第43話
43
「引き分けか…」
口ヒゲを蓄えた初老の男がつぶやく。
大広間にしつらえた王座に座っており、周囲には臣下の者たちが控えている。
シルリング王のジョージ・コヴァンとその配下である。
「メルクの武者どももなかなかやりおりまする」
「しかし、それでは領土は奪えぬじゃろう?」
ジョージは冗談っぽく言った。
古よりの定めでは勝った方が相手の土地をぶん獲る。
「はあ、今の時勢ではそれを守る者は少なくなりました」
臣下の者が進言する。
「それにしても、グリフィスが思ったほどではないのが分ったのう」
ジョージはアゴをさすっている。
シルリング王家は、グリフィス家のやることには目を瞑っているが、好き勝手に暴れられても困るのだ。
メルクとの関係があまりにも悪化してしまうと、他所と結託して敵対してくるかもしれない。
実際、メルクの指導者アナスタシアはフロストランドの雪姫と仲が良いようだ。
技術革新とやらがビフレスト、エルムト、ギョッルから始まり、メルクまで伝わってきており、さながら同盟関係を結ぶ予兆にも見える。
グリフィス家がその関係に亀裂を入れようとしているが、どこまで効果があるものか。
「メルクとの関係をこれ以上、悪化させてはならぬな」
「はい、仰せの通りに」
配下は恭しくお辞儀をした。
*
ニールセン家とグリフィス家の反目はもはや意地を張っているだけになっており、兵を補充しては激突するということを繰り返した。
三度目の戦いを繰り広げた後、さすがにやり過ぎと思ったのか、ジョージ・コヴァンから停戦を促す勧告が下った。
シルリング王の命令である。
グリフィス家はもちろん、ニールセン家も従わざるを得ない。
「ふう、やっと停戦してくれたか」
アナセン伯は胸をなで下ろす思いだ。
このまま戦いが激化してウィルヘルムとメルクの全面戦争になれば不利なのはメルクだ。
シルリング王が発令すれば、エリン、クリント、アルバの軍勢も参加してくる。
……これ以上、事態が悪化しないようにしなければ。
アナセン伯は思った。
「クソッ!」
アブサン・ニールセンは自室のテーブルに拳を叩き付けた。
三度交戦したが、グリフィス家にダメージらしいダメージを与えられていない。
様式が同じで武装もほぼ同じ、となると人数と士気が物を言う。
だが、その部分が同程度なのだ。
「次やれば、グリフィスなど蹴散らしてやるというのに!」
アブサンは感情に任せて怒鳴っている。
客観性というものを持ち合わせていない。
ひたすら主観。
その場の感情を優先する人間なのだ。
状況を冷静に見て行動を決めることができない。
それは諦めることを知らないということだ。
だが、ダン族のリーダーたるアナセンから、これ以上動かないよう釘を刺されているのだった。
下手に動けばアナセンにニールセン家を処罰する理由を与えてしまう。
……アナセンは腰抜けだ。
……しかし、今、下手に動けばアナセンにニールセン家を処罰する理由を与えてしまう。
……アナセンは一族を独占しようとしている。
……ヤツに任せていてはウィルヘルムに潰されてしまう。。
……そんなことはオレがやらせない。
……そうだ。
……表だって行動できないなら、裏でやればいい。
アブサンはふと思いついた。
ニールセン家とグリフィス家は、表舞台では衝突しなくなった。
だが、それは水面下で衝突するようになったのを意味する。
暗殺、襲撃などが始まった。
*
「……」
配下から報告を受けて、ジョージは無言であった。
「どうやら停戦前の方がマシだったようだな」
少しの間の後、つぶやくように言う。
「どちらにせよ、グリフィスは止まりませなんだ」
配下は頭を振る。
「いつまでもいくさの真似事を許していては、皆に与える影響もありますゆえ」
「うむ」
ジョージはうなずく。
「だが、どうしたものかのう」
漠然とした選択肢はジョージの頭の中にもある。
しかし、それがどういう影響をもたらすか、致命的なデメリットを持っていないか。
そういうことを配下に聞いているのだった。
「……」
今度は配下が黙った。
「メルクの権益を我らに委譲させるよう迫るというのはどうでしょうか」
少しの間の後、配下は言った。
「それはワシも考えなくはない。が、少し強引ではないか?」
ジョージは若干、眉をひそめた。
外聞というものがある。
ウィルヘルムはメルクを潰した。
というような風評が立っては面目がなくなる。
「今の状況では、どのような手を使ってもグリフィスを止められませぬ。
ならば、いっそのことメルクに圧力をかけてゆくのが良いと愚考します」
配下は説明する。
「メルクの反発は避けられませぬ。
なれば、グリフィス殿の有り余る力も有用になりますれば」
「ふむ、その点は悪くない」
ジョージは少し興味を惹かれた様子だ。
「名目はどうする?」
「メルクは不当に瀝青などの資源を占有しておる、とでもしましょう。
シルリング王国は資源を公平に分け与えるために戦うと」
「苦しい言い訳に聞こえるぞ」
「名目なぞそのようなものございますれば」
配下は悪びれもしない。
「……考慮しよう」
ジョージは視線を逸らしつつ、言った。
配下はレナルド・ベイリーといった。
ベイリー家はコヴァン家の一族郎党に属しており、王の相談役として知られる。
王の相談役は、貴族連中に対しては絶大な権力を有している。
王と直接話せるということは、王の耳に入れて欲しい情報を入れることができるということだ。
その代わりに貴族連中から賄賂や報酬を取る。
そのお陰で財力があった。
王の周辺にいる配下は、多かれ少なかれそうした権力を握っている。
レナルドのこの提案をシルリング王は有効だと思ったようだ。
しかし、シルリング王は主導しない。
レナルドが旗振り役をせよということだ。
これはリスク回避のためだ。
シルリング王が主導してしまえば、事が悪い方向へ転んだ時にリスクを回避できなくなる。
「部下がやったこと」にしてしまえば、その部下を処分するだけで済む。
もちろん、レナルドも責任を被る気はない。
同じように部下に任せてゆく。
こうして幾重にも責任回避をしてゆくので、権力者は中枢に行くに従い無能化してゆく。
決断が遅く、優柔不断で、左右両方に良い顔をするため何もできない。
お茶を濁したようなものが多くなる。
今回の案はレナルドの配下の一人が献策したものだ。
レナルドはその部下へ任せることにした。
「アイザック、王は反対しなかったぞ」
レナルドは自室に戻って、部下に言った。
アイザックはいつの頃からかベイリー家に転がり込んできた者で、素性がよく分らない。
いわゆる流民だ。
下賎の身分だが、頭の回転が良く、色々な事をこなすので重用されている。
雑用から始まって屋敷の管理、レナルドの補佐役まで上り詰めている。
技術、政治、軍事、経済まで幅広い知識を持つようだ。
少し気味が悪いくらいだが、大方帝国の領地で少なからず地位を持っていた者なのだろう。
最近、帝国内で闘争があり、敗れた側がシルリングへ逃げ込んできたという話を聞く。
肌が少し浅黒く、赤毛である。
「それはようございました」
アイザックは無表情。
感情表現が苦手らしい。
「ちっとも良く思ってないように見えるな」
レナルドは冗談を言った。
「……グリフィス家は喜ぶでしょう」
「だろうな、こちらは厄介事を少し解消できる」
アイザックは冗談には反応しなかったので、レナルドは嘆息とともに言った。
この男が冗談を介さないのは今に始まったことではない。
レナルドは気にしないようにしている。
「メルクの力も削ぐことが出来る。かなり強引ではあるがな」
「この程度、いつもやっておられるでしょう?」
アイザックが言うと、
「ふん、お前が冗談を言うとか、それこそ冗談だな」
レナルドは肩をすくめる。
「冗談など言っておりませぬ」
アイザックは首を傾げた。
*
しばらくは水面下での戦いが続いたが、ウィルヘルムよりメルクへ新たなる勧告がなされた。
つまり、メルクの権益をシルリング王国へ委譲しろ、と。
「……随分と思い切ったことを言ってきましたね」
アナスタシアは頭を抱えた。
「このような勧告は受け入れられませぬな」
アナスタシアの対面で、アナセン伯が言った。
憤りを隠せない様子だ。
アナセン伯はこのところ頻繁にメルクとウィヘルムを行き来している。
面倒事が重なり続けており、また疲労も蓄積してきている。
簡単に言うと、ピリピリきているのだった。
「我々に路頭に迷えと言ってるも同然ですぞ」
「そうですね」
アナスタシアはうなずく。
「しかしながら、中央は少なからず理論武装してきています。
すなわち、現在、メルクが天然自然である資源を占有している。
この勧告は、それを王国が平等に分配するものである」
「……詭弁ですぞ!」
アナセン伯の中で、瞬間的に怒りが沸き起こったようだった。
「あなたが怒るのは当然です。
が、これは他の地域の者たちからしたら、それなりに理屈の通った事のように聞こえますね」
アナスタシアは冷静である。
この程度の事は、彼女の長い人生の中では何度もあった。
いちいち感情的になっていては判断が鈍るのもある。
「我らはアナスタシア様のご助言のお陰で、いち早く時代の変化を悟り、資源を確保したに過ぎませぬ」
アナセン伯は頭から湯気を放ちながらも、アナスタシアを見習った。
「中央のボンクラ貴族どもが出遅れたからといって、我らにその責任を取らせようとするのは間違いですぞ」
「もちろんです」
アナスタシアはうなずいた。
テーブルに置かれた茶を少し口に含む。
「勧告はとうてい受け入れられません」
アナスタシアは毅然としている。
が、その後の言葉を探しているようだった。
どう説明したものか。
と、言いたげである。
「……むむむ、分りましたぞ」
アナセン伯は、はたと気付いた。
「勧告を拒否した後の事ですな」
顔色が青くなっている。
多少なりとも冷静さを取り戻したこともあり、状況が分ってきたのだ。
「王国は武力を行使する、と」
王国、つまりウィルヘルム、エリン、クリント、アルバの4勢力と敵対してしまう可能性がある。
メルクは一地方の都市に過ぎない。
大規模戦闘になれば勝てる見込みはない。
「はい、そなたはやはり優秀ですね」
アナスタシアはニコリと笑った。
「世辞は不要ですぞ」
アナセン伯は顔色が悪いままである。
「メルクが勧告を受け入れれば利益を簒奪できる、拒否すれば王国として武力行使をしてくる」
「拒否するしかありません」
アナスタシアは言った。
むざむざ勧告通りに利益を奪われる訳にはいかない。
点数があるとしたら、10点奪われる状態だ。
戦闘を交えたとしても勧告を拒否し、その後の交渉を通じて奪われる点数を5点だとか6点だとかにしなければならない。
とはいえ、アナスタシアは1点も与えてやるつもりはないが。
「ということは一戦交えるしかないと」
アナセン伯は愕然とした。
ニールセンが行っている、人が死ぬとはいえ遊びみたいな戦争ごっこではなく、本物の戦争が起きるということである。
「しかし、なぜこのような事をしてくる?」
アナセン伯は焦りの中でも疑問を感じたようだった。
自問自答のようであるが、
「メルクと中央の小競り合いが続けば最終的には、やはり同じように大規模戦が起きるでしょう。
そうなるとウィルヘルム、メルクの双方が疲弊します。
目の前で疲弊した勢力があるとしたら、他の勢力が色気を出してもおかしくはありません」
「なるほどですな」
アナセン伯はうなずいた。
「エリン、アルバ、クリントについては分りませぬが、帝国が何かちょっかいをかけてくるやも知れませぬ。
そうなる前に一気にメルクを潰したいのですな」
「ええ、正解です」
アナスタシアは笑顔である。
「相手はスピード勝負なのです、それに対して我々は持久戦を選ぶしかありません」
「うーむ、だからフロストランドとの協力関係をつくるのですな」
「そう、メルクは城門を閉じれば籠城戦が可能になります。補給は港から行えますから、フロストランドの船に頼るのが良いでしょう」
「フロストランドが裏切る可能性はありますかな?」
アナセン伯は疑問を述べた。
「100%ないとは言い切れませんが、商売ですから金を払う内は裏切る意味がありませんよ」
「ですな、利益を無視するなど愚の骨頂ですな」
そんなやり取りが行われ、ダン族のメルク防衛戦が決意された。
*
「フロストランドのゴブリン族の反乱が沈静化しているようだ」
レナルドは言った。
目の前にはアイザックが佇んでいる。
現地にいる密偵の報告だ。
「予定ではフロストランドの足を引っ張り続けるはずだったが…」
「思ったより上手く立ち回っているようですね」
アイザックは無表情である。
「しかし大勢に大きな影響はありません」
「計画は変更せぬということか」
「はい」
アイザックは微動だにしない。
「メルクは城壁に守られている、籠城されたらすぐには落とせぬぞ。
短期決戦ができねば帝国がなにか仕掛けてくるかもしれぬ。
フロストランドが物資の補給をすれば籠城期間は更に延びるだろう」
「そのためのエリンです」
アイザックは言った。
「エリンの船団を手なづけており、フロストランドに妨害工作を仕掛ける予定です」
「ふん、色々と手を広げているな」
レナルドは面白くなさそうに鼻を鳴らした。
この赤毛の男に付き合っているのは、コイツの限界を見たいという気持ちがあった。
何をさせても事前に予防策を張っている。
だが、いつかはその策が破られる瞬間が来るのではないか。
それが見たくて好きにさせている。
レナルドは複雑な感情をアイザックに対して抱いているのだった。
*
フロストランドはメロウの町を最北として、東回りはヴァルトルーデたちが蒸気船でやってきたルートを辿り、ミッドランドのエルムト、ギョッルなどを経由してメルクへ到達する。
西回りは同じように海岸線を辿ってゴブリン族の山岳地を経由して、ミッドランドへ入って行く。
西側は総じて貧しい地域で、ゴブリンの山岳地以外はゴブリンやアールヴの集落が点在するだけの土地だ。
この辺は、山岳ゴブリン勢力が掌握している。
そして山岳ゴブリン勢力は実質、雪姫勢力の傘下に入っている。
昔からフロストランドとされる場所は、すべて雪姫勢力の傘下になっていた。
ミッドランドとされる土地でも、やはり集落が点在する貧しい地域が続き、やがてエリン、アルバへ到達する。
エリンは島からやってきたと言われるだけあって、造船や海運に長けている。
アルバや帝国に属する都市などと交易をしていた。
交易と言っても、歴史的には戦いの連続である。
エリンの船団が海賊行為を繰り返した末にアルバとの間で、ある種の条約のようなものが結ばれた結果の交易である。
エリンは各氏族があり、その氏族長の有力者がシルリング王国の爵位を賜っている。
シルリング王の命により統治を代行するという形だ。
アルバ、クリントもこれと同じような仕組みになっている。
エリンでは大氏族長と言われることが多い。
エリンの各氏族は定期的に内部抗争を経て、勝利した者が前任の大氏族長を罷免し、新たな大氏族長が就任するケースが多い。
新任の大氏族長は、改革を行うことが多い。
前任者の統治で出てきた不満や弊害が動脈硬化のように組織を冒しているので、仕方なく、または人気取りのために着手せざるを得ないのだ。
こうして定期的な修正・改正を実現している。
いわば新陳代謝である。
現在の大氏族長は穏健派であるが、ウィルヘルムとのつながりを重視していた。
船には瀝青が必要だ。
高い輸送費を出してメルク産を買うより、より近いウィルヘルムが販売する物を買う方が良い。
関係を密にしてきたので、ウィルヘルムの依頼は断りづらい。
エリンの船団は海の神ディーゴンの名を頂いている。
ディーゴン船団だ。
デーィゴン船団は、帆船が主体である。
100を超える帆船を有しており、そのうちの30隻を派遣した。
機動力と肝の据わったエリン兵が武器だ。
派遣船団はアルバを北上し、フロストランドの境界線を越えてゆく。
今の時期はまだ海が凍り付いていない。
フロストランドの痩せた土地を傍目に北上してゆく。
目指すは大きめの集落である。
そこをチクチクと叩けば、フロストランドは水・陸軍をこちらへ当てる事になり、力が削がれる。
「やろうどもー! 凍てつく土地の田舎者どもを蹴散らすぞー!」
派遣船団長は大氏族長の末の娘である。
名をブリジット・オサリバンという。
黒髪のよく日焼けした女だ。
「へい!」
「がってんでさ、お嬢!」
「お嬢ってのはヤメロ」
ブリジットは部下たちに向かって言った。
海辺の集落を標的にする。
略奪だ。
ブリジットは女性だけあって、強姦や無意味な殺戮、必要以上の破壊は許さなかった。
刃向かわなければ殺さない。
アールヴたちが逃げる分には放っておいた。
だが、それがフロストランド政府への報告を早めた。
郵便制度が即座に氷の館へ知らせを届け、氷の館は船を出した。
そこに現れたのは、大きくて青と白のカラーリングの金属の船。
デカデカと「交差するハンマーと盾」のマークが描いてある。
鋭角な船首で海を割るようにして進み、あり得ない速度で接近してくる。
「うげぇっ!? なんじゃあこりゃあ!?」
ブリジットは思わず叫んでしまった。
「お嬢、なんですかね、あれ?」
「化け物とかじゃ…」
初めて見る船にエリン兵たちが動揺した。
「あ、いや、なんでもかまわねえ、やっちめぇ!」
「でも、お嬢、オレ、なんかヤな予感すんですけど…」
「うっせー、キンタマついてんのか!」
「女の子がそんな事いっちゃいけませんぜ」
「やれっていったらやれよ! ボケナスども!」
「ウィース」
ブリジットがキレて喚き散らし始めたので、エリン兵たちは船を前方へ向けた。
旗船が向かう姿勢を見せたので、他の船も皆それに習った。
どおぉぉん
敵の船が何かをした。
爆音がして、何かが飛んで来る。
大砲だ。
煙が砲身から立ち上っている。
無煙火薬とはいえ、煙がまったくない訳ではない。
砲弾は旗船の近くに着水した。
派手に水しぶきが飛び、ブリジットはそれを浴びてしまい、ずぶ濡れになる。
「うわっぷ、チキショーッ、冷てぇ!」
ブリジットは何事か叫び、
「くおぉらあ! テメーラ、なにチンタラしてんだ、はよ接近しろぉ!」
ぐるぐると腕を振り回す。
興奮している。
「でも、お嬢、あの船に手鉤とか届きませんぜ」
「さっきの当たったら確実に沈みまっせ」
「アホーッ! 怖じ気づいたら負けなんだよ!」
ブリジットと部下たちは大声で言い合っている。
まるでケンカしてるようだった。
敵船はありえない速度のままで派遣船団の中央へ突っ込んできて、そのまま突っ切って行った。
旋回してくる。
「……あ、これヤバイヤツだ」
エリン兵の一人が気付いた。
敵船が派遣船団の横を通り過ぎる。
面で攻撃する気だ。
どおぉぉん
どおぉぉん
どおぉぉん
どおぉぉん
大砲は4つ設置されていて、そのすべてが派遣船団を狙っていた。
その内の一つが味方の船に命中した。
船腹に大穴が空き、浸水し始める。
「ぎょえええ!? なにアレ? マジかよ!?」
ブリジットは今更騒ぎ出す。
「お嬢、逃げましょう」
部下のエリン兵は言うが早いか、
「全速離脱ーッ!」
「散れー!」
ほうほうの体で逃げ出した。
*
沈没した船のエリン兵たちは海に飛び込んだ。
浮かんでいたところを、謎の船がボートを出して救助した。
この辺の文化では、敗残兵は身代金を取るために生け捕りにする習慣である。
フロストランドも例外ではない。
エリン兵もそれが分っているので、下手な抵抗はしなかった。
大人しくしていれば手荒なことはされない。
「エリンの諸君、お初にお目にかかる」
変な形の帽子を被った女が出迎えた。
屈強なドヴェルグやプーカ、メロウ、シルキーなどの種族が武装してその周囲を固めている。
これまた変な形の手槍のようなものを持っていた。
「私はフロストランド国の交通大臣、アレクサンドラ。以後、お見知りおきを」
「はあ? 交通なんだって?」
エリン兵は思わず聞き返した。
「おい、黙れ。余計なことを言うな」
仲間に咎められて、エリン兵は全員黙った。
「おや、黙秘権ということか。よかろう、当然の権利として認めよう」
アレクサンドラは、うんうんとうなずいた。
「我が国の領民に対する略奪行為、海軍船に対する敵対行為、これらの罪に対して罰金を支払ってもらう」
そして金の話である。
「フン、偉そうに言いやがる」
ベラベラとしゃべるアレクサンドラの様子に、エリン兵が悪態をついた。
「罰金で済まそうという心遣いが分らない? これだから海賊ってヤツは」
アレクサンドラはニヤニヤしている。
「まあ、君たちが向かってくる者を殺す以外の事はせずにいたから、罰金だけなんだよ。
もっと非道を働いていたらこんなものでは済まさなかったね」
「ふん、そりゃどーも」
エリン兵はキレ気味で言った。
「……あれ? このやり取りどっかで見たことあるな」
と、言いながら甲板に出てきたのは、巴である。
外国の兵士との交戦ということもあり、外務大臣としては同行せざる得ないのだった。
「まあいい、大人しくしている限り、身の安全は保証しよう」
「ふん、分ったよ」
エリン兵の一人が諦め顔で言った。
沈没した船の長である。
名はコルムという。
「一つ聞いていいか?」
「どうぞ」
コルムはどうしても聞きたいことがあった。
「あのデカイ玉を発射する物はなんだ?
「大砲のことか」
巴が言った。
「我らの技術力が生み出した新たなる兵器だ」
アレクサンドラが芝居がかった様子で言う。
「なんで鉄の玉が飛ぶんだ?」
「それは教えられない」
巴がアレクサンドラを見ながら言った。
「余計なことは言うなよ?」という意味である。
「あー、それは秘密です」
アレクサンドラは喉まで出かかった言葉を飲み込んで、おちゃらけた。
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