第24話
24
巴たちがメルクへ行っている間、鉄道は2号線に着手していた。
今度は、パックの集落へ向けてレールを敷いている。
パックの集落はフロストランドの北の方にある。
東西、南北と路線を敷いて幹線としたいのだった。
幹線は物資を輸送するのに不可欠である。
今後は大量輸送を目指す。
それから道路の整備、畑の区画整理、植林、食糧庫の設置など国家事業を進める準備をしている。
運転資金を集めるために、交易に力を入れていた。
泥炭、毛皮、木材などフロストランド産の資源はもちろん、ボイラー、木炭といった新たな商品をも開発している。
交易で商人が儲かれば、そこから税金を徴収して国家の収入にできる。
不足している物資はビフレストの商人を通して購入している。
木炭を生産するための原料は、ほとんど輸入に頼るようになってきていた。
木炭を砕いて作る成形炭が思いのほか売れており、国内の木材を使っていると植林が追いつかない恐れがあるからだ。
ボイラーの普及のお陰で、いつでも湯を沸かせるようになった。
料理や手洗いに使うお湯や水の供給、浴室を家に設置するといった家が増えた。
それからサウナと平行して湯屋が出来ていた。
いわゆる銭湯だ。
トイレも公衆トイレが普及し、家にも個室トイレが設置されるようになってきた。
溜まった便は、氷の館のお抱え業者が回収し、発酵させて肥料に変える。
動物の糞も同様だ。
肥料の生産も進んでいて、畑へ散布するだけでなく、商品として他所へ販売するようにもなっていた。
トイレ、浴室、手洗いの普及により、民の清潔度が格段に上がった。
学校も作られるようになっていた。
まずはエレメンタルスクール、つまり小学校で、基礎学力を学ぶ。
これは鉄板ネタだが、無償で給食を出すことで親が子供を学校へ行かせるようになった。
教師はアールヴ、トムテ、ドヴェルグの中から教えるのに向いている者を選抜。
厚労大臣のフローラが講習会を開いて教育していた。
町の各地に医務室を設置。
元々、薬を扱っていたアールヴや手先の器用なトムテを雇って医師とした。
こちらも厚労大臣のフローラが定期的に講習会を開いていて、医学的な知識を学ばせている。
職人の延長的なものだ。
徒弟制度ともいう。
この段階で資格を設けても、たいした意味は無い。
資格で儲けようとする輩が出てくるだけだ。
「相変わらず、教師や医師は不足してます」
フローラは悩ましげである。
「じゃが、このような職は育てるのに時間がかかるのであろう?」
スネグーラチカはなだめるように言う。
「それはそうですが、少数の者では激務になりやすいのです」
「ま、エーリクたちみたいにしたくないのは分るがの」
ちなみにエーリクは、ほとんど入れ替わりでビフレストへ戻った。
情報収集と商売の仕事があるからだった。
「今の所は志の高いものが従事してますから、文句は少ないでしょうが、今後はそうとは限りません」
「分った、なるべく卒業生を教師として確保するよう手配しよう」
「医師もお願いします」
「分った、分った」
スネグーラチカは渋々ではあるが、うなずいた。
(ふーん、これがフロストランドのやり方なのね…)
アナスタシアはスネグーラチカの隣で、ミーティングの一部始終を見せてもらっている。
特等席というヤツである。
(なんというか、生々しいわね…)
メルクでは貴族階級は何もしない。
金を出すだけだ。
金を出すだけまだ良いといえるが、責任はすべて下の者に押しつけている。
実務は全部下々の者がこなし、結果を出せばいいが、出せなければお払い箱だ。
上は無能揃いだが、必要に応じて金を出す。
そういう仕組みになっている。
これだけ金を持っているのには理由がある。
ある物資を独占しているのだ。
これはダン族の要望に従った形である。
領地経営におけるある種の完成形といえるかもしれない。
ヴァルトルーデは早速、スカジの製作所へ行った。
アレクサンドラ、静、ヤスミンが着いてきている。
まずはアレクサンドラの蒸気自動車を見る。
「ふーん、ブレーキ機構が発達していて面白いな」
「雪の上を走ると滑りやすくなるからね」
アレクサンドラはベラベラとしゃべり始めた。
「レスポンスを良くするのに苦労したよ、タイヤも滑りにくい素材を選んで…」
「なるほどね」
ヴァルトルーデは、うんうんとその止めどもない話を聞いている。
この人種は好きな話題には飽きが来ないらしい。
「このコイルはまさか電力を使ってるのか?」
「うんそう、蒸気だけじゃパワーが不足するからね、かといってボイラーを大きくしたら重量が増えて動けなくなるだろ」
「そうか、これは面白い構造だな」
「それから充電器を置いて、そこに雷の精霊に入ってもらって、パワーを最大限に引き出せるようにしているんだ」
「はあ? 精霊?」
ヴァルトルーデは、ぽかんとしている。
「この世界の魔法を組み込んでいるんだ」
「ほへー」
感心したのもつかの間、ヴァルトルーデは作業場を見て回ってすぐに提案をした。
「足踏み式のミシンを作りたいね」
「ミシン?」
「そう、ミシンで足踏み式の機構作りを練習して、後に旋盤を作る」
「そっか、旋盤かぁ」
アレクサンドラは「あー」という顔をしている。
「旋盤があれば部品作りの精度が段違いになる」
「旋盤ってなに?」
スカジが聞いてきたので、
「金属を回転させて削る装置みたいなものかな
「ごめん、分らん」
ヴァルトルーデは簡潔に説明したが、スカジは理解できなかった。
「作ってみせた方が早いね」
ヴァルトルーデは、早速ミシンを作り始めた。
といっても金属の部品がないので、鍛冶職人と鋳物職人から部品を作ってもらう所から始めないといけない。
部品が揃ったら組み立てに入る。
「これがあれば針仕事が捗るはず」
ヴァルトルーデは布を縫って見せた。
「へぇー、すごい機械だな」
「あー、こんなの田舎のお婆ちゃん家とかでしかみたことないよ」
スカジと静が感心している。
「ミシンは裁縫仕事に重宝するし、これはこれで普及させるといいよ」
「よし、さっそく私らもやってみるよ」
スカジとドヴェルグの職人たちは、ミシンについて学び始める。
そうして足踏み機構を理解して行った。
「この足踏み機構を応用して、今度は部品を回転させる仕組みを作ってゆくんだ」
「ふーん、ミシンとは大分違うなぁ」
スカジは難しい顔をしているが、職人の勘を持っている、すぐに旋盤の仕組みを理解しだした。
「今現在、ボイラーで発電するところまで行ってるみたいだけど、シリンダー式じゃ効率よく発電できない。やはりタービン式にしないと」
ヴァルトルーデは、ボイラーなどの設備を一通り見ていた。
そして不足している所を補おうと考えたのだった。
「でも、あたしらの技術じゃ難しいんだよな」
「うん、そのための旋盤だ」
ヴァルトルーデは力説した。
「部品の形状、研磨精度なんかは飛躍的に上がる」
同じように職人たちに部品を製作してもらって、組み立てをする。
素材となる金属の塊を固定して回転させ、削ってゆく。
「おお、なんだこれ?!」
スカジたちドヴェルグは驚いている。
「こんな出来映えになるだか」
「精度高けえなや」
「変態の技術だべ」
「変態の国じゃ」
などとどっかで聞いたような台詞を言っている。
「今は足踏み式だけど、これを電気にスライドさせてゆくといい」
「なるほど」
アレクサンドラも、うなずくしかできなかった。
「なんか、すごい新入りがきたなー」
スカジは驚きを通り越して呆れている。
「でも、これで発電機の品質向上に取り組めるねぇ」
「だな」
アレクサンドラとスカジは、うなずき合った。
「機関車の製作にも役に立つはずだ、ハンマーで一々叩いていては部品を作るのに時間がかかるし」
ヴァルトルーデは言った。
つまり、蒸気機関車を作りたいということだ。
「また一つ、良き技術が持ち込まれたようじゃな」
スネグーラチカは喜んでいた。
実物が会議室へ持ち込まれていて、それを見ながらミーティングをしている。
「ミシンは女たちに使い方を習得させる予定じゃ」
「そうすると縫製品が産業になりますわね」
マグダレナは目を輝かせている。
「あのキャラのコスチュームが…」
「おまい、レイヤーかい!」
クレアが突っ込んだ。
「冗談です」
「いや、その目は冗談じゃなかったぞ」
「なにを揉めておる?」
スネグーラチカは呆れていた。
「そしたら、トムテにも靴作りをお願いしたらいいんじゃない?」
静が思いつきで言ってみた。
「あー、そうだな、皮製品もミシンで縫えるものもあるだろうしな」
クレアがうなずいた。
「いつもの通り、まずは国内での普及、そして余力が出てきたら輸出の流れだね」
アレクサンドラが補足する。
「ミシンですか、こういうのがあれば、私も日々退屈しなくて済むかもしれませんね」
アナスタシアは実物を見ながら言った。
「なぜ、メルクでは作ってくれなかったのです?」
「制度を壊す可能性があるからね、そういうのダメだったでしょ?」
ヴァルトルーデが言うと、
「ぐ…」
アナスタシアは、何も言えなかった。
*
「ところで、フロストランドへ来たからには、マロース老に挨拶をしたいのですが」
アナスタシアは律儀な性格なようだった。
知らぬ間柄でもないようだし、また礼儀の上でも顔を見せる必要がある。
「うむ、そうじゃな」
スネグーラチカはうなずいた。
客人が来たからといって、必ずしもマロースに会う必要はないのだが、ボーグ族となるとそうもいかない。
「すぐに手配しよう」
「ありがとうございます」
という訳で、アナスタシア、ヴァルトルーデ、ヤスミンはマロースの砦へ訪問することになった。
迎賓扱いなので、巴、ジャンヌ、ニョルズが付き添ってゆく。
「久しいな、アナスタシア」
マロースは会うなり言った。
「ええ、久方ぶりでございますね、マロース殿」
アナスタシアはへりくだっている。
「そのような堅苦しい態度は要らぬぞ」
「はあ、それではマロース、フロストランドではどのように過ごしてきたのです?」
マロースが言うと、アナスタシアは若干の間を置いて聞いた。
「なあに、おぬしとさほど変わらぬよ、この土地の民と一緒に国を豊かにしようとしてきた」
「メルクでは既に民が平和に暮らせるようになってます」
「噂は聞いておる」
マロースはうなずいた。
「ダン族が領地を運営しておるそうじゃが、果たして民草がそれで満足するじゃろうか?」
「現時点では最良の統治です。安定した社会はきれい事だけでは実現できません」
アナスタシアは少しムキになってきたようだった。
「そう、ムキにならぬともよい。ワシは気になるところを言ったまで」
「まあ、いいでしょう」
マロースがにこやかに言うと、アナスタシアは視線を外した。
「……実は、あなた方のやり方を見させてもらって、少しばかり自信が揺らいでいます」
「ふむ、それはどういう心境の変化じゃね?」
「為政者が民と一体になって事業に当たる、そのような事ができるとは思ってもみませんでした」
アナスタシアは悔しそうである。
「ドヴェルグ、アールヴ、トムテが人間より素直なのはあるでしょう。しかし、それでも欲は持っています」
「うむ、生き物は欲がなければ生きてゆけぬ」
「欲を制御するのが最良と思っていました」
「それも正しい」
マロースは飲み物を一口すする。
生姜のヤツだ。
「じゃが、それだけが正解ではない、ということじゃ」
「……」
アナスタシアは黙った。
考えている様子だが、答えが出てこないといった様子だ。
「正解は一つではない、それぞれが見いだすべきじゃ」
「分りました、今回は引き分けということで」
「おぬしは、いつもそれじゃな」
マロースはちょっと首を傾げている。
「私はこういう性格ですから」
ふん。
そっぽを向いて、飲み物に口をつける。
アナスタシアは偏屈な性格をしているようだった。
*
スネグーラチカは、近頃は国内の各勢力との調整や交渉を行っていた。
鉄道についての説明をしに、アールヴやトムテの集落へ行ったりしている。
もちろん武官を連れている。
あまり館にはいない。
マグダレナ、フローラは学校や医務室の運営にかかりっきりになっていた。
教師や医師を揃えるのに躍起になっており、それらの人材を確保してきては講習会を開いている。
フローラの疲労が目に見えてきた。
クレアは国内の主立った商会とのやり取りをしている。
といっても、皆、雪姫の町に居を構えているので、外へ行くことはない。
顔を覚えてもらったり、商会の意見を吸い上げたり、といった事をしている。
配下が商会の監視という仕事をしているが、それが行きすぎないようにとの配慮だ。
見方を変えれば癒着だが、バランスを取るためには必要な作業だ。
フロストランドの経済など、ごっこ遊びに毛が生えた程度のものである。
監視される側と監視する側、どちらかが苛烈に働けばすぐに壊れてしまう。
上手く制御するのが大臣の当面の仕事だ。
アレクサンドラ、ヴァルトルーデはスカジたちと一緒に、蒸気機関車の制作に没頭していた。
今度はほとんどの部品製作に旋盤を使用している。
時間はかかるが、より良質の車両が作れる。
同じ材料、同じ重量で、強度やエネルギー効率を上げることができる。
ヴァルトルーデは、急遽アレクサンドラたちの作った電気系を採用した。
「パワーをあげられるなら、組み込まない手はない」
「今後、より大きな車両を作る時にも使えるからねぇ」
アレクサンドラは満足気である。
「フロストランドは雪が多いから、除雪車を作るのに役立つね」
「だよねぇ、パワー問題を早くから解決できるのは利点よね」
「うん、アレクサンドラ偉い」
「ふはは」
「私も手伝ったんだけど…」
スカジがジト目で睨んでいる。
パトラは警察機構の拡充と消防所の設立に取り組んでいる。
警察に相当する人員は武官から割いていった。
消防は屈強なドヴェルグには向いている。
軽業的な動きはムリだが、重いホースを担いで放水の勢いを押さえ込むといった筋力仕事は十八番である。
人力ポンプも問題なく稼働できる。
試験的に人員を雇ってみることにした。
巴、静、ジャンヌ、ヤン、ヤスミンは鍛錬をしている。
ついでにジャンヌは軍隊の教練を作り始めていた。
ドヴェルグには巴と静の流儀が合う。
アールヴにはヤンの流儀が合う。
トムテにはジャンヌのサーベルとバックラーを、と考えているところだ。
ヤスミンはヤンから流星スイを習っていた。
こういうのが好きらしい。
体の柔らかさやバネがある。天性のものだ。
すぐに上達してゆく。
ヤスミンは、パックたちとも仲良くなっていた。
皆、愉快犯気質を持っている。
面白いこと、楽しいことを追求する節があった。
なので、トラブルメーカーが一人増えたとも言える。
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