第23話

23


「ニルス、私はすでに力を使いすぎていて、あなた方を手助けすることができません」

アナスタシアは告げた。

魔法の石、遠くに居ても通話のできるアイテムだ。

『しかし、御身は我らが祖先の頃から守り神として存在する大切なお方です』

「そう言って頂けるのはありがたいのですが、この先、大規模な戦も起きないでしょうし、起きたとしても経済を基盤とした戦争になるはずです。あなた方は私がいなくても大丈夫」

『どうしたと言うのです、我らは恩を忘れるような輩ではございませぬぞ、御身を敬わぬなどあり得ませぬ!』

ニルスは声を荒げた。

『役に立つ立たぬではなく、御身がおられるからこそ我らは団結できるのですぞ』

「う…む…、分った、そう怒るな」

アナスタシアは、少し気恥ずかしくなってきたらしい。

「では、こういうのはどうか。私は長年、そなたらと一緒に戦ってきたが、やっと平和な街作りが叶った」

かなり砕けた口調になる。

アナスタシアにしてみれば、ニルスなどは若造である。

小僧の頃から知っているから、本来はこんな口調で話す間柄だ。

『はい、そうですね』

ニルスはまだ警戒している。

何を言い出すかと思っているのだ。

「そこで、私にも報償を与えてもらいたいのだ」

『何をお望みです?』

「ちょっとした息抜きがしたくなってな、船旅でもしようかと…」

『ダメです!』

ニルスは怒鳴った。

「ちょっとくらいいいじゃないか、私がどれだけの間、仕事に打ち込んできたと思ってる?」

アナスタシアは怯まない。

『……う、それはそうですが』

「私を大事にしてくれるのはありがたいが、過保護はいかん、過保護は」

『ですが、そのような事は、私の一存だけでは…』

「ならば、一族で話し合ってくれ」

『……いや、しかしですね』

「ちゃんと話し合わないと、家出するぞ」

『分りました、ちゃんと一族で話しますから、それは止めてください!』

ニルスは若干涙声になっていた。


「もう1人、呼び寄せました」

アナスタシアは、ヴァルトルーデのところへ出向いていった。

浅黒い肌の少女が一緒に着いてきている。

「ぶはっ!?」

ヴァルトルーデは、今飲んでいた果汁を吹き出した。

侍従と侍女たちが慌てて布巾を持ってくる。

「おいおい、なにしてんだ、犠牲者を増やすなよ!?」

布巾で果汁を吹きながら、ヴァルトルーデが叫ぶ。

「いえ、この者は死にかけていましたので、生きる機会を与えたのです」

アナスタシアは表情一つ変えずに言う。

「うーん、まあそれならいいか?」

ヴァルトルーデは首を傾げていたが、最終的には良しとしたようだった。

「ここどこ?」

浅黒い肌の少女はキョロキョロと見回している。

「簡単に言うと異世界だよ」

「はあ? なにそれ?」

理解が追いついてない様子だ。

「ところで、名前は?」

ヴァルトルーデは気にせず聞いた。

「ヤスミン」

「私はヴァルトルーデ」

「ドイツ人なの?」

「そうだ」

「あんたは?」

「マレーシア」

「私たちにも朝食をください」

アナスタシアは近くに居た侍女に言って、席に座る。

「ヤスミン、あなたも座って」

「へい、親方」

「親方は止めなさい」

アナスタシアは渋い顔をした。

「死にかけてたって、どういうこと?」

「悪い事をしたから」

ヤスミンはパンをばくばく頬張っている。

行儀というものを身につけられなかったらしい。

「捕まって、脱獄して、追いかけられて死にかけた」

「うわー、ひどいな」

ヴァルトルーデは天を仰いだ。

「傷は治ってます、もうここでは悪い事をする必要はありません」

「ほーなにょ?」

ヤスミンはスプーンを口にくわえている。

すごい勢いでスープを飲もうとしていたのだった。

「まずは行儀作法からですね…」

アナスタシアはため息。


「この娘は隠密行動や錠前開けといったスキルに長けてます」

アナスタシアは説明をしていた。

フロストランドのスパイの疑いがかかっている者たちを逃がすつもりらしい。

「いや、それはマズいんじゃないの?」

「大丈夫、ニルスには言い含めてあります」

「普通に釈放すりゃいいじゃないか」

ヴァルトルーデは呆れている。

「法律上、それは出来ませんからね。なので、勝手に逃げてもらいます」

「そしたらお尋ね者じゃんか」

「罪が確定していなければ、1年の期間で疑いそのものがなくなります」

アナスタシアは上品にスープをすすっている。

「それでお咎めなしです」

「それ、アンタが作った法律?」

「そうです」

「作った本人が悪用するとかないな」

ヴァルトルーデは呆れている。

「それから、ニルスに言って一族の会議でキチンと承諾をもらって、フロストランドへの旅行を認めてもらいました。もちろん私も行きます」

「脅したんじゃないの?」

「なんのことです?」

ヴァルトルーデが言うと、アナスタシアはすっとぼけた。

「ちゃんとあなたの籍は残しておきます、帰ってきたくなったらいつでも帰ってきていいですよ」

「ふわー、予想以上に行動力あるな、アンタ」

「ふふん、私の力を見くびっていたようですね」

アナスタシアは得意げだ。

「ヤスミンも預けますから、好きに機械いじりしてきなさいな」

「うん、ありがとう」

ヴァルトルーデが言うと、

「ふん」

アナスタシアは照れたのか、そっぽを向いた。



ガシャ


牢の錠前から音がした。


「ん?」

エーリクは不審に思って、柵に近寄る。

開いている。

「どういうことだ?」

とにかく、エーリクはアールヴたちを起こした。

「おい、逃げるぞ」

「えー、まだ眠いよ」

「夜明け前じゃないかー」

アールヴたちは寝ぼけているせいか、暢気な事をいってる。

まあ、メシやトイレなどキチンとしていて待遇が良かったので、外へ出れないことを除けば快適だったからでもある。

しかし外との連絡は一切取れなかった。

アールヴの話では、なんらかの壁のようなものがあって、精霊が来ないのだとか。

メルクには魔法使いがいて、その力なのか。

アールヴにも、その辺はよく分らないらしい。

その状態のまま、お裁きが全然進まず。

逮捕された後は、ずーっと監禁されてたので忘れ去られたのかと思うくらいであった。

「よし、誰もいないな」

エーリクが牢から出る。

アールヴたちも牢の外へ出た。

「エーリクさん?」

そこへ、後ろから声がした。

いつの間に現れたのか、浅黒い肌の少女がいた。

「そ、そうだ。お前、誰だ?」

「こっちへ」

少女は答えずに手招きした。

「遅れたら置いてく」

「わ、分った」

エーリクとアールヴ隊は必死になって少女に着いていった。



街中を移動している内に朝になった。


「この宿にあなたたちの仲間がいるはず」

メモを渡して、少女は去っていた。


「そこへ合流して逃げろってことか」

「行こう、お腹すいたし!」

カット・イヤーが言って、また駆け出す。

アールヴたちも後に続いた。

食い意地と好奇心が強すぎる。

「やれやれ」

エーリクは後を追った。


宿へ入ってゆくと、1階の酒場に巴たちがいた。

ちょうど朝食を取っているらしい。

「あ!」

静がめざとくエーリクたちを見つけた。

「エーリクさんたち、無事だったんだね!」

「逃げてきたんだ」

「なんだ、生きてたのか、お前」

ジャンヌは養豚場の豚を見るような視線。

「冷てえな、コイツ」

「まあ、とりあえず朝食をとれ」

巴が勧める。

「あー、エーリク氏、見つかったんだ」

「どこ行ってたの?」

遅れてやってきたヘルッコとイルッポが、言った。

「色々あって…」

エーリクはヘラヘラ笑っている。

立場上は誤魔化すしかない。

「大パックニキ、きてたんだ」

「おまえら無事だったの?」

「うん、面白かった」

「なあ」

「うん」

アールヴたちはいつも通り。


その日のうちに、蒸気自動車で宿にヴァルトルーデが訪ねてきた。

黒髪の少女と浅黒い肌の少女が一緒にいる。

「やあ、また会ったな!」

ヴァルトルーデは宿の前に蒸気自動車を停める。

営業妨害なのか営業促進なのか、よく分らないところだ。

「私はアナスタシアと申します、アナとお呼びください」

「ヤスミンだよ」

挨拶をしてから、本題に入る。

「ヴァルトルーデのたっての望みで、私たち3人でフロストランドへ旅行したく、その手配をお願いしたいのです」

「もちろん、私にも機械作りを手伝わせてもらえると嬉しいけど」

「寒いのやだなー」

ヤスミンだけがブツクサ言っている。

「私はすぐに帰りますが、この二人は残ってお手伝いする所存です」

アナスタシアは有無を言わさない勢いだ。

「それはありがたいんですけど、急に言われてもなあ」

「それなら、オレらが先に戻って受け入れ準備をしてもらうよう伝えるさ」

エーリクが言った。

「あんた監禁されてたんだろ。体、大丈夫なの?」

巴が一応心配している。

「ああ、結構快適だったんでな、体が鈍りきる前に動かさねーと」

エーリクはガッツポーズをしてみせた。


エーリクとアールヴ隊、ヘルッコとイルッポが先に戻ることになった。

ヘルッコとイルッポはビフレストで別れる。

エーリクとアールヴ隊は先にフロストランドへ行って、この話を伝える。

これだと、外の世界の話をしても不思議に思う者がいないという利点もある。


エーリクとアールヴ隊、ヘルッコとイルッポはすぐに出発した。


ヴァルトルーデ、ヤスミン、アナスタシアは準備に3日かかった。

蒸気自動車を預かってもらう場所を探すのに時間がかかったようだ。

船で移動して、エルムトまで戻ってくる。

エルムトからは馬車を手配してビフレストへ戻る。

「いつか、旅がもっと楽になるといいねぇ」

「鉄道とか船とかもっと発展しないとな」

静と巴がおしゃべりしている。

「快適さも大事ですが、平和な世の実現に尽力した先達の努力も大事です」

アナスタシアが横から口を挟んだ。

日差しを嫌ってか、ベールのようなものを被っている。

「アナ、絡むんじゃないよ」

ヴァルトルーデがたしなめる。

「まあまあ、怒るなよ、ヴァルトルーデ」

ジャンヌがなだめた。

「アナスタシアさんの言うことも、もっともだからね」

「人々が無駄に争うのを止めたのは、つい最近のことです。あなた方の世界には及びませんが、やっと獣の理から人の理へと昇格したのです」

「真面目だなぁ、アナスタシア様は」

パックが感心したように言う。

「様付けは止めてくださいと…」

「だって、アナスタシア様、ボーグでしょ?」

アナスタシアが言いかけるが、パックは頭を振った。

「なら、雪姫様たちと同格だよ、ボクたちの指導者も同然さ」

「そんなことを言ってもらえるほど、私はたいした者では……」

アナスタシアは、恥ずかしいのか頬を赤らめている。

「いいじゃないの、パックはどうせ言っても利かないんだし、好きに呼ばせれば」

言って、ヤンが馬車から降りた。

皆、徒歩でガング商会の拠点へ向かった。


そこから、ガング商会の馬車で茜の丘まで移動。

茜の丘からは鉄道で雪姫の町まで移動した。

エーリクたちは既に入っているはずだ。

「無事かえってきたな、ご苦労じゃった」

スネグーラチカが出迎えた。

「そなたがアナスタシア殿か、お初にお目にかかる、マロースが孫娘のスネグーラチカじゃ」

まずは賓客の一人であるアナスタシアに挨拶。

「これはご丁寧に。ダン族の庇護者アナスタシアと申します、以後お見知りおきを」

アナスタシアは挨拶を返した。

堅苦しいことこの上ない。


「えっ…9人も呼び寄せたのですか!?」

アナスタシアは絶句した。

「それでは全部力を出し尽くしてしまってるのでは?」

「おっしゃる通りじゃ」

スネグーラチカは涼しい顔をしている。

「もう戦の時代ではないからのう、これからは経済、制度の時代じゃ」

「はあ、それはそれは、お覚悟が違いますね」

アナスタシアは感心するやら呆れるやら。

「これ以上の人員増加は諦めていたのじゃが、アナスタシア殿のお陰でまた2人お借りできました、礼を言いますぞ」

「あ、いえ、このようなことはお安い御用です」

客人をもてなすため、宴会を催している。

フロストランドの料理や飲み物はメルクに比べたら質素である。

「それにしても、鉄道というものには驚かされました」

アナスタシアは話題を変えた。

「鉄道は国の動脈となります、ゆくゆくはフロストランド全土に張り巡らすことになるでしょうなぁ」

スネグーラチカは笑顔である。

鉄道でフロストランド一周の旅とか考えていそうだ。

「雪姫様は乗り物大好きでいらっしゃいますからねぇ」

そのやり取りを聞いていたマグダレナが、ニヤニヤしながら言った。

「あまりにも乗り物に時間を割くので、執政官が困ってましたわ」

「こ、こら、なんちゅーことを言うのじゃ!?」

スネグーラチカは慌てふためく。

「ふふふ」

アナスタシアは笑みを漏らした。

「あれ、アナ、そんな顔もできるのな」

ヴァルトルーデが近寄ってくる。

顔が赤いのを見ると、酒を飲んでいるようだった。

絡み上戸というヤツか。

「うるさいですね、私だって楽しい時はあります」

「ふーん」

ヴァルトルーデはすぐに興味が失せたようで、すぐに歩き去った。

「アナスタシア殿もしばらくは滞在するのじゃろう?」

「ええ、そうさせて頂きたいです」

アナスタシアはうなずいた。

フロストランドに来てみて、気になったのは技術だけでなく、制度もかなり工夫している面だった。

他国の制度を見る機会などあまりない。

見識を深めるために滞在したいと思っていたのだった。

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