第28話

28


助成金を実施へ進めている間、町の工房でボヤ騒ぎが起きた。

電気式の工作機械を導入したばかりでの火災だ。

電気になれていない、理由はこれに尽きる。

「消防車の製作はどうじゃ?」

スネグーラチカは少しイラついているようだった。

町が段々発展してきたのだが、それによる副作用というか今までになかった事故が出てくるようになったのである。

「ほぼ完成だよ」

アレクサンドラはグッと拳を突き出して見せた。

「そうか、ならよかった」

「隊員を雇ってあるから、ジャンヌに訓練してもらってる」

「おお、それは、なんというか、大変じゃな、隊員…」

スネグーラチカは微妙な顔をする。

ジャンヌの訓練は厳しすぎるところがあった。

兵士を鍛える場合は、死なせぬためにみっちり訓練を施す、これは分る。

「消防隊員は兵士ではないからのう、あまりやり過ぎて逃げ出さぬか?」

「ドヴェルグはそんなにヤワじゃないよ」

アレクサンドラは、全く気にしていない。

「スネグーラチカは少し過保護なところあるね」

「む、そうか?」

スネグーラチカは鼻白んだ。

「ドヴェルグたちを信用しなよ」

「ふん、信用はしておる」

「ならもっと、どっしり構えておきなよ」

アレクサンドラは笑いながら言った。


「電気の取り扱いについて講習会を…」

フローラが言い出したので、

「それ以上増やすな!」

クレアがストップをかける。

「私たちでやるから大丈夫だ」

アレクサンドラが慌てて言った。

「でも…」

「フローラは働き過ぎ、電気ならアレクサンドラとヴァルトルーデが分るから大丈夫」

クレアは半ば強引にフローラを座らせる。

「そうだよ、私に任せておいて」

「私は構わん」

アレクサンドラとヴァルトルーデがうなずく。

「分りました」

フローラは不満そうだったが、従った。

「ところで、工房や製作所に参加してもらって保険を作ろうと思うんだが」

クレアは提案した。

「保険料を取って集金、事故が起きた時に救済としてその中から決められた額を渡す」

「なるほど、それはいい考えだな」

スネグーラチカは興味を持ったようだ。

「そうすると必然的に組合が成立するから、色んな面で便利にはなる」

「組合か、元々そういうものはなくはないがの」

クレアの説明に、スネグーラチカは反応する。

「下手に組合を作ると、組合に入らぬ者を排斥しがちでのう、それに違う組合とケンカ沙汰を起こすのじゃ」

そういう事が過去にあったのだろう、スネグーラチカは渋い顔をしている。

「確かに、デメリットはあるね」

クレアはうなずいた。

「でも館と業界をつなぎやすくする効果がある。実務上、個々の工房や作業所に連絡するのは手間だしね。

 それに、これは助成金にも関わってくるから、できればやった方がいい項目だよ」

「組合が助成金のとりまとめをしてくれるという訳か」

「そう、ムリにまとまってもらわなくてもいいけど、各業界が組合単位でまとまっていたら行政側としてはやりやすい。

 連絡事項も伝わりやすいし、個別では面倒な手続きもまとめてやってしまえる。

 たくさんいる業者がまとまるために、保険制度は有効に働く。

 皆、なんかあった時に救済は欲しいもんだし、保険を利用したいから組合に加入する」

「そういうもんかの?」

スネグーラチカはピンと来ない様子だが、

「ま、有事に救済するための制度は悪くない、進めてくれ」

「はい、雪姫様」

クレアはおどけた感じで言った。


クレア、アレクサンドラ、ヴァルトルーデは、その足でスカジの製作所へ向かった。

「保険か、それはいい考えだな」

スカジは賛成のようだった。

つい先日、ボヤ騒ぎがあったばかりだ。

自分が所属する製作所で同じ事があったら…と案じているのだろう。

「組合みたいなもんはうっすらとあるから、そのメンバーをメインに加入してもらうか」

「うっすらってなんだよ?」

「ん? なんか事が起きた時に協力するメンバーが大体決まってんだ」

「へー、そんなもんかな」

アレクサンドラが分ったような分らないような顔をしている。

「そんで、保険に入りたいってトコがあれば逐次加入してもらえばいいだろ」

「うん、その辺は任せるよ」

クレアはうなずく。


ほどなくして保険制度が実施された。

同時に製作所・工房業界で組合が発足する。

クレアは組合メンバー向けに講習会を催した。

講師はヴァルトルーデとアレクサンドラ、電気取り扱いの基本的な知識を講義してもらう。

ついでに保険についての説明も行った。


数日経って、今度は火災が発生した。

消防隊が出動し、ポンプによる放水で火災を消し止めた。

お手柄である。

そして、火災が起きた工房は早速保険による救済を申請、審査を通して受理され、見舞金が送られた。

ケガ人が出た訳ではないので、工房への見舞いで終わった。


この事はすぐに噂となった。

何かあった時のために…と考える者が増え、各業界で保険制度を導入するようになった。

そして自然と組合ができあがって行く。


鉱山業界でもこの流れは起きていた。

キツイ仕事でケガや事故も起きやすい業種である。

落盤、ガスによる健康被害・爆発、作業中の事故などなど、元々からそうした悩みがつきまとうのだ。

雪姫勢力下にある鉱山業者はすぐに保険を導入し始めた。

事故に巻き込まれるリスクが減る訳ではないが、最悪の場合でも救済がある。

また、事故にあった労働者への見舞金が出るのも重要だった。

見舞金が出れば、労使間のいざこざが少し緩和できる。


漁業関係者の間でも同様で、急速に組合が結成され行くことになる。

そして、助成金。

各業界の環境が整備されつつあった。


こうした一連の流れは、雪姫勢力圏外にも伝わっていた。

助成金が出る、保険による救済がある、十分に魅力的といえる。

しかも雪姫勢力が推し進めている鉄道が通れば、雇用と物流が揃う。


北の漁村では参入の準備を進めているという。

目先の利益に目がくらんだ者が多いのだ。

西の山岳地帯では、ゴブリン族の意見が真っ二つに分れていた。

「傘下に入らずとも制度だけ利用すれば良い」

「ヤツらの思惑に乗ったら土地を全部持っていかれる!」

賛成派と反対派に分れてしまった。

大元の観点が異なるので、話し合ってもわかり合うはずがなく、ずっと平行線であった。

「待て待て、見たこともねえことをあーだこーだ言ってても仕方ないべよ」

一人が言い出した。

「なら、どーすんだ?」

「代表を立てて視察しにいけばいいだよ」

「うーん、見てから考えるってことか」

「見るまでもねえだよ」

中には完全に否定する連中もいたが、

「いや、実際に見るのは悪い事じゃねえべ」

「んだなや」

「じゃあ代表を選抜するべ」

完全否定派の意見はかき消され、代表が選抜された。



「西のゴブリン族が代表を送ってきたじゃと?」

スネグーラチカは驚いた。

西の山岳地帯に住むゴブリン族は、何をやっても消極的で、スネグーラチカたちに協力するということが全くなかった。

自分達の利益が最優先であり、これまで新たな物には興味を示さなかったのである。

スネグーラチカは諦めていたのだが、どういう心境の変化なのだろうか。

「へえ、ワシらの商隊に直接話が来まして、保険やら助成金やらの制度を見たいそうなんですだ」

館を訪ねてきたドヴェルグは慇懃に述べた。

ガング商会とは別の商会を率いるイジだ。

イジはガングの親戚で、協力関係にもあるようだ。

西の山岳地帯をテリトリーとしている。

「うーむ、どう思うマグダレナ?」

スネグーラチカは、マグダレナに意見を求めた。

「好きに見させるのが良いと思います」

マグダレナは即答した。

「どうしてそう思うのじゃ?」

「ここはアピールする時です、雪姫様が太っ腹なところを見せるべきですね」

「ふん、そういうのはいい、メリットとデメリットを言うのじゃ」

「はい、メリットは気前よく許可をすることで、スネグーラチカさんに対する印象を良くすることですね。

 デメリットはスパイ行為の可能性があることです」

「スパイなどされても痛くも痒くもないわい」

スネグーラチカは一笑に伏した。

「でしたら、決まりですね」

「うむ。イジよ、ゴブリンの代表が好きに見て回れるよう手配すると伝えよ」

スネグーラチカは言った。

「はい」

イジは一礼して退出した。


ゴブリン族の代表は5名。

ノッカーのノーリ、プーカのタング、トロルのムーミ、コバルトのバル、シーオークのサーリである。

主要な部族の代表だ。


ノッカーは昔から鉱山に関わる部族である。

トムテと同じくらいの背丈で痩せている。

肌は茶色の者が多い。

岩肌にコンコンと叩く音を立てるので、ノッカーと言われている。


プーカは獣の頭をした部族。

馬、山羊、羊が多い。

タングは山羊の頭をしている。

トムテと同じくらいの背丈で、ガッシリした体躯。筋肉質だ。


トロルは岩のような肌をした部族。

トムテと同じくらいの背丈だったり、人間と同じくらいだったり、様々な氏族がいる。

ガッシリしていて筋肉質だ。

ムーミはトムテと同じくらいの背丈。


コバルトは犬の頭をした部族。

プーカとは近縁種だが、数が多いので別に数えられている。

もっと数が増えたら、ドヴェルグやトムテと同じように独立した種族として数えられるのだろう。


シーオークは、小さい羽根のある部族だ。

厳密には地に属するゴブリン族ではなく、風に属するピクシーの近縁種である。

ピクシーとの違いは土中に住処を作るところだろう。

その居住環境から、ゴブリン族と密接に結びついている。

植物の茂みに住む氏族もいるので、ゴブリン族と疎遠な場合もある。


「とりあえず、ワシらの商会を見に行こう」

「よろしくお頼み申す」

ノーリが言った。

ノーリたちはぞろぞろとイジの後をついて行く。

町の中を移動している内に、郵便の蒸気自動車に見入ったり、鉄道の駅を見たりした。

一族の代表だけあって、単に物珍しさだけでなく、どういった効果をもたらすのか、うっすらと感じ取ったらしい。

「うーむ、なんということだべ」

「こんただモノまであんだな」

「こりゃ、なんだべ?」

「ああ、そりゃボイラーだよ」

イジが説明した。

蒸気の力を使って動力にしたり、暖房にしたり…等々。

「はえー、こらスンゲーもんだなや」

「なあ、ワシらんトコでも使えるんでねーか、これ?」

「うーむ、いや、しかし…」

「もっとよく知らないとなぁ」

代表たちはボイラーだけで喧々諤々である。

更に、助成金や保険の話を聞いて、ポカンとしてしまった。

「ワシ、あんまり理解できなかっただが…」

「ワシも」

「あれやろ、保険ってのは皆から金集めて必要な時に取り出すってヤツ」

シーオークのサーリが言った。

「ヘソクリみたいなもんだか?」

「ヘソクリか、そんな感じだべや」

イジがなんかツボに入ったのか、ガハハと笑った。


「うーん、聞けば聞くほど利点しかないだな…」

ノッカーのノーリは反対派だったが、今では百八十度反転していた。

「助成金がもらえたら、経営が助かるんだが」

「んだな」

シーオークのサーリとトロルのムーミも同意している。

彼らは最初から賛成派である。

「いや、良いところだけ見てるだけかもしらねーだよ」

「んだ、まだ決めるのは早いべ」

プーカのタング、コバルトのバルが抵抗している。

この二人は反対派だ。

「しかし、ここで多数決取ったら賛成3票だべ」

ノーリは腕組みしながら言った。

「いやいやいや、まだ早いだよ」

「イジ殿、工房なんかを見れねぇだか?」

「ああ、いいだよ」

イジはうなずいて、スカジの作業所へ使いをやった。

工房・作業所のとりまとめをしているのだ。


「という訳で、ゴブリン族の代表が見学したいそうなんだ」

「ああ、それは構わないけど」

イジが頼むとと、スカジは頬をかいた。

「ちょっとまってくれ」

奥に引っ込んで、またやってくる。

「お待たせした」

スカジは製作所を案内する。

「ボイラーは発電して動力にすることもできるんだ」

ボイラー、ポンプ、発電機、旋盤などの工作機械までを見せた。

これにはゴブリン族の代表たちは、半口開けて見てるしかなかった。

「はあ、想像以上にすごいだな…」

「こんただモン、見たことねえだよ」

「ほえー」

あまりに驚いていたので、隅っこにある布をかぶせた物には気付かなかった。

まあ、布をかぶせてなくても、それが何だか分らなかっただろうが。



「もう行った?」

アレクサンドラがひょっこり顔を出す。

「面倒だな」

ヴァルトルーデは作業を中断させられて不機嫌なようである。

「まあ、そういうなよ」

スカジは肩をすくめる。

「これも宣伝だよ」

「西のゴブリン族だっけ?」

「アールヴには色んなのがいるんだな」

アレクサンドラもヴァルトルーデも、妖精族の多様さには興味があるようだった。

「ノッカー、トロル、コバルト…あと何かな?」

「山羊頭はプーカ、羽根のあるヤツはシーオークだね」

スカジは補足した。

「シーオーク?」

「ピクシーの親戚みたいなヤツだ、土中に家を作るからゴブリン族と親しいんだ」

「へー」

アレクサンドラは興味津々である。

「頻繁に客が来るようなら、製作場所を変えたいね」

ヴァルトルーデは天を仰いでいる。

今取り組んでいる作業が中断されないようにしたいのだろう。

「ああ、それは手配しておく」

スカジは言った。

「パワードスーツだっけ、あれは機密だからな」

機密という割に、管理が杜撰である。



代表5人が雪姫の町での見学を終えて戻ってくる頃には、全員の意見が一致していた。

すなわち「導入に賛成」である。


「ワシらの生活や仕事が便利になる」

「軽くカルチャーショック受けただよ」

「賛成だの反対だの言ってる場合じゃねーだ」

「乗り遅れたら、多分、技術格差が広がる一方だべ」

「技術格差が広がったら、万が一侵略された時に手も足もでねーだよ」

代表5人は、その思惑や意図するところは違っていても、結論は一致した。

ゴブリン族の間で、また喧々諤々の議論が巻き起こった。

議論は収まらず決着がなかなかつかずにいた。

その原因は完全否定派だ。

「おめーらは騙されてるだよ!」

「丸め込まれて返ってくるとか、ありえねーだ!」

「先祖伝来の土地を手放す訳にはいかねーだ!」

最初から聞き入れる気がない者を説得することはできない。

そのうちに完全否定派の意見は、

「議論なんてまどろっこしいことはやってられねーだ!」

と変化した。

その先にあるのは実力行使である。

否定派はそれほど多くはなかったのだが、反対派を抱き込んで膨れ上がった。

権力の交代を目論んでいるのであった。

ハンマーやツルハシで武装した否定派勢力が決起し、各部族が経営する鉱山を占拠した。

そればかりではなく、賛成派とみられる者たちを襲って虐殺した。

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