第6話


「アールヴ?」

静は頭の上に「?」マークを浮かべている。

「妖精のことだよ」

「あー、エルフのことですね」

アレクサンドラとフローラが言った。

「方言みたいだな」

巴は頬をかいた。

「おいおい、話が脱線してるぞ」

パトラがたしなめる。

「まあ、でも、フロストランドの人達の種族ってちょっと気になるよね」

クレアが言った。

「そういえば、おぬしらには話しておらんかったの」

スネグーラチカは思い出したように言う。

「フロストランドの住民は、ドヴェルグ、アールヴ、トムテなどじゃ。


 ドヴェルグはスカジやニョルズがそうじゃな。

 力仕事に向いておって、鍛冶や細工が得意じゃ。

 フロストランドの人口の多くを占める種族でもある。

 地方によって部族名が異なる、スカジはヨツン族、ニョルズはヴァン族といったふうにな。


 アールヴは人口としては少数派じゃ。

 姿形は様々じゃが、精霊と通じておって魔法を得意とする。

 植物とともに生きる傾向があって、鉱石を嫌うな。

 変わり者が多いから注意せねばならぬ種族じゃ。


 トムテも少数派じゃ。

 小さい身体ではあるが、細工や工芸に秀でておる。

 時々、魔法を使う者もおる。

 靴作りが好きな輩が多くて、その…靴を押し売りする場合が多い」

「ん? ヨツンって巨人じゃないんですか?」

マグダレナが不思議そうな顔をする。

「ヨツンはドヴェルグじゃ、この世界には巨人などおらぬ」

スネグーラチカは言った。

「んんー?」

マグダレナは、訳が分らないよ、と言いたげに首を傾げた。

「そういや、スネグーラチカは何の種族なの?」

「私はボーグじゃ」

静が聞くと、スネグーラチカは答えた。

「ボーグって、スラヴ神話の神様の?」

「よく知っとるな。まあ、神様の末裔みたいなもんじゃ」

スネグーラチカは、わははと笑う。

「ふーん、だから変な力持ってるのね」

クレアが納得したように言うと、

「変な力とはなんじゃ!」

スネグーラチカは、かんしゃくを起こした。



パトラは法律を作成し終わった。

基本的には慣習をそのまま明文化したものであるが、細部までギチギチに決めることはなかった。

法を適用させるには、前例と判断の基準を用意してやるのが良い。

もし、前例がない場合は指導者が集まり、古から伝わる伝承などから類推する。

エジプト人のパトラは、イスラム教徒である。

イスラム教のシャリーアを参考にしていた。

シャリーアは内容が幅広く細部まで及んでいるが、フロストランドの民は複雑なものを嫌うので大幅に単純化してある。

「ふむ、見事なものだ」

スネグーラチカは満足気に言った。

パトラの書き記した紙束を読み込んでいる。

「法は公平であらねばならぬ、例えそれが残酷であってもな」

「そうですね」

マグダレナはうなずいた。

「これで我がフロストランドも文明国への一歩を踏み出した訳じゃな」

「はい、雪姫様」

クレアが冗談めかして言った。

「ところで、アールヴの集落から専門家を派遣してもらうことになったぞ」

スネグーラチカは話題を変えた。

アールヴの集落は町から少し離れた場所にある。

使いをやったり、スネグーラチカが出向いたりして調整していたらしい。

「あー、雷魔法が使える妖精さんだっけ?」

「雷魔法も、治癒魔法も使える大魔法使いじゃ」

「へー、そんなすごい人がいるんだ」

「パックという、そのうち来るじゃろうから仲良くしてやってくれ」

スネグーラチカは意味ありげに言った。


ニョルズは静達と稽古に励んでいた。

ジャンヌのフェンシングは足運びが必要になる。

ヤンの太極拳は身体操作要求が高い。

どちらもドヴェルグであるニョルズには向いてない。

なので、静と巴の武技が合うだろうという事になった。

ニョルズは元来から素直な性格のようで、静と巴の教えをそのまま受け入れている。

本来、頑固な性質のドヴェルグは一撃の威力に固執する傾向がある。

だが、ニョルズはこれまでの自分の戦い方が通用しなかったことを理解していた。

スカジもニョルズと同じ戦い方をする。

悔しいが、それでは勝てない。

相手の方が上だ。

工夫をする必要がある。

ニョルズは、そう痛感していた。

「間合いというのをもっと教えてください」

ニョルズは言った。

「うーん」

静はちょっと考えている。

間というのは距離を指すが、実際には武器と目標物の時間的、空間的関係である。

「例えば、剣が一番切れるのは切っ先だよね?」

「はい」

「相手を斬るには切っ先がちょうど相手の身体に当たる距離にいないといけない」

「なるほど、それが間合いという訳ですか」

「うん、まあ、そこから発展して、足遣いや身体遣いまで細かに運用しないといけないけど」

「む、難しいですな…」

ニョルズは若干、引いている。

「慣れればできるようになるよ」

静はニコニコしている。

が、その笑顔とは裏腹に稽古内容は厳しい。

午前は、基本の素振りをひたすら繰り返す。

午後は、地稽古を日が暮れるまでひたすら繰り返す。

武官としてみっちり訓練を積んだニョルズですら、嫌気がさすほどの反復練習だ。

「できるまでやる」

巴がその隣で笑みを浮かべた。

「ひえっ!」

ニョルズは思わず悲鳴を上げる。

「さー、やろうぜ」

「午後の部、かいしー」

声だけは和気藹々としている。


「近い!」

バコッ

「はい!」


「握りが甘い!」

ドゴッ

「すいません!」


「足がおろそかだよ!」

ゲシッ

「サーイエッサ!」


「おらおらー、休んでんじゃないよ!」

「戦場で敵が待ってくれるかー、ぼけぇっ!」

「いやー! もー、はよ終わってくれー!」


ニョルズは稽古を続けるうちに、とにかく早く稽古が終わることだけを祈るようになっていた。



しばらくして、ニョルズの動きは変わってきた。

相手の動きをよく見るようになった。

無闇に突撃をせず、相手の攻撃に柔軟に対応するようになっている。

それだけでもドヴェルグの体格と筋力を生かせるが、それに加えて、石火神雷流の術技を会得し始めていた。

ニョルズが稽古の成果を実感したのは、館の使いとして外出している時だった。

辛い稽古が嫌で仕事と理由をつけて逃げたともいう。

町の通りを歩いている時、

「お、これはこれはニョルズ様じゃねーか」

荒くれと思しき男が声をかけてきた。

その周囲にも4人のドヴェルグがたむろしている。

皆、酒場の玄関先に座っていた。

腕の筋肉がかなり発達しているところをみると、鉱夫かなにかだろう。

仕事が休みになったのか、昼間から飲んでいるようだった。

「なんでも、館にいる小娘どもに武技を教わってるんだとなぁ」

聞こえよがしに言ってくる。

「へー、女と乳繰りあって強くなんのかねぇ?」

仲間の男が面白がって話を合わせる。

「そりゃ、毎日稽古つけてもらえば絶倫になんべよ」

「ぎゃははは」

「オレらも稽古つけてもらいてーぜ」

バカ笑い。

ニョルズは無視して通り過ぎようとしたが、

「おっと、なに無視してんだよ」

そのうちの一人が行く手に足を投げ出してくる。

「悪いが、構っている暇はないのでな、ごめん」

ニョルズは大きく迂回するが、

「付き合い悪いねぇ」

「ちっとばかし遊んでくれよ」

「オレらの酒が飲めねぇってのかよ」

男達はのっそり起き上がってニョルズを取り囲む。

「公務だ、邪魔するな」

ニョルズは、そう言って男達の隙間を抜けようとした。

「おいおい、なに逃げようとしてんだよ」

男が腕を広げてニョルズを押しとどめる。

「いい加減にしろ」

ニョルズは手を払いのけた。

「かー、つれないねー」

「オレらと遊んでくれよ」

「なー」

「おりゃ!」

話してるうちに興が乗ってきたのか、男のうち一人が蹴ってきた。

ニョルズは不意を突かれて腹に食らい、後ずさる。

「気が済んだか?」

だが、冷静なままであった。

「こいつ、全然弱いんでない?」

「なー、どこが武官なんだよ」

「女と遊んでるヤツだぞ?」

「強くなるわけねーべよ」

「ぎゃははは」

「そりゃ!」

会話の途中で、また別の男が殴ってきた。

ニョルズは足をずらして身体を横へ移動させる。

体捌きだ。

それだけで相手のパンチは空を切った。

ニョルズは横から相手の肩を押し飛ばす。

男はよろめいてたたらを踏む。

「これ以上やるなら、承知せぬぞ」

ニョルズは言ったが、

「この野郎!」

男は逆上したようだった。

距離を詰めてつかみかかってくる。

ニョルズはわずかに間を詰めて、相手の顔面へ頭突きを叩き込む。

ゴッ

鈍い音がして、相手がのけぞった。

そこへ足を掛けて腰投げに転がす。

ドシン。

地響きがして、男はうめいた。

「てめえ!」

「野郎!」

二人が突っ込んできた。

ニョルズは一方は放っておいて、もう一方の片腕を取り肩で押した。

そのまま腕を固めつつ地面を倒す。

脇固めである。

そして、掴みかかってきた男の手を取った。

少し捻っただけで手首が極まった。

「いででででで!」

男の体勢が崩れた。

ニョルズが大きく振りかぶって投げると、相手は勢いよく転がった。

関節技による崩しだった。

ドヴェルグの文化では、この手の技はほとんど発達していない。

「おぬしもやるか?」

ニョルズはパンパンと手を叩いて埃を払う。

「…いや、オラはやめとくだよ」

残った男は首がちぎれんばかりに頭を振る。

「なら、仲間を起こしてやれ」

「へ、へえ」

「あと、このようなことはもうするな」

「わ、わかったダス」

慌てふためいている荒くれどもには構わず、ニョルズはさっさとその場から去った。



「ニョルズさんが町で噂になってるみたいだよ」

アレクサンドラが言った。

ゴシップ好きらしい。

「へー」

静はデザートを食べながら言う。

「なんか武の女神に習った技でゴロツキをやっつけたって」

クレアも同じくゴシップ好きらしかった。

「すごいじゃん」

ヤンは自分のことのように喜んでいる。

「私はツルハシやスコップを持った10人の男を素手で殺したって聞いたぞ」

巴は真面目な顔で言うが、

「いや、どうしてそんな風になっとんねん」

「いくら武官でも殺したらしょっ引かれるって」

クレアとパトラが突っ込みを入れる。

「でも、それってシズカさん達の稽古が効果あったということではないですか」

フローラがニッコリしながら言う。

「あ、そうだね」

静はデザートのおかわりを食べている。

「うむ、柔の手解きをした甲斐があったというものだな」

巴は格好をつけた。

「良い感じに噂が広まったようじゃな」

スネグーラチカは満足そうにうなずいている。

「ですわね、ニョルズさんが神業を使ったと噂になれば、武の女神という格付けが意味を持ってきます」

マグダレナが眼鏡をキラリと光らせている。

「みんな、私たちの事を女だからって侮らなくなるってとこか?」

ジャンヌもデザートを食べながら言った。

デザートは芋のプティングだった。

夕食の後も会食室に居残ってミーティングをしているのである。

「それも大事じゃ」

スネグーラチカは言った。

「ニョルズが一目置かれるようになると、何かと都合が良いのじゃよ」

「そうですね」

マグダレナが機嫌良く言う。

「何か新しく施行するのに際して、こういう名声は重要になるのですわ」

「やりやすくなるってことか」

ジャンヌがポンと手を打つ。

「そういうことじゃ」

スネグーラチカはワハハと笑って、デザートを一口食べる。

「うまーい!」

(こういう所は幼女なんだけどな)

静は心の中で言った。



ボイラーとシリンダーを組み合わせて蒸気機関を製作。

銅線に絶縁皮膜を塗布して電線を作り、電線でコイルを作る。

ここまではできた。

後は、磁石だ。

「大魔法使いがくるまでって言ってたけど、そろそろ来てくれないかなー」

アレクサンドラが言った。

テーブルに突っ伏して、ぐでーっとしている。

「あー、パックのことだね」

スカジが飲み物を飲む。

「あれ、知り合い?」

クレアが聞いた。

「昔、戦の時にね」

スカジはさらっと言う。

「まさかの参戦者ですのね」

フローラは驚いている。

「昔は魔法下手っぴでさー、いっつも逃げ帰って来てたんだぜ」

「へー」

「それはお互い様だろ」

突然、声がした。

見ると、小柄な体躯に子供みたいな顔をした人物が立っていた。

赤いトンガリ帽子、緑の服を着ている。

その立ち姿には、どこか違和感がある。

(…脚だ)

クレアは気付いた。

山羊のような蹄がある毛むくじゃらの脚をしている。

下着は着けているが、ズボンを履いていない。

(確か、パーンとかサテュロスとかいうんだっけ…?)

クレアは心の中で思った。

「あなたがパックさん?」

フローラが聞いた。

「そう、ボクがパックさ」

山羊脚の人物は言って、わざとらしくお辞儀した。

「ボクがいないと思って、好き勝手言ってくれちゃって、スカジだってあの頃は…」

「わー! わー!」

スカジが慌ててパックの声を遮る。

「悪かったよ、な、この通り、な?」

「ふん、分ればいいよ」

パックはそっぽを向く。

「まあまあ、お二人とも、お菓子でもつまんで」

アレクサンドラが気さくに言って、お菓子を勧めた。

「ありがとう、ボク、甘い物すきなんだー」

パックはお菓子を一つ取って口に放り込む。

「んまーい!」

(なんか変なヤツが来たな)

クレアの正直な感想である。


「なるほど、電気を発生させると同時に磁界ができて鉄を磁化できるんだね」

パックはすぐにアレクサンドラの説明を理解した。

「物質の構造とかはボクには分らないけど、こういう学問がボクたちには欠けてるからしょうがないよね」

「ご安心ください」

フローラが慇懃に会釈して見せた。

過剰演出気味である。

「近くこの町に学校ができる予定です」

「え、学校って、そんなものできるの?」

パックは興味を持ったようだった。

「まずは基礎教育から教えて、次は高等教育を教えると思います」

「じゃ、雪姫様に頼んでボクも入れてもらおうっと」

フローラが言うと、パックはウキウキとお菓子を口に放り込んでいる。

どうやら知識に飢えているようであった。


「なんじゃ、ここにおったのか」

しばらくして、スネグーラチカがやってきた。

静たちとニョルズも同行している。

「これは雪姫様」

パックは会釈をしてみせる。

「パック殿、おひさしゅうございます。お変わりはございませぬか?」

ニョルズは丁寧に挨拶している。

「はい、お久しぶりです、ニョルズ殿。噂に聞いたところでは、武の女神様に武技を習っているとか」

パックはさっきまでとはガラッと変わって、丁寧に答える。

「ええ、まあ、新たなものを学ぶのが大切だと気付きましたので」

「その精神がフロストランドをさらなる発展へと導くのでしょうね」

にこやかに語らっている。

「ところで、改めて紹介するが、この娘たちは私が異界から呼び寄せた者たちじゃ」

「大臣殿方ですね」

「初めまして」

「改めまして、お初にお目にかかります」

パックはやはり丁寧に挨拶する。

公私の差が大きいようだった。

「さて、おぬしの要望は分った」

スネグーラチカは、パックの要望を受け入れた。

学校ができたら、学費無料で入学させるという要望だ。

「その代わり、分っておるな?」

「はいはい、今後の事業の手伝いでしょ」

「うむ、頼むぞ」

「雪姫様の頼みなら断れませんよ」

パックは肩をすくめる。

「まずは磁石作りからだね」


「磁石にする鉄はあらかじめ作っておいた」

スカジは、製作所の庭を片付け、長方形の鉄塊を設置した。

木製の吊るし台にロープで鉄塊を吊している。

長方形の鉄塊が地面と平行になるよう中央部で縛ってある。

「先端に雷を当ててゆけばいいかな」

「です」

パックが聞くと、アレクサンドラはうなずく。

「じゃ、やるよ。生命と天地を司る諸々の存在よ、なんやかやで我に力を貸したまえ」

(え、そんな適当でいいんだ…?!)

静が驚いていると、

「いかずちッ!」

バシャーンッ

パックの人差し指の先から稲妻が迸り、鉄塊を撃った。

「よし」

パックはなんだか妙なポーズを取っている。

(なんか、見たことある…?)

静の脳裏にネコみたいななにかが浮かんだ。

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