を扱える技術がまだまだ育っていないので、マグダレナは植物性レンネットを採用した。


植物性レンネットは、こちらの世界では既に廃れてしまっているが、イベリア半島、クレタ島などヨーロッパの一部諸国で使用されている。

イチジクの樹液に含まれるフィシン、パパイヤのパパイン、パイナップルのプロメラインなどのタンパク質分解酵素には凝乳作用がある。

他にも、酢、ベニバナの種、カルドン、アーティチョークの花(おしべ)、カワラマツバなどが、古代ギリシアやローマ時代の記録に残っている。


マグダレナは、アーティチョークに注目した。

アーティチョークは和名をチョウセンアザミと言い、ヨーロッパやアメリカでは広く食用とされている。

ポルトガルではこれを使って凝固させるチーズがある。

フロストランドにもアーティチョークがあり、農村で広く食べられているようだった。

これを集めさせた。


チーズの味は一般に動物性レンネットが良いとされ、微生物性、植物性は苦みが出ると言われている。

マグダレナは大量生産のために、味には目をつぶることにした。

こうした経緯でチーズが大量に生産できるようになり、フロストランドの雪姫軍、ゴブリン軍、北海軍の戦闘糧食にはチーズが組み込まれた。


「チーズか、こんなにたくさん…」

アナセン伯は驚いていた。

缶詰めは容量がよく分らないものの、チーズに関してはメルク兵が一ヶ月は食べれる量である。

「家畜由来のレンネットを使用していないので、味は若干違うかもしれません」

ヤンは前置きした。

これもスネグーラチカの方針だ。

事前に相手に不利と思われる事を説明しておく。

それでも欲しい場合は相手の責任という訳だ。

「まあ、私はチーズ苦手なので、味についてはよく分りませんが」

ヤンは言った。

「それでよく我らに勧めるもんだな」

アナセン伯は呆れている。

「えへへ」

ヤンは笑って誤魔化した。

少女にだけ可能なやり方だ。

「まあよい、助かるのは事実だからな」

アナセン伯は言ったが、気持ちが収まることはなく、その憤りはアナスタシアへ向けられることになる。


「アナスタシア様」

「はい」

アナセン伯が言うと、アナスタシアは緊張した面持ちになる。

「フロストランドのやり方は少々過ぎますな」

「はい」

「まるで我らの鼻面に紐をつけて引きずり回すかのような所業」

「はい」

「紙製薬莢、フリントロックの次はパーカッションロック、小出しにしてきておりまする」

「はい」

「フロストランドは我らを破産させるつもりでしょうか」

「……」

「アナスタシア様」

「はい」

「フロストランドの雪姫殿に我らの苦境をしかと伝えて頂きたい」

「はい」

というような具合で、アナスタシアは愚痴を延々と聞かされた。

もちろん、それをそのままスネグーラチカへ伝える訳にはいかず、アナスタシアは板挟みである。



「せめてもう少し手加減してもらいたいのです」

「わかりました、マグダレナにはそう伝えましょう」

アナスタシアに懇願されて、スネグーラチカは緊張の面持ちで、そう答えた。


「マグダレナ、メルクの支援についてじゃが、もう少し抑えられぬのか?」

「お言葉ですが、これは必要な過程なのです」

マグダレナは頑として聞き入れない。

「私の立場も考えてくりゃれ」

「それは分っておりますわ」

「チーズ、んまい!」

スネグーラチカはチーズをのせたパンを頬張った。

植物性レンネットで作ったチーズだが、味の違いは分っていないようだ。

「我が国とその周辺国にはマスケットの扱いに習熟してもらいます。

 段階的に技術革新を経てゆかなければ、柔軟な対応というものが育ちません」

「それは分るがのう、メルクが音を上げてきとるのじゃよ」

スネグーラチカは言って、果実ジュースを飲む。

遅めの昼飯といったところか。

スネグーラチカは、このところ国内の要所に行き来して調整などの仕事をしている。

「吸い上げたお金は後で還元するつもりですわ」

マグダレナは悪びれもしない。

「やっぱり吸い上げとるんじゃないか」

スネグーラチカはジト目である。



メルクの装備一新、戦闘糧食の投入が成されたお陰で、港の防衛はさらに強固になった。

パーカッションロック式は、雷管(プライマー)が使われているので、天候に左右されない。

マッチロック、フリントロックは雨天での使用では火が消えたり、湿ったりで不発のリスクがあった。

夜間でも問題なく使用できる。

雷管が消耗品となりメルクの経済を圧迫するのだが、現場サイドではあずかり知らぬことだ。


夜陰に乗じてメルクの襲撃部隊がウィルヘルムの陣営近くまで行き、銃撃を行った。

これまで夜襲は発生していなかった。

マッチロック式では、火縄の火種が見えてしまい、フリントロック式では不発・暴発のリスクがある。

それらのリスクを冒してまで襲撃するメリットがなかったのだ。

しかし、パーカッションロック式ではそのリスクが限りなく減少する。


「敵襲! 敵襲!」

「ぎゃああああッ!?」

「夜襲とか、卑怯だぞーッ!」

「撤退! 撤退ーッ」


夜襲はない。

という、半ば定着した認識が覆された。

緩んだ所を突かれたウィルヘルムの兵は、なすすべもなく退却するしかなかった。


「ザマア!」

「プギャアアッ!」

メルク兵が日頃の鬱憤を晴らすかのように煽った。

それがウィルヘルム兵の耳に届き、今後何十年もの恨みとなって残る。


ともかくパーカッションロック式マスケットの投入により、メルクの優勢は決定づけられた。

鹵獲しても雷管を再現するのは不可能だからである。


「……」

レナルドは無言であった。

「この部品を製造することは不可能です」

赤毛の男が宣言するように言った。

「我々には分らない成分により発火するようです」

アイザックは雷管の実物を見つめている。


雷管には雷酸水銀が使われている。

雷酸水銀には一価のものと二価のものがあるが、二価の雷酸水銀は雷汞(らいこう)と呼ばれている。

雷管の起爆剤はこちらである。

雷汞は外の世界から来た化学知識を持つマグダレナにしか作れない。


「既存の火薬で代用してみましたが、ダメでした」

「だろうな」

レナルドはうなずいた。

彼の頭を痛めているのは、それだけではない。


ウィルヘルムの補給物資が何者かに襲撃され爆破されたのだった。

こちらも夜襲である。


夜陰に乗じて銃撃。

現場の兵士の話では、発砲時に火がまったく見えなかったという。

遠くから射撃したか、本当に火が見えないか、だ。


「で、我々はどうしたらいい?」

レナルドは顔色が悪かった。

心労と疲れからくるものである。

王に献策した身である。

「失敗しました」で済むわけがない。


「……」

アイザックは考えているようだった。

「今の所、良いアイディアは浮かびません」

「ふん、それじゃあ私たちは死ぬのを待つだけだ」

レナルドは皮肉を言う。

「何か、打開策を考えろ」

「ええ、この展開は予想外でしたが、何かまだあるはずです」

アイザックはこの状況でも落ち着いている。

コイツなら何か策を出すだろうという雰囲気があった。

「ちなみに、夜襲を警戒して陣営の警備は強化してある」

「はい、お教えいただきありがとうございます」

アイザックは冗談とも本気とも言えない感じで返す。

「……決死隊を募りましょう」

そして言った。

「やはりそれしかないか」

レナルドは目をつむり天を仰ぐ。

「ならば、兵を募るには及ばぬ。

 我がベイリー家の兵を出す」

この状況を導いた責任を取る意味でも、最後の戦闘を担当する気である。

自ら私兵を率いて不退転の気構えだ。


恐らくこれが最後のムーブメントになるだろう。

人的被害が限界に達しており、評議会ではレナルドの責任を問うような発言も出てきているらしい。

グリフィス家のような主戦派が頑張っている内に何とかしなければならない。

でなければ、反対派の意見が徐々に力を持ち始め、シルリング王もそれを考慮しなければならなくなる。

王が反対派の意見に傾いたら、レナルドは終わりである。


レナルドはありったけの黒色火薬を爆弾に加工した。

爆弾を兵に持たせ、港の重要施設を破壊するつもりだ。

今回はもっと規模を大きくする。

港の深部まで到達するよう、フリントロック式マスケット部隊で護衛する。

皆、生きて帰れない前提である。



始めにグリフィス家の一派が城門側を攻撃した。

レナルドが説得して、グリフィスの部隊にもマスケットを持たせている。

もう信条も何もなく、ここでメルクを落とさなければ負けだというのが、主戦派の面々も分っていた。


ニールセン家の一派がこれを迎え討つ。

アブサンは頑なにマスケットを持つのを拒んだが、他家の兵はマスケットを装備していた。

こちらは拮抗させれば良いというのが分っているので、フリントロック式やマッチロック式である。

最新装備はすべて港の守備隊へ回していた。


港の守備隊は、爆弾を警戒して散開している。

一定の距離を保って陣形を組んでいた。

また要所要所に大きな鉄の盾を立てている。

地面を掘って盾の裾を埋め込んでいた。

爆弾が投げ込まれてきたら、盾の陰に逃げ込んで爆風を少しでも防ごうという試みだ。


グリフィスとニールセンが会戦したところを見計らって、レナルドはベイリー家の兵を突入させた。

いつものように同時に2カ所を攻める。


レナルドは兵を二分し、マスケット隊と突撃隊に分けた。

後方から射撃をしつつ、爆弾を持たせた兵を突撃させるのだ。

単純な戦術である。

後は死を恐れず前進するのみ。


港の守備兵はマスケットで応戦し、敵が接近したらバヨネットに切り替える。

ベイリー兵の突撃隊は両手剣を背負っていた。

両手剣を振るってマスケットを切り払う。

対パイク戦の要領である。


たちまち乱戦に突入した。


バヨネットに貫かれ、「もはやこれまで」となった兵士が爆弾に着火する。

そのために火縄を携帯していた。


どおぉおん!


爆風と煙が上がり、兵士たちが敵味方の別なく吹っ飛ぶ。

ちぎれた身体の一部が空から降ってくる。


「怯むなぁぁッ!!!」

「おおおおおっ」

ベイリー兵は叫んで、さらに突撃の勢いを強化する。

メルクの守備隊は怯み始めた。


「退くなーッッ」

守備隊の隊長が声を枯らさんとばかりに叫ぶが、少しずつ押され始めた。


レナルドはさらに騎兵を用意していた。

自分も馬に乗っている。

アイザックも馬を駆り同行していた。

「今だ、行けーッ!」

騎兵にもマスケットを持たせて後方から突撃する。

銃装騎兵突撃である。

メルクの守備隊の防衛線に穴が開いた。


「くそっ!」

「前線が抜かれたぞ!」

「伝令ーッ!」

伝令が港の内部を守る後方部隊へ向けて走り出す。

が、騎兵に追いつける訳がない。


メルクの後方部隊は「まさか、ここまで来やしない」と思っていたから大慌てである。

騎兵のマスケット射撃を喰らってバタバタと倒れる。

騎兵は直刀を腰に差していて、接近戦ではマスケットを投げ捨て、これを抜いた。

刀は振り回せば重さで斬れる。

たちまち後方部隊も突破された。


その後にベイリー家の歩兵が続いた。

重いだけの両手剣は投げ捨てていて、騎兵と同じく直刀を抜いている。

騎兵のものより短めに作ってあり、振り回しやすくしてある。

メルクの後方部隊は勢いに押された。

バッタバッタと斬り伏せられる。


港の施設には誰もいない。

民間人は皆、避難しているのだった。


「爆弾を放てーッ!」

レナルドが命じると、生き残った歩兵たちは爆弾に着火して港の重要施設と思しき物へ投げつけた。


どおおおぉん!


爆発。


施設が壊されてゆく。


「この調子だ、次々に破壊せよ!」

レナルドは力の限り叫んだ。


その瞬間である。

突然、アイザックが馬を操ってレナルドの前に出た。


ビシッ


アイザックの胸に何かが撃ち込まれた。


ガオォォン…。


遅れて音が聞こえてくる。


狙撃である。


アイザックは馬から転げ落ちる。


「アイザック…!?」

レナルドは驚き、硬直していた。


……赤毛が死んだ!?


「お館様、お逃げください」

ベイリー家の家臣が馬を操ってカバーしてくる。

射線を遮っている。

「なんだ、今のは!?」

「分りませぬ。

 が、危険でございます」

家臣はレナルドの馬の首を叩いた。

走る合図だ。

「うわっ!?」

馬が走り出し、レナルドは驚きで声を上げる。

「皆の者! お館様をお守りせよ!」

家臣は叫びながら、レナルドの馬を追った。

他の家臣が皆、カバーしに入る。


ビシッ


音がして、家臣の一人が馬から転げ落ちた。


ガオォォン…。


やはり遅れて音が聞こえてくる。


……アイザック、あっけないもんだな。


レナルドは逃げる最中、場違いな事を考えていた。

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