第9話
9
ガング商隊は拠点のある集落を出発した。
国境を越えてミッドランドの領土へと入っていく。
といっても、静たちの世界のようにラインがキッチリ決まっている訳ではない。
だいたいこの辺、みたいなものだ。
境目ではドヴェルグや人間が混在して集落を形成していて、一種の共存状態になっている。
ぶっちゃけ小競り合いも多いようだ。
境界からしばらく移動すると、ビフレストへ着いた。
ここまでくるとドヴェルグなどの種族がいなくなり、住んでいるのは人間だけになる。
「雪がないと移動が楽だねぇ」
静はお気楽に言っている。
荷物と一緒に馬車に乗ってるだけなので、始終だらーっとしてる。
「この辺から人間しかいなくなるんだ、気を緩めるな」
巴が言った。
人間は、ドヴェルグたちとは違って性質が素直でも素朴でもない。
それは他ならぬ人間の自分達を見れば分ることだ。
「私たちがフロストランドでのほほんとしてられるのは、ドヴェルグが善良だからだ」
巴は続けた。
まるで説教しているようである。
「まあ、まあ、その辺で」
ガングが巴をなだめた。
「ふん、私は人間など信用してないからな」
「どこの世界のエルフだよ」
巴が人間にあるまじきセリフを言うので、静は思わず突っ込んだ。
フロストランドに滞在してまだ日が浅いが、人間の噂はちょくちょく入ってきていた。
そのほとんどが商売や交渉に関するものだった。
取り決めの綻びや穴を突いて一方的に儲けようとしたり、事後にひっくり返したり、枚挙に暇がない。
もちろん人間側にも情勢が変化したとか商習慣の違いだとか、事情らしいものはある。
しかし、全体としてはやり方が汚いと言えた。
「ほれ、街の門が見えてきただよ」
商隊の一人が言った。
ビフレストは城砦らしい。
周囲をぐるりと高い壁で覆っており、大きな城門がある。
「へー、中国と同じだね」
ヤンが感想を言ってる。
「ああ、中国は街の事を城っていうんだっけ」
「城市(チェンシー)って言うよ」
「西安とか有名だよね」
静は雑談しながら、門の様子を見ている。
「門を通る時にチェックはされないんだね」
「この街は緩いだよ」
「太守が交易奨励してるだね」
「ふーん」
門を抜けると大通りになっていて、色んな店が軒を並べていた。
面白いのは同業者が肩を並べて固まっているところだ。
「あれってさー、客の取り合いにならないの?」
「同業者で固まってた方が、何かと便利なんでさぁ」
「へー」
確かに、ガング商隊を見ていても、親戚で固まって商売をしている。
そうやって接点を持つ人達が団結した方が何かとやりやすいのだろう。
静は納得していた。
ガング商隊は街の一角にある宿へ入った。
馬車や馬を入れるスペースもあり、旅の商人が滞在するのを前提にした宿らしい。
見ると、ドヴェルグだけでなく、見たことのない種族もいた。
「あれは?」
静はガングに聞いてみた。
その先には、昆虫のような羽のある半裸の人型種族、角の生えた毛むくじゃらの種族、二足歩行の獣のような種族がいた。
「あいつらは皆、アールヴですだ」
「じゃあ、あのちびっこいふとっちょは?」
人間の子供のような背丈のふとっちょ種族。
「トムテですだ」
「じゃあ、あれは?」
二足歩行のトカゲ種族。
これが一番目を引いている。
「ニドヘグですだ、気位が高いんで関わらねえ方がいいですだよ」
「色んなのがいるんだねぇ」
「この街は交易で儲けてんでさぁ、遠方からも商人がやってくるんです」
「じゃあ珍しい物が売ってそうだね」
「気に入った物があれば言ってくだせぇ」
ガングはドンと胸板を叩いた。
「護衛代といっちゃなんですが、謝礼の代わりに買いますだで」
「いや、いいよ、悪いし」
静は固辞して自分達の部屋へ戻る。
巴と静、ジャンヌとヤンというペアで二人部屋を二つ取っている。
一休みした後、ガングたちと一緒に街へ出る。
護衛なので一緒に居ないといけない。
ガング商隊が懇意にしている商人を訪ねて回る。
商売相手は皆、人間ばかりだったが、ガング商隊は既に信用を得ているようであった。
ガング商隊は必ず金貨、銀貨で売り買いし、契約書を交わす。
物々交換はしない。
購入に際しては、ガング商隊はビフレストの相場価格とフロストランドの経済レベルを比較していた。
あまりに高い値段だとフロストランド国内で買い手が付かず、売れ残る危険性がある。
販売価格がフロストランドの民が購入できうる価格帯しか買わない。
これは、どこの商人も気をつけている原則であったが、ガング商隊はこの原則を徹底していた。
徹底させることで、ビフレストでの購入価格とフロストランドの販売価格が常に連動してゆくようになる。
市場を安定・発展させるのに必要になる要素の一つだ。
物が出てきたり出てこなかったり、価格が乱高下したり、というのはリスクが高い。
リスクが低い物を購入する。
販売に際しては、売り抜けない物は極力扱わない。
ただし、フロストランドの相場価格は比較的安い場合が多いので、運賃などの経費や手間賃を足しても十分売れる価格帯だ。
やはり不足したり価格が乱高下したりするような物は扱わない。
頑固で堅実ではあるが、ぼったくりをせず、毎回一定数量を売買するので継続して商売する相手として認識されている。
商談はスムーズに進んだ。
ちなみに静たちは、傍らで椅子に座って待っているだけであった。
ガング商隊は、順調に商談をこなしていった。
しかし、順調だからこそ、必ず物資と銭を持っている標的となるのだった。
静は商談の合間に、街でチラチラと不審な人物を見かけた。
ビフレストでの活動が見られているようである。
「仕掛けてくるとしたら、どの辺になるだろうな」
ジャンヌが豆のスープをすすりながら、言った。
食事をしながら雑談がてらに話している。
「これまでもそうですだが、ビフレストを出てから境界までの間だべ」
「境界だとドヴェルグの住民も多いで、そんなとこで襲ったら袋叩きだべ」
「ふーん、じゃあビフレストを出て少しいったところだね」
「襲撃しやすい所をいくつかピックアップしておこう」
巴は地図を広げた。
ガング商隊が所持していたものを借りている。
「こことここ、あとここですだな」
「なるほど」
ジャンヌが頭の中でシミュレーションしている。
どこから襲撃されても対応可能にしておく。
一気に攻め込んできた場合、二手に分かれてきた場合、伏兵がいた場合などなど。
どの場合であってもクロスボウの面射撃を当てて相手を分断する。
やることは変わらない。
*
今回の商売を完了して、ガング商隊はビフレストを後にした。
帰路に襲撃される可能性が高いので、自然と皆は緊張している。
「あー、ビフレストのご飯うまかったなー」
パックがのん気にアクビをした。
「あーゆー料理、作れないの?」
「料理だと!?」
巴は険しい顔をした。
「私たちにそんなもん作れるワケないよ」
静は自嘲気味に言った。
「カップメンとかなら…」
「それは料理って言わない」
ヤンが言いかけたのをジャンヌが一蹴した。
「まあまあ、料理など習えばすぐできますよ」
ニョルズがなだめる。
このメンバーだとなだめ役に回らざるをえない。
雑談をしたお陰か、皆の気が少し楽になっていた。
パックがいると、緊張がそれほど高まらずに済むようだった。
そして。
街道の横合いから、男たちが現れた。
ざっと見て、20人程度だ。
陰に隠れていたらしい。
「来ましただ!」
ガングが言った。
ドヴェルグたちは武器を取る。
防具は装着済みだ。
こちらは馬車を抱えているので、走って引き離すのは不可能だった。
ドヴェルグたちは馬車を止め、男たちに対峙するように構えた。
「なんだい、今日は女連れなのか」
「皆、若いねーちゃんばっかだぜぇ」
「高く売れそうだな」
「ぎゃはは」
下衆な会話が聞こえてくる。
「その女にビビって、近づけもしないなんて情けないね!」
いきなり、ジャンヌが大声で叫んだ。
「キンタマついてんのかい?!」
「うわ、いきなり下品」
「女子がそのようなことを言ってはイカンです…」
パックとニョルズが赤面して身をよじる。
「な、なんだとっ!」
「このアマァッ」
「やっちまえ!」
男たちは叫んで、武器を構え、こちらへ寄ってくる。
煽り耐性がないようだった。
「ヨシ!」
ジャンヌは満足そうにうなずき、
「石弓用意!」
「ホイキタ!」
「ガッテン!」
ジャンヌの号令で、皆がクロスボウを取り出す。
「あ!」
「なんだ!?」
「マズイ、引き返せ!」
それを見た男たちが浮き足だった。
前進する速度が落ちる。
「石弓構え!」
ジャンヌは構わずに叫んだ。
ガング商隊15人、静、巴、ヤン、ニョルズがクロスボウを構えて狙いをつける。
パックはジャンヌの隣に控えている。
「撃てぇ!」
シュバッ。
シュバッ。
シュバッ。
シュバッ。
クロスボウの矢が19本、空を切り裂いて男たちへ撃ち込まれた。
そのうち何本かが男たちに突き刺さった。
「うぎゃあ!」
「痛てぇ!」
「ヤローッ!」
全員が戦意を喪失するまでには至らなかったが、相手の勢いを削ぐという目的は達成している。
「矢をつがえろ!」
ジャキッ
ジャキッ
ジャキッ
ジャキッ
矢を装填する。
訓練をしておいたので、皆、動作がスムーズである。
「撃てぇ!」
再び、ジャンヌの号令で、19本の矢が発射された。
「うわー!?」
「こりゃ、ムリだ!」
「逃げろー!」
男たちは這々の体で逃げ去った。
「よし!」
ジャンヌが言って、ガッツポーズをする。
「やっただな!」
「ザマーミヤガレ!」
「やったね!」
「わーい」
ガング商隊と静たちは喜んでいる。
「パック、念のため、風の精霊とかに周囲を見てもらえる?」
喜びもそこそこに、ジャンヌはパックに頼んだ。
「わかった」
パックはすぐに精霊に頼んで周囲を探索させた。
「伏兵はいないみたい」
「ありがとう」
「どういたしまして」
パックは気取った感じでお辞儀した。
その後も男たちはつけてきた。
が、クロスボウの威力に怖じ気づいているようで、なかなか攻撃を仕掛けてこなかった。
しかし、境界へ近づくにつれて覚悟を決めてきたようで、ある一点で再襲撃をかけてきた。
板やなにやら盾に使える物を体の前に掲げて押し寄せてくる。
「盾隊!」
クロスボウの一斉攻撃を恐れなくなった時点で、ジャンヌはシフトを変えた。
「おう!」
「すっぞ!」
ガング商隊の男たちが盾と手斧へ装備を変更して立ちはだかる。
ガツッ!
ガシャッ!
賊と商隊が正面からぶつかり合う。
突進が止まり、真っ向からの打ち合いになった。
とそこへ、
シュッ
商隊の後ろから、隙間を縫って何かが繰り出された。
槍の穂先である。
商隊の後ろには静と巴が付いていた。
二人とも槍を持っている。
「ふげっ!?」
「ぎゃっ!」
賊の何人かが槍の穂先を受けてのけぞり、転倒した。
「パック、攻撃魔法で援護!」
「はいな!」
パックが傍らで呪文を唱える。
「マジックミサイル!」
光の矢が5本、味方の頭上を越えて飛び、賊へ撃ち込まれた。
「うぎゃっ!?」
「ぐえ!」
致命傷か否かは分らないが、賊は光の矢を受けて倒れる。
どうやら熱で火傷を負っているようだった。
「こちらが優勢だ! 押せぇっ!」
ジャンヌは言って、自分もサーベルと盾を構えた。
「ヤン、行くぞ!」
「好的!(おk!)」
ヤンは両手に剣を構えてジャンヌとともに突撃をする。
商隊と賊が戦っている横合いから突っ込んだ。
ダメ押しの一撃である。
「クソッ」
賊の一部がすぐに反転してジャンヌたちを迎え撃つが、商隊の男たちが攻撃の手を緩めない。
「そら!」
「くらえ!」
更に静と巴も武器を剣に持ち替えて、ジャンヌたちとは反対側を攻撃した。
「ダメだ、オレは逃げるぞ!」
「うへえ! こらムリだぜぇ!」
三方向からの攻撃に堪りかねて、賊の中の何人かの男は心が折れたようだった。
一目散に背を向けて逃げ去る。
「クソ! 逃げるな、おまえら!」
「こんなのやってらんねぇ!」
「やめさせてもらう!」
持ちこたえようと頑張る賊もいたが、所詮は真面目に働かず犯罪で楽に儲けようと考えている連中だ。
瞬く間に戦線崩壊して散り散りになった。
「クソッ、あいつら逃げやがって!」
残ったのは一人だけである。
ヒゲのふてぶてしい面構えの男だ。
「さて、降伏を勧めるが?」
ジャンヌは一応勧告する。
ここで抵抗すれば、どうなるかはわかりきっている。
「分った、降参だ」
ヒゲ面の男は剣を投げ捨てた。
「一人でも逃げずに戦おうとした姿勢は評価しよう」
「……そいつはどうも」
ヒゲ面の男は吐き捨てるように言った。
ジャンヌはヒゲ面の男の両手を縛らせた。
「殺さねえのか?」
「そんなことをしてもメリットはない」
ジャンヌは答えた。
「こちらも損害らしい損害はない、治療費や経費はかかったけどな」
「甘めぇな、お嬢ちゃんらしい考えだ」
「殺し合いなどに意味は無い、戦いも突き詰めれば経済活動だ。だから、本来なら貴様には賠償金を払ってもらう流れだ」
「んな金あるわけねー」
ぺっ。
ヒゲ面の男はツバを吐き捨てた。
「こいつ、頭に乗りやがって」
ガングが手斧を振り上げようとするが、
「待て、コイツを殺しても意味は無い」
ジャンヌが静止すると、
「姉さんがそういうなら」
ガングは渋々ながら手斧をおろした。
「なぜ、賊などに身を落としている?」
「チ、説教かよ」
「貴様は戦に従事していたことがあるな?」
「な、なにが言いたいんだ?」
ヒゲ面の男はちょっと混乱しているようだった。
「なに、ビジネスの話だよ」
ジャンヌは、ふふんと笑った。
「貴様らの後ろにいるヤツが誰か知りたい」
「んなもんいねーよ」
ヒゲ面の男の顔が若干引きつった。
痛いところらしい。
「そうか?
我らが商隊は自慢じゃないがかなり屈強だ。
いくら金を持ってるからと言って、たいした装備も訓練もしてない賊が狙っても返り討ちにあうのがオチだ。
しかし貴様らはそれを承知で何度も襲撃している。
まるで襲撃することが目的のようにな」
「……」
「黙ったな? 図星なんだろう?」
「ちげーよ!」
ヒゲ面の男は叫んだ。
「まあいい、今言ったように貴様らの行動は不自然極まりない。
裏に誰かがいて、我らが商隊が儲けを出しているのを嫌がっているようではないか。
違うか?」
「……それ、知ってても言うワケねーだろ」
ヒゲ面の男は言った。
「オレらみたいなクズにも仁義ってもんがあらぁ」
「そうなのか?」
ジャンヌは巴を見た。
巴は黙ってヒゲ面の男の前に立つ。
手には袋を持っている。
ジャラッと音がしたところを見ると、銭が入っているようだ。
「ケッ、バカにしやがって、買収する気かよ!」
「人聞きが悪いな、ただの情報料だよ」
ジャンヌはニヤニヤしている。
「いーじゃないか、労力も欠けずに儲けられる。
ちょっとばかり知ってることを言うだけだ。
我らの商隊を襲って、ちんまり稼ぐよりずっといい」
「……」
ヒゲ面の男は黙り込んだ。
メリットがあるか考えているようでもある。
「んなこたぁ、できるわけがねぇ」
「そーかい、じゃあ、そのうち背後にいるヤツから、口封じに消されてもいいというワケだな」
「……」
ヒゲ面の男はまた黙り込んだ。
額に汗がにじんでいる。
「言っておくが、こういう機会はあまりない。今回はたまたまタイミングが合っただけだ。
私たちも毎回こんな寛大な処置はしないのだ、慈善事業じゃないのでな」
ジャンヌは、たたみ掛ける。
演技力で相手をドンドン圧迫していた。
「次はない」
「……」
ヒゲ面の男は黙りこくっている。
寒い季節だというのに、汗が噴き出ていた。
「言いたいことはそれだけだ、今回は殺さないでおく」
ジャンヌは言って、ヒゲ面の男から離れた。
巴は銭の入った袋をヒゲ面の男の目の前に置いてから離れる。
「縄は自分でなんとかしろ、じゃあな」
「また現れたら命の保証はせん」
ジャンヌと巴は精一杯凄んで見せた。
そのまま、ガング商隊はフロストランドへ帰った。
一応の勝利である。
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