第44話

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時間は少し遡る。

メルクとウィルヘルムがぶつかっていた時、フロストランドでは……。


ゴブリン族の反乱が一応の収まりを見せた。

反乱分子によるテロまがいの襲撃は、あれ以来なかった。

というのもゴブリン軍が大規模な掃討戦を開始し、その戦いで反乱分子のリーダーが死亡したからである。

リーダーだけでなく、幹部や隊長クラスの者たちも軒並み死亡していた。

残ったメンバーは散り散りになって逃げた。

沿岸付近に点在する集落へ逃げ込んだり、他の地域へ行ったり、様々ではあるが山岳地へ戻れる見込みは薄い。

ここにおいて反乱組織は壊滅した。


ヴァルトルーデとアレクサンドラ、それにスカジ率いるドヴェルグ職人たちは、破氷船機能を持つスクリュー船の建造を始めた。

メロウの町の港には造船所が出来ており、建造した船を直で海へ投入できる。

港関係の仕事は今まさに急成長をしている業種で、「職を得るには港へ行け」と言わんばかりの勢いであった。


蒸気タービンを発電機として製作。

そして、そっくり同じ物をメロウの港周辺へ建設した。

発電所の始まりである。

それからクレーンを製作した。

クレーンは電気で動かす。

船荷を人力で運ぶのは非効率なので、クレーンで船から降ろし、そこから人力でコンテナヤードへ運ぶ。

コンテナヤードでは荷物改めや船荷証の確認などを行い、問題がなければ倉庫へ運び入れる。

荷主は船荷証を持って倉庫事務所へ行くだけで良い。

倉庫は手数料を頂いて運営費とする。

荷物に危険物があったりすると困るので、国がしっかり管理するようになっていた。

電気が来ているので、倉庫や港の各所には電球を設置していた。

これにより、夜間でもある程度の作業が可能になった。


蒸気タービンのボイラーの燃料には、当初はバイオエタノールを使用していたが、途中からバイオディーゼルへ切り替えていた。

エタノールは火力がそれほどではないのが分ったからである。

バイオディーゼルは簡単に言うと植物油である。

大豆、菜種などから取れる油を化学的に処理し、粘度を下げて使いやすくしたものだ。

元々、ディーゼルエンジンが開発された当時には落花生油を使用していた。

植物油は燃料として使用可能である。

フロストランド周辺の地域は、北ヨーロッパに似た環境である。

菜種油の原料である菜の花が自生しているので、燃料には事欠かない。


「化石燃料がどんだけ便利なのかよく分るな……」

ヴァルトルーデが弱音を吐いている。

「ないものをねだっても仕方ありませんわよ」

マグダレナが言った。

必要な化学薬品を作り出すのに苦労している割には、ケロッとしている。

職人が自ら進んで機械の調整をするのと同じように、科学者は自ら進んで科学的行為に身を投じるのかもしれない。

「今ある環境を最大限に利用するしかありませんわ」

「そうだな」

ヴァルトルーデはうなずいた。


スクリュー船は既に建造しているので、それに破氷船の機能を持たせてゆく。

蒸気タービンと電動機構を限られたスペースへ配置するのに苦労したものの、なんとか配置した。

やはり乗組員のスペースが削られている。

そのため乗組員の船に対する評判は悪い。

「それだけじゃねーですだよ」

ドヴェルグの乗組員がグチッた。

「燃料に沸かす水にバカみたいに使うだよ、この船」

「蒸気タービンはちょっとずつ稼働するのには向いてないからね、もちろんボイラーもそうだ」

アレクサンドラが視線を外す。

海の方を見ている。

「とんだ大食らいですだ」

「大食らいか、言い当て妙だな」

「笑い事じゃありませんぜ」

ドヴェルグの乗組員が言った。



次に、大砲を製作した。

ドヴェルグたちが鋳造技術を持っていてこれほど助かったことはない。

設計図を引いて機構の説明をするだけで、作ってしまった。

後は実際に撃ってみて細かい調整をするだけである。


同じように鉄砲も製作。

アレクサンドラがレトロ趣味を発揮して、図面を引こうとしたが、

「鉄砲はマスケットにしてくれ」

ヴァルトルーデが言った。

「え? B火薬があんのに?」

アレクサンドラは首を傾げた。

「マグダレナの指示だ。まずマスケットを作る」

「なんだそれ、めんどくせーの」

「マスケットなら真似されても困らない」

「どゆこと?」

「私たちなら軽く凌駕できるレベルの技術だということだ」

ヴァルトルーデは説明した。

「最初の内はマスケットを使って優勢を保てる。

 だが、すぐに相手もマスケットを得ようとする。そして徐々に普及して行くだろう。

 普及し出したら、次のモデルを作る」

「なんかめんどくせーの」

アレクサンドラは面倒臭がっていたが、結局はレトロ厨である。

マスケットの図面を引いた。


ドヴェルグの職人たちは、すぐにマスケットを製作してしまった。

細かい調整を行って実用段階まで詰めてしまう。

「ドヴェルグ、パネェな」

アレクサンドラは驚きを通り越して呆れた。

「なんだよ、こういうのは得意だって言ってるだろ」

スカジがブーブー文句を言う。

「んでも、なんで無煙火薬があんのに黒色火薬なんか使うんだ?」

「マグダレナの指示だって」

アレクサンドラはどーでもよさげに答えた。

「これなら技術を真似されてもすぐに対処できるって」

「へー」

スカジはうなずきかけて、

「…ん? それって私らがその都度作らされるってことか?」

「あ、気付いちゃった?」

アレクサンドラは悪い顔をしている。



スクリュー船「ヨルムンガンド」は船員たちからは「大食らい」と呼ばれていた。

燃料、水の消費量がバカみたいに多いせいだ。

戦闘でいくら勝とうが、補給ができなければ鉄くずに早変わりである。


「アルバにある港で補給できるようにしたいなぁ」

ヨルムンガンドの船長であるアレクサンドラが言ったが、

「その前にエリンに凸する」

巴は頭を振る。

スネグーラチカとの会議で、エリンとの交渉をすることになったのだ。

「フロストランドの集落を襲った落とし前をつけるってことか」

「そうだ」

巴はうなずく。

「賠償金の話をします」

フローラが交渉役として付いてきている。

巴はいつも通り、プレッシャーを与える役だ。

「……なんで私だけいつもそういう役なんだ」

「ボヤかない、ボヤかない」

アレクサンドラは笑いながら言った。


エリンに行くにはアルバの領海を通過しなければならない。

補給の問題もある。

まずはアルバの港へ寄港した。

港町の支配者へ書簡を送り、通過の許可を求める。

今後、補給のために立ち寄りたい旨も伝える。

酒、食糧などを購入する。

燃料のバイオディーゼル、ボイラー用の水は持参である。


バイオディーゼルは、低温では粘度が高くなり流動性が低下する。

特に寒冷地や冬季にはワックス分が燃料経路内で固まることがあり、目詰まりの原因になる。

そのため、冬季はバイオエタノールを燃料として使用する予定だ。

エタノールの凍結温度はマイナス114.5℃で、冬季は極寒のフロストランドでも凍ることはない。

実際はアルコール度数によって凍結温度が変わるので、ウォッカ並みに度数を上げてある。

凍結防止のためエタノールを混ぜるということも行われている。

バイオディーゼルにエタノールを混ぜて低温流動性の低下を防止することもできそうだ。


メロウの町では、海水を蒸留してボイラー用水を作っている。

同時に塩ができるので、それを販売している。

塩が新たな商品となっていた。


「将来的には、船内に海水から真水を作る設備とバイオマス製造設備を作りたいな」

アレクサンドラはつぶやくように言った。

「居住区がドンドン減るからやめろ」

巴がジト目で見ている。

「それより、だ。例の物は出来たのか?」

「まあ、ボチボチね」

アレクサンドラは、はぐらかす。

「ボチボチというのは大方出来てない場合に使いますよね」

フローラが渋い顔をしている。



アルバは本来は王がいたが、シルリング王国に参入したため地位を追われ殺害されたという歴史がある。

王家の末裔は貴族として残っているものの、昔日の栄光は取り戻せず、覚えてすらいない。

代わってアルバを統治しているのは、各氏族長の中で最も力のある者だ。

エリンと同じく大氏族長と呼ばれている。


「フロストランドの船が我が領海を通過する許可を求めてきております」

側近が書簡の内容をかいつまんで読み上げる。

「珍しいこともあるもんだな、田舎者が何をする気なんだ?」

大氏族長は執務室で書類を読みながら言った。

「それが…」

側近が大体の状況を説明した。

「なんと! 金属の船だと? 妖術じゃあるまいな…」

大氏族長が冗談ともとれぬ事を言ったが、

「そのようなものはありませぬ」

側近は即座に否定した。

「かの土地では技術革新が起きているのです。

 化け物のような船を作り、エリンの船団を蹴散らしたとか」

「ふむ、エリンの海賊どもを蹴散らしたのか」

大氏族長の声色が少し変わった。

喜んでいるのである。

「我が邦は、船ではエリンには勝てなんだが…。

 そうか、凍土のヤツらがやってくれたか」

「それから補給に関しても要望がありますね」

「どんな要望だ?」

「真水、菜種油、食糧、酒などを有償で提供して欲しいというものですね」

「菜種油?」

大氏族長は首を傾げた。

側近を見るが、

「私に説明を求められても分りませんよ」

「だよな…」

大氏族長は目を瞑った。

分らない事を考えても仕方ない。

それよりもエリンを凌駕する武力には大いに興味がある。

「許可してやれ」

「はい」

側近は書簡を別の部下に渡して退室する。


……是非とも、その造船技術を教えてもらいたいものだな。


大氏族長は椅子の背もたれに身を預けた。



アルバの港を離れ、補給をしながらエリンへ向かう。

悠々と海を進む「ヨルムンガンド」は言葉通り「大いなる精霊」のようである。


エリンの一番近い港を目指した。

近海に現れた金属船を見て、港町の住人は騒ぎ始めた。


「まるで黒船だな」

巴が言った。

「アメリカよりロシア船の方が先に来てたんだぞ」

アレクサンドラは無駄知識を披露している。

「当時の日本人には世界情勢なんか分らなかったんだ」

巴は、なんでか弁解している。

「歴史の過渡期には往々にしてそういう事がありますよ」

フローラは達観している。

「ブリテンの歴史を知ればそうなるよね」

「ロシアに言われたくないですね」

「どっちもどっちだな」

巴が一笑に伏した。


ヨルムンガンドは「対になるハンマーと盾」の旗を掲揚した。

国連海洋法を参考に所属を明らかにしたのである。

船の危険度に合わせ、潜水艦に準じた形だ。

この世界の住人には伝わらないだろうが、とりあえず敵意がないことを伝えるために大砲を相手に向けない、銃やその他の武器を相手に向けないようにした。

相手が襲ってこないとも限らないので、武装解除まではしない。


エリンの港町は大騒ぎになった。

港町はアルスターという。

アルスター氏が居住する町で、周辺の集落群を統治している。

帆船も多数有しているが、皆、動揺して右往左往するばかりである。

「なんだ、あの船は!?」

「フロストランドの船らしいぞ!」

「でけえな、おい!」

「完成度たけえな!」

「おい、ウチの船団がやられたって、アレじゃね?」

「マジか!?」

「報復しに来たのか!?」

先日、派遣船団が蹴散らされたのが風聞として伝わっている。


船は沖合に停船。

浅瀬に入れないのかもしれない。

そこからボートが何艘か降ろされ、兵士の一団がやってきた。

ドヴェルグ、プーカ、メロウ、セルキーの兵士だ。

見慣れない金属製の手槍のような物を携行している。


「誰か、町の統治者に伝えてくれ。こちらには敵意はない。話し合いをしたいだけだ」

言ったのは身なりの良い女。

遠巻きに見ていた住民たちに向かって言っていた。

黒髪で平たい顔の作りをしている。

その他にも、金髪の女が二人。

返事をする者はいなかったが、急いで統治者のアルスター氏へ知らせに行く者が相次いだ。


「フロストランドの船が来ただと!?」

ショーン・アルスターは腰が抜けるほど驚いて、椅子から転げ落ちそうになった。

港町アルスターの統治者とは聞こえは良いが、ただの町長である。

大氏族長の派遣してくる監督官におべんちゃらと接待をするだけが仕事で、いわゆる無能な人間の代表格である。

太ってしまりのない体は如実にそれを表している。

「な、なんでアルスターに来るかな、ウシュネッハへ行けばいいじゃないか」

ウシュネッハはエリンの首都である。

首都は内陸にあるので、それはムリな話だ。

「どうします?」

「どうもこうもあるか、さっさと大氏族長へ伝令を出せ!」

ショーンは怒鳴り散らした。


浜辺にキャンプを張っていると、アルスター氏族の下っ端2人がやってきた。

「フロストランドのお方、しばらくお待ちくだされ」

「今、ウシュネッハへ使いをやってますだで」

「ウシュ……なに?」

「首都ですだよ」

「ああ、分った。」

巴はうなずき、

「では、まず食糧の購入について話たいんだが」

さっさと話題を変える。

「へえ、そうですだか」

「適当な商人をよこすで、ソイツと話してくんろ」

「ありがとう」

下っ端の片方が町へ戻る。

「しかし、立派な船ですな」

「新技術が使われているからな」

残った下っ端は世間話をし始めた。

巴との会話を通して、できるだけ情報を集めてこいと言われているのだ。

「ワシらも船に関しては自信がありますだが、こんのゴッツイのは初めて見るだ」

「大砲という武器がある」

巴はここぞとばかりに自慢した。

「これくらいの鉄球を打ち出す、かなり遠くまで飛ぶ。

 実演してみせようか?」

「いえいえ、それには及ばないですだ」

下っ端の顔が青くなる。

「そうか、壮観なんだがな」

巴は豪快に笑って見せた。

駆け引きを大分学んできているのだ。



アルスターからの伝令は1日かけてウシュネッハへ着いた。


「フロストランドの船だと!?」

大氏族長のリアム・オサリバンが驚いて椅子から落ちそうになった。

屋敷の大広間で配下の者たちと話しているところだ。

「へえ、デカイ船が沖合にきてますだ」

アルスターからの伝令は大広間まで通されている。

まったく警戒されてないのは、おおらかな土地柄だからなのだろう。

仲間意識が強いのもある。

「まさか、報復に来たのか!?」

「今の所、敵意はないようですだ」

「…分った、ご苦労だったな」

リアムは伝令に食事と休息の場所を与えて退出させた。

返事はこれから決めるということだ。

「なんとか追い払えないものか」

リアムが言うと、

「私がフロストランドの者なら、そう簡単には帰らないでしょうな」

配下の者が進言した。

「こちらの船団が彼らの集落を荒らしたのですから」

ちなみに、ブリジットをはじめとする派遣船団に参加していた者たちは、とある酒場に籠もらせて外に出ないように処置していた。

表向きには行方不明である。

「しらを切るしかないでしょうな」

別の配下が言った。

「しかし、我が船団でも刃が立たなかったんだぞ、逆ギレされて攻撃でも始められたらどうする?」

「大氏族長は心配性ですなぁ」

「うーむ、それより、我が邦の内部で不満が高まらなければいいのですが」

また別の配下が言った。

「どういうことだ?」

リアムが聞いた。

「我らは外にも聞こえし船団のエリンです。海戦にはプライドがあります。

 ここで我々が弱腰になれば、内部で不満を持つ輩が出てくるでしょう」

「そ、そうか……」

リアムは顔を右手で覆った。

額には汗が浮かんでいる。

「強気にでれば蹴散らされ、弱気になれば内部の突き上げが来ます」

「う、うーむ」

リアムはつぶやくように言った。

「どうやれば逃げ切れるものか…」

すでに大氏族長の威厳もへったくれもない。

配下たちもそれは十分理解していたが、かといって戦闘でのリスクも許容できない。

「こうしましょう」

配下の一人が提案した。

「我らは穏便に済ます方針をとります」

「しかし、それでは内部の不満が…」

「それで構いません。

 不満が高まれば民意は無視できないとすれば良いのです。

 上手くすれば民の不満をフロストランドへ向けさせられます」

「戦いを挑む輩が出てくるかもしれんぞ?」

「それは黙認すれば良いでしょう」

「だが下手をすれば内と外の両方から責められる」

「このまま何もしなくてもそうです、大氏族長」

配下は厳かに言った。

「……分った」

しばらくして、リアムは腹をくくったようだった。



伝令に返事を持たせる。


「何の話し合いか心当たりはないが、話し合いには応じたい」


一見、誠意を持って対応しているように見せかけている。

が、襲撃の件については惚けている。


伝令の返事を受けて、

「なにッ!?」

巴は瞬間的に怒りを覚えたようだった。

「ひぇっ」

下っ端たちが怖がって後ずさる。

「フン」

巴は構わずキャンプへ戻った。

アレクサンドラとフローラは町の商人から購入した物資を確認している。

「返事が来たぞ。心当たりはないが、話し合いには応じる、だと!」


ドカッ


巴が拳を麻袋へ叩き付ける。

下っ端たちの顔がまた青くなった。

「ヤバイだよ」

「これは怒らせただ」

「町に大砲撃ち込まれたら大惨事だよ」

「あわわわわ」


「突っぱねないところを見ると、相当焦ってますね」

フローラは笑顔である。

「そうなのか?」

巴は不思議そうに聞き返す。

「話し合いに応じること自体、相手が劣勢なんだよ」

アレクサンドラが説明した。

「でも、海賊で有名なエリンの連中が黙ってるかねぇ」

「血の気の多いのが一杯いそうですよね」

「はっ、返り討ちだ」

巴が一番、血の気が多い。



ウシュネッハから使者が着いた。

大氏族長の選んだ部下2人だ。

船団の実働部隊長である。

アルスター氏の計らいで、アルスター邸の一室を借りている。


「話にならん!」

巴はウシュネッハの使者に会うなり怒鳴った。

「え?」

「はぁ?」

使者2人は固まっている。

「もっと上の者を出してこい!」

そういうと、巴は部屋を出て行った。

アレクサンドラ、フローラもその後について部屋を出る。

「……」

「……」

使者たちは無言で佇んでいた。


その後、またウシュネッハから使者がやってきた。

今度はオサリバン氏族のナンバー2だ。

キーアン・ギャラガーといった。

主にウィルヘルムとの交渉役に就いている。

補佐役が一人着いてきていた。

トマス・ブレナンという。


「お初にお目にかかる、ギャラガーと言う」

「ブレナンです」

使者二人は挨拶をした。

「トモエ・ゴゼンです」

「フローラです」

フロストランドの2人も挨拶を返す。

アレクサンドラは船長として兵を率いて邸宅の外で待機。


「それにつきましては、我々は把握しておらぬのですよ」

ギャラガーが言った。

話し合いが始まって、しばらく経つが、エリン側はのらりくらりと逃げている。

「襲撃したと言われますが、誤解かも知れませんし」

ブレナンも同様である。

「そうは言いますが、エリンの船が当方の集落を襲撃し、当船と交戦状態になったのは事実です」

フローラは何度目になるのか、同じ事を何度も説明している。

情報が共有しずらい時代だ。

確たる証拠が提示しにくいのである。

「認めて頂けないのなら、実力行使も辞さないつもりです」

巴が強い口調で言った。

「そ、それはムチャというものですよ」

ギャラガーは慌てて言う。

「あまりにも無体ではありませんか」

ブレナンも同じように言う。

「無体なのはどっちですかね?」

巴は頑として譲らない。

「罪もない民を襲っておいて知らぬ存ぜぬは通りません」

「ですから、それは我々の預かりしらぬ…」

「もういい」

巴は席を立つ。

ここまでは予定通りの行動だ。

フローラとの打ち合わせで決めた流れだということだ。

「あくまで、しらを切るのでしたら、実力行使…」

「ま、待ってくだされ」

ギャラガーの顔が青くなる。

「そのような蛮行は貴国の品位を傷つけるだけですぞ」

「蛮行はどっちですか」

話は堂々巡りである。

相手が素直に非を認める訳がないので、押し問答でゴリ押すやり方をとったのだ。


「……分りました」

ギャラガーは仕方ないといった様子で、行った。

「少し譲歩しましょう」

これで、やっと譲歩が引き出せた訳である。

「それで、具体的にはなにをお望みなので?」

ブレナンが横から口を挟んだ。

上の者に責任を負わせないためである。

「賠償金として金塊5000個、これ以上はまからない」

「ぐっ…まかるまからないの交渉すらしていないではないか」

ブレナンは言葉に詰まりそうになる。


……こちらは船1隻を沈められているのだ。金塊5000個は高すぎる。

そう思ったが、口にする訳にはいかない。


「こちらに非がないのに、そのような高額はムチャですぞ」

「うむ、それは飲めない」

ギャラガーもうなずいた。

そして、また堂々巡りである。

巴のペースで、ギャラガーとブレナンは引きずり回されることになった。


「とにかく、ムリですぞ」

「ですぞ」

ギャラガーとブレナンは声を揃えている。

彼らにも譲歩可能なラインがある。


あんまりうるせえから(上から目線で)恵んでやったぜ。

という態度であれば、面子を保つことができる。

だが、巴の提示額は手が届かない。

「フン、ならば同等の価値の物でも構いませんよ」

巴はここで初めて譲歩する姿勢を見せた。

「……例えばどのような?」

ブレナンが聞いた。

疲労が溜まっていたせいで、つい反応してしまっていた。

「ふふふ」

「うふふ」

巴とフローラはニヤついている。


……しまった、嵌められたな、これは。

ギャラガーは直感的に悟ったが、既に遅い。


「要求は二つです。

 一つ、エリンの港を利用させて頂きたい。

 一つ、フロストランドと恒常的に交易をしていただきたい。我が国の品を購入していただければ幸いですね。

 以上です」

巴は右手の人差し指と中指を立てた。

「……」

「……」

ギャラガーとブレナンは返事ができなかった。


……え?

……思っていたんと違う。


二人は一瞬、混乱した。


港を利用するということは、補給が主だ。

交易ということは、原料や製品を買ったり売ったりするということである。


そして、もしかしたら、ウィルヘルムには悪いが、エリンにとっても益のあることかもしれない。

そう感じたために、エリン側2人は咄嗟に拒めなかった。

冷静に考えれば、距離のあるフロストランドとの交易はそれほど旨みがないと分るはずだ。

しかし、新型の船であれば通常より早く輸送できるのかもしれない。

疲労が判断を鈍らせているのだけが真実である。



「人の命と引き換えに交易なんてなぁ」

巴はつぶやく。

「政治とはそういう面もあります」

フローラは淡々としている。

「起きたことを取り返すことはできないからね、こうやって還元してゆくしかないよ」

アレクサンドラもドライだ。

彼女らの出身国では、そうした事例はありふれていて麻痺しているのだ。

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