第12話
12
「ガング商隊が戻ってきたのじゃが、何か変なことがあったらしい」
スネグーラチカが席に座るなり言った。
「変なこと?」
「うむ、この間の襲撃の時に捕らえた賊が接触してきたとか伝言があった」
「はあ?」
静は首を傾げる。
「じゃあ、行ってみる?」
「そうじゃな」
フットワークの軽い為政者は、すぐにグリーズの酒場へ向かった。
静、巴、ジャンヌ、ヤン、ニョルズ、パックも同行する。
「ガングはおるかえ?」
「あ、雪姫様、奥にいますよ」
グリーズはすぐに奥の個室へ案内した。
個室と言っても仕切りをつけただけのボックス席のようなものだが。
「ガングさん?」
静が顔を出した途端、
「よお」
見覚えのある男が声をかけてきた。
ヒゲ面。
人間だ。
「あっ!?」
「なんじゃ知り合いか?」
驚いて固まる静を、スネグーラチカが不審げに見る。
「コイツ、賊の一人じゃないか」
巴が叫んで腰の剣に手を掛けようとする。
「なんだって!」
ニョルズも同じように剣に手を掛ける。
「おい、まてよ! 今回は違うんだ」
男は慌てて両手を前に掲げる。
「そうですだ」
ガングもまあまあと静たちをなだめた。
「ワシらもビフレストでコイツと会った時は驚いたけんど、敵意はないようですだよ」
「そう、そうなんだ、ワケあって同行させてもらったんだ」
男は必死になって言った。
「じゃあそのワケを聞こうか」
ジャンヌが前に出て聞いた。
とは言っても、ボックス室では人数的に狭いので、広間へ移動した。
スネグーラチカは椅子に座って飲み物を飲んでいる。
ジャンヌに任せて出しゃばらないつもりだ。
静たちもジャンヌの周りに待機。
ガングたちは男の周囲を固めている。
この期に及んで暗殺はないと思うが、万が一に備えての配置だった。
「実は、裏で襲わせてるヤツから殺されかかった」
男はポツリ、ポツリと語り始めた。
「散々利用した後、知りすぎてるから始末しようってことさ。
仲間は皆やられちまった。
オレはなんとか逃れたけどな。
そんで、隠れてるうちにガングに会ったんだ。ホントに偶然だったね。
オレはフロストランドへ連れて行ってくれるよう頼んだんだ」
「経緯は分った、それで何がしたい?」
ジャンヌは男を見る。
値踏みしているように見える。
「まあ、アンタに言われた事を思い出したってワケさ」
男は自嘲気味に笑う。
「ニールのヤツに一泡吹かせてやりてぇ」
「意趣返しというヤツか、下らないな」
ジャンヌは一笑に伏した。
「なんだと、アイツは薄汚ぇ悪党だ、仁義も何もねえ」
「悪党はお前も同じだろ」
「ぐ…」
「まあいい、黒幕はニールというヤツなんだな」
「そうだ」
「ガング殿、ニールというヤツに聞き覚えは?」
ジャンヌはそこで話を切り、傍らにいたガングに聞いた。
「うーん、なんか聞いた覚えはあんだよなぁ」
「親方、あれじゃね?」
「酒を売りつけようとしてたヤツ」
「あー、ワインだっけな、ワシらはワインは好かんちゅうてるのに、強引に売りつけようとしやがって」
ガングと商隊のメンバーはベラベラと話し出す。
「なるほど、ワインを扱ってる商人なんだな」
「ワインだけじゃねえ、他にも手広く扱ってる」
男は吐き捨てるように言った。
「どれも悪どい手を使うクソ野郎さ」
「ところで、貴様はなんて名だ?」
ジャンヌは唐突に話題を変えた。
「…エーリクだ」
男はちょっと面食らったようだったが、すぐに気を取り直して答えた。
「よし、エーリク。
我らはそいつが我らの商隊を襲撃するのをやめさせたい」
「そいつは難しいだろうな」
「なぜだ?」
「ニールは、オレらみたいなゴロツキを抱えてる。兵隊ってワケだ。
それにビフレストの支配者層にも通じてんだ。
元から裏側で汚ぇ仕事をする連中なのよ」
「なるほどな、だから手を打たんのだな」
スネグーラチカがうなずいている。
「エーリク、とりあえずこの酒場に逗留してくれ」
ジャンヌは言った。
「お、いいのか?」
「野垂れ死にされても目覚めが悪いからな」
「おい」
皆、いったん館へ帰った。
「どうしたもんかの」
スネグーラチカはつぶやいた。
ビフレストはミッドランドの玄関先というか、物資を輸入するための貴重な街だ。
事を大きくしては困るとうのが本音だろう。
「我がフロストランドは小国じゃ、ミッドランドの国々と対立するのは避けたい」
「ま、相手はこっちを下に見てくるのね」
「人間はドヴェルグをバカにしてるからのう」
「むかつくね、人間なんて絶滅させたらいいんだよ!」
巴が過激発言をする。
「お姉ちゃん、発言が人間サイドじゃなくなってるし」
静がオロオロしている。
「もっと情報を集めよう」
ジャンヌは提案した。
「しかし、どうやって?」
「アールヴ隊を使おう、こういう時のための部隊だし」
「ビフレストは色んな種族がいても不自然ではないが、アールヴだけでは心許ないのう」
「エーリクをビフレストに同行させて、便宜を図ってもらえばいいよ」
「信用できるのか、あやつ?」
「他に使える人材がいないし、ここは報酬で言うことを聞かせればいいよ。金で動くヤツだし」
「うーむ」
ジャンヌの提案に、スネグーラチカは唸った。
「とりあえず情報を集めるとして、その後は?
それに命を狙われてるヤツじゃぞ、戻ってくれるかのう」
「相手の弱点を見つけられたらいいんだよね、そこを突破口にしていけば。
戻らないと殺すって言えばいいさ」
「いや、さすがにそれは酷くね?」
クレアが口を挟む。
「軍事面でしか考えてないからね」
「そうじゃな、皆に意見を聞くとするか」
スネグーラチカはうなずいた。
法務大臣。
パトラ「うーん、再度ビフレストの支配者へ働きかける?」
静「効果ないかもね」
外務大臣。
巴「ニールとかいう商人を殺す」
クレア「荒っぽすぐる…」
財務大臣。
クレア「金をかけたくないから、何もしない」
静「状況変わらなくね?」
アレクサンドラ「てか襲撃が続くんじゃないカナ?」
文科大臣。
マグダレナ「他に交易先を探す、ですかしら?」
クレア「あー、悪くないかも」
アレクサンドラ「時間かかるけどな」
農水大臣。
ヤン「戦ってもお腹は膨れない、何もしない」
静「いや、何かしようよ」
アレクサンドラ「襲撃が続くってば」
厚労大臣。
フローラ「やはり他の交易相手を開拓する、でしょうね」
マグダレナ「ですよねー」
アレクサンドラ「それまで襲撃は続くんだけど」
経産大臣。
静「戦闘兵器を開発して、威力外交をする」
クレア「開発するまでどんだけ金と時間がかかるのよ?」
国交大臣。
アレクサンドラ「鉄道に砲塔をつけて突っ込ませる、ロケットを突っ込ませる、狙撃して暗殺」
クレア「さっきと違うこと言ってんだろ」
マグダレナ「それこそ時間かかりますわね」
国防大臣。
ジャンヌ「さっきも言ったけど、情報収集だよ」
静「無難」
アレクサンドラ「ツマンネ」
ジャンヌ「いや、面白さじゃないからな?」
「まとめると、
・ビフレストで情報収集。
・ビフレストの太守に賊の取り締まりを働きかける。
・他に交易先を探す。
・首謀者を暗殺する。
・新たに兵器開発をして発言力を高める。
じゃな」
スネグーラチカは皆の出した意見を箇条書きにまとめた。
「あれ、意外とまとまったね」
ジャンヌが言った。
「暗殺は行き過ぎだろうけど」
「兵器開発は追々でしょうねぇ」
マグダレナが困ったような顔をしている。
「開発は良いんかい」
クレアが突っ込んだ。
「まあ、科学の一面ですし」
「あっそ」
「アールヴ隊と元賊のエーリクにビフレストに行ってもらって情報収集、
続けて他の街にも行ってもらって新規の交易先を開拓ってとこかの。
ミッドランド出身の者に託すのが良いのう」
スネグーラチカは方針を打ち出している。
「次に必要なら暗殺も視野に入れる。アールヴ隊とエーリクの仕事の延長線上に出てくる選択肢じゃな。
さらに新たな兵器開発を進めて他国への発言力を強める」
「太守に賊の取り締まりの働きかけは?」
「それは外務大臣殿へ書簡を託すとしよう」
スネグーラチカはそう言って、巴を見た。
「え、私か!?」
巴は思わず叫んだ。
「外務大臣の初仕事じゃな」
「は、はあー」
巴はちょっと緊張してきたようだった。
「いや、ただ書簡を渡すだけじゃ、緊張するな」
「お、おk」
「それに他の者も同行させる」
「て、ことはアールヴ隊、エーリク、巴は決まりだね」
そこからの話し合いで、さらに静、ヤン、ジャンヌ、フローラが同行することになった。
パトラとマグダレナは内政の仕事があるので留守番。
フローラは弁が立つのと知識を見込まれ、巴の補佐役だ。
「もちろん、ニョルズもつける」
「だから、どっかの教授かよ」
*
翌日、静、巴、ジャンヌ、ヤンはグリーズの酒場へ赴いた。
エーリクと面会する。
「単刀直入に言う」
ジャンヌが挨拶もそこそこに言った。
「私たちに雇われろ」
「そりゃあ、オレに間者になれってことか?」
エーリクは戸惑いを隠せないでいる。
「そうだ。貴様はビフレストに詳しいだろ? 私たちの間者と一緒に行動して案内などして欲しい」
「まあ、願ってもねえことだが」
「なにか問題でも?」
「あいにく、面が割れてるからな」
「ニールに一泡吹かせたいと言っていたじゃないか」
「それはそうなんだが」
エーリクは煮え切らない。
「私たちに雇われるか、犯罪者として処罰されるか、どっちかだ」
ジャンヌは詰め寄った。
今にも剣を抜こうという剣幕である。
「分ったよ、オレに選択肢はねえんだ、やるよ」
「よし、決まりだな」
ジャンヌはころっと態度を変えて喜んだ。
「とほほ、なんでこーなっちまったかなぁ…」
エーリクはガックリと肩を落とした。
クレア、アレクサンドラ、フローラは、いつものようにスカジの製作所にいた。
「そろそろ水道の設備を作りたいんだけどね」
クレアは懸念事項の一つ、水道に言及していた。
ずっと保留されてきた事項だが、未だに実現できそうにない。
雪姫の町の中枢である、氷の館では、主に手洗い用水として水管が設置されている。
が、それを町の中に広げて設置しようとしても、寒すぎて管の中を通る水が凍るという問題があるのだった。
館の水管でも、気温が低い期間は中の水が凍る可能性があるので、一度水管内の水を全部抜いていた。
水が凍ると体積が増えて管を破壊する事があるのだった。
「でも、フロストランドは寒すぎて水が凍るんじゃない?」
フローラが指摘する。
「ポンプの性能も低いから、広範囲にわたって水管を張り巡らすのはムリだね」
アレクサンドラも渋い顔。
「そしたら、狭い範囲でいいんじゃない?」
それを聞いていたスカジが言った。
「水管を延ばそうとするからムリが出るんだし、建物毎にボイラーを建てて水管を設置すればいいよ」
「それなら、ポンプの性能がそれなりでもカバーできそうだね」
アレクサンドラがうなずく。
「その代わりボイラーの数が凄いことになりそうだけど」
クレアは悩ましげと言わんばかりの表情。
技術的に未熟なため、何かを推し進めれば何がが欠け落ちるというのがある。
「そこはユニットとして考えればいいんですよ」
フローラが言った。
ボイラー、水圧ポンプ、貯水タンク、水管を基本セットとして設置するということだ。
資金に余裕があればオプションで発電機をつけてもいい、という感じか。
「下水道は?」
「館には試験的に排水管を取り付けてみたんだけど、まあ、排水はできるんだ。でも、その排水をどうするか何も案がなくてね…」
スカジは頭を抱えている。
「じゃあ、どうしてんの?」
「そのまま垂れ流しだね」
「あー」
「水道が普及してきたら大きな問題になりそうですね」
フローラはそっとため息をついた。
排水をそこいらで垂れ流して、悪臭が立ちこめる町並みの絵が浮かぶ。
「排水管も寒いと凍るからね、気温が低い期間は使えない」
「私たちの世界だとどうしてるの?」
「ヒーターを付けたりするよ」
「電気か…」
スカジはやっぱり頭を抱えている。
「電熱器ってヤツも考えてはみたんだ。でも電気は調節が難しいんだ、下手すると火事になりかねない」
「あー、そうねぇ」
「サーモスタットとか開発してないもんね」
「水道はまだまだ解決しきれない問題があるなぁ」
まだまだ実現には至らないようだ。
「蒸気機関車の模型の試運転しようぜ」
「そうそう、電動モーターを組み込んだよ」
「人が乗れるくらいの強度なんだっけ」
「玩具の機関車みたいだね」
「雪姫様にも見てもらおう」
「好きそうだよね、こういうの」
「うん、そうなんだよ、ちゃんと見せないと後で怒るからなー」
本音が漏れてる。
という訳で、スネグーラチカを呼んで蒸気機関車の試運転を行うことになった。
「おおー」
スネグーラチカは目を輝かせている。
とにかく新しい物が好きらしい。
「一応、乗れるようにしてあるよ」
「なぬ!」
スネグーラチカは叫んで、
「乗る乗る乗るぞ!」
機関車に飛び乗らんとばかりの勢いである。
レールは製作所の庭を一周するようにしてあり、子供が乗って遊ぶくらいの規模でしかない。
しかし、この世界においては初の蒸気機関車であり、その意義は大きい。
「じゃあ、動かすよ」
スカジが言って、釜に火を入れ始める。
電動モーターも組み込んであるので、動き出すのは蒸気だけのものより早かった。
機関車が動き出し、レールを走り出す。
「おーっ」
スネグーラチカは無邪気にはしゃいでいる。
知らない人が見たら、子供が遊んでいるようにしか見えない。
「あ、そうだ、蒸気釜に火の精霊を入れたらいいんじゃない?」
「できなくはないけど、釜を焚いてない時はどうすんのさ」
静が思いついたが、パックがすぐに否定した。
「あ、そっか」
「それよか、充電池を組み込んで雷の精霊を住まわせた方がいいよ」
スカジが言った。
すでに蒸気自動車の方で試作品を作っている。
蒸気釜をできるだけ小さくしたいという目的があったようで、色々と試作車を作ってきたようである。
「電動モーターと雷の精霊入りの充電池を組み込めば、ここまで釜を小さくできるんだ」
「確かに前より小さくなったよね」
クレアが感心している。
「重量を抑えて、蒸気の力に電力を足すことでパワー不足を解決したんだ」
「雷の精霊を説得するのに苦労したけどね……」
パックがうんざりした様子でつぶやく。
「入って見ると快適だって言ってたから、今後は説得が楽になると思うけど」
「ご苦労様、お菓子食べなよ」
静が慌てて機嫌を取り始める。
「そうだ、シズカの国のお菓子を作ってよ、前に言ってた饅頭ってヤツ」
「な、なんですと、このワタシに料理しろというだかーッ」
「作ってくれなきゃ協力しない」
「むむぅ、お姉ちゃんーッ」
「私に言うな、私がそんなもの作れるワケないだろ」
泣きつく静を、巴はにべもなく突き放す。
「じゃあ、私と一緒に作りましょう」
フローラが助け船を出す。
「ありがとう、フローラさん」
そういったやり取りはあったものの、とにかく蒸気自動車の方も試運転を行った。
パワーが上がったが、今度は勢いの制御に苦労しているようである。
ブレーキのレスポンスが課題のようだった。
「ちぇいっ、と」
アレクサンドラが手慣れた様子で自動車を停めた。
慣れているので自在に動かせるようだったが、これを不慣れな者が上手く動かせるとは思えない。
「これにも乗りますか?」
スカジが一応聞いてみたが、
「いや、遠慮しとこうかの……」
スネグーラチカはかなり引いていた。
新しい物好きだが、冒険したい訳ではないようだった。
予定通り、ガング商隊と一緒にビフレストへ行くことになった。
ビフレストへ行くのは、静、巴、ジャンヌ、ヤン、フローラ、ニョルズ、パック、エーリク、アールヴ隊である。
クレア、マグダレナ、アレクサンドラ、パトラは、残って引き続き事業に当たる。
いつも通りにソリに乗って茜の丘集落へ到着。
ただし、今回は商隊のソリではなく、国が用意した運送業者を利用していた。
茜の丘集落で、荷物を積み替え自前の馬車で移動する。
この方が安く済むのだ。
運送ルートが確立されているので、集落へ立ち寄っても宿が用意されていて、以前より快適になっている。
集落としても、雇用が増えて金が落ちるので良いことずくめである。
欠点と言えばよそ者が増えて問題を起こすことだろうか。
茜の丘集落から馬車でビフレストへ向かう。
大所帯なのでワチャワチャした感じがするが、まあアールヴ以外は大人しい。
「おい、隊から離れんな」
「飯をかすめ取るんじゃないッ」
「行くぞ、寝るんじゃない」
エーリクがアールヴたちの面倒を見るのに苦労しているようだった。
基本的にアールヴたちは好奇心旺盛で自由気ままな者が多い。
地道な訓練で言うことを聞くようにしてきたのだが、それでもふらっとどこかへ行こうとする事があった。
氏族としては、パック族が多いが、羽のあるいわゆる妖精のような姿の者、直立した獣のような姿の者もいる。
ビフレストは旅人が多く、種族も多種にわたって暮らしているため、それほど目立たないが、他の街に行ったらそうもいかないのだろうな。
と静は思った。
ビフレストに到着し、馴染みの宿へ逗留する。
エーリクは境界を越えたところからフードをかぶって顔を隠していた。
面が割れてるのを気にしているのだろう。
「さて、早速、太守殿にお目通りを願うとするか」
巴が支度をし始める。
静、ジャンヌ、ヤン、ニョルズも同じように支度をする。
「オレらは宿で待機してるぞ」
エーリクはアールヴたちに言った。
「えー、ボクも行きたいなー」
パックはつまらなさそうにしているが、気ままなアールヴたちを制御するには必要なのだった。
太守の居城へ行き、門番に来意を告げるとすんなりと通された。
ニョルズがいるのが大きいようだ。
ドヴェルグが訪ねてくるのはフロストランドの使者と相場が決まっているらしい。
居城は城というほど物々しくはなく、大きめな館であった。
しかし金は掛けているようで、氷の館ほど簡素ではなく、きらびやかな装飾が至る所になされている。
「ようこそ、フロストランドの使者殿方」
痩せた中年の男が出迎えた。
身なりが良く、物腰も柔かである。
口ヒゲを蓄えている。
この辺の男はヒゲを生やすのが定番らしかった。
「お初にお目にかかります。氷の館に仕えるトモエ・ゴゼンと申します」
巴は挨拶をした。
道中ずっと繰り返し練習していた動作だ。
「これはこれは麗しいお嬢さん、お目にかかれて光栄ですな」
巴たちを見て、太守は目元が緩んだ。
この辺りの男たちは、皆、スケベらしい。
若い女と見るとデレデレするようだった。
「ビフレスト太守を任されております、ウンタモ・ホロパイネンと申します」
一応、形式通りに挨拶をする。
「シルリング王国より男爵位を頂いております」
「シルリング王国は、ビフレストより南方にあるミッドランドでは一、二を争う大国のことです」
ニョルズがさっと説明した。
「さよう、この北方においてはあまり影響力はないかもしれませぬがな」
太守ウンタモは冗談っぽく言ってから、
「どうぞ、お座りくだされ」
椅子を示した。
テーブルには果物が盛られた皿が置いてあり、使用人らしき人間の女が飲み物を用意している。
「では遠慮無く」
巴たちは椅子に座った。
「それでは書簡を」
言って、使用人の男に書簡を渡す。
男はそれをウンタモへ持って行き、恭しく渡した。
(もったいつけていてキモい……)
巴は内心、吐き捨てている。
彼女が嫌いなものは、面倒くさくて小難しい理屈、なよなよした男、寒さである。
フロストランドの皆が持つ飾らなさが性に合っている。
「……貴国の商隊が襲撃に遭っておられるのですな」
ウンタモはうなずいた。
「はい、襲撃には難儀しております」
巴は簡潔に答えた。
簡潔すぎてその後が続かない。
「こちらの商隊が証言するところでは、どうやら貴国の者らしいということでして、その……口はばったくはありますが、これが放置されておりますとわたくしたちフロストランドの民は非常に不安なのです」
フローラが代わって話をしだした。
「うむ、その気持ちは分りますぞ」
ウンタモは相づちを打った。
が、感情がこもっているようには見えない。
「大方、商人の中にあくどい者がいて、我らの商隊を目の敵にしているのでしょう」
巴が強めの語気を込めて言った。
「ほう、それは申し訳なく思います」
ウンタモはひとまずうなずいたが、
「ですが、我らも証拠もなしに動く訳にはいかぬのです。もちろん、目下捜索中ではありますがね」
ふわっとした受け答えだった。
何もする気がないのは明らかである。
「それは困りましたね、このような事態が続けば我が国としては他へ目を向けなくてはいけなくなるかも……」
フローラはさっと視線を外し、さも困ったかのような表情を見せる。
「む、いや、それは早計というものですぞ」
ウンタモは少し慌てたようだった。
ビフレストとフロストランドとの交易は、他所の地域と比べてもそれほど小さくはない。
ミッドランドでは安価で入手しにくい泥炭、酒、毛皮などを購入している。
交易を奨励する太守がそれを知らない訳がなかった。
「ですが、このような有様ではいつ賊の被害が頻発するかと、戦々恐々として過ごさねばなりません」
フローラは、か弱い女性らしく、よよと崩れるような感じで言った。
巴にはとてもできない演技だ。
「ところで、この近辺にはエルムト、ギョッルと言った街があるようですね」
ジャンヌが事務的な口調で言う。
「しかも川があって運搬も容易と聞いております」
「いやいや、待ちたまえよ」
ウンタモは大きく手を振って、この代替えはあるんだよ、という雰囲気を消し去ろうとする。
「ビフレストはそのような薄情なことはせぬ」
「まあ、それは良かったです」
フローラが先ほどとは打って変わって明るく笑顔を見せた。
豹変というヤツだ。
「う、うむ、それがしも貴国を待たせすぎたのは謝ろう。どうかご容赦頂きたい。だが、我らも何もしておらぬ訳ではないのだ」
ウンタモはちょっと真面目な顔で語り出す。
「はい、よろしくお願いいたします」
フローラは慇懃にお辞儀をした。
「ふん、なかなかにやり手でいらっしゃる」
ウンタモは口をへの字に曲げていた。
「しかし、こう約束したからには信義にもとるようなことはできぬな。貴国とは良き友でありたいからのぅ」
「我が国も貴国とは末永くお付き合いしたく思っています」
巴が言って締めた。
謁見は上々といったところか。
ウンタモ男爵の館を後にして、静たちは宿へ戻った。
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