第13話
13
「ふー、フローラがいて良かったよ」
巴は宿に帰るなり溜め息をついた。
重圧から解放されて、ふにゃふにゃと脱力していた。
部屋のベッドへ体を投げ出している。
「いいえ、あのくらい、ただの挨拶だと思ってください」
フローラはまったく表情すら変えない。
「あの場で何を言おうが口約束なんて役に立ちません」
「ほえー、厳しいねぇ」
静は感心するやら驚くやら、まったく未知の世界といった感じだ。
「私たちは太守に会って書簡を渡しただけに過ぎませんよ、その時に何を話そうが世間話と変わりありません」
「うーん、じゃあ何の意味があったんだ?」
巴は不思議に思って聞いた。
「私たちが一筋縄ではいかないと思ってもらえばそれでいいんです、印象付けみたいなものですよ」
フローラは言って、椅子に腰掛けた。
「なんだか、フローラの方が外交官に向いてるかも」
「そうとは限りませんよ、トモエさんが睨みを効かせていたからこそ、相手が私の話にスライドしてきたんです」
「そういうものなのか?」
「ええ、交渉というのは一人では限界があります、チームワークが大切なんですよ」
フローラは、分ったような分らないようなことを言った。
「ジャンヌさんが途中で入ってきたのも、そういう役割ですしね」
「うん、波状攻撃だな」
ジャンヌがうなずいている。
「他の街を調査するのも必要だよ」
「それはエーリクさんたちにお願いしましょう」
「途中で、お菓子買ってきたけど、食べる?」
「わー、食べる食べる」
静が荷物からお菓子を出すと、ヤンが駆け寄ってきた。
夕方、エーリクとアールヴたちが戻ってきた。
巴たちとは別行動で、街中に出かけていたのだった。
街の中を知らなければ情報収集ができない。
エーリクがニールの手先に見つかるリスクもあったが、どのみち、この先もビフレストで活動するので気にしても仕方ないと考えたのだ。
「ま、コイツらは人の輪に溶け込むのは得意だからな」
エーリクはビールをあおりながら言った。
「情報が集まる場所が分ってたら、そんでいいんだ」
「噂とかを収集するんだね」
「そうだ、オレはこの街じゃあまり出歩けねーから、明日からはエルムトにいってくらあ」
「うむ、頼むぞ」
「賃金の分は働くさ」
「そのうち、この街に拠点を作りたいねぇ」
「そういうことなら、ワシらも出張所をおくべか」
ガングがうーんと考えている。
「その一角を貸せばよがんべ」
「そうしてもらえると助かるな」
「実際、大臣様たちの伝手があればワシらも活動しやすいし」
ガングはワハハと笑ってビールをあおった。
ドヴェルグは酒が強い者が多い。
酒場で一晩中飲んでる印象があるが、次の日になるとケロッとしている。
(コイツらバケモンかよ)
静はノンアルコール飲料だけで酒は一切飲まない。
夕食を食べて就寝。
お風呂はない。
体がベトベトになるから、寝る前に宿の給仕からお湯をもらって行水というか体を拭く。
「浴室を輸出したいねぇ」
「ああ、ボイラーを商品にするのもいいかもな」
静と巴は疲れからかぐっすりと寝てしまった。
外務の仕事が終わったので、巴、静、ジャンヌ、ヤン、ニョルズ、パックはガング商隊と一緒に帰ることになった。
エーリクとアールヴ隊は宿に残って情報収集の仕事をすることになる。
彼らの運転資金は定期的にガング商隊が運んでくる手はずだ。
もちろん、ガング商隊には手間賃を払っていた。
「無駄使いするなよ」
パックはアールヴ隊の面々に釘を刺していたが、アールヴたちの性格的に難しいかなと思わなくもない。
というか、パック自身ビフレストに来ると色んな物を買い込んでしまうので、説得力がない。
「じゃあ頑張ってね」
「お気をつけて~」
ビフレストを離れてフロストランドへ帰った。
*
巴一行がビフレストへ行っている間、居残り組は蒸気機関車の開発に取りかかっていた。
機関車、貨物車の設計を行う。
鉄材を骨組みに、木材を張り車体を作ってゆく。
機関部は高熱を発するため鉄で製作してゆく。
物が大きいので、製作所の庭では作れないので、外に大きな製作所を建てた。
屋根のあるだけのだだっ広い倉庫といった感じだ。
格納庫である。
製作所のドヴェルグが総出で、更に足りない人数はアルバイトを雇い入れて間に合わせている。
蒸気自動車で培ったギアやクランクの機構作成経験をフルに活用している。
スカジたちの製作所が初めて担う国家事業であった。
「皮製品はワシらに任せろや」
トムテのリーダーがいつの間にかやってきていて、請け負っていた。
このリーダーは名をストゥイルといった。
スカジの製作所にちょくちょく顔を出して、何かしら仕事を手伝い始めている。
「ああ、頼んだ」
「お前さんらだけに、いい格好はさせねーべ」
「ふん、やれるもんならやってみな」
なんて掛け合いをしていたが、徐々に信頼関係ができてきたようでもある。
元々、靴を作るのが趣味という種族だけあって、皮の加工には長けている。
座席のクッション部分、レバーの握りなど様々なものを作ってゆく。
「そういや、物資だけじゃなくて、人を運ぶんだっけ?」
スカジがアレクサンドラに聞いた。
「そうだね、まずは貨物車だけど、次は客車も作らないと」
アレクサンドラは客車の図面を引いている。
鉄ヲタの彼女は楽しくて仕方がないといった感じだ。
「ストゥイルがいて良かったよ、座席のクッションとか金属の細工とかまでやったら、あたしら過労死するよ」
スカジはうんざりした様子でつぶやく。
「……あ、これ、アイツらには内緒だからな、あたしらが出来ないとか思われたら癪だし」
「意地っぱりだなー」
「うるせーな」
レールは外注するしかなかった。
本来なら先にレールを敷いてから車体を作るべきなのだろうが、すべてを製作所で作るのはムリだった。
町の鉄工所に寸法を伝えたり、作業の合間を縫って見に行ったりして、作ってもらう。
枕木は木材を取り扱う工務所に発注する。
同じく作業の合間を縫って見に行く。
激務が続いたので、スカジは疲労で寝込んでしまう有様だった。
「お見舞いに来たぞ」
「もっと人を増やそうよ」
クレアとアレクサンドラが顔を出す。
「いや、あたし以外にやらしたくねえだ」
スカジはベッドに寝転んだまま、ぶすっとしている。
「それで体を壊したら、スネグーラチカが悲しむでしょ」
パトラが言って、果物を置いた。
「あとニョルズさんも」
クレアがニヤニヤしながら言うと、
「なんでそこでニョルズが出てくんだよ」
スカジは若干、頬を赤くしたようだった。
「まあまあ、しっかり休んで、回復してよ」
「そうですよ」
マグダレナは果物の皮をナイフで剥いていた。
「ふん」
スカジは拗ねている。
「スカジさんは昔からこうなんだ、言い出したら聞かないんだよ」
レッド・ニーが、はーっとため息をつく。
「うっさいぞ、お前」
「とにかく、今は安静にしてなさい」
「うごっ…」
クレアがマグダレナから受け取った果物の切れ端をスカジの口に押し込んだ。
*
「ホイッ、ホイッと」
暇を持て余したのか、レッド・ニーは製作所の庭で何かをやっていた。
紐の先に木のボールをくくりつけたものを振り回して遊んでいる。
前方へ打ち飛ばす、後方へ打ち飛ばす。
回転中に肘を介して軌道を変え、前方へ打ち飛ばす。
肩を介して打ち飛ばす、膝を介して打ち飛ばす、足先を介して打ち飛ばす。
紐を腰から肩へ逆袈裟掛けに回してから、ボールを回転させて首の後ろから飛ばす。
などなど。
皆が見たことのあるものだった。
「あ、それって、ヤンの……」
「うん、そうだよ。アニキがヤンさんに教わって、ボクはアニキから教わったんだ」
クレアが言うと、レッド・ニーは器用にボールを回収して、建物の方へ戻ってくる。
「ボクたちパックは皆、出来るようになったんじゃないかなぁ」
「へー、こういうの好きなんだねぇ」
アレクサンドラが顔を出した。
目を輝かせているところを見ると、アレクサンドラも興味があるらしい。
「私にも教えてよ」
「うん、いいよ」
レッド・ニーとアレクサンドラは一緒になって練習し始めた。
「アレクサンドラさんってお転婆ですわね」
マグダレナがジト目で見ながら言った。
「お転婆って最近聞かないな」
パトラはハチミツをお湯で溶いたものをすすっていた。
「そういや、アンタ、ハラール的に食べられないもの多いんじゃないの?」
「ハラールは許されているもの、許されないものはハラムだよ」
「え、そうなの?」
クレアはアハハと頭をかいた。
「私は敬虔な信徒じゃないからね」
パトラはまったく動じない。
「というか、イスラム教が厳しいものだなんてのは誤解だよ。他に食べるものがないときは食べても良いんだ」
「へー」
「その代わり、食べてしまったら埋め合わせをするんだけどね……って興味ないだろ?」
「いや、まあ、割と敬虔な方なんじゃないの、アンタ」
クレアは言った。
「そんなことはないよ」
パトラは少し恥ずかしかったのか、視線をそらす。
「よく知らないものは怖く見える、ちゃんと知ることが大事なんだよな」
「それはこの世界のことを言ってるの?」
「まあ、そうかも」
クレアは言った。
アレクサンドラは客車の設計、機関車、貨物車の製作の手伝いをして、その合間に流星スイで遊んでいた。
気晴らしになるのだろう。
そのうち、アレクサンドラはほとんどの技をマスターしてしまった。
「ヤンが帰ってこないと新しい技が覚えられないねぇ」
「えー、そんなの遊んでるうちに勝手に発見するよ」
レッド・ニーは言って、技をいくつか披露した。
見たことのない動きである。
「はー、あんたらって、もしかしてこういうの合ってる?」
「ん? なにそれ?」
「ほら、ドヴェルグは斧とかハンマー使いたがるみたいなもん」
「ああ、そうかもしれないね」
レッド・ニーは納得したようだった。
「そうそう、他にも武器を作ってみたんだ」
そう言って、鞄から何かを取り出す。
木のボールを紐の両端につけたもの、ボールを尖った金属の塊に取り替えたものなど。
「あー、これボーラじゃないの」
「へえ、アレクサンドラの世界にもあるんだ」
「確か、イヌイットとか南米のインディオが狩猟に使うんだっけかな」
うろ覚えだが、ヲタクのアレクサンドラは知識として知っていた。
「あと、こういうのも考えてみたんだ」
レッド・ニーは棒を取り出す。
短い棒の先に紐が付いていて、紐の先には木のボールが付いている。
「あ、これ、フレイルじゃん」
「ぎゃふん、これもあるのかよー!」
レッド・ニーは珍しく癇癪を起こしてひっくり返った。
普段は礼儀正しくしているが、ホントはこういう性格なのかもしれない。
「確か、中国にもあったはずだよ、ヤンが帰ってきたら聞いて見ようか」
「そだね」
「ボイラー作りは中断しちゃってるけど、どうすんの?」
クレアが心配そうに言った。
スカジは寝てしまったが、皆、製作所に残っている。
製作所の事務室で後片付けをしている。
「あー、受けた分の発注をこなせてないよね」
パトラがうなずく。
製作所の伝票やら何やらを整理している。
要するに手伝いだ。
ドヴェルグは事務の仕事は苦手らしく、書類がメチャクチャに置いてあるのだった。
「他の製作所へ下請け、だよ」
アレクサンドラがひょっこり顔を出した。
「ボイラーの作り方を広められて一石二鳥ってヤツだね」
「アンタ、抜け目ないねぇ」
クレアは呆れたような感心したような顔。
「いえ、それは私の案ですわ」
マグダレナがその後ろから入ってくる。
「これはこれは、ヴィシニエフスカ卿」
クレアは恭しくお辞儀してみせる。
「よく嚼まずに言えるねぇ、それ」
「お前が言うな」
アレクサンドラが言うと、クレアがツッコミをいれる。
「ボイラーをさっさと普及させて当たり前の技術にしていかないと、次の段階へ進めないんですよ」
マグダレナは言って、テーブルに持ってきた荷物を置いた。
乾燥させて炒った葉っぱのようなものだ。
「独占して利益を独り占めした方が儲かるんじゃないの?」
クレアは葉っぱを受け取って、ポットの蓋を取る。
葉っぱをポットの中へ入れた。
「それでは雪姫様の目的に反しますからね」
マグダレナはケトルを手に取った。
事務室にはストーブが設置されていて、その上にケトルやら何やらを置けるようになっていた。
薪を燃やして暖めるタイプのストーブである。
ボイラーから湯沸かし部分を取っ払っただけの簡素な釜だ。
煙突パイプが部屋の外へ伸びていて、煙が外へ排出できるようにしてある。
「まあ、そうだよな」
クレアは皆の分のカップを用意しながら、うなずいた。
「ボイラーが普及したら、次は発電機が普及させられる、どこでも電気が供給できるようになる」
言いながら、パトラが伝票をまとめて棚に置く。
錐状の道具で伝票の右上に穴を開けて紐で綴じていた。
表紙をつけて通し番号を記入している。
それを更にリストに記入する。
何がどうまとめてあるのかを把握するためだった。
「電気が供給できれば、充電池をどこでも充電できるよね」
アレクサンドラは椅子に座った。
お菓子を人数分、皿に取り分けている。
「自動車を電気式にできるってことか」
「そう、乗り物を蒸気から電気へ置き換えられるかもしれないですわね」
マグダレナはケトルのお湯をポットへ注いでいる。
しばらく淹れてから、カップへ注ぐ。
「あら、濾し器がまだ不完全ですわね」
カップの中に葉クズが混じってしまっていた。
「どうです? お茶モドキの味は?」
「うーん、まあまあかなー」
アレクサンドラがぺっぺっと葉クズを取り出しながら言った。
「レッド・ニーに取ってきてもらった薬草を乾燥させて、トムテに炒ってもらったんだっけ?」
パトラがカップに口をつけた。
「……」
次の瞬間、無言になる。
「こりゃ、ひどい味だ」
クレアは一口飲んだだけでギブアップした。
「所詮、コーヒーの国の人には分りませんよ」
マグダレナは吐き捨てるように言った。
「いや、エジプトでも紅茶は飲むけど、この味はひどいよ」
パトラは根が正直らしく、ハッキリ言う。
ダメ出しだ。
「まー、そういうなよー、こういうのは試行錯誤が必要なんだって」
アレクサンドラがお菓子を食べながら言った。
「ふー、これもダメですか……」
マグダレナはがっくりと肩を落とした。
最近、生姜とハチミツと香草の飲み物に耐えられなくなっていて、お茶の開発に躍起になっていたのだった。
一応果実のジュースはある。
ベリーやリンゴなどの果実は寒いフロストランドの土地でも取れるが、あまり保存が利かない。
また生搾りという方法で作るため、手間がかかる。
季節の物として出てくるが、年間通して出てくる物ではない。
「せめてハーブティーに近いものがあればいいんですけど……」
「確かに、飲み物に飽きてきてるのはあるなぁ」
クレアはため息。
「コーヒーは南方の暖かいところって決まってるだろうからなぁ」
「代用コーヒーってのがあるよね」
アレクサンドラがマグダレナを見る。
「たんぽぽコーヒーですわね、薬効もありますよ」
マグダレナの眼鏡がキラッと光った。
たんぽぽコーヒーはポーランド発祥で、ヨーロッパ中に広まった歴史があるらしい。
「むむぅ、雪姫様におねだりしたら輸入してくれんかな?」
「困り事と言うのと、わがままを言うのは違うよ」
最後の手段とばかりに言うクレアを、パトラがたしなめる。
「それでなくとも、この手のものは優先度が低いんだ」
なんとなく、この話は流れてしまった。
「至るところで電気を作るとなると、燃料の消費が加速するねぇ」
アレクサンドラが言った。
燃料不足が予想されるのは新たな懸念事項である。
「すぐ薪と石炭が追いつかなくなる日がくるよ」
クレアは難しい顔をしている。
燃料価格高騰を招くのは避けたい。
「泥炭もね」
パトラは、我慢してお茶モドキを飲み干した。
「泥炭は輸出品目でもあるし、内需拡大で数量を不足させるのは得策ではないよ」
「そうだね、商売的には品不足で値をつり上げる方が儲けはでるけど、それをすると顧客離れを起こしかねないからね」
クレアは説明した。
「泥炭の主要客にはビフレストの商人がいるけど、高値になれば他産地に目が向いてゆくのはわかりきっているんだ。
今は安い価格で買えるから商売が成り立っているけど、これが同程度の価格になってしまったら、わざわざフロストランドの泥炭を買う必要はないからね」
「困りましたわね」
マグダレナが空になったカップにまた中身を注ぐ。
パトラの顔が引きつっていた。
「確か、アジアって木炭が主流だったよね?」
アレクサンドラがヲタ知識を披露した。
「炭焼きですわね」
マグダレナが言った。
「アジア出身者が全員ビフレストへ行ってしまっているので、戻ってきたら聞いて見ましょうか」
「木炭って、確か高品質なものが作れるはずなんだよね」
アレクサンドラが続けた。
「高品質燃料を作れたら、輸出に有利になると思うんだ」
「それはあるな、高品質品は高値で売れる、金持ち層をターゲットにする戦略はいつの時代でもあるよ」
クレアが後を継ぐ。
「今、フロストランドは低価格戦略で利益を出しているけど、大きなスパンで見れば価格ってのは徐々に高くなっていくんだ。
遠い将来、いずれ他と変わらない価格帯になる。
だから、高品質高価格戦略の線も開発してゆかないと後で困る事になるかもしれない」
「将来のことを考えるなら、植林もやらないとね」
アレクサンドラがお菓子を食べながら言った。
「アンタ、食べ過ぎじゃないの?」
「運動してるから平気平気」
*
機関車の車体作りはいったん中断になった。
レールを作らないと機関車が重すぎて動かせないからである。
しかし、レールの幅は機関車の車体ができあがらないと分らないという面倒くさい事になっているので、先に車体を組み立てていた。
一度作ってしまえば規格ができあがるので、こんな面倒なことにはならないのだろうが、初めての作業なので分らないことが多いのだった。
車体を分解して、レールの設置に移る。
レール幅は1435ミリを目安としていた。
これはイギリスの荷車の車幅に由来しているそうだ。
フロストランドの単位では約4ツン。
1ツンは約33.3センチだ。
まったく目安がないと作る方も困るということから目安を設けていたが、ドヴェルグたちは素晴らしい腕前を発揮し、目安通りに車体寸法を合わせていた。
当初の予定通りのレール幅で設置してから、その上でまた車体を組み立てる。
機関車を作ったら、レールを格納庫から延ばしてゆけばいい。
車体はビヤ樽を思わせるような丸みのある造形で、煙突は太くて長い。
シリンダーが車体側面についていて、最前列の車輪を動かす仕組みだ。
それから補助としての電動モーター、充電池を取り付けてゆく。
ギア構造が複雑化するため、ドヴェルグたちは苦労していた。
運転席には鉄のフレームが取り付けられていて、その上に革のホロが張ってある。
馬車の技術を流用しているようだった。
壁がないので、寒さを凌ぐことはできそうになかった。
二、三人乗ればぎゅうぎゅう詰めの狭さだ。
細かい所に違いはあるが、イギリスで1800年代に作られた初期の機関車と似たような造形になった。
「ロケット号みたいでかっこいい!」
「やっただ!」
「完成しただ!」
「やっと寝れる……」
「いや、まだ貨物車が残ってるだよ」
「もーカンベン……」
アレクサンドラがドヴェルグたちと一緒になって騒いでいる。
ドヴェルグたちは、ビールをガバガバあおっていた。
「やった、あたしらだけで完成させた」
スカジもメチャクチャ喜んでいて、病み上がりのクセにビールをガバガバあおっている。
「あ、スカジさんはダメだよ!」
「なんでだよ、完成祝いだからいーじゃねーか!」
クレアに咎められたものの、スカジは逃げ回りながらビールをグビグビ飲んでいる。
「こんな時にウォッカがないなんて」
アレクサンドラはビールの入ったマグカップを手にしている。
「おまえ、未成年だろ」
「ロシアでは……」
「ロシアでも18歳からだよ」
「うへー」
一晩騒いで、次の日の朝にはドヴェルグたちは貨物車両の製作に取りかかっていた。
貨物車は大きな箱に車輪をつけるだけなので、半日で完成した。
あとはレールの設置だけである。
格納庫からレールを延ばしてゆく。
フロストランドの単位で1ジェンの長さ。
1ジェンは約20メートルだ。
1ジェンは6チイ。
1チイは10ツン。
1ツンは約33.3センチ。
「すげー雑な計算」
クレアが呆れているが、
「概算だよ、概算」
アレクサンドラは気にもしていない。
スカジたちは気力を振り絞り、これも終わらせた。
「ドヴェルグの体力底なしだね」
「よせやい、褒めてもなにもでねーだぞ」
「いや、褒めてるんじゃなくて呆れてるんだけど……」
アレクサンドラとスカジがコントみたいなことをしていた。
そして試運転である。
スネグーラチカが格納庫へやってきた。
「ついに蒸気機関車ができたのか、楽しみじゃのう」
「試作第1号なんで、そう期待しないでください」
スカジは自信なさげに言った。
完成時の高揚感が、いざ試運転となった途端に萎んでしまったらしい。
「火を入れるだよーッ」
運転席に乗り込んだドヴェルグが薪を焚きつけた。
火が入って安定してきたら燃料を石炭に変えるのだが、試運転なので薪だけを使用している。
しばらくしてから蒸気が満ちてきた。
自動車とは異なり、電動モーターのみでは車体が重すぎて動かない。
(電動機構は要らないかもな…)
スカジは内心思っていたりする。
「出発だべ!」
運転手がレバーを操作して動力を車輪へ伝える。
ガッシュ
ガッシュ
レトロな音を立てて機関車が動き始めた。
貨物車が引っ張られてその後をついて行く。
「おお、これはスゴイ迫力じゃな」
スネグーラチカは無邪気に喜んでいる。
「とりあえず成功だね」
「もう乗れるのかえ?」
「乗れますよ」
「おおーい、バックしてみてくれーッ!」
スカジが叫んだ。
「後退すんぞーッ」
運転手が怒鳴って、レバー操作をした。
動力が反転し、今度は後退してくる。
「よーし、止まるぞーッ」
後退できるのを確認した後、運転手はブレーキを掛けて機関車を止めた。
「今のところ、問題なく動くのが分ったね」
「じゃあ、次は耐久テストだね」
スカジとアレクサンドラがうなずきあっている。
「それは乗り放題ということじゃな?」
スネグーラチカがワクワクしている。
「いえ、まずレールを敷かないと」
「なんじゃ、つまらん」
「労働者を雇い入れてください、今の時期は天気もいいから今のうちにやりましょう」
「分った、分った」
スカジが詰め寄るように言ったので、迫力負けしたのかスネグーラチカは両手を顔の前にあげて制止する。
「その代わり、試運転は私も乗車するからのッ!」
(乗りたいだけかよ…)
クレアは醒めた目である。
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