第42話

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あっ…。


と、ヤンネとヘンリックが声にならない叫びを上げた時だった。


突如として、ヤスミンの内部で劇的な変化が起こった。

実はこの変化は、メルクでエリックたちを助けるために牢に侵入した時にも起きている。

痩せてなんの脅威でもないかのように見えた少女が、変貌した瞬間であった。


一番先に気付いたのは、刺客のノッカーだ。

戦場で感じる強者のプレッシャー。

ノッカーは思わず後ずさった。

そのため、返ってきたナイフは後ろのドアに刺さった。

ヘンリック、ヤンネ、ノッカーは全員、そのナイフを見た。


ヤスミンは飛来したナイフを人差し指と中指で挟み取り、返す手で投げ返したのだった。


「な、なに…?!」

「ヤスミン?!」

ヘンリックとヤンネが驚いてヤスミンを振り返る。

いつものヤスミンとは違う表情がそこにあった。

知っている顔なのに、違う表情。

相反するものが一つの顔に宿っている。


スッ


ヤスミンが動いた。

ヤンネの腰から短剣を抜き去ると、そのままノッカーへ向けて前進する。

「ヘンリック、どいて、ソイツ殺せない」

どっかで聞いた台詞を吐いて、ヤスミンはヘンリックを押した。


小柄な少女のどこにこんな力が。

というほどの力を感じてヘンリックは尻餅をついた。


勢いを殺さずヤスミンは短剣を振る。

ノッカーは逃げた。

ドアを押し除けて廊下へ出て行く。

ヤスミンは開いた左手でドアに刺さったナイフを抜き取り、投げた。


シュッ

ドス


空を切り裂く音。

肉を突き刺す音。


ノッカーの背中にナイフが刺さっている。

「ぐあぁっ」

ノッカーが呻いた。

走る速度が落ちる。


ザシュッ


追いついたヤスミンが短剣を振るった。

脚を斬っている。

ノッカーは転倒した。


ヤスミンは倒れたノッカーに馬乗りになり、首の後ろへ短剣を突き立てた。

ノッカーはビクンと大きく体を震わせて、それきり動かなくなった。


そこへ、ドタドタと足音がした。

パトラと武官たちが駆けてきたのだった。


「ヤスミン、大丈夫か!?」

パトラが言おうとして、

「な、なんだ、何をしてるんだ!?」

途中で、ヤスミンが短剣を握って刺客を刺しているのに気付いて、動揺する。


「…え?」

その途端、ヤスミンの表情が変わった。

「うわ、なにこれ!? ギャーッ!」

短剣を放り出し、ノッカーの上から飛び退く。


「おーい!」

そこへ更に大パックが駆けてきた。

「刺客が来ている可能性が強いってさ!」

風の精霊の伝言を受け取って、駆けつけてきたのだ。


「遅いよ!」

パトラは思わず叫んでいた。



事態は沈静化した。

……が、問題は色々とある。

山積みと言っても良い。


ゴブリン族の刺客が簡単に潜入できたのは、セキュリティーに問題がありすぎる。

しかし、ゴブリン族を排斥する訳にはいかない。

雪姫はゴブリン族との友好を謳っている。

誰がテロリストなのか分らないので、これを防ぐのは困難だ。


それからヤスミンの変貌。

これまで判明していなかったものだ。

どう扱って良いか分らない。


「あれ? なにかあっただか?」

ヘルッコが屋敷に戻ってきた。

「うわ、血だらけだべ!」

イルッポが床に残された血を見て驚いている。

「今頃、何を言ってるんだ…」

パトラは天を仰いだ。

「爆発音を聞いただろう?」

「え?」

「あっただか、そんなの?」

ヘルッコ、イルッポはきょとんとしている。

「ドカンと大きな音がしただろう?」

「あー、そう言われると…」

「なんかの工事かと思っただよ」

「あー、これだからこの辺の連中は……」

パトラはまた天を仰いだ。

騒音になれているというか、麻痺しているというか。

騒音になれてないというか、素朴というか。

考えがまとまらない。

パトラは半ば混乱した頭で、

「スネグーラチカさんは…」

スネグーラチカへ振った。

「私の考えは変わらない、ゴブリン族とは友好関係あるのみじゃ」

「しかし、それでは警備が…」

武官の1人が進言するが、

「警備は強化する、じゃがゴブリン族を差別したりなどは許さぬ」

スネグーラチカは意見を曲げない。

「はい」

武官たちは逆らえず、うなずいた。

パトラも妙な顔をしている。


「それにしても、ヤスミンがそんなに強かったとは知らなかったぞ」

スネグーラチカがヤスミンを見ると、

「え、私、強くなんかないよ」

ヤスミンは慌てて否定した。

「国でも死にそうになってばっかりだったし」

「そうか?」

「いつも気付くと誰かに追われてたり、殴られたり、訳が分らないことが多くてさぁ」

「スネグーラチカ様」

ヘンリックが言った。

「ヤスミンは一種の別人格を持っているのだと思います」

「なんじゃと?」

「その別人格が支配している間に荒事をしでかしてるのではないでしょうか」

ヘンリックは持論を披露した。

「そしてヤスミンに戻ったあとに、敵対した者たちに反撃されてると」

「なるほど、そう考えると筋が通るのう」

「ダメです」

パトラは2人の会話を遮った。

「まだ何も言うとらん」

スネグーラチカは眉をしかめて文句を言った。

「ヤスミンに何かさせようと考えてるでしょう?」

「……な、なにを言うか」

スネグーラチカは言い淀んでいる。

「ヤスミンを護衛にとか思っていましたね?」

「ぐっ…」

「今回は助かりましたが、次も上手くいくという保証はありません。別人格がそう毎回出てきてくれるとは限りませんよ」

パトラは早口で一気にしゃべった。

「うーむ、そうなのか?」

スネグーラチカは誰にともなく言った。

「今さっき、ヤスミンが言ってたでしょう?

 気付いたら追われたり殴られたりしたって。

 別人格がずっと出てきていたら、そんな事にはならない訳ですよ」

「あ、そうか」

「ふーむ」

ヘンリックとスネグーラチカも気付いたようだった。

物事は都合良くは行かない。

ヤスミンの証言は、別人格が敵を蹴散らす前に引っ込んでしまうケースが多いということを意味している。



「坊ちゃん、そろそろ休憩にしますべぇ」

ヘルッコが音を上げている。

「いや、まだだ!」

ヤンネは意固地になっているようだった。

ただひたすらに剣を振っている。

窮地に際して、何もできなかった自分が許せないのだ。

「オレがもっと強ければ…」

ヤスミンの強さにはビックリした。

それに対して自分はどうか。

複雑な心境だ。

しかし、ヤンネは直情的に突っ走る方法しか知らない。

腕が疲れて動かなくなるまで、剣を振り続けた。



「ヤスミンのことは召喚者のアナスタシアさんに聞いたらいいですね」

パトラが進言したので、スネグーラチカは石を使って聞いた。

『……別人格ですか、それは知りませんでした』

アナスタシアは答えた。

『ただ時々すごい能力を発揮するのは見ていました』

「当方のエリックらを救って頂いた時もそうだったようなのですじゃ」

スネグーラチカは言った。

今回の件は既に説明してある。

『なるほど』

アナスタシアはうなずいたようである。

と言っても、ヤスミンのことは様子を見るしかない。


『ところで、館が襲撃されたそうですが、大丈夫でしたか?』

アナスタシアは心配そうな感じである。

「はい、パトラが機転を利かせたので大事なく対処できました」

スネグーラチカは落ち着いて答える。

実際には、館の一部が爆破により破壊され、武官が一名死亡しているが、それでも被害は軽微だと言える。

ドヴェルグの大工が修繕工事をしているところだ。

『警備は厳重にしたほうがよろしいかと思います』

「そのようですなぁ」

スネグーラチカは暢気だ。

『何かあってからでは遅いのですから』

「ええ、分りました」

『パトラ、そこにいるのでしょう? スネグーラチカ殿をお守りするのですよ?』

アナスタシアは会話の途中にもかかわらず、側にいるはずのパトラへ語りかけてくる。

それだけ心配しているのだった。

「はい、分ってますよ、アナスタシアさん」

パトラは苦笑した。

「ふん、わたしは逃げ隠れするのは性に合わぬ」

スネグーラチカはパトラをチラと見てから、

「ところで、そちらは如何ですか?」

話題を変えた。

『ええ、こちらは水面下での情報戦が続いてますね』

アナスタシアは抑揚のない声である。

メルクは、いつウィルヘルムの勢力と小競り合いが起きても不思議はないという状態である。

一触即発に限りなく近い。


それから雑談をして、会話が終了した。



ジャンヌは軍を退き、雪姫の町へ戻ることにした。

襲撃の知らせが入って、兵士達が動揺したからである。

またこれ以上、西の山岳地へ滞在しても経費が嵩むだけという理由もあった。

反乱分子の活動も限界を迎えたようで、襲撃後はパッタリ動きがなくなったのもある。

ゴブリン軍も火薬の扱いは十分に覚えたので、後は任せても大丈夫。

ジャンヌはそう判断した。

「いったんは戻りますが、また必要であればいつでもお呼びください」

「頼りにしてますだよ」

ジャンヌとトロルのムーミは握手を交わした。


尊い犠牲は出してしまったものの、ゴブリン軍との絆が強まったのは収穫である。

巴がゴブリン族に好まれているのも収穫だ。

スネグーラチカへ報告するに際しての格好はつく。

「……ご苦労じゃった」

スネグーラチカは抑揚のない声である。

感情がすり減ってきているのだろう。

このところ、状況が劇的に変化しすぎている。

「兵が犠牲になったのは悲しいが、ゴブリン族と友好関係が出来つつあるのは喜ばしいことじゃ」

「兵を失ったのは私の責任です、いかようにも処分ください」

ジャンヌは素直に過ちを認めた。

「いや、兵は勇敢に戦った結果、死んだのじゃ」

スネグーラチカは厳かに言った。

「これは英雄的行為であって、そなたの責任ではない」

「……」

ジャンヌは何も答えられなかった。


「戦死者は丁重に祭ってやらねばのう」

スネグーラチカは続けた。

戦死者は特進させ、遺族がいれば十分な保障をする。

葬儀も派手にとはいかないが、国費で執り行う。

そうでもしなければ、軍人には誰もなりたがらないだろう。

万が一の事があっても、心残りがないように。

国が配慮をする。

最低限の心配りだ。


「ジャンヌは真面目すぎるんだ」

巴が割って入ってきた。

「将に責任はあるが、それに捕われすぎたら指揮なんてできないぞ」

「トモエ…」

ジャンヌは少し涙ぐんでいる。

「しっかり弔ってやって、次は死なせないよう頑張るしかない」

「分った」

ジャンヌはうなずいた。

「トモエは男みたいじゃのう」

「どういう意味ですかね?」

スネグーラチカが言うと、巴はギロリと睨む。

主君でも許さん、という勢いだ。

「ほらそれじゃよ、男勝りのガサツじゃ」

スネグーラチカはわざと声を張り上げる。

雰囲気が暗くなったので、場を明るくしようとしているのだった。

「それ以上は、主君といえども許しませんぞ?」

巴も心得たとばかりに声を荒げた。

周囲にいた武官たちが、ドッと笑った。

「トモエ殿を怒らせると怖いからな」

「誰か挑む強者はおらぬのか?」

軽口が飛んで来る。

「なんだと!?」

ジロリと武官たちを睨み付けると、武官たちは慌てて視線を逸らす。

「おお、コワイコワイ、ここは退散じゃ」

スネグーラチカは芝居がかった声色を出して、大広間から会議室へ逃げて行く。

「見ろ、雪姫様が退散なされたぞ」

「おっかねぇな」

「ここは雰囲気を変えるために楽隊を呼ぼう」

そう言って、武官たちもそそくさと広間から出て行く。

代わりに笛や竪琴、太鼓などを持ったアールヴたちが広間へ入ってきた。

軽快なBGMが流れ出す。

最近始めたサービスだ。

身元がしっかりしている者を雇うので金がかかるが。



メルクでは、中央のウィルヘルムに対する反感が高まってきていた。

アナスタシアは、ある程度予想はしていたが、これほど早く高まってくるとは思っていなかった。

恐らく、敵のラッパ、スッパなどが噂を流したりしているのだろう。

本格的にきな臭くなってきている。


その中で、中央にいるダン族の子弟がウィルヘルムの貴族と揉めた。

ウィルヘルムの貴族がダン族の子弟をないがしろにした、さげすんだという下らない理由であったが、プライドの高い貴族同士である。

刃傷沙汰になって事態は逼迫。

ダン族の子弟は捕らえられ、処断されてしまった。

収まらないのはダン族の方である。

激高したダン族の過激派が、戦も辞さないという意気込みでアナセン伯へ迫っていた。


人間は愚かな存在である。

感情が理性を凌駕した途端に破滅的な行為に身を投じる。


「アナスタシア様、困ったことになりました」

困ったアナセン伯は、メルクへ戻ってきてヤコブセン邸を訪れた。

アナスタシア様に伺ってくる、と時間稼ぎをしているのだ。

「うーん、ダン族の気が済まないのは分りますがねぇ…」

アナスタシアはつぶやくように言う。


メルクで事件が起きたのは偶然とは思えない。

このままウィルヘルムとの関係が悪化した場合、フロストランドに助力を請うても、また反乱分子が活動を開始する未来しか見えない。

つまり、そう簡単には助力が得られないということだ。


「ここは何とか押さえてもらうしかありません」

アナスタシアは言った。

「普通に考えたらそうなりますな」

アナセン伯はうなずくが、

「ですが、我ら一族には一部血気盛んな者がおりますので」

「ニールセンですか」

「はい」

アナセン伯はうなずいた。

ニールセン家はダン族のタカ派で知られる。

声がでかい。

思慮が浅く、感情的に突っ走る。

ろくでもない家だ。

だからこそ、敵もニールセン家を狙ってきたのだろう。

アナセン伯も抑えきれるか分らないようだ。

「実際、抑えきれるか分りませぬ」

「ニルスの件で既に頭に血が昇ってるようですね」

アナスタシアには思い出すのも辛いことであるが、それでも自制している。

「抑えきれるならよし、抑えきれないなら…」

「抑えきれないなら?」

アナセン伯が聞き返すと、

「相手のグリフィス家とだけの争いに限定させてください」

アナスタシアは言った。

やはりグリフィス家が絡んできている。

グリフィス家VSニールセン家の構図に限定したいのだった。

「しかし、そうは言っても後ろにウィルヘルム全体が着いてますよ」

「名目上は家と家の争いにしないといけません」

「……まあ、確かに。メルクとウィルヘルムの戦いになってしまっては損害ばかり大きくなりますからな」

アナセン伯は、アナスタシアの言いたいことを理解したようだった。

「こちらも後ろでニールセン家に助力をします」

「それだけでは不安ですなぁ」

「それからフロストランドにも助力をお願います」

「ほう、それは如何なものですかな」

アナセン伯は反対のようだった。

「聞くところによると、ゴブリン族の反乱が起きているそうですな」

「耳が早いですね」

アナスタシアはニッコリ微笑んだ。

言わずとも独りで情報収集をしている。

だから、ダン族をまとめる役目が務まるのだ。

「それに他国に助力を求めてしまうと、見返りを要求されかねませぬ」

「言いたいことは分ります。ですが、戦をするのにメルクだけの備蓄で足りますか?」

「それは……」

アナセン伯は言葉に詰まった。

「戦をしたい訳ではありません。が、メルクの備蓄を消費し、人的資源を消費した場合、戦に勝ったとしてもその後に他から攻め込まれたら…」

「フロストランドを後ろ盾として使うということですか」

「そうです」

アナスタシアはうなずいた。

「多少の見返りで安泰が買えるならそれでいいじゃないですか」

「なるほど、政治とはかように難しいものなのですな」

アナセン伯は内心、降参していた。

アナスタシアはずっと戦いの中にいた。

アナセンらが生まれる前から、ずっとダン族を部族抗争の中で生き残らせてきたのだ。

「人的資源はそう簡単に補充できませんが、備蓄はフロストランドから購入して補充できます。兵器を買うことも可能でしょう」

「そこまで大規模にすることはありせぬな」

アナセン伯は遮った。

「もちろん、仮定の話です」

アナスタシアは言った。

「最良は小競り合いで終わらせること、ですね」

「そう願いたいですな」

アナセン伯は念を押すように言った。


アナスタシアにはある種の予感があった。

経験の差というヤツだろうか。


この争いは家対家の規模には収まらない。


もっと大きく燃え上がり、被害を出すのではないか。

それくらい根が深い問題だ。

根本は生存競争なのだ。

経済が主軸を取ったせいで、資源の奪い合いに争点がスライドした。

昔ながらの戦で領土を取り合う形式はある意味牧歌的だ。

新たな争いは、多くの国を巻き込み、世界規模での争いにまで発展してしまう危険性を孕んでいる。


アナスタシアもそれは望まない。

早期解決が課題だ。

できれば圧倒的な力で相手の心を折ってしまうのが理想だ。

グリフィス家が主導しているとはいえ、ウィルヘルムの貴族連中が追随している。

それが利益を生み、生存を可能にするから。

ダン族が生き残るか、ウィルヘルムの貴族連中が生き残るか。

最悪そこまで深い所へ落ちる。



案の定、アナセン伯はニールセン家を筆頭とする一族のタカ派を抑えきれなかった。

ニールセン家は、勝手にグリフィス家へ宣戦布告をしてしまった。

とはいえ、まだ家対家の問題に収まっている。

アナスタシアは、この規模で終わらせるために尽力する所存である。

「我らが受けた恥をすすぐのだ!」

ニールセン家の当主、アブサン・ニールセンは声高に主張した。

「一族の誇りを守れ!」

「中央の腐った貴族どもを一掃しろ!」

これに同調する家も少なくはない。

皆、中央より何かしらの蔑みを受けている。

これ幸いとばかりに声を上げていた。

「アナセン伯、よもや止めはせぬでしょうな?」

アブサン・ニールセンは睨み付けるように伯爵を見た。

「うむ、止めはせぬ」

アナセン伯はうなずいた。

中央に戻ってきている。

一族の会合を開いた途端、これだ。

タカ派連中は制御不能であった。

「できるかぎりの助力もしよう。

 だが、あくまでもグリフィス家とだけ事を構えるようにな」

アナセン伯は威圧するように言った。

「も、もちろんですな」

アブサンは少し気圧されたようだった。

「我らを愚弄したグリフィス家に正義の鉄槌を与えるべし」

「うむ、その意気だ」

「その通り」

仕込み済みなのだろう、いくつかの家が同意する。

「言うまでもないだろうが、ウィルヘルム全体を敵に回すような事はしてはならぬ」

アナセン伯は念を押した。

「ウィルヘルムは我らの重要な取引相手なのだ」

「分っておりまする」

「金がなければ落伍してしまいますからなぁ」

「伯爵殿は心配性ですなあ」

一応、アナセン伯が根回しした甲斐があり、ウィルヘルム全体を相手取るのは不利益という共通認識はできあがった。

会合はその確認に過ぎない。


そして、ニールセン家はいくつかの家を抱き込んで、戦(いくさ)を申し込んだ。

勇猛果敢で知られるグリフィス家がこれを受けない訳がなく、受理された。

こちらも仲の良い家を巻き込んでいる。

「いくさなぞ、いつぶりじゃろうか」

グリフィス家の年寄り連中は、懐かしさで奮い立ったようだった。

「家名に恥じぬ働きをするぞ!」

若い者たちも初めての戦いに興奮している。

場所は平原。

その様子は戦(いくさ)と言うより、多人数同士の決闘である。

槍、剣、盾を持参し、鎧を着込んだ武者連中が集まり、東西に分れて陣取った。

東はニールセン家150名、西はグリフィス家160名だ。

「メルクにダン族あり、その名に恥じぬ働きをせよ!」

「うぉおおおぉっ」

東側が声を上げると、

「なんの、ウィルヘルムにグリフィス家あり、我らの家名は伊達ではないぞ!」

「おう!」

西側ははやし立てる。

「弓隊!」

「射よぉッ!」

双方の弓隊が矢を放った。

空が無数の矢で覆い尽くされる。

歩兵隊が盾を構えて防御陣形を作っている。

矢が落ちてきて、盾に刺さったり弾かれたりした。

運の悪い者はここですり抜けてきた矢に貫かれ、最悪死亡する。

「突撃ィーッ!!!」

「迎え討てェーッ!!!」

その後、歩兵隊が突撃した。

騎兵はいない。

馬が高価だというのが一番の理由だ。

両陣営の歩兵隊は正面から激突し、手にした武器を力一杯振るった。

まるで己の存在理由を問うかのように。

武者は存在価値を失いつつある。

今回の戦いは自己の発露という側面があるのかもしれなかった。


戦(いくさ)は夕暮れまで続いた。

ニールセン家は戦死者50名、生存者100名。

グリフィス家は戦死者名50名、生存者110名。

引き分けである。

全員が疲れ果てて動けなくなり、自然と戦いが終了した。

皆、何のために戦ったのか。

100名が死んだということだけが事実だった。

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