第31話
31
クルーラーホーン。
種族的にはトムテの近縁である。
トムテは別名をレプラコーンと言い、靴屋、地下の宝物の守護者、色々な伝説を持つ。
家に住み着く妖精のブラウニーと混同される事があるが、ブラウニーはゴブリン族に近い。ホブゴブリンとも呼ばれる。
トムテはドヴェルグに近い種族で、酒に深い関わりがあるのがクルーラーホーンである。
そういう訳で、ドヴェルグ、トムテ、クルーラーホーンはみな酒好きだ。
クルーラーホーンはそこへ「異常なほど」という言葉が付く。
「酒を造った先から飲まれて製品ができない…」
巴が沈んだ表情で言った。
「クルーラーホーンじゃな」
スネグーラチカはこめかみを押さえた。
「なんてヤツらだ」
「なんのために酒造ってるのか分らんくなるね」
ヤンと静が頭を抱えている。
農水局の方針である増産のための作物の一つがやっと決まったというのに、これではまったく意味が無い。
「これ、クルーラーホーンからやり方だけ教わって、ドヴェルグとかトムテに作ってもらった方がいいんじゃない?」
アレクサンドラが言った。
もう当初の考え方は諦めていて、プランBへ切り替えている。
「そうかもしれん」
スネグーラチカも心が折れかけているようだ。
「いや、そんなことをすればクルーラーホーンがのさばるだけだよ」
ジャンヌが意見した。
「国家事業である酒造工場で好き勝手してるクルーラーホーンの鼻を折ってしまわないと、他に示しがつかない」
「それもそうだね」
パトラが同意した。
「ちゃんと目標数製品を作らなかったら逮捕してしまえばいい」
「うーん、そういうのはしたくないんじゃが」
「あいつらより酒が強くて、あいつらに命令できそうなアールヴっていないの?」
「うーん、そんな都合のいいヤツいないだろ」
「アールヴってか、精霊かな」
レッド・ニーがぼそりと言う。
「酒ってのは水の精霊と火の精霊が結びついてるんだ。
水と火の精霊の結びつきを弱めたら、酒ができなくなる。
クルーラーホーンが真面目に酒造工場の運営をするまで精霊が協力しないようにすればいいんじゃないかな」
「うむ、それはいい考えやもしれぬな」
スネグーラチカはうなずいた。
「それを進めてくれ」
「はい、わかりました」
ということで、酒造りが上手くいかないように工作をしてみた。
途端にクルーラーホーンたちが弱音を吐き始めた。
「雪姫様、酒が切れました」
「酒造りがこんなに上手くいかないなんて…」
「精霊が怒ってる…」
「酒が造れないとか、ワシら生きてくことができません」
クルーラーホーンたちが館に陳情しにきている。
酒が満足に飲めなてないせいか、ゲッソリとしていた。
「まあ、そう嘆くでない」
スネグーラチカは平静を装って、なだめた。
「パックに精霊と話をしてもらえばよかろう」
「そうしてもらえるとありがたいですだ」
クルーラーホーンの長の表情がパッと明るくなる。
「しかしじゃ、おぬしら、酒造りの目標をさっぱりクリアしとらんようじゃのう」
「そ、それは…」
スネグーラチカに睨まれて、クルーラーホーンの長は口ごもった。
「これでは酒造工場などいらんのではないか」
「はあ、申し訳ございません」
クルーラーホーンの長は頭を下げた。
「酒を飲むなとはいわぬ。じゃが、国が求める製品をキチンと納められぬようでは工場そのものを存続する必要がなくなる」
「…はい、重ねて申し訳ございません」
クルーラーホーンの長は、そこでやっとスネグーラチカの意図に気付いたようだった。
「我ら、クルーラーホーン一同、心を入れ替えて酒造りに励みますゆえ、何卒ご容赦のほどを…」
「うむ、その言葉に嘘はないな?」
「はい、雪姫様にお力添えをするのが我らの務めでありますれば」
「よろしい、パックに精霊と話してもらう」
「ありがとうございますだ」
こんなやり取りがあって、クルーラーホンたちは真面目に酒造りをし始めた。
酒は飲むものの、それ以上に生産をして目標数を揃えて納品してきた。
クルーラーホンが造っているのは蒸留酒である。
これまでも集落単位では造られていたが、市場には出回らない程度の規模である。
蒸留酒はフロストランドではアクアビットという名称で知られている。
芋を原料にしているので、日本で言う芋焼酎だ。
「雪姫印のアクアビット」という商品名で、売り始めた。
酒好きのドヴェルグやトムテ、アールヴたちは、すぐにこれに飛びついた。
結果、酒飲みを大量製造することになった。
「酒に酔っての事件が増えております」
ニョルズが陳情しにきていた。
このところ、ずっと町の取り締まりにかかりっきりだったのが、事件急増で堪りかねたのだろう。
「う…む、そうか、すまぬな」
スネグーラチカは口ごもり、それから頭を下げた。
「ビールに比べ、度数が高い酒が大量に出回ったことで、暴れる輩が続出してます。我ら取り締まる者たちの人数も少なく、これ以上の取り締まりには人数を増やすほかありませぬ」
「分った、増員しよう」
珍しく怒っているニョルズに、スネグーラチカは素直に従った。
「治安が少し悪くなってしもうたが、これで酒造工場の利益を館の予算へ回せるな」
「クルーラーホンの賃金や運営費を差し引いたら微々たるものですけどね」
「売り上げが上がってくれば、予算も増えるじゃろう」
「ニョルズさんたちの隊に増員するからトントンになってしまいそうですね」
「ぐ…」
スネグーラチカは唸った。
「なかなか予算が増えぬ」
「酒に税金を掛けるべきじゃない?」
「酒税か…」
スネグーラチカは眉をひそめる。
税金という言葉に拒否反応をもっているようだった。
「私は税は好かぬ、商売にかけている税も本当は無税にしたいくらいじゃ」
「でも、国の収入のほとんどは税金ですよ」
マグダレナが言った。
「国債を発行するのでなければ、税金をいかに取るかです」
「民の生活を守るのも国の仕事じゃ。みなが豊かになれば自然に国も豊かになるのじゃ」
スネグーラチカはいつもの持論。
「いえ、酒税など酒周りの法整備をするのは国が酒造を管理するのに必要なんです」
パトラが口を挟んだ。
「国が厳しく管理をするのは、酒の質を保つためです。
好き勝手にさせておくと、必ず安くて質の悪い酒が出回ります。
具体的には、安くて粗雑なアルコールを混ぜた酒です」
「工業用アルコールとかな」
アレクサンドラがポツリと言った。
「混ぜ物か…」
「そう、増量剤です。こういう物は容易に国民の健康を害します。
法律を整備するというのには、経営側が利益のためになりふり構わず粗悪な物を作るのを防ぐ側面があるのです」
「なるほどのう」
スネグーラチカは納得したようだった。
「しかし、酒税は取らなくても法律を定めるだけでも良いのではないか?」
「そうですね、そこはお任せしますよ」
パトラは肩をすくめる。
「酒やタバコのように常習性の高い嗜好品は高くても買うヤツが多いからね。税金を取っても買うヤツは買うから」
クレアが言った。
「それは、弱みに付け込んでおるのではないか」
「うん、そうなるね」
クレアは悪びれもしない。
「国を発展させるには、情けを掛けるだけではいけない。
上手く取れるものは取るというのも必要だよ」
「むむむ」
スネグーラチカは唸った。
「雪姫様を虐めるな」
見かねた巴が言った。
「酒はしばらく無税で売ればいいじゃないか。売れ行きが良くなってきてから少しずつ税を取ればいいんだ」
「いいけど、そうやって色んな所に気遣うから中途半端になるんだよ。本来は酒を売って予算の足しにするってのが目的の一つだっただろ?」
「それはそうだが、雪姫様が乗り気じゃない」
クレアと巴は意見を曲げない。
「まあまあ、本来の目的はバイオエタノールだ。酒の販売は二の次、そこで揉めるなよ」
ヴァルトルーデが、二人をなだめた。
「…そういえば、ヴァルトルーデが館にいるの珍しいな」
「いや、たまには休まないと体が持たないからね」
ヴァルトルーデは分ったような分らないようなことを言う。
「バイオエタノールが出来ないとすることがないんだよ」
アレクサンドラが笑いながらバラした。
「こら、それをバラすんじゃない」
「フヒヒ、サーセン」
「なんだ、酒待ちかよ」
静は拍子抜けした。
「うどんが食べたい!」
「なんだ、急に」
「小麦粉があるんだから、作れるよね!?」
静は意気込んでいる。
いつも通り庭で稽古している。
「まあ、できなくはないんじゃないかなぁ」
巴は自信なさげに答える。
うどん作りをしたことはない。うどんどころか、料理をまともにしたことがないのだ。
「私も麺が食べたい」
ヤンが同調した。
「ああ、中国でも麺食べるよな」
「中国発祥!」
ヤンはドヤッと自慢げにしている。
「じゃあ作り方も…」
「いや、それはやったことない……」
静の顔がパッと明るくなるが、ヤンはさっと視線を外した。
「ハイハイ! ビーフン食べたい!」
ヤスミンが乱入してきて、ワチャワチャになった。
「ウドンか、いいよなアレ、ヘルシーで」
クレアはうどんを食べたことがあるらしく、話を聞いてすぐ賛同した。
「ヌードルなんて、あんなものどこが良いんですの?」
マグダレナは若干引いたようだった。
「マグダレナの言ってるのはインスタント・ヌードルだろ。ちゃんとした生麺はもっとおいしいんだよ」
クレアは力説する。
「フランスでもヌイユといって麺があるぞ」
ジャンヌが割り込んできた。
「付け合わせ麺な」
「失礼な、ちゃんと手打ちしてるんだぞ」
「へー」
静は初めて知る海外の麺事情に感心している。
「ロシアでは中央アジアから麺料理を取り入れてるよ、ラグマンとか」
アレクサンドラも話に乗ってきた。
「それ、ほぼ蘭州ラーメンと同じだよ」
ヤンがよだれをこぼしそうな顔をしながら言った。
「蘭州ラーメン旨いんだよね、アレ」
「ロシアは置いといて、ヨーロッパはイタリアのパスタが元になってるからなぁ」
「なにを言うか、ドイツにはシュペッツレがあるぞ」
ヴァルトルーデは反論した。
「ザツィエルカですわね」
マグダレナは思い出したように言った。
「メーカーで押し出して作る柔らかい卵麺ですね」
「へー、器具で作るってのがドイツっぽいよね」
静はヨーロッパの意外な麺文化に驚いている。
「うん、そうだろう、そうだろう」
ヴァルトルーデはそれに気を良くしたのか、しきりにうなずいていた。
「そうだ、シュペッツレ・メーカーを作ろう」
「なにを盛り上がってるんだ?」
パトラがうるさそうに会議室に入ってきた。
苦情を言おうとしてたのだろうが、
「え? エジプトの麺だと?」
静たちに麺料理の話を聞かれ、キョトンとした顔をしてから、
「コシャリだな、米とパスタとマカロニを混ぜて……」
「なんだ、B級グルメか」
「なんだとはなんだ!」
「いや、でもそれイタリア料理じゃん」
「イタリア料理は元々は中東文化からきてるんだよ。地中海文化圏、中東文化は人類史的にも最も早い時期に発展したからな!」
パトラは怒りながらも説明をした。
「でも、その中に麺はなかったよね」
「ぐっ…」
「中央アジアが発祥地なんじゃないの?」
喧々諤々である。
「……」
そんな中、まったく発言しない者が一人。
「どったのフローラ?」
「どーせ、ブリテンの料理はまずいですよ」
「あっ…」
皆が察して、一同シーンとなる。
「いや、英国料理もおいしいのあるじゃないですか」
「フィッシュアンドチップスとか?」
「こら、やめろ!」
静が無遠慮に言ってしまい、クレアが咎める。
「でも、紅茶あるからええやん」
「紅茶は中国発祥だぞ」
「……」
なんか言う度にドツボにハマるようだった。
「こら、なにを騒いでおる!?」
スネグーラチカが入ってきた。
「ウドン?」
「小麦粉を練って作る紐状の食べ物だよ」
「そんなもの旨いのかえ?」
スネグーラチカは疑っている。
「うんまあ、論より証拠、作ってみるから。フローラ、手伝ってよ」
「ええ、シズカさんだけに任せたらどうなるか分りませんからね」
「ヒドイなー」
静とフローラは言い合いつつ、うどん作りに没頭し始めた。
その過程で、中華麺、ヌイユ、シュペッツレなども手がけて行く。
ヤン、ジャンヌ、ヴァルトルーデが手伝っていた。
なんとか食べれるようなものができたので、お披露目をする。
「ふーん、これは思っていたより旨いのう」
スネグーラチカが食べやすいように、深皿に盛った麺にソースやスープを掛けるタイプにしていた。
まあ、めんつゆがないのでこうする他ないのだった。
「次は鰹だね」
「魚は豊富だからね、この辺は」
「醤油がない…」
「ぐっ…」
日本式の醤油ベースのつゆは材料がないので断念して、スープに入れるもの、ソースをかけるものが作られた。
フロストランドは寒い地域なので、スープに入れる方式が好まれた。
生麺だと日持ちしないので、乾麺を作ることにした。
後に商隊などが旅の道中、乾麺を茹でながらスープにして食べる方式が定着する。
炭水化物と肉や野菜などの食材が一つの料理で賄え、作るのも面倒臭くないというのが理由だ。
フロストランドの食文化が少し豊富になった。
*
「食べ物ついでに携行食糧の開発をしよう」
ジャンヌが提案した。
「なんでまた、そんなものを?」
クレアが不思議そうに聞いたが、
「軍隊には携行食糧は不可欠だ」
ジャンヌは理由を述べた。
「なるほどね」
「現在はパン、干し肉、干した果物、野菜の漬物ってのが定番のようだ」
「外の世界ではどうなのじゃ?」
スネグーラチカが興味深げに聞いた。
「包装技術の発達によって丈夫で軽量、日持ちもするように工夫されてる」
「……それはまたスゴイのう」
「味も良くなってきてるそうだね」
巴が言った。
「まあ、そうだね」
ジャンヌはうなずいた。
「だが、それは後回しだね。必要なのは携帯のしやすさと保存性だ」
「瓶詰めから始めて、缶詰めかな」
ヴァルトルーデが言った。
「そうですね、保存性は材料を煮沸消毒して空気を抜きつつ密閉することで保たれます」
マグダレナが説明する。
「瓶詰めでも缶詰めでもそれは同じです」
「後は粉末にしたり、乾燥させることでしょうね」
「水分を取っちゃうんだな」
「携行性を損なうのは水分ですから」
「そういうことなら、乾麺は最適だね」
静が言った。
自分の作ったものを持ち上げたくなるのは人情だ。
「今の乾麺は長いから短くしたものが適当だな」
ジャンヌは合理的な考え方をしている。
「となるとマカロニとかが合ってるかもね」
「うん、マカロニのようなものにソースかスープだな。できれば炭水化物、肉、野菜がすべて入っていて一食で完結するタイプがいい」
「じゃあ、餃子がいいんじゃない?」
ヤンが言った。
「ピロシキもね」
アレクサンドラも発言してくる。
「オーケー、それも候補に入れよう」
ジャンヌは色々な意見を集めるつもりらしい。
マカロニをメインに料理開発がなされた。
やはり静とフローラが担当になってしまっている。
「みんな面倒だからって押しつけやがって…」
「まあ、そう言わないで」
フローラが言った。
「みなさん、料理が得意じゃないんですよ」
「私も得意じゃないんだけど…」
「もう麺を開発した実績があるじゃないですか」
「あ、そっかー」
なんて言いつつ、スープを作り始める。
フロストランドで定番の作り方をそのまま踏襲しているので難しくはないが、これをより簡単に材料を厳選して作る必要がある。
この手の物は規格品だ。
規格品は一定の手順に従って一定の味、品質になればそれでいい。
普通の料理にある工夫は不要だった。
材料も少なくしたい。
肉と野菜を煮込んで味付けをして、茹でたマカロニを入れる。
それから、ソースを絡めたもの。
ソースはホワイトソースのものを試してみる。
料理としてはこれでいいが、瓶詰め・缶詰めにするにはここから更に煮沸して空気を抜き密封しないといけない。
「試作品を作ろう」
ヴァルトルーデが缶詰めの開発をしていたので、すぐに試作に取りかかった。
レッド・ニーに空気を抜いてもらい、蓋をする。
道具を使って蓋の縁と缶の縁を織り込んで空気が漏れないように密封する。
「開けるときは?」
「缶切りを使う」
アレクサンドラが聞くと、ヴァルトルーデはすぐに答えた。
もう開発済みだ。
「え、もう缶切り使うの?」
「はあ?」
「缶詰めができてから50年後だからね、缶切りできたの」
「いや、なに言ってんの?」
「缶詰めを開ける苦労をフロストランドのみんなにも経験させなければ!」
「アホか」
アレクサンドラがよく分らない盛り上がりを見せているが、ヴァルトルーデに一蹴された。
「利便性を追求するのが技術の第一目的だ。不便な状態を強いるとかありえん」
「ツマンネ」
「バカだろ、お前」
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