第15話

15


あれから数回、ガング商隊はビフレトへ赴いていたが、襲撃は収まっていた。

毎回、不審な男たちが監視しているに留まっている。

ニールは相手の様子を見ることしていた。

太守のウンタモから何度か手紙が来ているのもあった。

ガング商隊へちょっかいを出すなという意味合いの文面である。

太守から目をつけられるのは商売を続ける上で不利になる。

そんな訳で動きを止めていた。


ビフレスト太守のウンタモは、迷っていた。

フロストランドの外交官には良い顔をしたものの、内情は複雑だ。

ニールは商売人であると同時に業界を牛耳る者の一人であり、裏社会とのつながりも深い。

それだけならただの犯罪者だが、名士としての顔も持ち、ウンタモとも知り合いだ。

ビフレストでは少なからず影響力のある人物ということである。

一応、形式的に手紙を届けてはいるが、いつまで押さえられるかも分らない。

これ以上、何かをするとバランスが崩れる。

ニールに肩入れすれば、ガング商隊が他の街へ行きかねない。

ガング商隊に肩入れすれば、ニールの機嫌を損ねてしまう。

どちらに肩入れしても文句が出る。

板挟み状態だ。


「なにか良い案はないかのう?」

ウンタモはつぶやいた。

自室で考え事をしている。

「失礼します」

そこへ身なりのいい男が入ってきた。

側近のピエトリである。

ウンタモの懐刀的な存在だ。

「良いところへきた」

ウンタモは意見を求めた。

「フロストランドとの交易は不可欠です。お上への上納金も交易があってこそ。ここは商売人に泣いてもらいましょう」

ピエトリは即断した。

フロストランドとニール商会から得られる利益のシェアをみて、勝る方を取る。

単純明快な理屈だ。

「しかしなぁ、付き合いというものがある。

 ニールにへそを曲げられたら後々面倒だろう。

 それに上納金の話をするのなら街の商売人たちにも配慮せねばな。

 彼らも税を払ろうておるのだ」

「……両方に良い顔ができる案を出せと?」

「そうハッキリと申すな」

ウンタモは苦笑い。

ズバズバと言ってしまうのが、ピエトリの悪い癖だった。

しかも無愛想で何を考えているのか分らない。

ウンタモとは気心が知れているので気にしないが、同僚や部下たちには敬遠されがちだ。

「ですが、状況を見るに商売人のニールに非がありますね」

「それは分っておる」

ウンタモはうなずくが、政治というのは単純な善悪だけで片付けられるものではない。

「両方の事情に詳しい者がいればいいのですが」

ピエトリは、ちょっと考えてから言った。

「うん? どういうことだ?」

「両陣営が欲しがっているものなどが分れば、対処のしようもあるかと」

「なるほどな。しかし、そのような者がいるのか」

「探してみます」

ピエトリは会釈して退出した。


ウンタモにはああ言ったものの、ピエトリには何か当てがあるわけではなかった。

だが政治に関わっていると、世間の闇に触れる機会は多い。

街には、情報を売る輩というのがいる。

それを当たってみようと考えた。

しかし、太守の側近が直に街へ繰り出す訳にもいかない。

ウンタモが好まない事務の仕事がたまりにたまっている、というのもある。

「という訳なのだが、ここは一つ、君らに情報収集を頼みたい」

数少ない部下のヘルッコとイルッポにブン投げた。

いわゆる雑役兼従者兼密偵みたいな仕事をしているヤツらだ。

「うへー、面倒な仕事きたなぁ」

「親方、こんな面倒な事できねえだよ」

ヘルッコとイルッポは露骨に文句を言い出した。

「分った、金は出す、ナンボでも飲んでいいからとにかく情報屋をあたってこい」

「へ? ナンボでも飲んでいいんですかい?」

「そうと分れば、善は急げだ」

「お前ら現金すぎ」

ピエトリは呆れている。

本心では、二人のことを「この田舎者が」と思っているのである。

逆にヘルッコとイルッポはピエトリのことを「成り上がりの成金が」と思っているので、おあいこである。

「なにか掴むまで帰ってきてはならんぞ!」

「うへー」

「やっぱやめたい」

「さっさと行け!」

ピエトリは二人を叩きだした。


仕方が無いので、ヘルッコとイルッポの二人は行きつけの酒場へ行った。

一晩飲み明かして「ダメでした~、てへ」とやる気である。

飲み代はもらってきているから、気が大きくなる。

「うーい、ジャンジャンもってこーい」

「ビール、ビール、ビール!」

二人はガバガバ飲みまくった。

そのお陰で周囲の目を引くことになった。

「旦那方、羽振りいいですなぁ……」

いつの間に入ってきたのか、身なりの悪い胡散臭そうな男が声を掛けてくる。

といっても、酒場自体が胡散臭い雰囲気なのだが。

おこぼれにでもありつこうとしているのだろう、男はへへへと愛想笑いをしながら返事を待っている。

「おう、お前さんも一杯やるか?」

「へえ、ごちになりやす」

「へい、ビール追加!」

イルッポは給仕を呼び止めてビールを追加した。

三人で飲み始める。

自然と世間話になった。

最初は他愛のないバカ話ばかりだったのが、途中で話題が尽きてきたらしい。

「ここだけの話ですがね、旦那方だから話すんですがね」

胡散臭い男は声色を変えて、なにやら言い出した。

「ここ最近、北のドヴェルグたちがですね、金属製の蒸気釜っつーのを作ってるそうなんでさぁ」

「なんだ、それは?」

ヘルッコは目をパチクリとさせた。

男がいう物をイメージできないのだった。

「オレッチもよくしらねーんですが、湯を沸かして湯気の力で暖房にしたり、物を動かしたりするんだそうで」

「んなアホな」

イルッポは一笑に伏す。

「それがホントらしいんでさぁ」

男は食い下がった。

「じゃあ、お前見たのかよ?」

「ドヴェルグの商人が部品を持ち込んでるのを見たんですよ。得たいの知れない化け物みたいで薄気味悪かったですがね」

「わはは、面白いじゃねーか」

ヘルッコが笑った。

「これを親方に伝えりゃ、一応の面目は立つだろーしな」

「思わぬところで収穫ってヤツだな」

イルッポもうなずいている。

最初から適当に誤魔化すつもりなので、言い訳ができたらそれでいいのだ。

「ところで、それ誰に聞いたんだ?」

「へえ、アールヴが言ってたんでさぁ」

「アールヴかよ」

ヘルッコは渋い顔をした。

妖精に良い印象がないのだろう。

悪戯の被害に遭ったことがあるのかも知れない。

「じゃ、旦那ごちになりやした、またご相伴にあずかりたいですな」

男はビールを飲み干してから、そそくさと酒場を出て行った。

千鳥足である。

ふらふらと酒場を渡り歩いているのだろう。


翌日。

ヘルッコとイルッポはピエトリに報告した。

「……ふむ、そのアールヴから話が聞けないかな」

意外なことにピエトリは興味を示した。

「え、マジですかい?」

「怒らないの?」

適当に怒られて、のらりくらいと言い逃れをするつもりだった二人は肩すかしを食らってコケた。

「欲しいものとは違ったが、十分に興味のある情報だ」

ピエトリは言った。

「昔から、ドヴェルグは工芸の腕前で知られている、新たに何か開発したとしても不思議ではない」

「にしても、荒唐無稽でないかい?」

「なあ、蒸気の力で物を動かすとか、都市伝説でねーか」

「今日は私も同行する、そのアールヴを探すぞ」

という事になり、三人はまた酒場へ向かった。

ピエトリは平民っぽい身なりへ着替えている。

ピエトリは元々平民出身なので、違和感がない。

というか、ビフレストは中央から離れているだけあって、平民層が多い。

貴族はほんの数人しかいない。


酒場に着いた。

すぐに給仕を呼び止める。

「アールヴの客はいるか?」

「え、ああ、そういや最近ちょくちょく来るよ」

ビールを注文してから聞いて見ると、給仕は答えた。

「そのうち来るんじゃないかな」

「そうか、ありがとう」

ピエトリは礼を言って、しばらく待つ。

今夜は胡散臭い男は現れなかった。

「あ、親方、アールヴが来ましたよ」

ヘルッコがピエトリをつつく。

「おお、では呼んできてくれ」

「へえ」

ヘルッコが席を立ち、話しかけると、アールヴはウキウキしながらやってきた。

パックという妖精族の一種だ。

耳に切り傷がある。

「アールヴは話好きと聞くが、何か面白い話をもっていないか?」

ピエトリは単刀直入に言った。

「ああ、そうだねぇ」

ぶしつけだが、特に警戒された様子はない。

「じゃあ、フロストランドの話なんかどう?」

「それでいい、聞かせてくれ」

ピエトリはうなずく。

「蒸気釜ってのがあって、蒸気を使って動力にするんだけど」

「動力?」

「ポンプを動かすんだ、ブシュー、ポコポコポコポコって音がするんだよ」

「ほう、よく分らんが、面白そうだな」

ピエトリはパックの話を聞いて、さらに興味をもったようだった。

話に聞き入っている。

(ニールの話は置いといて、これは上様に報告した方がいいんじゃないか?)

予感はあったのものの、直に話を聞いて、ピエトリはそう思った。

「ふーむ、それはドヴェルグにしか作れないのか?」

「そーだね、ボクたちは機械はさっぱりだし、トムテは体が小さいからムリなんじゃないかなぁ」

パックは酒と肴を食べながらベラベラとしゃべり倒す。

それでいて、人名や具体的な事を言わないのが恐ろしいところだ。

ひたすら内容が薄いのに聞いているとなんだか面白いってのが、危険なところだ。

先天的な詐欺師なのである。

「まあ、そういう物があるってのは分ったが、例えばそれが欲しい場合は誰に言えばいいんだ?」

ピエトリは実務者のクセで聞いてしまった。

「あー、それはぁ、ドヴェルグかなぁ、定期的に商隊がくるから」

「なるほど、君はその商隊と面識があるかね?」

「うん、まあ、顔見知りだよ」

パックはふわっとした答え方しかしないが、つなぎはつくようだ。

「それから、連絡先を教えてくれると助かるんだが」

「鹿馬亭って宿に泊まってるから、連絡はそこへしてくれると大丈夫だよ」

パックはヘラヘラ笑いながら、言った。


酒場から館へ戻ってすぐ、ピエトリはウンタモの自室を訪ねた。

ウンタモはまだ部屋に居て他の側近たちとミーティングをしていた。

「太守様、ちょっとよろしいですか?」

「うむ、なんじゃ?」

目配せすると、ウンタモは席を外して近寄ってくる。

「ニールの話とは違うのですが、お耳に入れたいことが」

ピエトリは酒場で聞いた話をした。

「……」

ウンタモはなんとも言えない顔をしている。

「そのような物がホントにあるのか?」

全然信じていない様子だった。

「なくても別に我らは困りませんが、もし存在したら、すぐに取り入れるべきでしょう」

「新技術ならな」

ウンタモはうなずいたが、今ひとつ興味を持てないようだった。

「というか、両陣営に詳しい者を探すのはどうなったのだ」

「アールヴがドヴェルグにつなぎをつけられるとのことです、まずはフロストランド側に詳しい者は見つかりました」

ピエトリは話を聞いてすぐに思いついたことを述べた。

「それに、こうは考えられませんか?

 その新技術を輸入するのに商売人を介する必要がありますが、それをニール商会へ預ける、と」

「うーむ、悪くないように思えるな」

ウンタモは考えた。

フロストランド側は技術輸出をして金を稼げる。

ニール商会は輸入を一手に引き受けて利益を独占できる。

私は両者の利益になることを斡旋してやり、どちらにも面目が立つ。

「……ニールに話を通してみよう。もちろん、ドヴェルグの商隊を襲撃するのはやめてもらうがな」

「はい、この話がうまくまとまるように願っております」

ピエトリは一礼して退出した。



「なんか、うまく行ったようだな」

エーリクは宿の一室でアールヴ隊と飲んでいた。

身なりの悪い胡散臭い男に変装して、噂を流し続けてしばらく経つ。

「まさか、太守の関係者がかかるとは思わなかったけどな」

「てか、それまで誰も信じなかったけどね」

「こんな与太話、信じるわけねーだろ」

「だよな」

アールヴたちがベラベラしゃべり出す。

「いや、与太話ではないだろ」

エーリクは訂正した。

「ボクはただ酒飲めて満足だよ」

「うん、それな」

「酒くれ」

アールヴたちはものを深く考えない質の者が多い。

「おめーらは気楽でいいな」

エーリクはビールを一口飲む。


あの後、ニールの手の者は現れなかった。

時々、宿を監視している不審げな者がいるようだったが、手は出してこなかった。

裏で何か動いてる。

そんな気がしたが、特にできることもない。

任務に専念することにした。

それは、ボイラーの噂を流すことであった。

ビフレストにボイラーシステムを売りつけて稼ぐつもりなのだ。

ガング商隊が次に来るときに部品を運んでくる手はずになっている。

売りつけると言っても、ビフレストの住人がいきなり見たことのないものを買う訳がないので、デモンストレーション用のサンプル機を作るつもりだ。

実際に動いてる所をみてもらうのが、一番いい。

それで便利だと思ってもらうのだ。


「お茶の代わりになるものって言われてもね」

静は首を傾げた。

「それなら、麦茶があるだろ」

巴が言った。

茶外茶と言われる飲料だ。

「確か、大麦を炒ってから煮れば出来るはずだぞ」

「先に炒るんですね」

マグダレナがメモってる。

「麦茶って言えばさー、日本のアニメに出てくる飲み物がなんだか分らなくて、ずっと謎の飲み物だったんだよねぇ」

アレクサンドラが言った。

「あーそうそう、後で麦を煎じたお茶だと知って驚いたことがありましたわねぇ」

マグダレナが嬉々として応じている。

楽しそうである。

「えっ、麦茶って海外にはないの?」

静は驚いていた。

「うーん、平和ボケ、これぞ日本て感じだねぇ」

「日本をバカにするな」

クレアがバカにしたように言うと、巴が唸るように返す。

「じゃあ、コーヒーもないんだよね」

「それは代用コーヒーというものがありますわ」

マグダレナがここぞとばかりに言った。

「ポーランド発ですのよ」

「たんぽぽコーヒーだっけ」

ジャンヌが思い出したように言う。

「ちなみに、フランスはコーヒーのイメージがあるが、一応紅茶も飲まれてる。フレーバーティーが多いけどね」

「ふーん」

「もっと反応して」

「お茶も南方のものだしねー」

ヤンがため息をついた。

「砂糖はどうなの?」

「こう寒いとビートですね」

静が気になったことを聞くと、フローラが答えた。

「サトウキビは暖かい所でないと育ちませんからね」

「ビートってテンサイか」

巴がなにやら考えている。

「ヤン、テンサイを植えるのはどうだ?」

「いいかも、フロストランドじゃハチミツ使ってるからねぇ」

「検地をして、どんな作物を植えてゆくのがいいか決めるといいよ」

パトラが提案した。

「土地を見ないと決めれないからね」

「今はオーツ麦が主体なんだっけ?」

「うん、小麦はあまり育たないんだよ」

パックが答える。

土地が痩せていて、気温が低い時期が多い上に冬が長い。

この気候では農業が発達しないのだ。

畜産と漁業が大きなウエイトを占めるようである。

「品種改良はすぐにはムリですから、肥料を改良する必要がありますね」

マグダレナが一人でうなずいている。

「現行種をいかに効率よく植えるかですね」

「それから木炭」

パトラが言った。

ボイラーの普及による燃料の需要増加が考えられるのだ。

「石炭と薪の他にも選択肢を増やしたい」

「木炭も薪から作るんじゃない?」

静が疑問を言った。

薪を使うなら需要は変わらないどころか増加する。

「そうだけど、石炭の消費数量を抑えることはできるよ」

「一部の需要を木炭へスライドさせたいんだよね」

「そして植林をしてゆきます」

アレクサンドラ、パトラ、マグダレナが綺麗に分担して答える。

(こいつら練習でもしてんのかい)

クレアが心の中で突っ込んだ。

「植林して供給サイクルを作りたいのか」

「まあ、そういうことね」

「じゃあ育ちが早い樹を植えないとな」

ジャンヌが助言する。

「国家事業だな」


「木炭って炭焼きだよね?」

「そうだな」

静と巴はうーんと唸った。

正直、炭焼きについてなど一つも知らない。

テレビでたまに出てくるのを見たことがある程度だ。

「てか、職人が熟練してやっと焼けるくらい難しいんだよ」

「へー」

アレクサンドラが惚けたような声を出す。

「ただ木を釜に放り込んだらできるんじゃないんだ」

「それでもできるだろうけど、質の良いものにはならないんじゃなかったかな」

巴は肩をすくめた。

課題はまだまだ残っている。

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