第5話


「シリンダーを使ってポンプ動かしたらよくね?」

と、スカジが気付いたので、その方向でポンプ作りをすることになった。

発電機が完成するまでの間に合わせではあるが、

「蒸気機関を活用するための経験値を溜めるのによいと思いますわ」

というマグダレナの意見もあり、進めることになったのだった。

「あれ、手押しポンプってシリンダーとほとんど同じ構造じゃん」

静は言った。

現物をみて、ちょっとずつ理解を深めていたりする。

「うん、そう」

アレクサンドラはうなずく。

「蒸気圧じゃなくて水圧を利用するって違いはあるけど、ほぼ同じだよ」

「どこまで圧力が届くかだなぁ」

スカジは早速悩み始めている。

「揚程というやつだね」

アレクサンドラは説明した。

「この町は起伏もないし、建物も高い建造物はないからそれほど圧力は要らないと思うな」

「分った、水圧シリンダー式の自動ポンプを作ってみる」

スカジはハンマーを片手にガッツポーズ。


「あ、大臣!」

武官が声をかけてきた。

静達はフロストランドの民からは大臣という認識をされていた。


一応、

パトラは法務大臣、

巴は外務大臣、

クレアは財務大臣、

マグダレナは文部科学大臣、

ヤンは農林水産大臣、

フローラは厚生労働大臣、

静は経済産業大臣、

アレクサンドラは国土交通大臣、

ジャンヌは国防大臣

という役職になっていたりする。


フロストランドの規模が小さく、また仕事内容がそれほど高度ではないことから、役所の建設にまでは至っていない。

慣習的にはそういった仕事を担当している者はいるが、あまり接点はなく、基本的には大臣はスネグーラチカの補佐官であった。

今後、憲法と法律を制定する予定なので、形の上では絶対王制から立憲君主制へ移行したと言える。


「はい?」

「ちょっとお頼みしたいことがあります」

静が振り向くと、武官はダーッと駆け寄ってきた。

「スカジの所へ行かれるのですか?」

「うん、そうですけど」

「でしたら、それとなくスカジに私の事をどう思っているか聞いて頂きたいのですが!」

「えっ?」

静は思わずハッとした。

「え…、スカジさんの事が好きなの?」

「は、はい」

武官はちょっと頬を赤くして視線を逸らす。

「そういや名前を聞いていませんでしたね」

クレアが聞いた。

なにやら気取った感じのキャラを作っている。

(大臣キャラ?)

静は思った。

「ニョルズと申します」

武官はそう言って会釈する。

「うほっ、これは恋愛成就大臣ですわ!」

「なんでホモ漫画の擬音なのよ?」

「恋愛成就局開設だな!」

「おいこら、大臣ども!?」

「いやー、これはメシウマだぜー!」

「今日は楽しくなりそうだねぇ」

大臣達はひとしきり騒いだ後、

「オケー、聞いてくるから、期待しないで待ってて」

クレアが素っ気なく言う。

「えー…」

その言い草にニョルズは意気消沈していた。


「はあ?」

スカジは微妙な顔。

静達が露骨に聞きすぎたというのもあるのだろうか、スカジの態度は芳しくない。

「ニョルズ…ああ、あの武官の一人ね」

「どう思ってるかだってさ」

ニヤニヤしながらアレクサンドラが聞く。

「どうって、そんなの自分で伝えりゃいいのに、人づてとかないよ」

スカジは素っ気ない。

「あちゃー、こりはダメだ」

ジャンヌが顔を覆った。

「まあまあ、そう言わんと可能性はないのかねえチミィ?」

静もニヤニヤしつつ食い下がった。

人の恋路は蜜の味ってやつだ。

「うーん、シズカさん達の顔を立てるなら」

スカジはため息交じりに答えた。

「せめて、あたしよか腕っ節が強いところを見せてもらえねーとなぁ」


「つまり、腕っ節を証明すればいいと?」

ニョルズは頭の中でそんな風に変換したようだった。

「いや、微妙に違うくね?」

「最低限、スカジさんより強くないとダメって意味だろ」

「取り付く島もない感じだったよね」

「……いや、オレは負けない」

ニョルズは自分を叱咤している。

そうでもないとメゲてしまいそうなのだろう。


「負けたー!」

ぐはあっ!

ニョルズはスカジのハンマーを食らってぶっ倒れた。

開始数秒のことだった。

格闘戦なので、ウォーハンマーを使用している。

双方とも鎧と盾を身につけてはいるが、その実力は明らかにスカジの方が上だった。

「ま、こんなもんでしょ。いい気分転換にはなったよ」

スカジはさっさと屋内へ引っ込んでいた。

製作の仕事の方が大事なのだった。

「……」

ニョルズは無言でのそのそ起き上がり、館へと帰って行く。

「おぬしら、なんかしおったか?」

館に戻ると、スネグーラチカはジト目で静達を見た。

「いえ、滅相もねえ」

「ニョルズさんがスカジさんにアプローチしたいって言ったんだもん」

「…あー、そーゆーやつかえ」

スネグーラチカはため息をついた。

「そんじょそこらの男では、スカジには太刀打ちできんぞ」

「なになに、それ聞かせてください」

マグダレナが話題に混ざってくる。

最近はずっとパトラと一緒に法案を作っているので、館の外に出ていない。

娯楽に飢えているようだった。

「色恋沙汰を面白がるんじゃない」

パトラはフンとそっぽを向く。

どうや、らかなりの堅物らしい。

「まあ、そうはいうても気にはなるでしょ?」

アレクサンドラがニヤニヤしながら言う。

「うん…まあ」

パトラは否定はしなかった。


次の日。

「昨日は油断したんだ」

ニョルズは静たちに着いてきた。

再戦である。


どごぉっ


スカジのハンマーを食らって、ニョルズは倒れる。

「はい、残念」

「……」


さらに次の日。

どごおっ

「はい、残念」


これが一週間続いた。



「……勝てない」

ニョルズはげっそり、青い顔をしている。


「ニョルズがあんなでは仕事に支障がでる」

スネグーラチカは渋い顔。

「おぬしら、なんとかせぬか」

「えー、無茶言うなよ」

「こんなか弱い女子にそんなのムリ」

静とヤンが身体を妙にクネクネさせている。

「ヒマを見ては組討ちや剣に興じとるのはどこの連中じゃ?」

「あー、それねー」

静は何も言えないでいる。

「まあ、仕方ないか。稽古相手にでもなってやるか」

巴が言った。

「それはいいけど」

ジャンヌがスネグーラチカを見る。

「こんな小娘どもに手助けしてもらうのって、フロストランドの男としては大丈夫なの?」

「私から言っておくから大丈夫じゃ」

スネグーラチカは渋い顔のまま。

「というか、おぬしらのお守りという名目で稽古に参加させる」

「あー、そうすると面子は保たれるか」

クレアはうなずいた。


そして、製作所にはクレアとアレクサンドラの二人になった。

静、巴、ジャンヌ、ヤンは館の敷地内で稽古をする。


「あ、そうそう、こういうのを作ってみたんだ」

ヤンはカバンから何かを取り出す。

ロープの先に鉄の重りがついたもの。

「あー、これって流星スイとかいうやつでしょ」

「うん、そう」

ヤンはうなずいた。

「私の師匠がよくやってたんだよね」

「ほー、こんな武器があるのですなー」

遠巻きに見ていたニョルズが興味深そうに声をかけてくる。

「ちょっと見せてよ」

「いいよ」

静が言うと、ヤンは広場に出る。

流星スイは遠心力による勢いを如何に活用するかという技術だ。

回転の途中で支点を作って軌道を変更してやる。

慣れれば縦横無尽に重りを操ることができる。

それから、ヤンの身体能力はかなり高く、まるで体操選手かというようなアクロバチックな動きもこなす。

「ほおー、軽業師のようですなー」

ニョルズは素直に賞賛していた。

フロストランドの民は体型からも分るように、一撃必殺系の武技が特徴だ。

双方、防御を固めて接近し、隙を縫って最大の一撃を見舞う。

体格が上回っていれば防御の上から叩き潰してしまう。

「おおー」

パチパチパチ。

気付くとニョルズ以外の武官や文官達も集まってきていて、盛大な拍手が聞こえた。

単純に大道芸的な感じで受けたらしい。

「それ面白そう」

巴も興味を持ったようだった。

「私にも教えてくれないか?」

「いいですよ」

ヤンはちょっと自信をもったようだった。


「ところで、ニョルズさんちょっと相手になってくれません?」

頃合いを見て、静が言った。

「いや、女性に触れるのはご法度なので…」

ニョルズは断るが、

「レスリングじゃなくて、武器の方で」

静は手にした剣を振った。

「まあ、それなら」

「よし、じゃあお願いね」

ということで、ニョルズを引き込む事には成功した。

「いくよー」

静は両手で剣を握っていた。

この世界のスタンダードな片手剣よりブレードと柄が長い。

スネグーラチカに頼んで作ってもらった物だ。

片手剣を使ってみたところ、かなり筋力が要るのが分った。

フロストランドの民のように筋力に優れていれば問題ないのだろうが、静の力で使い続けるのは困難だった。

静は両手で扱う剣に慣れている。

両手で持つため、剣自体を浮かせられる。

身体の動きで剣身を操る。

静は剣を構えて間をはかる。

両手剣はリーチが命だ。

相手の間合いの外からリーチを生かした一撃を加える。

装甲の薄い首筋、脇、内腿などを狙う。

相手の動きを止めて置いて、渾身の一撃を叩き込む。

練習試合では装甲の薄い部分を攻撃できないので、遠心力を生かした斬撃、リーチを生かした突きを使ってゆく。

ニョルズは手斧と盾を使っていた。

フロストランドの民は好んで斧やハンマーを使う。

斧は剣より取り回しがしにくい反面、叩き割る強い一撃を繰り出せる。

その他にも刃を引っかけて相手の盾をこじ開けたり、足を引っかけて転ばせたり等のテクニックもある。

先に動いたのは静だ。

防御を固められてしまうと埒があかないで、なんとかして相手を動かさなければならない。

軽く打ち合わせる。

(そう簡単には崩れないか…)

静は構えを変えた。

今までは右足を前にしていたのを、左足前に入れ替え剣を腰の脇へ持ってくる。

身体を前に出してしまうので攻撃をもらうリスクはあるが、ここは相手の攻撃を誘ってゆかねば防御を崩せない。

静が待ちの姿勢に入ったと取ったのだろう、ニョルズは手斧を繰り出してきた。

手斧が近づいてくるのを待ち、鎧に当たる寸前に身を引いてかわす。

剣を下方から打ち上げて手斧を持つ手を狙った。

ニョルズは素早く反応して手斧を持つ手を引き、剣を受ける。

静は剣を翻してニョルズの胴体へ斬撃を打ち込んだ。

ニョルズは退きつつ盾を身体の前に引き寄せ、これを受け止めた。


ガチィッ


金属音が響く。

間合いが狭まった。

ニョルズは盾を構えたまま接近して体当たりを見舞ってくる。

静はこれを予想していた。

やはりギリギリまで引き寄せてから、さっと体をかわす。

ニョルズは若干バランスを崩して前のめりになるが、その場に踏ん張って耐えた。

足腰が強い証拠だ。

静は剣を横に薙ぎ、返し様に袈裟斬りを見舞う。

ニョルズは体を変えつつ、手斧と盾を重ねるように身体の前に置いて、二撃とも防いだ。

そこから一歩踏み込んで斧を振り下ろす。

静が待っていたのはこれだった。

ほぼ同時に剣を正面に振り上げ、斬り降ろす。

間合いの調節、剣術はこれに尽きる。

刃が手斧を弾き飛ばし、ニョルズの手元でピタリと止まった。

「……」

ニョルズは渋い顔。

これで負けを認めず動くようなら、ここまま切っ先を突き込む。

「どうやら私の負けのようですな」

「いえ、ニョルズさんが誘いに乗ってくれなかったら通用しませんでした」

静は謙遜した。


巴は槍を使った。

槍のリーチは両手剣の比ではない。

ニョルズはプレッシャーを受けつつもよく戦ったが、隙を突かれて胴への一撃を受けた。


ジャンヌはサーベルと盾を使った。

条件は悪いと思われたが、盾とサーベルの見事な連携を見せ、手首、首筋へ攻撃を当てる。


ヤンは流星スイを出してきた。

速攻で重りを繰り出し、盾で受けたところへ、続けて足へロープを巻き付けた。

引き寄せて転倒したところへ腰へ下げていた短剣でとどめ。


「驚きました」

ニョルズは試合の後、言った。

そこへ偏見や不満は見えず、静達の実力を素直に認めているようだった。

「あなた方は武の女神か何かですか?」

「いやいや、それは褒めすぎだよ」

静は照れた。

「私達は武器の特性を生かしただけで、同じ条件ならニョルズさんの方が全然強いよ」

ジャンヌが言う。

「……」

ニョルズは少しの間、無言になる。

(あ、やばっ、怒っちゃった?)

静は冷や汗をかくが、

「お願いがあります。私に稽古を付けてくださらぬか」

ニョルズは真剣な面持ちで言った。

「え、でも」

「私達じゃ稽古にならないよ」

「女だし」

静達は慌てて言うが、

「いえ、考えてみればスカジも女性でござる。女性に学んで悪いという決まりはありませぬ」

「はあ、ニョルズさんがそういうならいいけど」

「でも、世間体的には男性が私達みたいな小娘と稽古するってのはいいのかな?」

「そのようなプライドに拘っていたから、スカジを振り向かせることができなかったのだと分りました」

ニョルズは深々と頭を垂れた。

「ぜひ、私にご指導くだされ」

「頭を上げてください」

静はニョルズに姿勢を戻させた。

「分りました」

「おおっ、かたじけない」

ニョルズは喜んでいる。

(いや、喜ぶのはまだはやいっつの…)

静は内心思った。

スカジに勝てるように力をつけるのは一苦労だろう。

「ここは一つ、私達は武の女神ということで」

「はあ?」


ニョルズが大臣達と稽古をしている事はすぐに町中に広まった。

娯楽のない世の中なので、こういうニュースが伝わるのは速いのである。

ニョルズが女に武芸を教わっている。

こういう噂が立つとマズい。

まだまだ男尊女卑の根強いフロストランドでは、ニョルズの将来にも影響しかねないし、館の威厳も落ちかねない。

為政者にとって威厳というのは民草への影響力と言い換えてもいい。

民主主義制度へ移行する以前の古い社会体制では、まだ為政者への批判をおおっぴらにすることは難しい。

これを許してしまうと民衆は為政者を舐めはじめて言うことを聞かなくなる。

そんな政治判断もあり、静たちは武の女神ということになった。

女神なら大の男に何か教えても無問題という理屈だ。

微妙だが、なにもしないよりはマシだろう。



武闘派の娘さん達とニョルズが稽古をしている間も、クレア、アレクサンドラ、フローラは懸念事項に取り組んでいた。

蒸気機関は目処が立ってきたので、鋳物職人を訪ねて銅線作りを進めている。

銅を溶かして線にするのは可能だ。

問題は銅線をコーティングする絶縁皮膜だった。

「銅線をコイルにした時、剥き出しのままだと通電して流れてしまうから、絶縁被膜は絶対必要なんだよ」

アレクサンドラは言った。

「私達の世界ではワニスを塗ってたはず」

「コーティング用の塗料だっけか」

クレアは木製品などに塗るラッカー塗料なんかを思い出した。

「そう、植物性の油脂とか樹脂なんかを混ぜたヤツだったかな」

アレクサンドラはうろ覚えらしい。

「ヴァイオリンに使用するワニスなら天然素材が多く使われてますよ」

フローラが言った。

「胡桃油や亜麻仁油、コハク、コーパルやロジンの組み合わせで良かったはず」

「あー、ならこの世界にもあるかもね」

クレアはうなずく。

「スカジさんに聞いてみよう」


「ワニスならあるよ」

スカジはそう言って、物置から金属の入れ物を持ってきた。

「でもこれを塗るのは手間だね」

「テレビン油で希釈してからドブ漬けでいけると思いますよ」

フローラは人差し指をピッと立てて言った。

「テレビン…? ああ、精油か」

スカジは一瞬、パッと表情を輝かせるが、

「でもなー、精油ってすげえ高価なんだよなー」

すぐにうなだれる。

「それは雪姫様にねだればいいんじゃない?」

「ねだるって直球だな」

アレクサンドラの言い草にクレアが呆れた。

「あとは磁石ですね」

フローラが言った。

「そうだねぇ」

アレクサンドラはうなずくが、その目は宙を泳いでいる。

「ん? なにか問題でも?」

クレアが聞いた。

「うん、強力な磁石を作るには、強力な電気がいるんだよねぇ」

アレクサンドラはアハハと乾いた笑い。

「あー、某○ャンプ系漫画でもやってたヤツですね」

「こらこら」

フローラとクレアは顔を見合わせる。

二人とも大概ヲタだ。

「お、やっとるな」

そこへスネグーラチカがやってきた。

「精油ください」

「電気ください」

アレクサンドラとクレアは即おねだり。

「なんじゃ、藪から棒に!?」

「藪から棒とか久しぶりに聞いたな」

「そーゆーのはいいから」


「あー、精油ならすぐに取り寄せられる」

スネグーラチカは言った。

「問題は電気とやらじゃな。確か、雷と同じものというておったな」

「ええ、そうですね」

アレクサンドラがうなずく。

「ならばアールヴに頼むか」

スネグーラチカは、ちょっと考えてから言った。

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