第21話
21
「こちらから精霊を送ったけど見つからなかったみたい」
パックが慌てながら報告しに来た。
「なにー? それってどういうことだ?」
巴が詰め寄る。
国外の面倒事は巴の管轄だ。
詳細が気になるのは当然である。
「精霊の話だと仲間の気配が感じられなかったんだって」
「そんなことあるの?」
「防御されたら分んなくなるみたい」
パックはあっけらかんとしている。
「防御って?」
静が聞いた。
「例えば魔法で気配を遮断しちゃうとか、精霊が探知できなくなるような物の中にいるとか、だね」
「ああ、鉛で囲まれた部屋にいるとテレパシーが通じなくなるみたいなヤツ」
「古いのを知ってるな」
クレアが呆れる。
「それって監禁されたりしてるんじゃないか?」
「精霊が使えない状態だね」
「魔法使いか?」
「その可能性はあるよ」
パックは言った。
「なんらかの敵意のある者が関わってるかも」
「……それは確かめにいかねばならぬな」
スネグーラチカは決断したようだった。
「もちろん、エーリクとアールヴ隊が窮地に陥っておれば助ける」
「それは下で働く者からすれば頼もしいお言葉だね」
アレクサンドラは素っ気なく言う。
皮肉ともとれそうな態度だが、気持ちはスネグーラチカと同じだろうと思われる。
「既に死んでなければ、だけどね」
ジャンヌが言いにくい事を言った。
「そうなってないことを祈ろう」
巴が言った。
すぐにメンバーが選出された。
場合によっては戦闘が予想されるので、武道、武術が使える者となる。
巴、静、ジャンヌ、ヤン、ニョルズ、パックの6名である。
まずビフレストへ行き、太守のウンタモに挨拶をして、その後メルクまで移動。
メルクでは、鉄の馬車の噂の調査、エーリクとアールヴ隊の捜索を行う。
鉄道が茜の丘まで延長できたので、それで移動した。
雪姫の町~茜の丘線だ。
客車が既に投入されていて、1日に1往復。午前1便、午後1便で運行している。
午後便で移動した。
客車はガラガラだ。
運賃が少し高めなのもあるが、まだまだ貨物の方がメインなのである。
なぜかスネグーラチカも一緒に乗ってきた。
「ただの乗り物好きかい」
「おぬしらが町の周囲にレールを敷くのに反対するから、この路線しかないんじゃ」
「無駄を省いたんだけど」
「予算は無限じゃない」
他の皆は呆れている。
茜の丘で一泊して、翌朝に出発。
茜の丘からはガング商隊の馬車に乗せてもらう。
「気をつけてゆくのじゃぞ」
スネグーラチカとはここで別れた。
午前便で帰るつもりらしい。
「なんだ、見送りに来てくれたのね」
「そんなことあるかい」
静が納得すると、スネグーラチカはちょっと照れたようだった。
馬車でビフレストへ到着。
ガング商隊の詰め所に顔を出してから、すぐに太守のウンタモの館へ向かった。
「お久しぶりですな、トモエ殿」
ウンタモは嬉しそうに巴たちを迎えた。
「お久しぶりです、ホロパイネン男爵閣下」
「いやいや、他人行儀な、ウンタモとお呼びくだされ」
ウンタモはフレンドリーに言った。
「…では、ウンタモ殿」
「皆さん、お変わりないようですな」
「はい、この度は我らとの技術提携についてお礼を申し上げに参った次第で」
巴はうなずいて、来意を告げる。
「おお、ボイラーは素晴らしいものだ! …あ、どうぞお座りくだされ」
という感じで始終和やかに会見が進んだ。
利益が出てウハウハ状態なウンタモの機嫌はよかった。
「今後も我らとの提携を密にお願いしたいですな」
「ええ、それはもちろんです」
既に提携の契約書を交わしたい、と言うところまで踏み込んできている。
フロストランドとしてもミッドランドで商売をするにあたり、リスクを回避できるいい機会なので、是非もない。
代理店契約のようなものだ。
この辺はピエトリの描いた絵図に従っている。
「ところで、最近そちらのエーリク殿を見かけぬが、いかがされたのかのう」
「それなんですが、実は…」
巴は事情を説明した。
「なんと…」
ウンタモは驚いたようである。
「それはさぞかし心配でござろう」
「この足でメルクまでゆき、捜索をするつもりです」
「うーむ、我らも手助けできればよいのだが…」
ウンタモは何やら考え出す。
「ピエトリ」
「はい、上様」
側に控えていたピエトリが言った。
「そなたの部下にそういうのに長けておる者らがいたな」
「ヘルッコ、イルッポのことでしょうか」
「うむ、トモエ殿の手助けをしてさしあげるよう手配せよ」
「はは、御意にございます」
なんかよく分らんが、そんなことになってしまった。
その後、太守の館を退出して、すぐにピエトリに連れられて粉挽き場へやってきた。
「親方、こちらの人達は?」
「なんか、えらいべっぴんさんばっかだなぁ」
ヘルッコとイルッポは、ぞろぞろと人数が来たので驚いている。
「…という訳で、協力して差し上げろ」
「あー、エーリク氏のことね」
「いやぁ、オレらも心配してたんだよ」
「ウソつけ、工場を切り盛りする者がいなくて困ってるのだろう?」
ピエトリは辛辣である。
「なんでバレたし?」
「エーリク氏、どこいったのよ」
「こちらの方々はフロストランドから来たのだ、お前らも困ってるのなら手助けをしろ」
「よろしく」
巴が言うと、
「あ、いえ、こちらこそ」
「へえ、よろしくおねがいしますだ」
急にへりくだってしまう。
本質が田舎者なのだ。
ヘルッコとイルッポはすぐに馬車を用意した。
それからニール商会につなぎをつけて、メルクまでの道案内を依頼する。
これまで構築してきたコネクションをフルに活用していた。
エーリクが不在なので、仕方なくマネージメントのできる商人を雇っていた。
ニール商会の関係者だが、いないよりマシだという。
その商人に運営を任せて行くつもりだ。
「メルクまでは、まずエルムトへ陸路で行って、エルムトから船で川を下って、海に出ますだ」
「海に出たら沿岸沿いにいくつかの港を経由して、メルクまで行くだよ」
ヘルッコとイルッポは説明した。
「何から何まで、すいません」
巴はお礼を言った。
「いやーなに、オレらもエーリク氏がいねーと困るんでよ」
「まあ気楽に道中楽しんでくだせえ」
ヘルッコとイルッポは暢気に答える。
馬車でエルムトへ移動した。
エルムトで一泊して、ニール商会のつてで船を手配してもらう。
ちょうどメルク行きの便があったので、それに乗った。
「船って女が乗ってるのを嫌うんじゃなかったっけ?」
「そりゃ、遠洋までゆく船だべ」
静が聞くと、イルッポが笑いながら一笑に伏した。
「沿岸回りの船はそんなことねーだよ」
ヘルッコも笑っている。
皆、大分、打ち解けてきたようだ。
船は荷物の運搬がメインなので、乗客の面倒はあまりみない。
客室を2つ借りているだけだが、かなり値が張る。
普通は大部屋で雑魚寝状態なのだが、女性がいるとそうも行かない。
食事は自前だ。
持てる分を持ってきて、足りない分は途中寄港したところで追加購入する。
金を払えば船が用意しているものを分けてもらえるらしいが、相場より高いのだという。
ヘルッコとイルッポは金がない訳ではないが、目的地での活動を考えて節約したいのだった。
そして船に揺られること数日。
メルクの街へと到着した。
*
「うわー、大きな街だなぁ」
パックはお登りさん丸出しである。
門を通り抜けて、街中へ入る。
「オレらは宿を取りに行くだよ」
「それから、この街の商会を尋ねるでよ」
「あー、ニール商会に紹介してもらったんだっけ」
ヘルッコとイルッポが言ったので、別れて行動することになった。
「じゃあ、私たちはその間、情報収集してるから」
「そしたら、夕方、そこの酒場で合流で」
イルッポが待ち合わせ場所を決めた。
今、昼前の時間帯なので、午後一杯は聞き込みができそうだ。
「まずは鉄の馬車について聞いて見よう」
ジャンヌが言った。
とりあえず目に付いた酒場へ入っている。
休憩と情報収集を兼ねると、やはりこうなるのだった。
適当に食べ物と飲み物を頼んでいる。
「大丈夫か、それ?」
巴が訝しむ。
「敵対するヤツらから目をつけられないかな」
ヤンが伏し目がちに言う。
臆病な性格なのだ。
「いや、敵対する者がいたら、おびき寄せることができるし、一石二鳥だろ」
ジャンヌが反論する。
「それに調査してゆけば嫌でも遭遇するんじゃない?」
「そうかもしれませぬな」
ニョルズがそれに同意した。
「どの道、相対せねばならぬのなら早めにやってしまった方がよいかと。救出する必要があれば早い方がいいでしょう。エーリク殿たちが生きておれば、ですが……」
「……そうか」
巴がちょっとかすれた声で言う。
「そういう可能性もあるのだな」
皆、シーンと静まりかえる。
「しかし、何もしなければ事態がどうなってるのかすら分らないよ」
ジャンヌは主張した。
「そうだね」
静はうなずく。
怖いからと避けてしまうのは下策だ。
謎を残したままだと、後でそれが致命的な事になってしまうのではないか。
そう直感したのだ。
「出来ることはやっておかないと」
「うん、そうだな」
巴もうなずいた。
「よし、給仕さーん!」
パックが給仕を呼び止める。
「あー、鉄の馬車か、なんか最近よく聞くなぁ」
「どこで見れるの、それ?」
「オレもよく知らんけど、この辺じゃないみたいだよ」
「ふーん」
「そういや、こないだも似たような事、聞いてきたヤツがいたな、あんたと同じアールヴが一緒だったよ」
給仕はしゃべってるうちに段々と思い出してきたようだった。
「へー、そうなんだ」
パックは調子よくうなずいている。
適当に世間話をして、給仕は去って行った。
「果物でつくるジュースが流行ってるんだってさ」
「なにそれ、いいなぁ」
「生姜の飲み物、嫌われてんな」
静と巴が反応する。
「私はあれ結構好きだが」
「えー、あればっかだとさすがに飽きるよ」
「果物を煮詰めて作るみたいだね」
パックはメモを取っている。
旅先で見聞きした興味のあるものを、皆メモってるようだ。
「帰ったらやってみよう」
「あ、それいいね」
「ロシアのモルスみたいなもんかな」
ジャンヌも話題に入っている。
「お茶が飲みたい…」
ヤンは意気消沈していた。
「麦茶で大分持ち直したけど、生姜湯は私ダメだな」
「あ、そっか、中国はお茶の国だしね」
静はうんうんとうなずいている。
「いっそ、中華料理とか色々再現したらいいんじゃないの?」
「あ、そっか。フロストランドの食材でもできるのあるかもしれないね」
ヤンはちょっと元気になったようだ。
「で、この辺は市場なんだけど…」
静はため息。
鉄の馬車の聞き込みをしていたのだが、そんなに皆知らないのだった。
聞いたことがあるな、程度の広まり具合らしい。
「あそこに果物売ってるよ、あ、あそこにお茶もあるね」
「え、どこどこ?」
パックが言うと、ヤンが食いついた。
「お茶、できれば鉄観音ッ!」
「すげえピンポイントな要求だな」
巴が苦笑している。
「ボクは果物買うね」
パックはさっさと果物の屋台へ行った。
「はぐれんなよ?」
「大丈夫、大丈夫」
「お茶、結構高い…」
ヤンは値段を聞いて渋い顔。
「こんなもん、この辺のヤツらは飲まねぇからな、苦げえし。薬だっていうから貴族様が買うんくらいよ」
「お茶は元は薬だから」
ヤンは巾着の中身を見ている。
これまでため込んだ給料と相談だ。
「お茶買うなら私もお金出すよ」
「わー、ありがとう」
ヤンと静はお茶を買うのに夢中になっている。
まあ、ヤンは値切るのに夢中なのだが。
「果物屋で聞いたら、鉄の馬車のことを聞いてきたヤツがいるって、酒場の時と同じでアールヴを連れてたみたいだよ」
パックが果物を抱えて戻ってくる。
「ん? 鉄の馬車だと?」
お茶屋が反応した。
「え、知ってるの?」
「この前、アールヴを連れたヤツが聞いてきたよ」
お茶屋は思い出しながら言った。
「それどこで見られるの?」
「えーと、それはなぁ…」
場所を教えてもらう。
夕方、酒場に戻る。
ヘルッコとイルッポもやってきた。
「イェンセン商会に行ってきただよ」
「ボイラーの話に興味持ってただな」
「なんだよ、商売の話か」
巴が呆れている。
「まあまあ、商会に助けてもらうにしても、向こうも得する部分がねえと動いてくれねえだよ」
「そういうことか」
ジャンヌがうなずいた。
「とりあえず何か頼もうよ」
パックが給仕に適当な食べ物と飲み物を頼む。
夕食がてらに相談という訳だ。
「色々街の人達に聞いたところでは、この街はダン族の貴族の領地なんだって」
パックがベラベラとしゃべりだす。
メルクの貴族というのは、その経歴を追ってゆけば豪族に行き着く。
フロストランドやビフレスト周辺のノルドの地においては、豪族の集合体として政体が成り立っている。
豪族という有力者が寄り合って運営をする。
要するに合議制だ。
個々の土地所有意識はあるものの、全体としては皆の土地という考えを共有している。
街と街の間で、それほど領土争いが起きないのはそのせいである。
フロストランドにおいては原始共産制に近い観念すらある。
なので、スネグーラチカが統治者として君臨できているのだ。
メルクの貴族は確固とした領地の概念を持っている。
他の土地との大きな違いはここだ。
領地を失う事は生活基盤を失うことに等しい。
私兵を持って領地を守る。
経済基盤を持って領地を潤す。
メルクの貴族イコール既得権益である。
「という訳で、領地の経営にはかなり神経質なんだよ」
「商売をするにしても、緩くねーみたいだしな」
ヘルッコが肩をすくめた。
「領地内で商売をするのに金を取る、儲けの何割かは税金で取られる、規則は厳しく、罰則もあるだよ」
イルッポも渋い顔をしている。
大方、この街の商会で色々と聞いてきたのだろう。
下心が見え見えであった。
「でも、街の市場とかは賑わってるよ?」
「だよね、人も多いし、厳しいだけじゃ、こんなに人が集まらないんじゃない?」
静とヤンが反論する。
「市場は一回税金を払えばあとは放置なんだべ、そういう区画だべよ」
「まあ、たまに維持費とかで追加徴収はあるみたいだけんど」
ヘルッコとイルッポは、やれやれという感じである。
既にその辺も調べたらしい。
己の欲には実に正直だ。
「人が多いのは、元々ここでしか手に入らねえモンがあって、人が集まるんだと」
「人が集まるから、また人が来る、そういう循環ってーの? 羨ましいべ」
ヘルッコとイルッポは、悔しそうな顔をする。
「ふーん、そういう背景なんだな」
ジャンヌは感心していた。
「感心している場合か」
巴は仏頂面で果汁を飲む。
「お、意外と心配して上げてんのな」
ジャンヌは茶化して見せた。
「ちがっ……そんなんじゃねーし!」
巴は慌てて否定する。
「あはは、本気にしないでよ、冗談よ、冗談」
ジャンヌはいつになく明るく振る舞っている。
「むむむ…」
「まあ、貴族様は置いといて、鉄の馬車を見つけるのが先だろうね」
ジャンヌが話を進める。
「同時にエーリクの所在も調査する」
「そうだね」
ということで宿に泊まって、次の日。
鉄の馬車の噂を追ってきたところ、
プシュー
と聞き覚えのある音。
ガッシャ、ガッシャ
と機械音がして、通りの向こうからその黒い車体が姿を現した。
「あ、蒸気自動車!」
静が驚いて立ち止まる。
ドヴェルグの職人たちが作るものより大分フォルムが洗練されている。
機械的機構がより複雑だ。
「なんか、現代人が作ったらこうなるって感じの蒸気自動車だな」
ジャンヌが率直な感想を述べる。
「アレクサンドラのは?」
「あの娘は懐古厨だからねぇ」
「レトロ趣味なのか」
「すまんが、ちょっとおたずねしたい!」
巴が声を張り上げた。
「うわ、うるさっ」
隣にいた静が思わず耳を塞ぐ。
「その蒸気自動車は誰が作ったのだ?」
巴は構わずに聞いた。
シュー
蒸気自動車は停止し、運転席にいた者がこちらへ顔を向けた。
女だ。
ショートの金髪、航空眼鏡をしている。
服装はこの辺でよく見かけるもの。
シャープなデザインで、本人の美意識が出ている。
年齢は静たちと変わらない感じだ。
「蒸気自動車だと?」
女は言った。
運転席から降りてくる。
「なぜ蒸気自動車を知ってる?」
「私たちはフロストランドから来た者だ、蒸気自動車はフロストランドでも作られている」
巴は自分達が外の世界から来たというのは伏せた。
いきなり言っても信じてもらえないだろうし、ヘルッコとイルッポもいる。
「フロストランドだと!?」
女は眼鏡を取った。
「じゃあ、この前のヤツらの仲間か」
急に警戒しだして、懐へ手を入れる。
「まあまあ、そう警戒しないで頂きたい」
ジャンヌが割って入った。
両手を広げて敵意がない、というジェスチャーをする。
「私たちはボイラーの商売をしているんだが、この街に蒸気自動車らしき物があるって聞いてねぇ、急いで来てみたんだ」
「ふん、信用した訳ではないぞ」
女はこちらを見たまま、懐から手を抜いた。
何も握られてはいない。
(……え、まさか銃を持ってる?)
静がそこでやっと気付いて、青ざめた。
「驚かせてしまったのなら申し訳ない。だが、こちらに敵意はない」
巴は謝罪をしてみせる。
「蒸気機関を制作しているとお見受けするが、少しだけでもお話を伺えないだろうか?」
若干、へりくだっていた。
以前フローラがやっていた押したり引いたりする交渉の真似だ。
「私は暇ではないのだが…」
「話もできないほどお忙しいので?」
ジャンヌが言うと、
「う、む、まあ話をするくらいなら」
女は渋々ながらうなずく。
「ヴァルトルーデ・ワグナーだ」
女は名乗った。
場所を変えて、近くの食堂みたいな所に来ていた。
蒸気自動車が外に止めてあって、めっちゃ人目を引いている。
もちろん、こちらの奢りである。
果汁やケーキやパイの祖先のようなお菓子も頼んでいた。
(ドイツ系か……)
ジャンヌは思った。
(……コイツも外から来た口だな)
「右からトモエ、シズカ、ヤン、パック、ニョルズ、ヘルッコ、イルッポ、私はジャンヌです」
ジャンヌは皆を紹介する。
「ん? お前達の何人かは聞き慣れぬ名だな」
ヴァルトルーデは頭の上に「?」マークを浮かべている。
「ワグナーさんは機械技師ですか?」
ジャンヌは間髪入れずに聞いた。
「う…うん、まあ、そうだ」
ヴァルトルーデは歯切れが悪いが、認めた。
「こんなに複雑な物はフロストランドにもありません」
「そうだろうな、ド…いや、私の技術は世界一だからな!」
ヴァルトルーデはそこで急に機嫌が良くなって言った。
立ち上がって右手を挙げて叫びそうな勢いである。
(シュ○ロハ○ムかよ!?)
皆、ツッコミたくなるのを我慢している。
「その技術を生かせる所で働く気はありませんか?」
ジャンヌは揉み手をしながら言った。
商人風の演技をしている。
「お給料もそれ相応お出しします」
「うん、望みの額以上出せると思うな」
巴が援護射撃をした。
「いやー、今の待遇でも不自由はないしなぁ」
ヴァルトルーデは頬をかく。
「そうですかー、ウチは風呂、トイレもあって生活水準は高いのですが、残念ですねぇ」
「ふ、ふーん、風呂とトイレねえ」
ヴァルトルーデの眉がピクリと動いたようだった。
「フロストランドはボイラーを利用して生活環境の改善に取り組んできました。
一年前くらいまでは、おまるしかなかったのが、今では個室トイレ。
サウナオンリーだったのが、浴室、浴槽を設置してお湯が出る、排水も可能というくらいまでになったのですが」
「ウチも風呂を導入しただよ」
「あれ、便利だよな、ボイラー様々だべ」
ヘルッコとイルッポはすぐにボイラーに反応した。
別に援護する気はないのだが、本心から便利だと思ってるらしい。
それが逆に説得力を増した。
「ほ、ほぅ…?」
「鉄道もできて、これから面白くなりそうなんですがね」
「ねえ、あれ見てて飽きないよね」
「うん」
巴だけでなく、静、ヤンも援護に回った。
「いやー、残念ですね」
「待ちたまえ、そう事を急ぐこともないかなーと思うけど」
「はあ、でも、今の待遇でご満足されてると…」
「うん、そうだけど、まあ交流は大事だよ、ねえ」
ヴァルトルーデは掌をクルリと返した。
鉄道と言った途端に目の色が変わったのを、ジャンヌは見逃さなかった。
「鉄道は国家事業の面がありますからね、為政者が力を出さないことには成し遂げられませんよね」
「うん、そうだねぇ」
「ところで、ワグナーさんの雇い主様はどんな事業に手を染められておられるのです?」
「え、いや、まあ、蒸気自動車…かな」
ジャンヌが聞いてみると、ヴァルトルーデは小さな声で答える。
まったく何もしてない。
といった感じだ。
「……」
ジャンヌがなんて反応したらいいか困った風を装ってると、
「あー、蒸気自動車、いいですよねぇ」
巴が横から慌てて取り繕う感じで言った。
「うぐぅ…」
ヴァルトルーデは見るからにへこんでいる。
「そりゃ、私も鉄道作りたいよ、でも、アイツらじゃあムリなんだよなぁ」
「はあ」
ジャンヌは気のない返事をした。
「頭の中には機関車の設計図あるんだけど、あるんだけど、クッソー…」
ヴァルトルーデは頭から湯気を出すほど煮えだして、それからすぐに意気消沈。
「なんか複雑な事情があるんですね」
「うーん、複雑っていうか単純っていうか…」
「それでしたら、私たちに出来ることがあれば何でもおっしゃってください」
ジャンヌは笑顔である。
ちょっと不自然だが、商売人ならば言ってもおかしくないセリフだ。
「申し出はありがたいが、そう簡単にはいかないんだ」
ヴァルトルーデはぼそぼそと答えた。
とりあえず連絡先を交換して、ヴァルトルーデと別れた。
ヴァルトルーデは蒸気自動車で帰って行った。
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