第10話
10
「ご苦労じゃった」
スネグーラチカは自分のように喜んでいた。
パックに伝令を走らせてもらって速報を伝えていた。
ちなみに精霊は必要に応じて普通の人の前でも実体化できるようである。
スネグーラチカが精霊を見る能力を持ち合わせているか否かはよく分らなかったが、伝令は伝わっている。
「賊を撃退できたのはめでたい」
「いや、でも、次も同じように行くとは限らないよ」
ジャンヌは言った。
「なんじゃー、謙遜が過ぎるぞい」
「次回は、相手も考えてくるってことだよ?」
「うーん、イタチごっこというヤツかえ」
「そう」
ジャンヌは続けた。
「短期的にはこの戦術が上手くいったけど、最終的にどうやって決着させるか考えてる?」
「ああ、長期的視点というヤツじゃったな」
スネグーラチカはうなずいた。
うなずいたが、具体的なものは持ち合わせていないようだった。
なので、聞いた。
「おぬしはどう考え取る?」
「一つはビフレストの支配者に取り締まってもらう、もう一つは賊というか、その裏にいる商人(?)に直接交渉してやめさせる。このどっちかだろうね」
ジャンヌは考えを述べた。
「ビフレストの支配者が動く気配はないから、賊に話をつけるべきだね」
「まあ、今回はその線で布石を打っちゃってるワケだけど」
ジャンヌの隣で、巴が頬をかく。
「ふーむ、そうか、それならば話は早い」
スネグーラチカは、またうなずいた。
「その路線で進めてくりゃれ」
「分った」
ジャンヌは話を続ける。
「でも、この先は、こういう情報戦、諜報戦を担当する組織が必要になるね。
特に外務局、国防局の仕事には、こういう仕事をする実働隊みたいなものが要るよ」
「ふむ、しかし、我らはそういう搦め手が苦手なんじゃ」
スネグーラチカは腕組みをしている。
「アールヴの中にそういうのが得意なのがいればいいんだけど」
「あー、こっそり隠れて悪戯するのが得意なヤツらはいるかもー」
パックが思い出しながら言う。
「おお、そうか、ならパックそういうヤツらを選定してくれぬか」
「うん、わかった」
パックはうなずいた。
時は少し遡る。
静たちがビフレストへ行っている間、マグダレナ、クレア、アレクサンドラ、パトラ、フローラの5人は、電球の製作に携わっていた。
スカジたちは相変わらず電球製作が進まずにいた。
しかも、ドヴェルグたちの間でボイラーの存在が知られ始めており、発注が少しずつではあるが入ってきていた。
電球製作以外にも仕事を抱えることになった。
複数の仕事を同時にこなすのは難しい。
日増しに手が足りなくなってゆくのは目に見えていた。
スネグーラチカは、頻繁にトムテの集落へ赴くようになっていた。
ついでにアールヴの集落へも顔を出してきたらしい。
一度の外出で、いくつかの仕事をまとめてこなそうという考えらしい。
(セコイともいうな)
クレアが思ったが、
「その顔は私をバカにしてるな!」
「え、なんで分ったの?」
「いつも顔を付き合わせとれば分るようにもなるわ!」
スネグーラチカはプリプリ怒りながら、ドッカと椅子に座る。
「まあいい、パックの代わりを派遣してもらったぞ」
スネグーラチカは、皆の前で言った。
「やっぱり魔法使いなの?」
クレアが聞いた。
「うむ、パックほどではないが、一通り魔法を使えるらしい」
「へー」
「なんてヤツ?」
「パックじゃ」
スネグーラチカは答える。
「え?」
「なんて?」
クレアとアレクサンドラは聞き返した。
「パックじゃ」
「はあ? 同じ名前なの?」
「アヤツらは一族みなパックという名前じゃ」
「…え、なにそれ?」
「バカなの?」
「そういう文化なんじゃよ」
スネグーラチカはちょっとイラついてきたようだった。
「まあまあ、その一族の中で区別したりはしないんですか?」
マグダレナがなだめる。
「うむ、毛の色とか耳の形とかで区別はするようじゃな」
「うへー、めんどくさい」
「なんだろうね」
パックが到着した。
「よろしくお願いします」
大魔法使いのパックと違ってかなり礼儀正しい。
姿形は似ているが、表情や雰囲気がかなり異なっている。
膝のところの毛が赤い。
「レッド・ニーだね」
クレアが呼び名をつけた。
「戸籍をしっかり登録するのに、こういう呼び名は必要になるね」
パトラが言った。
最近の悩みがこの戸籍管理だった。
人口を把握するのは近代国家には不可欠だ。
「全員パックだと誰が誰だが分らないしねぇ」
「へえ、なるほど、ボクらはあんまり気にしないんですけど、そういう考え方もあるんですね」
レッド・ニー・パックはすぐに理解したようだった。
「なんとなく、区別のための呼び名はあるんで、それを使えばいいですね」
「ふーん、じゃあ試しに君の集落の人達をリスト化してみようか」
パトラはすぐにレッドー・ニーとやり取りを始めた。
マグダレナもその中に混じっている。
クレア、アレクサンドラ、フローラはスカジの所へ行った。
既に日課になっている。
スカジたちは電球製作はもう諦めムードで、ボイラー製作にいそしんでいる。
現実逃避といって構わないようだった。
「蒸気自動車は頑張れば作れそうだね」
「あー、あの釜が前面についた車ですよね」
アレクサンドラとフローラが雑談している。
「動力が出来たから、旋盤とかの機械工具も作れそうだし、精密機械はまだムリでも大雑把な鉄材部品はいけそう」
アレクサンドラは、最近はスカジの指導を受けて製作の仕事にも手を出していた。
元々手先は器用だったらしく、職工の腕をメキメキとあげていた。
「アレクサンドラに作ってもらうといいかもね」
「いいですねぇ」
クレアとフローラは無責任に言っている。
「模型からだね」
アレクサンドラは設計図をひいて、部品を作り始めた。
車体は木材で、ボイラー釜とシリンダー、クランクなどの蒸気機関の部品は鉄を使用している。
釜に石炭を入れて燃やすと蒸気のパワーで車輪が回り始める。
前進だけしかできないが、一応は成功だ。
「これを人が乗れるサイズで作るだけだよ」
「それ、難しいよね」
「まあね」
アレクサンドラはうなずく。
が、難しいからと言って尻込みするような女ではない。
「車輪は木材だけだと強度不足だから鉄で補強してと」
「車体フレームも鉄材を使った方がいいな」
「レバーでギアの回転を変えて前進、バックの切り替え、と」
アレクサンドラは着々と蒸気自動車を作ってゆく。
「へー、いつの間にか、面白いことしてんな、あたしにも手伝わせてよ」
スカジがいつの間にか参加している。
「よし、こんなもんで」
「ああ、いい気晴らしになった」
アレクサンドラとスカジは蒸気自動車を完成させた。
二人乗りの小さな車だった。
ボイラー釜が前面に付いているので、前輪駆動。
ハンドルで後輪を動かす。
座席の横にレバーが付いており、レバーをニュートラルにしていると動力がつながらない、前に倒すと前進、後ろへ倒すとバックという単純なものだ。
レバーの隣にサイドブレーキがある。
足元には何もない。
パワー出力は釜の火力に依存している。
「要するにボイラーで動く馬車だな、これ」
スカジは、自分で作っておいて自分で納得している。
「じゃあ試運転と行こうか」
アレクサンドラが言って、ドアを開ける。
「スカジさん、乗りなよ」
クレアが笑いながら進める。
「うん、じゃあ遠慮なく」
アレクサンドラはズボンを穿いてきて、ゴーグルを装着している。
皮の手袋をつけている。
「じゃあ、発進」
レバーを前に倒すと動力がギアにつながり車が前進した。
アレクサンドラがハンドルを操作して、製作所の庭を通り、門の外へと出る。
外の道が舗装されている訳もなく、始終ガタガタと揺れた。
「ぐえー、ヒドイもんだね、乗り心地は…」
「でも、すごいな、これ!」
アレクサンドラは苦い顔をしていたが、スカジは満面の笑みを浮かべている。
心底、こういう物が好きらしい。
「スピードもあんまり出ないから、荷物を運ぶにはボイラーの数を増やしたりしないとダメかな」
「そうすると重くなるから巨大化しかねない」
「じゃあ、やっぱり機関車だね」
「鉄道ってやつか」
「なんだよ、二人だけでしゃべっちゃって」
クレアが文句を言っている。
「ああ、悪い悪い」
「時代は鉄道よね、やっぱ」
「ねーよ」
「というか、ドヴェルグはこういうのが向いてますよね」
フローラがなにげに言ったが、
「ん、そっか、やっぱこういうのが向いてるんかな」
スカジはどこかで何かが吹っ切れたようにも見えた。
そんなことをしている内に、トムテの一団が雪姫の館にやってきた。
子供のような背丈だが、でっぷり太ったおっさんという印象だ。
お話の中に出てくるノームやレプラコーンといった外見をしている。
トムテの中でも個体差が結構あって、基本は似たような体型だが、細めのヤツも入ればノッポなヤツもいた。
「雪姫様、お召しにより参上しましただ」
トムテ一団のリーダーと思しき男が挨拶をする。
「ご苦労じゃったな」
スネグーラチカは椅子に座ったままで言った。
「この度はムリを言ってすまぬな」
「いえ、雪姫様のご意向なら労力は惜しまねぇつもりですだ」
「うむ、そう言ってもらえると助かる」
というようなテンプレのやり取りが行われ、トムテたちはスカジの製作所に通された。
ちなみにトムテの職人を迎えるのにあたり、スネグーラチカは館の近くへ宿舎を建設させていた。
ボイラーや浴室など館と同じ設備が揃っている。
遠方から来た者を住まわせる場所が必要だと早くから感じていたらしい。
パックもこの宿舎へ入っている。
「へー、これが電球ってヤツですか」
レッド・ニーが珍しがって見ている。
「あんま触んなよ」
スカジがたしなめた。
「まあ、こういう仕組みなんだが、悔しいがあたしらには細かすぎて作れないんだ」
「あんたらトムテに頼むのはホント悔しいんだども、雪姫様の事業を進める上ではそんなこと言ってられんのでな」
製作所のドヴェルグもやってきて、説明している。
めっちゃ悔しそうである。
「ふーん、まあ、オレらの腕が生かせるってのはありがたいこった」
トムテのリーダーは得意そうに言う。
「ドヴェルグに勝るところがあるってのは気分がいいな」
「んだなや」
「今回はオレらの勝ちだべ」
他のトムテたちが談笑しだしていて、それを聞いたドヴェルグたちの顔が引きつり始める。
(基本、仲が悪いんだな…)
クレアは心中思った。
「おいおい、そういうのは今は置いとけ」
トムテのリーダーがピシャリと言った。
「雪姫様の事業を手伝うのが先決だ」
「うん、頼む」
スカジはそう言って頭を下げた。
「あ、いや、そんな頭を下げてもらうような事じゃねーだよ」
トムテのリーダーは慌てて言った。
「いや、あたしらが揉めても事態は進まない、雪姫様の事業を手伝うには下らない私心は捨てる」
スカジは主張を曲げなかった。
「…あんたらの気持ちは分った」
トムテのリーダーは若干、表情が和らいだようだった。
「だから頭を上げてくれ」
スカジが頭を上げると、トムテのリーダーは仲間たちに向かって宣言した。
「いいか、おまえら!
この仕事に関してはドヴェルグのことを悪く言っちゃなんねぇ!
そういうヤツが居たら家さ帰ってもらうだ!」
一瞬、えー、という感じの雰囲気が流れたが、
「分っただか!?」
トムテのリーダーがもう一度声を張り上げると、
「分っただよ」
「へえ」
「おっかねー」
トムテたちは渋々ながらにうなずいた。
(わーお、コイツら仕事に情熱あんなぁ…)
クレアは内心驚いている。
(案ずるより産むが易しとはよく言ったもんだね)
そんな事があって、ドヴェルグとトムテの確執はとりあえず回避されていった。
トムテの器用さはかなりのもので、電球製作はあっという間に完了した。
「じゃあ、電線をつなぐよー」
アレクサンドラが電球に電線をつないだ。
そして、ボイラー発電機で電気を流す。
電球が光った。
そして、すぐにフィラメントが酸化して焼き切れる。
「まだ空気を抜いてないからね」
アレクサンドラは言った。
「だけど、大きな一歩だよ」
「なんじゃこりゃ、初めてみただ!」
「魔法じゃ!」
「ほげえ!」
トムテたちは驚きと興奮ではしゃいでいる。
「ちょっと反則っぽいけど、レッド・ニーに魔法で空気を抜いてもらうよ」
「ほいきた」
アレクサンドラの案で、電球の中の空気を抜く作業は魔法に頼ることにした。
今のフロストランドの技術レベルではガラス球の中の空気を抜いて真空にするのはムリだった。
「空気を抜いたらすぐにガラスを熱して排気管を塞ぐ、いいね?」
「ガッテンですだ」
ドヴェルグのガラス職人が胸を叩く。
「じゃあ、なんちゃらかんちゃらで、風の精霊よ、空気抜いてくれ」
「あんたもその呪文なのかよ!」
レッド・ニーの呪文に、クレアは思わず突っ込んでいた。
間髪入れず、ガラス職人が排気管を熱して塞ぐ。
それを見てからパックが術を解除する。
これでやっと電球の中が真空状態になった。
かなり手間がかかるが、電球製作には成功した。
*
そんな感じで静たちが戻ってきたら、各人の部屋に電球が設置されていた。
「おー、ランプとかローソクの灯りが要らなくなったよ!」
土台は木の衣服掛け、その先に木と布で傘を作って電球を設置したという簡単なものだったが、スイッチ一つで灯りが点くという便利さはすばらしいものがある。
もちろん、コンセントは作れていない。
電線をひたすら延ばして延ばして部屋まで引いただけの力技なので、長期間使用していると電線がやられて断線する可能性が高い。
「おかえり、アニキ」
「あ、お前が来てたの」
レッド・ニー・パックと大魔法使いパックは二人並ぶとあまり見分けがつかなかった。
膝の毛が赤いから見分けられるが、ほとんど差が分らない。
「にてるなー」
静が言うと、
「似てないよ」
「どこが」
二人は同時に叫んだ。
「鉄道を作る前に、馬車とかソリの交通網を整備するといいかも」
静は道中気付いたことを述べていた。
「先に交通網をしいておいて、そこへ鉄道を入れてゆくのか」
スネグーラチカは感心していた。
「そう、鉄道をすぐ国の隅々まで敷けるワケじゃないから、馬車とかソリの交通網はあった方がいいよ」
「脳筋のシズカがこんなにものを考えられるようになるとは」
「おい、それ、褒めてないだろ」
「ワハハ、ばれたか」
「ガングさんだけじゃなくて、他にも商人はいるでしょ?」
「うむ、規模は様々じゃが、それぞれ得意な方面があるのう」
「館が後押しして、それぞれが持ってる交通網を定着させてゆくと効率も良いし、自然な感じで発展すると思うんだよね」
「よし、そのように進めよう」
「鉄道は国家事業といっていいね、それだけの規模になるよ」
アレクサンドラが言った。
「うむ、金がかかるということじゃな」
「その代わり、国民の雇用を作り出すという側面もあります」
マグダレナが補足する。
「ざっと調べた限りの話ですが、フロストランドの就業率はそれほど良いとは言えません」
「まあ、昔からやってきた仕事を継ぐケースが多いからのう」
「インフラの整備、雇用拡大なんかをまとめて行えるからね、先行投資ってヤツ」
アレクサンドラは説明を続ける。
「まずはこの町の中にレールをしくといいよ」
「大通りは土地が空けられんから、少し離れた場所になるのう」
「最初はそれでいいよ、多分、そのうち駅の周辺の方が発展するようになるから。その方が都市計画をしやすいってのもあるし」
「なるほど、町の規模が拡大されるのか」
スネグーラチカが思っていたより大きな話だったようである。
「戸籍制度を施行するには各地を回らないといけません」
パトラは言った。
「それにはシズカ、アレクサンドラが言った交通網や鉄道などの移動手段が必要です」
「それに人手もいるのう」
「まずは区画を分けて調査するのがいいでしょう」
「先に集落毎にリストを作らせて、それを監査してゆくのが合理的だね」
クレアが提案する。
「なるほどのう」
「それから、戸籍調査のメリットを考えておかないと、税金を取られると思ってウソの報告をするヤツが出てくるよ」
ヤンが補足した。
「戸籍が出来て得することってある?」
静が首を傾げる。
「基本は支配者側のメリットの方が多いけど、国民側としてはフロストランドの国民であることを証明する文書となるね」
パトラが説明した。
「身分証明が出来るようになるってこと?」
「そう、日本や中国のように家族単位の「戸」である必要はないだろうけど、国籍を証明するのが第一ね」
「我がフロストランドの民は、部族や家族にうるさい所もあるからの、そういうのを証明するにはいいんじゃないかの」
スネグーラチカは言ったが、
「家系図のようなものはまた別に作ればいいんです」
「あ、左様か」
「これが何に役立つかと言えば、身分詐称をしにくくするんですよ」
マグダレナが言った。
「戸籍管理の役人は大変ですけど、本人確認が可能になるので、例えば年金制度などを始めるには必須ですね」
「なんじゃ、それは?」
久しぶりに新出単語が出た。
「簡単に言うと、労働者が老後の面倒を自分で見るためのものです。そのために給料から一部を積み立てておくんですね」
「老後は自分達の子供に見てもらえばいいじゃろ? 我が国ではそれが普通じゃ」
スネグーラチカは疑問をすぐに口にする。
そうしないと、進まない話が多いのだった。
「もちろん、それで問題はありません。
しかし、国民全員が子供を有しているワケではありません。
言葉は悪いかもしれませんが、最底辺の生活をしている者もいるでしょうから」
また職業によっては、ハンデを負ってしまう場合もあり得ます。
例を挙げると、軍人ですね」
マグダレナは相変わらず話しがまどろっこしい。
「軍人は戦地に行って負傷する可能性があるでしょ?
私たちの世界では、過去に退役後に年金を積み立てておかないと生活できないケースが多発したんだよ」
ジャンヌがその後を継いで説明した。
「ほう、簡単にいうと保険をかけておくというヤツか」
「あー、まー、それが一番近いかな」
クレアがうなずく。
「雇い主の会社とかが、従業員に補助を出して上げたりするんだよね」
「なるほどのう」
スネグーラチカは考え込んでいる。
「年金はまず置いといて、戸籍じゃな」
「はい、年金は例えばの話ですから」
マグダレナは言った。
「本質的には国が国民を把握し、我が国の国民であることを保証するためにあります」
「うむ、それを実施するには飴で釣るのが良いというのじゃな?」
「うん、そう」
ヤンがうなずいた。
「例えば報償のようなものを与えるというのはどうじゃ?」
「そのためには戸籍を作ってもらうってことだね」
スネグーラチカが言うと、パトラがうなずく。
まるでツーカーの関係である。
「かーっ、役所のやり方じゃん」
アレクサンドラが嫌そうな顔をした。
「いや、役所だし」
パトラは悪びれもしない。
アレクサンドラとスカジは蒸気自動車の製作を続けていた。
もちろん本人たちが好きで作っているのもあるが、自動車のギミックを作ってゆくことで、機械構造の経験値を獲得しようとしているのだった。
試作を続けてゆき、一応実用化できそうなレベルの物もできてきた。
「蒸気自動車はパワーを十分に生かせないな」
「蒸気機関を強化しようとすると重くなるからねぇ」
「どうせ重くなるなら、もっと大きな車体にするべきだね」
「うん、蒸気機関車だね」
二人は何度も同じような事を言い合っていたが、蒸気機関車の製作に入るには分らないことばかりである。
「いつも通り、模型から作ろう」
「そうだね」
という訳で、蒸気機関車の模型、鉄道の線路の模型を作り始めた。
「そろそろ寒波が来る頃じゃ」
スネグーラチカは夕食後のミーティングで言った。
「温度が低下して、吹雪が続く」
「うわ、北国はこれだから」
ロシア出身のアレクサンドラが自嘲気味に笑う。
「今年は寒さ対策でボイラー暖房を導入しているので、大分過ごしやすくなるがの」
「食糧備蓄も問題ないようですし」
「国民の活動が極端に制限される、今、取り組んでいる事業に関してもしばらく停滞するじゃろうな」
「今後、ボイラーが普及するとしたら、燃料の需要が高まりますね」
マグダレナが言った。
「そうじゃな、以前にも増して燃料となる薪や石炭を確保する必要性が出てくる」
「需要が高まったら価格が高くなるかもね」
クレアが口を挟む。
「うむ、燃料の価格が高騰しては皆の者が安心して暮らせぬ、十分な備蓄をせねばなるまい」
「薪や石炭の消費と供給について聞き取り調査をしました」
パトラが紙束をスネグーラチカへ渡す。
「それから館のボイラーで使用する燃料を勘定して見ましたが、ボイラーの導入によって燃料の必要数量は例年の倍になる見込みですね」
「へぇ、今のボイラー普及率でもそんなに増えるのかー」
アレクサンドラが渋い顔をする。
「ボイラーはとにかくエネルギー効率が悪いのよ」
「じゃあ、早期に内燃機関を開発しないとダメかな、やっぱ」
「なんじゃ、それは?」
スネグーラチカはいつもの通り興味津々。
「私たちの世界で主流になる動力かな」
「でも、それはすぐには作れないでしょ?」
フローラが言った。
「それに内燃機関は石油が必要になってきますよ」
「うーん、そうなんだよなー」
アレクサンドラは腕組みしている。
普段は考えないようにしている類いの事だ。
この世界に、何でもかんでも持ち込んでいいものか。
外の世界の技術を導入すれば、生活水準を高めることはできる。
だが、その先にあるのは自分達の世界と同じものだ。
資源を奪い合い、搾取し合い、殺し合う。
この世界にそんな潮流をもたらして良いのか。
迷いがあった。
「石油?」
スネグーラチカは聞き返す。
「油の一種だよ」
アレクサンドラは説明した。
「燃ゆる水のことかえ?」
「あー、この世界にもあるんだ」
「うむ、貴重ゆえほとんど出回らぬがな、しかも採れる場所は秘密にされとる」
「うーん、難しいねぇ」
「それは追々やるとして、今は燃料の問題だね」
クレアが言った。
「そうじゃった」
「今からでも燃料を輸入するのは?」
巴が言ったが、
「すでにガング商隊などに話しておる。じゃが、すぐに必要な量は集まらん」
スネグーラチカは渋い顔をしている。
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