第20話
20
「え? 鉄の馬車?」
静は困惑した。
「なんかの間違いじゃね?」
クレアは疑ったが、
「分らない」
誰も断定できるものはいない。
「エーリクたちが調べに行く計画を立てているそうじゃ」
スネグーラチカは言った。
「調査結果待ちということじゃな」
「それにしても、どういうことなの?」
アレクサンドラは首を傾げる。
「鉄の馬車ってことは車だよね」
「断定はできないけど、それを連想しちゃうね」
パックが同意している。
「ボクも見に行きたかったなぁ……」
「いや、魔法担当だからダメだよ」
パトラがダメ出しをした。
「そういや、今思い出しちゃったんだけど、ビフレストへ挨拶に行くんじゃなかったっけ?」
ヤンが怖ず怖ずと言う。
「あー、そうだった」
静はうなずいた。
「じゃあ、そのついでに私たちも見に行くとか?」
「どんだけ時間かけるつもりよ」
クレアが眉根を寄せた。
「そうだねぇ、ビフレストまで1週間、エルムトまで1日、船でメルクまで1週間ってとこかな」
「行きで半月、帰りで半月か」
アレクサンドラが言うと、巴が頭を抱える。
「旅先で活動しながらだから、1月半はかかるだろ」
ジャンヌが眉根を寄せるが、
「まあ、いいんじゃないの? 旅行だと思えば」
静がお気楽に言い放った。
「もっと便利な世界だったら、いいんだけどね」
クレアがため息をつく。
意外と潔癖症の気があるらしい。
風呂とトイレのせいで、とにかく町から出たくないようである。
「慣れるから大丈夫」
「慣れるのがイヤなんだよ!」
「というか、そんなの噂に過ぎぬじゃろ」
スネグーラチカは興味なさそうだった。
「フロストランド以外にそのような技術があるわけがない」
「でも、よく分らないので調べた方がいいと思いますわ」
マグダレナが主張した。
「私たちが事業を推し進める上では不安要素を潰してゆくという事も重要です」
「……なるほど」
スネグーラチカはちょっと考え込んだ。
「マグダレナの言うことにも一理あるかの」
「高度な政治においては、突発的な出来事はともかく、普段の積み重ねが大事です。一見、何でも無いような事も見逃してはいけません」
マグダレナの眼鏡がキラリと光った。
「まあ、とにかくエーリクさんの報告を待とうよ」
ヤンが言うと、皆、反対意見はないようだった。
*
メルク。
船で一週間。
アールヴたちが船酔いになったりしたが、それ以外は問題なかった。
問題があるとすればビフレスト、エルムト、ギョッルでの仕事をドヴェルグの職人とニール商会に丸投げしてきたことくらいか。
あっちでは、今頃てんてこ舞いだろう。
メルクは平地にあり、城壁で囲まれた街である。
すぐ側には川が流れていて、その水を生活に使用している。
城壁の外にも建物が溢れてくるかのように並んでいて、賑わっているようだった。
「人が多いねぇ」
「ああ、気をつけないとな」
エーリクは少し警戒した。
人間は妖精やドヴェルグとは違って純朴でも単純でもない。
常に騙してくる可能性を考えないといけない。
城門まできたが、特に出入りを制限しているようなことは無かった。
「そりゃ、こんだけ人がいたらチェックできないよね」
「そうだな」
エーリクはすぐに情報収集にかかった。
彼らの一行は人数はいるが、荷物はほとんどない。
宿に腰を落ち着けるのは後でいい。
適当な酒場に行ってみる。
情報を集めるのは酒場に限る。
というか、他の場所だと不自然過ぎて相手に警戒される可能性があるので、選択肢がない。
「とりあえずビール」
エーリクは給仕に酒を頼んでから、
「メルクには鉄の馬車とかいうものがあるらしいじゃないか」
聞いてみた。
「鉄の馬車?」
給仕は興味なさそうであったが、
「これ取っといてくれよ」
エーリクが小銭を掴ませると
「あー、思い出した。なんか時々、街中を走ってるらしいよ」
なんとか思い出したようだった。
「よくは知らねえんだが、そういうのを作ってるヤツがいるって話だよ」
「ありがとよ、ツマミもくれ」
「あいよ」
という感じで情報を得て、ついでに飯も食べてしまう。
それから宿を取る。
翌日、朝から街を歩いて道を覚える。
酒場は午後から開ける所が多いので、市場を見て回った。
人が多く大きな街だけあって、扱っている品物も多岐にわたっている。
見たことのない果物や南の方にしかない物なども売っていた。
「あ、これってマグダレナさんが探してたものじゃない?」
「ん? お茶だっけか?」
エーリクが思い出したように言った。
「すまねー、お茶って扱ってるとこあるか?」
その辺にある果物の店に聞いてみる。
「ああ、そこの店で売ってるぜ」
「あ、それから、もう一つ。この街にゃあ鉄の馬車ってのがあるって聞いたんだけど」
エーリクは適当に果物を購入して聞いた。
「まいど! そーいや、最近そんな話をよく聞くな」
果物屋のおっさんが思いだしながら答えた。
「オレも見たことはねえんだけどよ」
「そっか、ありがとよ」
エーリクは礼を言ってから、お茶を売ってる店に声を掛けた。
こちらもやはりよくは知らないらしい。
そういう噂を聞いたのだとか。
「街がでかいから、この辺の話じゃないんだろうな」
「じゃあ、見に行こうよ」
「んだんだ」
アールヴたちが騒いだので、
「分った、分った、そう急かすな」
エーリクはさらに聞き込みをして、場所を特定してゆく。
「この辺りでよく見かけるそうだな」
「どんなのなんだろう」
「はやく見たいな」
アールヴたちはそわそわしてウザい。
と、お登りさん状態でいた時だ。
バシューッ
聞き覚えのある音。
「あ、この音って…」
カット・イヤーが言った。
「蒸気の音だな、これはいよいよホントだな」
エーリクが音のした方をみる。
ガッシャ、ガッシャ
フロストランドで見た物より遥かに大きな車体。
鉄の物体が目に入ってきた。
*
鉄道のレール敷設工事が大分進んできてきた頃、
アールヴ隊からの報告が届いた。
「『鉄の馬車は実在する、さらに調査をして報告する』だってさ。やっぱ見に行くべきだね、ボクも行くよ」
パックは今にも飛び出してゆきそうな勢いである。
「気が早いなぁ」
アレクサンドラが苦笑している。
「現時点ではエーリクさんの追加報告を待つのが適切でしょうね」
フローラが言った。
慎重派である。
「メルクへ行くかどうかはその後に決めればいいと思います」
「うむ、行くにしても先にエーリクとアールヴに伝えて了解を取っておかないとすれ違いかねんしの」
スネグーラチカはうなずいた。
が、しかし、内心ではメルクへ大臣たちを派遣することも視野へ入れたようである。
「蒸気機関が自然発生する可能性ってのは?」
「ないよ、この世界は文明程度が蒸気機関を発明するに足りる条件を満たしてないもん」
巴が疑問を述べたが、アレクサンドラは頭を振る。
「じゃあ、やっぱり外の世界の技術か」
「勝手に外の世界から、こちらへやってくるってのはあるの?」
「伝承の中ではいくつかあったようだね」
パックが答えた。
パックは古から伝わっている神話や逸話を暗記している。
その中には時々、希人という来訪神が現れるらしい。
「私のような神の末裔が関わらねば、まずそのような事は起きぬ」
スネグーラチカは即座に否定した。
「でも、中には自力で越境してきた者もいるみたいなんだよね」
「それは世界を隔てている壁が緩んだ時じゃな。しかし、そういう場合は世の中も乱れるのじゃ」
スネグーラチカは厳かに言った。
「こんな饅頭食って麦茶飲んで、とかしてられるような時には起きぬわい」
「そう言われるとそうか」
パックは引き下がった。
「じゃあ、スネグーラチカみたいなのが他にもいるんじゃないの?」
静が何気なく言うと、
「そ、そのような事はない……はず……多分……」
スネグーラチカは否定しようとしたが、語尾が段々と自信を失っていく。
沈黙がその場を支配する。
「そういえば、雪姫様はボーグだっけ?」
沈黙を破ったのはアレクサンドラだ。
空気をあまり気にしないタイプである。
「そうじゃ」
「ボーグって雪姫様一人だけ?」
「いや、確かお爺さんがいただろ、まだ会ったことはないけど」
クレアが記憶を掘り起こしている。
「うむ、お爺様と私の他は見たことはない」
スネグーラチカは断言した。
「見たことがないだけで、実はいるんじゃないの?」
静が言うと、
「むむむ……」
スネグーラチカは唸った。
そして、少し間を置いてから、いきなり叫ぶ。
「そうじゃ、お爺様に聞きに行こう!」
「そうだね、情報収集は大事だね」
ジャンヌが冗談とも本気とも分らない事を言う。
「しばらく忙しかったゆえ、お会いしておらぬが、良い機会でもある」
「おお、じゃあ、マロース老に話を聞きに行くんだね」
アレクサンドラは目を輝かせて喜んだ。
「いやー、おとぎ話の人物に会えるなんて、プリクラースナですよこいつはァ!」
「なんで、そこだけロシア語なんだよ?」
「なにそれ?」
「英語でいうとグレートだな」
「○ョ○ョネタかよ」
*
フロストランドは平原が広がる土地だ。
冬は雪原、氷原になり、春夏の短い時期だけ地表が見える。
川は点在するが、冬は水面が凍ってしまう。
今は流れている水を畑にかける事が出来るので、その時期に作物を植える。
作付けから収穫まで生育日数が少ない作物が多い。
スネグーラチカ一行はそんな畑の続く道を進んでいた。
蒸気自動車で荷車を引いている。
「やじゃあーッ! 蒸気車でいくんじゃーッ!」
スネグーラチカが駄々をこねたのだった。
運転はアレクサンドラで、その隣にスネグーラチカ。
荷車に残りの大臣たちとパック。
それに武官が馬で着いてきている。
車自体もかなり弄っている。
ブレーキのレスポンスを良くしたり、車輪を改良して強度と弾性を両立させたりしている。
パワーがそこそこ足りてきたので、運転持続性を伸ばそうとしていた。
「のどかだねぇ」
「守りたい、この大地」
などとしゃべりながら、舗装されてない農道を進んでゆく。
「そろそろ給水しないと」
アレクサンドラが自動車を停める。
雪が少ないので、その辺から供給する事ができない。
「人員は揃っとる、水くみに行くのじゃ」
「うへえ」
「人使いが荒いや」
スネグーラチカとパック以外の全員で、桶を持って付近の川へ水くみに行く。
何度か運んでいると水が一杯になった。
「給水が面倒だねぇ」
「そうなんだよね、これが普及しなかったのもうなずけるよ」
静とアレクサンドラがブツクサと言っている。
「蒸気機関車の運用でも給水施設は欠かせないからね」
「ゴチャゴチャ言っとらんで、はよ運転せんかい」
スネグーラチカが癇癪を起こしている。
「へいへい」
エッチラオッチラというスピードで進んでいく。
雪姫の町の中枢が氷の館と呼ばれるのに対し、マロース老の拠点は氷の城と呼ばれる。
古代の戦で使用されていた砦である。
雪姫の町を北上すること半日程度、野原の中にポツンと建っている。
数人の使用人と隠居生活をしているそうだ。
「よく来たのう、元気か?」
「はい、お爺さま」
マロースはすぐに客を迎えた。
大柄な白人の年寄りで白髪、ヒゲが長い。
威厳は多少感じられるが、それよりも柔和さが滲み出ている。
居城で働いている使用人はやはりドヴェルグでみな年寄りである。
「お変わりありませぬか」
「うむ、のんびり暮らしておる」
マロースとスネグーラチカは再開を喜んでいるようだった。
なぜ離れて暮らしてるのかはよく分らない。
何か事情があるのかもしれなかった。
「この娘たちが来訪神です」
「ふむ、みな麗しい娘御じゃのう」
「いやー、そんなに褒められても何も出ませんよ」
静たちはマロースと普通に打ち解けた。
「ぶしつけかも知れませんが、なぜ隠居生活を?」
マグダレナがストレートに疑問をぶつけた。
「それは王座を譲ったからじゃ」
マロースは答えた。
「どの国でもそうじゃが、先に王座におった者がいつまでも居座るとロクな事にならぬ」
「はあ、なるほど」
「何かあれば相談は受けるが、決めるのはスネグーラチカ本人じゃ」
マロースの言葉にスネグーラチカは無言であった。
「完全に委譲したという訳ですね」
フローラがちょっと感心した様子で言った。
「歴史を紐解けば、王座を巡る骨肉の争いなんてのはたくさんありますからね」
「うむ、我らの仲が良くとも、派閥が出来れば派閥間の争いが起きることもあるからの。じゃから、どうしても外せぬ者以外、部下も皆、ワシと一緒に隠居したのじゃ」
マロースは少し遠い目をした。
まるで、そんな経験があるかのようでもある。
「しかし、そなたらを起用して国をよく治めておるようじゃ、ワシは誇らしいぞ」
「おっと、お褒めの言葉きたよ?」
「フン、私はそのような言葉が聞きたいわけではありませぬ」
スネグーラチカはプイッとそっぽを向く。
「まあ、お褒めの言葉は頂いておきますが…」
「素直じゃないなぁ」
静たちは皆、ニヤニヤとしていた。
「そのような顔をするのはやめい!」
スネグーラチカは叫んだ。
照れ隠しである。
「ところで、1つお聞きしたいのですが、マロース様とスネグーラチカ様の他にボーグ族はいるのでしょうか?」
マグダレナが聞いた。
「……ふむ、ボーグ族は神族の血を引くもの、古代から続く氏族であるルーシ族の伝承にも登場する。古代には他にもおったのじゃが、今はワシらの他には居なくなったようじゃ」
「よく分らないと」
「簡単に言うとそうじゃな」
マロースはため息をつく。
「ワシらは非常に長寿じゃが、長く生きておる内に各地へ散り散りになってしもうた。種族間の行き来が希薄でのう、他の者達がどうなっとるかは分らぬのじゃ」
「はあ、ちなみにどれくらいここにおられるのですか?」
フローラが聞いた。
「500年は経ったかのう」
「はあ?」
「長い」
「スケールが違う」
皆、呆れている。
「スネグーラチカもそれくらい生きてるの?」
「うむ、じゃが、昔の記憶は膨大過ぎて忘れかけとるがの」
スネグーラチカは、うーんと考えている。
「でも、そういうことなら、他の土地で生き残っているってことはあるんじゃないの?」
「可能性はある」
クレアの問いかけに、マロースはうなずいた。
「これは、ボーグ族がまだ残っていて、メルクで私たちのように誰か外の世界の者を呼び寄せたって線が濃厚になってきたね」
「なんじゃと? メルクでそのような事が?」
「いや、まだ決まった訳じゃないです」
パトラが補足した。
「私たちが開発した蒸気自動車と同じような物がメルクにもあるという話を聞いたので、もしかしたらボーグ族の生き残りがいるのではと思っていたのです」
「ふーむ、あり得ぬ事ではないが……」
「でも、同じ種族なら安心じゃね?」
「いや、私たちは同じ種族じゃからといって友好的とは限らぬ」
スネグーラチカは頭を振った。
「えー?」
「そんなアホな」
「ワシらはそれぞれ主義主張をもっとるのが普通じゃ、同じ考え方をしている事は少ないのじゃ」
マロースはため息をついた。
「各地の民族が伝える神話でも、神様達が戦いを繰り広げる場合が多いものね」
パトラが、やれやれといった風に肩をすくめる。
「そうすると、ボーグの生き残りが友好的じゃなくて、そいつに召喚されたヤツも友好的じゃない可能性があるわけだね」
「実際に会うてみねば分らぬが、そういう事も十分にあり得るということじゃ」
スネグーラチカが締めた。
「…て、ことは、エーリクさんたち大丈夫かな?」
「うーん」
静の心配が、すぐに現実の物となる。
1ヶ月が過ぎても、エーリクとアールヴ隊の追加報告がこなかったからだ。
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