第14話

14


巴たちが戻ってくる頃になると鉄道の設置が進み、雪姫の町を横断する規模になっていた。

試運転のために距離を稼がないといけないというのがあり、レールを延ばしていたのだが、どうせなら貨物を運んでしまおうとなったのだ。

短い距離ではあるが、物資を運ぶ需要はそれなりにあった。

試運転中ということで無償で載せたところ、商人たちがこぞって荷物を預けたのだった。

半分くらいは面白がっているというのが大きいのだが。

「駅の建設も進んでいますよ」

マグダレナが説明した。

「これからの町の発展を考え、町の中心地から少し離れた場所を選んでいます。

 鉄道は町に沿って東西に延びていて、便宜的に中央駅、東駅、西駅を作りました。

 今は単線ですが、いずれ複線にしてゆきたいですね」

「とりあえず貨物がメインだよ。そのうち客車を投入して試運転するけどね」

アレクサンドラが補足する。

「はよ、客車を走らせるのじゃ!」

スネグーラチカが叫んだ。

客車に乗りたくて仕方がないのだ。

「ゆくゆくは町を周遊する線路を作って乗り倒すのじゃ」

「山の手線かよ」

静が呆れる。

「そういや、行きはいいけど帰りはバックで帰るの?」

「それはね、バックで切り替え用の線路に入って、折り返すんだよ」

アレクサンドラが説明した。

「レールの切り替えを作るのがまた苦労してねー」

鉄道の話をするのがこの上なく好きなのだろう、聞いてもいないことまでベラベラしゃべりたおす。

「分った、分ったってば」

アレクサンドラを遮る、静。


鉄道設置による浮かれムードの中ではあったが、巴たちはスネグーラチカにビフレスト太守との会見について報告。

「口約束ではあるが、そこまで言わせたのなら上々じゃなあ」

スネグーラチカは、うんうんとうなずいている。

「エーリクが狙われるリスクはありますけど、まあ金で雇ったヤツですし、元々は賊だし、死んでも惜しくないかなーって」

ジャンヌが、ぶっちゃける。

「そーいうのは思っていても言わないでよ!」

静が突っ込んだ。

「アールヴ隊が狙われる危険性はあるんじゃないの?」

「アイツらは意外としぶといから大丈夫じゃないかなー」

パックが脳天気に言う。

「アールヴは逃げ足だけは速いからね」

「そーいや、ヤンに流星スイならったって聞いたよ」

アレクサンドラが思い出したように言った。

「あー、ボクたちパックだけじゃなくて皆大体できるようになったよ」

「そうじゃなくて、レッド・ニーから聞いたけど、色んな武器を作ったんだよね」

「あ、そっちか」

「それ暗器だよね」

ヤンが話に混ざってくる。

「フレイルは暗器じゃないだろ」

「梢子棍だね、こんなものまで作ったんだ」

「それも教えてよ」

「うん、いいよ」

「面白そうだね、私たちにも教えてくれ」

巴と静も混ざってきた。


「オホン、オホン」

スネグーラチカが露骨に咳払いをしている。

関係ない話をするなと言っているのだ。

「あ、失礼」

アレクサンドラはバツが悪そうな顔で居住まいを正す。

「まあ、アールヴ隊は全員、自分で自分の身を守れるくらいには武技に習熟してるということですね」

マグダレナが先を続けた。

「うむ、そうでなくては情報を探って帰ってこれぬからのう」

スネグーラチカはうなずいている。

「へー、なるほどね、そういう訓練もしてたんだ」

静は素直に感心していた。



鉄道の延長工事が始まった。

その間も試験運転は続いていて、貨物の運輸は続けられている。

これには現場の実務担当者が経験値を積んでゆけるようにとの配慮と、大まかな運用ルールを固めてゆくという目的があった。

上がいくら理想を掲げても、現場で働く者たちに支障があっては無意味であるどころか、その理想が邪魔になる。

基本的な方針と大体の指示があれば良い。

それに合わせて現場が工夫する訳だ。

もちろん、怠けようとか不真面目なケースに対しては厳しく管理せねばならないが。


雪姫の町はにわかに活気づいてきた。

雇用を増やすというのは、それだけで経済が回ることを意味する。

労働者が給料をもらい、飯を食い、娯楽を求めて町で金を落とす。

生活に必要な物資を消費し、物流が活発になる。

仕事だけを見ても、材料が売買されて運送される。

屈強なドヴェルグたちは体力に任せて突貫工事が可能だ。

その代わりに衣食住、娯楽を与えなければならない。

そして娯楽の大部分は酒と賭け事と女である。

雪姫の名が冠された町で、娼館を表だって営むのは憚れたのか、町外れにバラックのようなものが建ち並んだ。

バラック街というヤツである。

風紀を取り締まる必要性がでてきたのだった。

「私たちが取り締まるのはねぇ……」

「男の本能だしねぇ」

「でも、完全放置はできないよ?」

静たちは敬遠しつつも放置はできないということで、ニョルズをはじめとする武官たちに取り締まりチームを立ち上げてもらうようにした。

警察機構の発足である。

法務局直属の組織なので、法務大臣のパトラが管理することになった。

「この際、ついでに消防組織も発足させよう」

パトラは言った。

「あと、建設関係の組織も」

「じゃあ病院も」

アレクサンドラとフローラが手を上げた。

色々と意見があげられ、まとめると以下のようになった。


○○局 大臣      → 下部組織


法務局 パトラ     → 刑事部、法院

外務局 巴       → 情報部、入国管理部

財務局 クレア     → 税務部、銀行院

文科局 マグダレナ   → 科学技術部、公立学院

農水局 ヤン      → 糧食部、森林管理部、水産管理部

厚労局 フローラ    → 社会保険・衛生部、公立病院

経産局 静       → 資源管理部

国交局 アレクサンドラ → 国道管理・建設部

国防局 ジャンヌ    → 国軍部


下部組織は、役所は「部」、その他の社会的な生活向上を目指すものは「院」とした。

できるだけ簡素にし、各局とも重複を避けるようにした。


「実際の運用では重複は避けられませんが、あまり職務内容が重なっているとタライ回しが発生しますからね」

マグダレナは実務面での職務停滞を極端に嫌っているようだった。

「はっ、お国じゃ公務員なんてのは仕事をしない代名詞みたいなもんだしね」

クレアが皮肉を飛ばす。

「はい、それだけにフロストランドでは同じような事になって欲しくないんですよ」

マグダレナはまったく動じない。

ちょっと天然が入っているのだろう。

「はいはい」

クレアは負けを認めた。

「すぐには設立できないものもありますが、後々必要になってきたら設立ということで」

「うん、最低限必要なものから始めよう」

パトラがうなずく。

「我々の世界のように細分化されてはいないが、能力があれば採用してゆこう」

「最大限まで仕事してもらうけどね」

クレアが憎まれ口を叩いた。

「うるさいな」

「べー」

などとアホなことを言ってお開き。


「梢子棍はこう」

ヤンが器用にフレイルを操る。

片手で扱うが、流星スイと同じように遠心力を上手に使っていた。

「なんだか、全身が紐で結ばれているかのような動きだなぁ」

巴が感心している。

「まあ、人体を上手く使おうとしたらこうなるんだ」

ヤンは言った。

最近は大分自信もついてきており、静たちにも負けないようになってきている。

むしろ、運動能力が高いこともあって凌駕している部分も多い。

「ヒョウもやっとこうか」

「ヒョウ?」

「日本で言う手裏剣だな」

巴が知識を披露している。

「我が石火神雷流にも伝わっているが、他派の動きを学ぶのも上達への一歩となるな」

「要は興味があるってことでしょ」

アレクサンドラがニヤニヤしながら言った。

「ボクらにはこういうのが合ってるなー」

「そうだね」

パックとレッド・ニーはすぐに要領を飲み込んだ。

手足のように暗器を操るので、静たちは舌を巻いた。

「パックは足腰が強いから蹴り技を覚えたらいいよ」

ヤンが言って、蹴りを披露し始める。

「蹄だしね」

ジャンヌがつぶやく。

羊のような足が跳躍すると驚くほど高く跳ぶ。

そこで体をコントロールして蹴りを繰り出してゆく。

「ありゃあ、双飛脚までマスターしたの?」

ヤンが頬をかいた。

「いや、こんなのボクたち遊びで普通にやるし」

「ねえ」

「コイツら実はスゴイんじゃ…」

静は呆れている。



ビフレスト。

エーリクは近隣の街へ出かけては調査を繰り返していた。

しばらくは目立たないように心がけていたが、次第に気が緩んできていたのだろう、馴染みの酒場などにも足を運ぶようになっていた。

それが悪かったのは明らかで、街を歩いている時に尾行されているのに気付いた。

(ちっ、失敗したぜ……)

エーリクは足早に宿を目指したが、まだ到着しない。

(待ち伏せでもされてたら終わりだな)

悪い方へ予測が働く。

こうした予感は的中するものなのだろう、案の定というか通りの先にガラの悪い男たちが待っていた。

人気のない狭い通りだ。

追い込まれたとも言う。

「ちっ…」

エーリクは武器を確認した。

懐の短剣だけしかない。

短剣一本で数人の男たちを相手するのは難しいだろう。

(まさか、こんな所で殺られちまうとはな…)

エーリクは覚悟を決め、男たちに向かって歩いて行く。

「よお、まさかのエーリクじゃねえか」

「生きてたんだな」

「……」

男たちは話しかけてきたが、エーリクは答えない。

どうすれば切り抜けられるか考えている。

会話している余裕はない。

「ち、だんまりかよ」

「さっさと殺っちまおうぜ」

男たちは警戒しているエーリクの様子を見て即断したのか、光り物を抜く。

慣れた足取りで囲んでくる。

エーリクは右側へと移動した。

相手が右手に剣を持っているので、左側へ位置していれば攻撃を受けにくくなるとの考えだ。

男の一人が剣を繰り出してきた。

エーリクは捌いて距離を取る。

攻撃を捌き続け、隙を見て逃げる。

人通りのある所へいけば逃げ切れるだろう。

「させるかっ」

その意図を察したのだろう、別の男がエーリクの退路を塞ぐ。

(クソッ、やっぱダメか……)

剣撃を捌き続けるも、壁際に追い詰められていく。

「どうした後がねえぞ?」

「必死で抵抗してみろよ」

男たちは優位に立ったので、余裕をかまし始めたようだった。

だが、囲みを突破するのはムリだろう。

相手も素人ではない。

エーリクは焦った。

汗が滴り落ちる。


「あ、ケンカだ」

間延びした声がした。


聞き覚えのある声だ。


男たちが振り返る。

諜報員の一人であるパックが立っていた。

耳に切り傷があることから、カット・イヤーと呼ばれているヤツだ。

「ん? どーぞ、どーぞ、ボクのことは気にせず続けてくれよ」

状況をよく理解していないのか、カット・イヤーは脳天気にも言った。

「なんだ、てめぇ」

「見られたからには片付けねえとな」

二人がカット・イヤーの方へ向かう。

「逃げろ!」

エーリクは叫んだ。

無我夢中で短剣を振り回す。

「おっと、お前の相手はオレらだ」

「くっ……」

が、男たちは心得ていると言わんばかりに遮る。

(畜生、こんな仕事受けなきゃよかったぜ)

心の中で後悔する。

が、フロストランドの連中に拾われなければ野垂れ死んでたかもしれない。

この家業に身を落とした以上、ろくな死に方はしないのだ。

「よっ!」

カット・イヤーが何か言って、手を動かした。


しゅん。


風を切る音。


近寄ってきた男の一人がのけぞった。

悲鳴を上げる暇も無かったようだ。

そのまま後ろへ倒れ込む。


「な、なんだ!?」

もう一人の男が驚いて足を止める。

「それっ」

カット・イヤーが手を動かすと、


ゴッ


鈍い音がした。

「ぎゃっ!」

もう一人の男は顔を押さえてうずくまる。


「なにをしやがった!」

男たちは思わずエーリクの包囲を解いて、カット・イヤーの方を向いた。

(あー、こういう時、そういうよなぁ……)

エーリクはどこか他人事のようにカット・イヤーと男たちを見る。

(しかし、何が起こったんだ?)

逃げるのも忘れて、カット・イヤーに注目してしまっている。


「コイツ、なんか持ってるぞ」

「飛び道具か」

「構わねえ、囲んでやっちまえ!」

男たちは一斉に突撃した。

「うわっ」

カット・イヤーは叫んだかと思うと、ぴょーんとその場で跳躍した。

その跳躍力は軽く男たちの背丈を超えていた。

男たちの頭上を越えて背後へ着地する。

「おい、みんな!」

カット・イヤーが言うと、

「おう!」

通りの向こうから声がして、ダーッと何かが走ってくる。

アールヴ隊の連中だった。

パックがもう一人と獣人が三人。

走ってきて、何かを投げる。

(つぶてか!)

エーリクは気付いた。

金属の塊を投げつけているのだ。


しゅっ。


ゴッ!


風を切る音と鈍い音が聞こえ、


「ぎゃあっ!」

「ぐわっ」

男たちは次々に顔を押さえてうずくまる。

「ヤーッ!」

カット・イヤーが叫びつつ、また何かを投げつけた。

紐の先に尖った金属の塊がついている武器だ。

ざくっと男のうち一人の足に刺さる。

「うぎゃあっ!」

驚いている間に、

「ほいっと」

カット・イヤーはぐるりと回転するようにして紐を男の体に巻き付ける。

そこへ獣人たちがつぶてを投げつけた。


バシバシバシ


「うげぇっ」


痛みでバランスを崩し、転倒する。


「それっ」

もう一人のパックも同じように尖った金属の塊を投げつけた。

隣にいた男の胸に突き刺さる。

「ぐえっ?!」

そのパックは紐を放って、もう一つの塊を取り出す。

「くそ!」

「殺せ!」

男たちはバラバラに動き出すが、パックと獣人たちは列を崩さず投擲を続ける。

(あ、これ、オレらがやられたヤツだ……)

エーリクは思い出していた。

あの時は石弓の射撃だったが、考え方は同じだ。

面で制圧するやり方。

ジャンヌが使っていた戦術だ。

「アイツに助けられるとはな……」

エーリクはため息をついた。

(神様がこの世にいるとしたら、よっぽど皮肉が好きなんだろうよ)

心の中で吐き捨てつつも、短剣を構え直して男たちを後方から襲う。

これも一斉攻撃で勢いを奪っておいてから別角度で攻撃を仕掛けるという、ジャンヌの戦術と同質のものだ。

「おらよ!」

短剣で切りつけられて、男たちは動揺した。

前後に挟まれて焦り、まごついている。

「ほら、逃げるよ、エーリク!」

「おう、助かったぜ」

男たちがまごついている内に、アールヴ隊とエーリクは走り出した。

一目散に逃げて大通りまで駆け抜けた。

安全を確認し、一息ついてから、

「ま、こういうのも悪くねえかな……」

エーリクはつぶやいた。

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