第30話
30
「ご苦労じゃった」
スネグーラチカは、ジャンヌたちを労った。
「こちらは若干の負傷者のみ。
ゴブリン反乱勢力は戦死者数150名でした」
「そうか、一人も死なぬとはいかぬよのぅ」
「ゲリラ化した者は今後も死ぬでしょうが、それでも代表者が戻って安定しつつありますから、同じような無駄な殺し合いは起きないでしょう。被害は最小限に抑えられたと考えます」
そう言って、ジャンヌは報告を終えた。
「うむ、ゆっくりと休むがよい」
「はい」
ジャンヌは席に座る。
「しかし、『ぱわーどすーつ』とか言ったかの、実戦投入したいと言われた時は驚いたぞ」
「あれは見た目のインパクトが絶大だからねぇ」
「破壊の巨人とか言われてたよ」
アレクサンドラと静が言った。
「しかし、相手がいったん慣れてしまえば対策を立てられてしまう。
今回はなんとかなったが、飛び道具で狙い撃ちにされたらひとたまりも無い。
随伴歩兵を付けたり、火力を持たせたりと改善点は多いね」
ジャンヌはため息をつく。
「火力か…まだムリだな」
ヴァルトルーデが、うーんと唸っている。
「バネ銃を大きくしたらいいんじゃない?」
アレクサンドラが思いつきを口にする。
「一発しか撃てない」
「並んで射撃すりゃいいじゃん、その後は突撃で」
「戦法の一つとしてはいいんじゃないか」
巴がうなずく。
「パワードスーツは結局、圧力としての効果が強いのだからな」
「一応、候補に入れよう」
ジャンヌは興味薄げにしている。
スネグーラチカは魔法の石を手にしていた。
「ご助言を頂いたお陰で早期解決ができました、礼を言いますぞ」
相手はアナスタシアである。
『恐縮です』
人の上に立つ者同士、通じ合うものがあるのだろう、二人は和やかムードだ。
『早期解決できて良かったですね』
「うむ、ゴブリンたちが友好的になってきましたし、これで少し安心です」
スネグーラチカは、ふーッと息をつく。
『ふふ、心中お察しします』
アナスタシアは笑い声を漏らした。
『ですが、国政に終わりはありませんよ。これからが重要です』
「そうでしたな」
『一刻も早くフロストランドを統一して、我々メルクと交易を振興して頂きたいですね』
「望むところですぞ」
という感じで会話が終了した。
*
流れというのは一度できると勢いを増すもので、西の山岳地帯のゴブリンたちが接近した途端に他の勢力も次々と接近してきた。
北の海辺のアールヴたちは、最初は助成金目当てだったのが、鉄道工事を推進してゆくことになった。
鉄道工事が雇用を生むのに加えて、彼らが持つ武器である水産物の大量輸送が可能だ。
鉄道がパックの集落を越えて海辺まで延長されることになる。
フロストランドの最北は、海辺が広がる漁民の土地である。
その多くは海や水と関わりのあるアールヴたちが住んでいて、一部の種族は凍てつく海の中に長時間いたりするが、ほとんどは陸にいて漁業を営んでいる。
海辺は東西に緩やかなカーブを描いてゆくが、東はドヴェルグが住む土地へ、西はゴブリン族に括られるアールヴたちの住む山地へと繋がっている。
もちろん、これらの種族も漁業に従事する者はいるが、規模が小さい。
西のゴブリン勢も同様のことには注目しており、彼らの武器の鉱石を輸送する目的で推進を考えている。
しかし、問題が一つある。
蒸気機関車は内燃機関や電車に比べるとパワーが弱い傾向があり、傾斜地が登れないのだった。
「電車、内燃機関の開発をしないと」
ヴァルトルーデが提案した。
「発電所を作るということですか?」
「石油が手に入らないよ」
マグダレナとクレアが言った。
多分に反対するニュアンスが含まれている。
「蒸気機関は蒸気機関として残すべきだけど、電車と内燃機関を作らないと坂が登れない」
ヴァルトルーデは主張した。
「工作機械ができて精度が上がったから、性能の良い発電機が作れるようになった。ここでプロトタイプとしての発電所を作るべきだ。
また内燃機関に使える燃料は石油だけじゃない」
「あ、そっか、バイオエタノールだね」
アレクサンドラはピンと来たらしい。
「エタノール?」
スネグーラチカは首を傾げた。
「ようは酒だね」
「ん? そんなものが燃料になるのかぇ?」
「燃える水には劣るみたいだけど、それなりにパワーは出るみたい」
「そう、エタノールを燃料にすれば、わざわざ燃える水を輸入する必要はない」
ヴァルトルーデはうなずいた。
「蒸気機関に戻るけど、石炭は今は問題なくても徐々に枯渇する、薪や木炭では火力が足らない。その代替として、電力と内燃機関にスライドしてゆくようにしたい」
「…ふむ、なるほどな」
スネグーラチカは納得したようだった。
*
それからもう一つ課題があった。
季節的な問題だ。
雪が降るとレールが埋もれるのが予想されるので、アレクサンドラとヴァルトルーデは急遽除雪車の開発に着手しなければならなくなる。
「鉄の板を機関車の鼻先に取り付けるのがいいかな」
ヴァルトルーデは気楽に考えていたが、
「前面にブレードを取り付けたラッセル車、除雪されてレール側面に積み上がった雪を掻き崩すマックレー車、崩した雪を巻き込んで遠くへ飛ばすロータリー車の三種が必要だよ」
アレクサンドラは力説した。
「へー、さすがロシア人、詳しいね」
「何を言ってるシズカ、日本でもキマロキ編成っていう素晴らしいモノがあったじゃないか!」
「え、ナニソレ?」
アレクサンドラに肩を捕まれて、静は狼狽した。
「キは除雪車両を表す記号だよ。豪雪時に行われる編成で、マックレー車、ロータリー車の頭文字を取ってキマロキ」
「わー、そーなんだー」
そのまま蘊蓄の嵐になったのは言うまでもない。
「分かった、分かった、除雪車にはそんなに種類があるんだな」
ヴァルトルーデは「降参した」ってな感じで言った。
「うん、最低でもこれらが揃ってないと運行不能になるよ」
アレクサンドラはうなずく。
国土交通大臣としては、真面目に取り組まざるを得ない問題である。
「あと、早朝とか夕方の時間に雪が降り積もる事があるから、ライトが要るね」
「現時点では午前一便、午後一便の一往復しかしないからライトがついてないもんなぁ」
「強力なライトがないのもあるね」
「じゃあ、どうする?」
アレクサンドラとヴァルトルーデは頭をつき合わせるようにして考えている。
「同じものをいくつも束ねればいいんじゃない?」
静が思い付いたように言った。
「あー、そうか」
「ロケットエンジンと同じやり方だね」
「いや、ロケットエンジンは知らんけど……」
「シズカは時々面白い発想をするな」
ヴァルトルーデは笑いながら言った。
「ほら、三本の矢の話ってのがあるじゃない」
「知らない」
「サムラーイの伝承か?」
「ヨーロッパ人には伝わらないヤツだった……」
ともかく今ある電球を複数並べて見ることになった。
これにより、トムテたちの仕事が増えた。
電球、革製品、整形炭と地味だか様々なところで活躍をみせている。
最近は仕事が能率化されてきて、細工物や靴にまで手を広げていたようだが、電球製作のウェイトが高まったのでフル稼動となった。
「電球の出来は悪くない、出力不足は数と鏡面でカバーする」
ヴァルトルーデが言うと、
「鏡面?」
トムテのまとめ役が聞いた。
ストゥイルである。
「電球の背面を鏡にして光を反射させるやり方だ」
ヴァルトルーデは説明した。
モデルを作っていて、実際にそれを使ってみせる。
「これは懐中電灯というヤツだが、これの大きいヤツを作る」
「へー、すごいもんだなぁ。これ、ワシらにやらせてくれるんだべか?」
ストゥイルは技術的なものには貪欲だった。
彼らが自分たちに合った技術を身につければ身につけるほど、食いっぱぐれがないのだ。
それに、トムテたちは細かな作業が好きだ。
パックが紐状武器や飛び道具を好み、ドヴェルグが斧やハンマーを好むのと同じように、トムテは細かな機構の道具を好む。
石弓やバネ銃に興味を持っていた。
「もちろん、研磨作業は手先の器用さだけでなく根気が要る」
「ふふん、ワシらはそういうのが得意なんでさぁ」
ストゥイルは鼻で笑い飛ばした。
言うだけあって、研磨作業は順調に進んだ。
トムテたちが研磨作業に没頭している間、ヴァルトルーデとアレクサンドラはライトの配線構造を組み始める。
修理や脱着を容易にするため、何度も何度も繰り返して考えた。
ライトがあると電力を食われるため、不必要な状況では取り外しができるようにしたいのだった。
また脱着が容易だと修理・点検も簡単になる。
ライトはボックス型にして装着し、内部はできるだけ簡素化、電線だけを伸ばして発電機へつなぐようにした。
蒸気機関車は基本夜間運航を考えていなかったが、除雪車としての運用時、曇天雨天での運航でライトが絶対不可欠になるはずだった。
「蒸気機関車はとりあえずここまでかな」
ヴァルトルーデは言った。
彼女の頭の中はもう内燃機関車で一杯になっている。
車の製作ばかり考えていて、重要な点が抜け落ちていた。
「エタノールの生産体制ができてないよ」
アレクサンドラが指摘する。
「あっちの世界ではトウモロコシとか使ってたけど、それに代わる原料がないと」
「穀物なら大体いけるんじゃないか?」
ヴァルトルーデは、燃料については、よく考えていないようだった。
「私もあまり詳しくはないから、マグダレナに聞いてみよう」
アレクサンドラはそう言うと、駐車スペースに停めてある蒸気自動車、アレクサンドラ号の起動準備をした。
アレクサンドラ号は改良を重ねていて、以前はオープンカーだったのが、今は馬車が牽引するワゴンのような室内型になっている。
フロントガラスなどのガラス部分はトムテの職人たちに作ってもらっていた。
トムテたちがいなかったら実現しなかったかもしれない。
アレクサンドラは自動車の釜に、携帯用のスコップで製作所のストーブに入っていた石炭を放り込む。
電動フイゴが着いていて、バッテリー電源を使って風を送る。
火力が一気に上がり、蒸気が噴き出す。
「よし!」
アレクサンドラは、どっかで聞いたようなかけ声とともに運転席へ乗り込む。
「このバッテリー、ほんと便利だな…」
ヴァルトルーデも助手席に乗り込む。
ポッポー
独特の汽笛音を上げて、出発。
館へ向かった。
*
氷の館では、スネグーラチカを中心に、マグダレナ、パトラ、クレアがミーティングをしていた。
ちなみに巴、静、ジャンヌ、ヤン、ヤスミンは庭で稽古をしている。
フローラとパックは講義。
鉄道網の完成図について話している。
要はどこまで作ったら完成か、だ。
「すべての地域に鉄道を引けば完了ではないのか?」
「いや、とりあえず重要物資輸送網を築いたら完了だよ」
クレアが言った。
「第一次鉄道計画ということですね」
マグダレナが補足する。
「第二次で商業物資輸送網、第三次で遊覧目的の路線といった所でしょうか」
「なるほど、重要度で分けているのじゃな」
スネグーラチカは納得したようだ。
「しかし、私は遊覧がしたい。第三次計画までやるのじゃ!」
「予算が足りない」
クレアは天を仰いだ。
「ぐっ…また予算か」
スネグーラチカは拳を握りしめた。
「宝くじで大分増えたじゃろうが」
「補助金の申請が殺到して、すぐなくなったよ」
「それに宝くじで集めたお金は補助金以外には使えません、そういう約束で販売していますので」
マグダレナはキッパリと言った。
ここでルールを曲げてしまうと、この先、資金繰りに困った途端に目先にある金に手をつける体質ができてしまう。
「だから、最優先は重要物資の輸送網だよ」
クレアは繰り返し言ってから、
「ま、でも、この輸送網を走る機関車が客車を引いてても構わないけどね」
少し声を和らげた。
「……ふん、とりあえずはそれで我慢してやるのじゃ」
スネグーラチカは鼻を鳴らす。
「あのー」
そこへアレクサンドラとヴァルトルーデが入ってくる。
「教えて、ヴィシニエフスカ卿!」
アレクサンドラがどっかで聞いたようなフレーズを口にした。
「なんですの、藪から棒に」
「それ好きだな、マグダレナ…」
マグダレナが訝しげに言うと、クレアがつぶやいた。
「バイオエタノールてどうやって作るの?」
「穀物があればドカドカ作れるんだろ、大量生産はロマンだよな」
アレクサンドラとヴァルトルーデは同時にしゃべくり出す。
「それについては、考えがあります」
マグダレナは眼鏡をクイッと押し上げてみせる。
「まずはお酒の製造を手がけます」
「酒?」
「ま、エタノールは確かに酒だけど」
アレクサンドラとヴァルトルーデが首を傾げる。
「現在、フロストランドで出回っているお酒にはなにがありますか?」
マグダレナが聞くと、
「ビールがほとんどだな、あとアクアビットが少々」
パトラがさっと答えた。
「パトラって普段からそういう調べものばっかしてんのな」
「うるさい」
クレアが茶化すと、パトラはピシャリと言った。
「アクアビットってなに?」
「芋を原料にした蒸留酒だよ」
「ジャガイモか?」
「いや、フロストランドというか、この辺一帯にはジャガイモはない」
パトラは説明した。
「主にサツマイモだ」
「へー」
「蒸留設備があまりないから、発酵酒のビールがメインになっているんだ」
「てことは、サツマイモから酒を造ってゆくのか」
「その通りですわ、蒸留酒を造って販売してその利益を予算に回しつつ、バイオエタノールの生産体制も造って行くのです」
マグダレナは言った。
「農水大臣とも後で話さないといけませんわね」
「あ、畑に植える作物のことか」
クレアが気付いて、ポンと手を叩いた。
「館が作付けを奨励して、相場より少し高く買い取る、これだけで作付け意欲が増すはずだよな」
「そう、そして、サツマイモで蒸留酒を造って国内外に販売してゆきます」
「うわー、ドヴェルグに酒ってよくない組み合わせっぽいけどなぁ」
アレクサンドラは苦笑している。
「ロシア人がいえた義理かよ」
「ロシア人にウォッカみたいなもんだろ」
「うるさいな」
「ともかく酒の販売で利益を出せば館の予算の足しになり、またバイオエタノールの生産の足がかりにもなります」
「なるほど、次なる国家事業は『芋を植える』じゃな!」
「字面が貧相だね」
「……そうじゃな」
アレクサンドラがつぶやくと、スネグーラチカは力なくうなずいた。
静と巴は芋を買い込んで酒造テストを始めた。
芋を刻んで水と一緒に煮込む。
煮込んだら放置して発酵させる。
発酵したら液を蒸留して不純物を取り除く。
工程は単純だ。
しかし、物事というのはそう簡単にはいかない。
発酵段階までに不純物が混じってしまう。
発酵がうまく進まない。
蒸留が上手くいかない。
問題だらけである。
「…酒造りが得意なアールヴっていないのかな?」
「困ったら妖精に頼れ、パックに聞いて見よう」
頭を抱えた静と巴は、妖精に頼ることにした。
「アールヴはなんでもできる便利箱じゃないんだけど…」
パックは小さな声で言った。
講義続きで疲れてるのか、ゲッソリしている。
「酒好きな妖精は一杯いるだろう?」
「だから酒造りが得意な妖精もいるんじゃないの?」
「まあ、確かにいるけど」
パックは果実ジュースを飲みながら、答えた。
先頃に開発していた果実ジュースが上手くいき、館やその周辺では気前よく振る舞われている。
まあ、そんなことをしているから資金不足になるのだが。
「クルーラーホーンってのが酒造りが得意だけど」
パックはなぜか気が進まないって感じである。
「いるんじゃん、早速そいつに…」
「いや、酒造りも好きだけど、飲むのも好きなんだ」
静が言いかけたところで、パックが遮った。
「飲むのが好きすぎて、普段からベロンベロンに酔っ払ってるんだ」
「…えー、なにそれ」
静は露骨に嫌そうな顔をするが、
「しかし、今は好き嫌いを言ってる場合じゃない」
巴は意気込んでいる。
「バイオエタノールを作るのには必要なことだ」
「なにそれ?」
パックは興味を持ったようだった。
「……へー、酒が燃料になるんだ」
「そうだ、西の丘陵地に鉄道を通すのに今の蒸気機関車ではパワーが不足しているんだ」
巴は説明し始める。
「だから電動か内燃機関という動力が必要になっている」
「それに酒の販売にも手をつけられるしね」
静が補足した。
「なるほど、最近の資金不足を解消する手助けになるかもね」
パックはすぐに理解したようだ。
「燃ゆる水が話題に出てきた時の続きってことだね」
「理解が早いな」
「南の地域から、燃ゆる水を輸入するなんてのは非現実的すぎるし、いい考えなんじゃないのかな」
パックはうなずいている。
「分った、クルーラーホーンに話してみるよ」
「助かる」
という訳で、パックが一肌脱ぐことになった。
大パックは講義で忙しいので、弟分のレッド・ニーが引き受けた。
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