第29話
29
西の山岳地帯でのゴブリン族内紛は、すぐに雪姫の町まで伝わってきた。
というのも賛成派の数名が隙を見て脱出しており、氷の館に保護を求めてきたのである。
「面倒なことになった」
スネグーラチカは頭を抱えている。
保護するだけなら良いのだが、逃げ込んできた賛成派は助力を願い出ている。
暴動により奪われた地位を取り戻したいのだ。
これを助ければ、ゴブリン族の内紛が、雪姫勢力とゴブリン族の対立へスライドするのは分かりきっている。
「どうしたもんかのう…」
スネグーラチカは、いつになく元気がない。
「暴動はすぐに鎮圧すべきだね」
ジャンヌは主張した。
「私もその意見に賛成です」
マグダレナは眼鏡のフレームを指で押し上げる。
「じゃが、我々が干渉すれば対立は避けられぬ」
スネグーラチカは渋った。
「禍根を残してしまえば、今後の関係が難しくなる」
「スネグーラチカはフロストランドの民が好きなんだね」
静は言った。
「うむ、私が事業に取り組んでおるのは皆の生活を良くするためじゃ。統治のための統治ではない。それなのに同じ種族が争い合わねばならぬとは…。私は同じ土地の者が争い合わねばならぬのは嫌じゃ」
スネグーラチカは一気にしゃべった。
最近、思い悩んでいたのはこれなのだろう。
「スネグーラチカさんの気持ちはよく分かります」
フローラがうなずいて、言った。
「これは被害をどれだけ小さくできるか、そういう類いの事です」
「む…なるほど」
スネグーラチカは少し心を動かされたようだった。
「基本方針が決まらないから、どう動けば良いか分からなくなるのです。それに未解決のままで時間がすぎてゆくと、国民へ悪い印象を与えてしまいます」
フローラは続けて言った。
「ふむ、続けてくれ」
スネグーラチカは促す。
「はい、ここでモタモタすると雪姫様を頼ってきたゴブリン族の代表たちは考えを変えるでしょう。敵対まではしなくとも、良好な関係は築けなくなる可能性があります。
国民に対しても、優柔不断で頼りない印象を与えてしまいます」
「そうか、難しいものじゃなぁ」
スネグーラチカは、また頭を抱えた。
「ですので、基本方針をしっかり持ち、迅速に動く必要があります」
「被害を小さくすると言ったな?」
「動き方次第では逆に被害が大きくなりかねません、ここはアドバイスをもらうのが良いかと思います」
「アドバイスじゃと? 誰からもらうじゃ?」
「アナスタシアさんです」
フローラは、スネグーラチカの席の傍らに飾ってある石を見た。
「……という訳でして、助言を頂きたいのです」
スネグーラチカは魔法の石を通して、状況を説明した。
『事情は分かりました』
アナスタシアの声が返ってくる。
『私に相談して頂けるのは光栄なのですが、これはメルクに情報が漏れるのを意味します』
「構いませぬ、どのみち風聞が伝わるのは時間の問題ですから」
スネグーラチカの意思は変わらないようだった。
『……スネグーラチカ殿の方針に従うのなら、事態の沈静化に努めるべきです。あくまでも庇護と助力を求めてきた者に力を貸すだけにしてください。当初、大臣さんたちが考えていたような素振りは見せないことです』
アナスタシアは若干の間の後、答えた。
「相手は暴力に訴えてきた連中ですよ?」
マグダレナが割り込んでくる。
『マグダレナさん、被害を最小限に抑えたいのなら、暴力に暴力で返してはいけません。
それに、あくまでそういう素振りを見せないというだけです。ゴブリン族たちのすべてが恩知らずという訳ではありませんから、少なからず感謝の念は持つことでしょう』
アナスタシアは淡々と述べた。
『こうした事を少しずつ積み重ねてゆけば、向こうから参入してくると思います』
「むむむ」
マグダレナは唸った。
「よく分かりました。感謝しますぞ、アナスタシア殿」
スネグーラチカは気分が軽くなったのか、声が弾んでいる。
『どういたしまして、何かあればいつでもご相談ください』
アナスタシアは定型句を返した。
*
スネグーラチカはゴブリン族の賛成派代表へ助力を約束した。
ただし「事態の沈静化に手を貸すだけ」と念を押している。
そして、軍が派遣されることになった。
指揮官はジャンヌである。
巴、静、ヤン、ニョルズも同行する。
パックは講師の仕事があるので、レッド・ニーが同行することになった。
パックが悔しがったのは言うまでもない。
ゴブリン族の代表に聞いた所では、暴動を起こした者は少なく見積もっても500人。
正規軍はまだドヴェルグが100人。
正規軍の装備は斧と盾。
鎧は、チェーンメイルに皮と金属プレートの胸当て、金属の兜、皮の手袋に皮のブーツ。
食糧や何やらはすべて持って行く。
装備や練度もあるので戦って見なければ分らないものの、数では劣勢だ。
しかもゴブリン族はドヴェルグと同じように鍛冶や工芸に長けている。
侮れば返り討ちになりかねない。
「策を弄さないとな…」
ジャンヌは一計を案じた。
こちらが持っているものと言えば、蒸気機関か。
蒸気機関車はレール西の山岳地帯へは延びていないから持って行くのは不可能。
蒸気自動車は補給さえすれば、もってゆけるだろうが傾斜に弱かった。
車輪はとにかく悪路に弱い。
「ヴァルトルーデに相談してみるか」
ジャンヌは作業所へ赴いた。
「じゃあ、パワードスーツを持って行く?」
ヴァルトルーデは言った。
「完成したのか?」
「いや、君らが想像するヤツとはちょっと違うんだ」
ジャンヌが驚くが、ヴァルトルーデは頭を振る。
「そもそも、この世界では電子機器が作られていない。
操縦者の動作をトレースするには電動じゃムリだ。
だから非動力の構造を採用することになる」
「どういうこと?」
「パンタグラフは知ってるだろ? あの構造を利用して極力動力に頼らないトレースシステムを作った」
ヴァルトルーデは製作所の隅へ行った。
部屋の隅には何か置いてあって、上から布がかけてある。
「いうなれば外骨格型だな」
布を取ると、メカメカしい機械が姿を現した。
その数、10機。
「操縦者はこれを着る形になる。
戦闘用に装甲を着けたからかなり重くなったので、電動モーター、油圧、圧縮空気でパワーアシストしている。
基本は、背中の脊椎構造と圧縮空気ポンプが働いて着用者の動きをトレースする。
歩く時は脚に付けた油圧ポンプがアシストしてくれる。
物を持つ時は、操縦者がグリップを握り込むことで、腕に付けた電動モーターと油圧ポンプが働いて指を閉じる。
指と言ってもカニみたいな二本指だがな。
また腕に取り付けたブレードを叩き込むこともできる。戦闘ではこれがメインになるな。
それから、ライトも付いてるぞ」
ベラベラと説明するヴァルトルーデだが、
「しかし、これを運ぶのは骨だな」
ジャンヌはうーんと唸った。
実際、鉄の塊だ。
これを動物に運ばせるのはキツイだろう。
「蒸気自動車を使うといい。1機につき1台。荷車に固定する。
蒸気自動車は既に量産体制に入ってるから、10台くらい揃えるのは問題ない。
それに我らがフロストランドのアレクサンドラ式蒸気自動車には発電機能がついてるから充電も可能だしな」
「10台で行くのか…」
ジャンヌは想像するに苦労するような気がした。
「そしたら、ヴァルトルーデとアレクサンドラが着いてきてくれると助かるんだけどな」
「私は構わん、スネグーラチカに話してみよう」
ヴァルトルーデは目を輝かせている。
(マッドサイエンティストってこういうヤツを言うんだな…)
ジャンヌは心の中で思った。
*
「野郎ども、我らが雪姫様の名に恥じぬ働きを見せろよ!?」
ジャンヌが声を張り上げると、
「イエス、マム!」
と訓練されすぎた感のある返事が鳴り響いた。
館の前で簡単な出陣式をしているのだった。
「期待しておるぞ!」
スネグーラチカが声をかけると、
「我らが雪姫様に栄光あれ!」
決まり文句を言って出陣と相成った。
蒸気自動車10台、馬車10台の計20台という大所帯である。
蒸気自動車のうち2台はヴァルトルーデ、アレクサンドラが運転していて、ジャンヌ、巴、静、ヤン、ニョルズ、レッド・ニーは助手席に座っている。
幹部待遇というヤツだ。
その他の運転手、御者は普段から乗り物を操縦している郵便職員や商会の者を雇用していた。
つまり、徒歩の者がいないという前代未聞の出陣だ。
ただ移動が楽なのは皆に歓迎された。
車での移動は予想より早く、すぐに西の山岳地帯へと着いた。
しかし、山岳地帯を登るにつれて蒸気自動車のパワー不足が目立ってきた。
「水を補給するよー!」
アレクサンドラが叫ぶ。
頃合いも良いので、小休止となった。
各自、食事を取ったり話をして休んでいる。
「おふー、この傾斜はキツイねぇ」
アレクサンドラは弱音を吐いていた。
「行けるところまでは車で行く」
ジャンヌが言った。
とにかく、目玉のパワードスーツを運ばないことには持ってきた意味が無い。
「もう少しですだよ」
ゴブリン族の代表の一人、トロルのムーミが言った。
生き残ったのは、他にシーオークのサーリ、コバルトのバルだけだった。
「オラたちの鉱山はこのすぐ先ですだで」
「そうか、ヤツらは私たちが来るのを予想してるだろうなぁ」
ジャンヌは誰にともなく聞いた。
「はあ、斥候くらいは出してると思いますだよ」
サーリが答えた。
「我々はそういうのに向いてますし」
「だな、それに私たちには土地勘がないからな。着いたらすぐに攻撃を仕掛けるぞ」
ジャンヌはそう言って、立ち上がった。
*
ほどなくしてムーミが言う鉱山に着いた。
鉱山の周囲には柵が建てられていて、門が閉じられていた。
敷地内には櫓が何カ所か建っていた。
恐らく、櫓から矢を射ってくるだろう。
門を破って、中に攻め入り制圧する。
正攻法で押し切るつもりだ。
「集まれ!」
ジャンヌは隊員を整列させた。
「向かってくる敵だけを倒す、鉱山の解放が目的だ。では準備にかかれ!」
「へい、指揮官!」
ドヴェルグ兵たちは盾を構えて整列する。
「それから選抜された10名は外骨格を起動してくれ、正面から門を破る」
「へい、指揮官!」
ドヴェルグたちはパワードスーツを起動させた。
練習はほとんどしていないが、それでもすぐに感覚で動かせるようになった。
「いくぞ、オラァッ!」
パワードスーツ隊が先陣を切って突撃。
門を破りにかかった。
2機が腕に取り付けたハンマーで門を叩き、4機が盾代わりに板を掲げて防御する。
櫓や柵の上から矢が降り注いだが、矢を悉くはじき返した。
残り4機はバラけて柵を殴っていた。
攪乱だ。
ゴブリンたちは一瞬、戸惑ったようで、矢の撃ち方が散漫になる。
ドゴォッ
バリバリッ
所詮、急作りの門である。
重たい鉄の塊を何度もぶつけられると、音を立てて壊れ始めた。
「よし、歩兵隊、進め!」
ジャンヌが叫ぶと、
「オッシャーッ!」
待機していた歩兵が殺到して、壊れた門に斧を叩き付け始めた。
同時に柵の方へも散開して斧を叩き付ける。
ゴブリン勢は浮き足だったようだった。
矢数が減り、勢いがなくなる。
歩兵が門を壊してゆくと、内部が見えてきた。
「外骨格隊!」
ジャンヌがまた叫ぶ。
パワードスーツ隊が壊れた門を押してゆくと、メリメリと音を立てて門が壊れた。
「突入!」
パワードスーツと歩兵隊が門を抜けて柵の内側へ入ってゆく。
見たことのない巨人が突入してきたので、ゴブリン勢はパニックを起こしていた。
パワードスーツはライトを点けていた。
建物や坑道を照らす目的であったが、これが得体の知れない光る目を持つ化け物と映ったらしい。
見た目というのは想像以上に恐怖を与える。
兵士としての訓練を受けていない者ならば、戦意を喪失しても不思議はない。
また戦を経験したことのある者はいたが、指揮をとれる者がいなかった。
自軍を立て直すことができず、混乱が起きた。
焦って突撃してくる者、矢を射る者、恐れをなして逃げ惑う者、統制を失っていた。
「聞け! 刃向かわねば討たぬ!」
ジャンヌが声高に叫んだ。
柵の内側へ入っており、周囲は巴、静、ヤン、ニョルズ、レッド・ニーが固めている。
「投降すれば命は助ける!」
これを聞いて、武器を捨てて投降する者が続出したが、同時に我を失って特攻をかけてくる者も相次いだ。
剣戟の音が鳴り響き、死者数は増加してゆく。
建物を占拠し、坑道の入り口まで制圧した。
投降しなかった者は、向かってきて戦死するか坑道へ逃げ込んだ。門の外へ逃げた者も多い。
こうして、戦闘はものの数分で終わった。
死体を数えたところ、戦死者150名だった。
投降者は200名。
最初の見積もりが正しければ、約150名が逃げたことになる。
「逃げた者たちが、また襲撃してくるでしょうね」
サーリが忌々しげに言った。
鉱山は取り戻したが、今度は占拠するのに兵士が裂かれる。
相手はゲリラ的な攻撃へスライドするのが、目に見えていた。
「外骨格のインパクトは緒戦でしか通用しないからなぁ」
ジャンヌは頭をかいた。
「ボクたちが敵を追うのは自殺行為だしね」
レッド・ニーは肩をすくめる。
「坑道も不慣れ、山岳地帯も不慣れ、地の利がないよ」
ヤンは既に弱気になっている。
「でも、トロルたちは全部が全部反乱に加担してる訳じゃないだろ」
巴が言った。
「はい、もちろんですだ」
ムーミはうなずく。
「部族の者たちが団結すれば鉱山を守るのは可能だと思いますだよ」
「じゃあ、二手に分れよう。半数はここの防衛と修理、半数はトロルたちを集める」
ジャンヌは即決した。
ムーミの集めたトロルたちに鉱山の守りを預けた。
そして、他の鉱山も同じように取り戻す。
反乱勢力の残党がいたが、同じように蹴散らした。
どうやら巨人の噂が伝わっており、相手はすぐに腰砕けになってしまっていた。
しかし、ゲリラ化する者に関しては、ジャンヌたちには手に負えなかった。
ここは元の代表者を中核とする勢力に頑張ってもらうしかない。
「申し訳ないが、我々にはこれ以上干渉する権利がありません」
ジャンヌはゴブリン族の代表者たちに言った。
「あなたがた正当な代表者を助力し、不当に鉱山を占拠していた連中を追い払ったところで任務完了です」
「あー、そうですだか…」
「いや、反乱者どもを打ち払ってくれただけでもありがたいです!感謝のしようもありません!」
ムーミが不満げな顔をするのを、サーリが押しのけて言った。
後で、こってり怒られることだろう。
「んだ、オラたちは雪姫様のご恩は忘れないだよ」
コバルトのバルもサーリに合わせている。
「ところで、オラたちは今後もあなた方とは友好関係を保ってゆきたいのですが…」
「もちろん歓迎いたします」
ジャンヌは満面の笑みを持って答える。
端っからこれが目的だ。
「細かな所はまた話せばいいでしょうが、そちら様がお困りの時は尽力をお約束したく思います」
微妙に曖昧な言い回しをして、ジャンヌは会釈をする。
代表者たちが、ホッとしたのが分った。
「そういって頂けると助かるだよ」
「今回のような武力によるお力添えはもちろん、経済的・技術的な交流についても前向きに考えております」
巴が外務大臣として、仕事を始めている。
「我らが雪姫様はそれをお望みですからね」
「はあ、ありがたいことですだ」
代表者たちは皆、頭を下げた。
不測の出来事は起きたものの、雨降って地固まるというべきか。
ここにおいて西のゴブリン族勢は、雪姫勢力と急速に近づいて行くことになる。
*
西のゴブリン勢が真っ先に望んだのは、やはり助成金であった。
これを受けると言うことは、雪姫勢力下に入ることと同義だ。
しかし、それによる見返りが多い。
ゴブリンの代表者たちは、一つ先を見越していた。
何もしなければ、技術・経済・制度、どれも格差が広がっていくばかりだ。
格差が広がれば軍事面で逆立ちしても勝てないようになる。
今回の暴動でも、その片鱗をまざまざと見せつけられた。
ゴブリンのほとんどの部族、氏族が実際に雪姫勢力の力を目撃したのである。
代表者の言うことに納得せざるを得なかった。
それでも、否定派はゲリラ化して度々手を焼かせたが。
理屈が通じない者はどこまで行っても変わらない。
まずは、彼らが持っている鉱山を武器に雪姫勢力との交易に力を入れることにした。
雪姫勢力は鉄を欲している。
お互い欲しいものを交換する、友好関係を築くには一番である。
そして、徐々に仲間を説得してゆき、様々なものを導入してゆく。
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