第3話


静は早起きしていた。

スネグーラチカにバカにされたのを気にしている。

練習に使う槍、薙刀、木刀がなかったので、製作所に転がっていた長い棒と短い棒を拾ってきていた。

素振りをして、基本の形をやる。

ひたすらこれを繰り返す。

反復に勝る修練はない。


静の家に伝わっている武道は、石火神雷流兵法という。

物心ついた頃から、静と姉は家元の父より技を叩き込まれていた。

棒を振ると空を裂く音が鳴り響く。

「ほう、なかなかの腕前じゃのう」

いつの間に来ていたのか、スネグーラチカが声をかけてくる。

(コイツ、黙ると死ぬ系なのかな?)

静は思ったが、口には出さない。

「両手で操る剣というのは珍しいのう」

「私の国ではこれが普通だ」

静は棒を収めた。

周囲に人が居る時はみだりに振り回さないようにしている。

「だけど、片手で扱えない訳じゃないよ?」

「馬に乗った時は片手で手綱を握ってもう片方の手で剣を振るし、剣が二本あったら両手に一本ずつ持って使うこともあるでしょ?」

「うむ、そうじゃな」

スネグーラチカはうなずく。

「戦場ではなんでもありじゃしな」

スネグーラチカがそう言った時、


ドクン。


静の鼓動が速くなった。

(戦場…)

(父からはよく「ウチの流儀は戦場で使う技術」だと聞かされていた)

(実際、剣道や柔道など現代で普及している武道・格闘技とは異なっている)

(色んな場面で、その実用性について議論されているようだ)

(本当に使えるのだろうか…?)

静は本心では自信が持てない。

実際に使用する機会など今の日本にはないのだ。

「朝食の準備ができとるぞ」

なんとなく静の心情を察したのか、スネグーラチカは話題を変えた。

「分った」

静はスネグーラチカの後を追った。



朝食を食べていると、クレアとマグダレナが起きてきた。

「おはよう」

「モイ!」

「モーニン」

「ジェン・ドブリィ」

挨拶を交わしてから、クレアとマグダレナは席に座った。

(多国籍過ぎじゃね?)

(てか、なんで挨拶とか簡単な単語は外国語なんだよ)

静は疑問に思ったが、この辺はご都合主義なのである。

「眠い…」

「行儀が悪いですわよ」

だらーっとテーブルに肘をつくクレアを、マグダレナがたしなめた。

マグダレナは背筋をピンと伸ばしており姿勢がバカみたいに良い。

朝食は、黒パン、チーズ、燻製ハムをスライスしたもの、オートミール、酸味のある葉物野菜の漬物、目玉焼きというメニューだ。

飲み物は生姜とハチミツと香草を入れた例のヤツ。

ほぼ毎日このメニューが続く。

黒パンは酸っぱい味がするので、静はあまり好きではなかった。

が、もてなしてもらっているという意識から、毎食キチンと食べきっていた。

残したらもったいないという貧乏性のせいでもある。

「黒パンってさー、酸っぱくてキライなのよね」

クレアが言いにくいことをさらっと言う。

「あなたねぇ、もてなして頂いてそれは態度が悪いですわよ?」

「でもさー、スネグーラチカは困ったら遠慮無く言えって言ったでしょ」

(お、頑張れ、クレア!)

静は心の中で応援する。

(私にはそんなワガママ言えないけど、頑張れ!)

「うむ、その通りじゃ」

スネグーラチカはワハハと平たい胸を張る。

「が、パンなぞこの味が普通だし、どう改良したもんかの?」

「パンが酸っぱいのは精製度合いの問題ですわ」

マグダレナは言った。

「精製度合いを高めて皮や胚芽まで削ってゆけば、酸味はなくなります」

「よく知ってるなぁ」

「ねえ」

クレアと静は感心している。

(さすが知識ヲタク)

と内心では思っているのだが。

「精製設備はありますの?」

「精製か…」

スネグーラチカはうーんと唸った。

「我がフロストランドでは、冬に川が凍ってしまって水車が活用できぬからのう。他所のように粉挽き施設がないのじゃ」

「え、水車と精製って関係あるの?」

静はこの辺の知識がまったくない。

「そういえば、昔のヨーロッパでは水車小屋で粉挽きしてたんだっけ」

クレアが思い出したように言った。

「細かいところは省きますが、歯車を利用して石臼を回してたんですよね」

「麦については以前調べた事がある」

スネグーラチカは言った。

「フロストランドではライ麦が用いられる。個々に挽いておるので精製度合いは皆バラバラじゃ」

「ライ麦は小麦が育たない寒い地域でも栽培可能ですからね」

マグダレナはうんうんとうなずく。

「個人的には精製度合いは気にしないのですが、技術を進歩させるという観点から申し上げれば…」

「ええい、回りくどいのう。要点だけまとめてくれ」

「ぐっ…、分りましたわ」

スネグーラチカに言われて、マグダレナは怯んだようだった。

結構気にしているのかもしれない。

(てか、スネグーラチカ、せっかち過ぎる)

静が思ってると、マグダレナは一呼吸置いて、

「麦の精製技術を向上させるのは、これから私達の技術を積み重ねるのに役立ちます。

 まず、ボイラーを動力にします。これにより粉挽き設備を自動化できます。

 次に、出来た麦粉を自国で消費するのはもちろん、他所へ販売することも視野に入れます。

 それにより流通網の構築を目標にしてゆきます」

「おお、なるほど!」

スネグーラチカは目を輝かせた。

「ボイラーを粉挽きの動力にするのか!」

「はい、最初にボイラーの開発を提案したのはこういう理由があります」

「素晴らしい!」

「精製度合いを変えてゆけば、クレアさんとシズカさんの好みにあったグレードだけでなく、フロストランドの皆さんの嗜好に合ったグレードの両方を精製できます」

「うむ、早速取りかかろうぞ!」

「いえ、その前に」

マグダレナは逸るスネグーラチカを制止した。

「確認したいのですが、フロストランドでは貨幣は使われてますか?」

「う、まあ、使っておるぞ。…階級によるが」

「それと、度量衡の単位を教えてください」

「うむ、単位については私のお爺さまが早くに統一をしておる」

「お爺さま?」

「今は私に代を譲って退かれておるが、先王のマロースじゃ」

「ジェド・マロース!」

マグダレナは驚いている。

「なにそれ?」

「ロシアのサンタクロースに相当する存在ですわ」

「へー」

「リアクションうっす」

クレアが突っ込んだ。

「いや、コントしてる場合じゃないな」

「おぬしらが勝手にやっとるんじゃないかの」

「それは一旦」

「置いといて」

「アホか」

スネグーラチカは呆れた顔をして見せてから、

「えーと、単位じゃったな」

マグダレナとやり取りを始めた。


「長さは3.33cm、重さは500gを基本としてますわね。これなら分りやすいです」

マグダレナはふんふんと機嫌良さそうにうなずく。

「うむ、お爺さまは偉大じゃ」

スネグーラチカは自慢げに言った。

「貨幣は他所から購入した物を使っていますわね」

「我らにも鋳造技術はあるが、見ての通りの田舎じゃ。売り買いなどは貨幣を自前で作るほどの規模じゃないのでな。物々交換で十分なのじゃ」

「物々交換ではレートが変動しやすく曖昧になりがちです。まずは金本位制からですね」

「あー、授業で習うやつ」

クレアが茶々を入れたが、

「物の重さは不変ですから、重さを基準にして価値を決めてゆきます。価値を決めるには金を使います。例えば、金500gにつきコイン何枚とか、そういった感じですね」

マグダレナは無視して話を進める。

「なるほど、金の価値は慣習的に決まっておるからのう、それに換算して銭を払う訳か」

「どゆこと?」

静は理解が追いつかない。

「えーとね、これまで売り買いしてきて皆の頭の中には金塊1個でどれだけ物を買えるかなんて感覚がある訳よ」

クレアが説明してくれる。

「金塊1個がコイン100枚で買えるとする。

 金塊1個で買えるのは麦粉100kgだとする。

 この場合、コイン100枚で買える麦粉はどれくらいになるか? ってこと」

「えーと、コイン100枚で麦粉100kg?」

「分ってるじゃない」

クレアは笑顔で静の背中をバシバシ叩いた。

「いたた」

「我らも慣習的には似たようなレートを使ってはおるが、それを更に統一するのじゃな」

スネグーラチカはうんうんとうなずいていたが、ふと疑問が浮かんだようである。

「じゃが、このルールは我らの間では通用するが、他所には通用せぬのではないか?」

「そ、そうかもしれませんね」

マグダレナはちょっと動揺した。

「それなら、金貨を作れば良いじゃない。

 例えば、金貨1枚が100g、金塊1個は1kgだとしたら、金貨10枚で金塊1個が買えるってな風にね」

クレアが助け船を出した。

既にあるアイディアを上手く現実へ適応されるのに長けているようである。

「なるほど、それなら他所との交易で戸惑わぬな」

「交易では統一されたレートがあるわけじゃないと思うから、それぞれの国のレート感覚や慣習に合わせないといけないけどね」

「それはいつものことじゃ」

スネグーラチカは、この案を気に入ったようだった。

「それから、金だけじゃなくて銀や銅なんかの他の貴金属でも同じようにレートを決めれるはずだよね」

「うむ、早速担当官に直近のレートを調べさせる」

スネグーラチカは、すぐに館にいた武官に何か指示を出した。



「貨幣価値の統一には、信用が高まるというメリットがあります」

「ああ、確かにな」

スネグーラチカはうなずいた。

「貨幣の価値が常に変動するようでは、怖くて交易できぬからのう」

「デメリットは?」

「金の備蓄がなければいけないという事でしょうね」

「ただでさえ希少な物じゃからのう」

「ですので、金>銀>銅というようにレートを決めて行くと良いかと思います」

「金の備蓄はそこそこにしておいて、銀や銅の備蓄を多めにしてゆくということかの」

「そうです」

マグダレナは説明を続けてゆく。

「現在もそうだと思いますが、日常的には銀貨や銅貨を使用して、必要なら金を使ってゆくと」

「ま、それだと金の備蓄量に影響されるけどね」

クレアが補足した。

(金の備蓄量がそのまま信用度になるってことかな?)

静は思った。

「それはまた後で考えよう」

スネグーラチカは言った。

「他所との信用を高めるのを優先したい」

「ところで、今、交易してる物ってどんなのがあるの?」

静は気になったので聞いてみた。

「他所から買うておる物は、小麦、大麦、乳製品、食肉、塩、タバコ、酒、鉄鉱石、石炭、石材、木材などなどじゃな」

「生活必需品のほとんどかい」

クレアが言った。

「フロストランドはその名の通り、雪に覆われた大地が土地の大部分を占めておる」

「難儀な土地だねぇ」

「逆に、こちらから売っておる物は、泥炭、木材、ライ麦、酒、毛皮製品などじゃな」

「圧倒的に少ない資源」

「余計なお世話じゃ」

スネグーラチカはふて腐れた。



「国を発展させるために計画を立てるべきでしょうね」

毎日会議が続いてゆくにつれ、マグダレナの考えはそこへ至った。

「なるほど」

「ですが、私はそういった専門家ではないので、ある程度までしかお手伝いできません」

「うーむ」

というやり取りがあって、


「ジャーン」

スネグーラチカは、また誰かをつれて帰ってきた。

「今度は三人かい」

クレアは眉間を人差し指で押さえる。


「パトラ・クレオです。エジプト人。政治経済を専攻してます。てか、ここ、寒過ぎる…」

一人目は浅黒い肌、黒髪の少女。

ブラウスにスカートという軽装で、見るからに暖かい地域の出身のようだ。


「アレクサンドラ・アドロヴァ・パヴリチェンコです。ロシア人。鉄道と宇宙と狙撃が趣味です。これ、まさか、異世界召喚系?」

二人目は金髪、灰色がかった緑の瞳の少女。

同じくブラウスにスカートという軽装だが、まったく寒そうには見えない。


「フローラ・ニコルソンです。イギリス人。看護師を目指してます。よろしく」

三人目は金髪に青い目の少女。

物腰が優雅で、身なりが良い。


「ふーん、なんか面白いことになってるのねぇ」

パトラが言った。

皮肉だ。

「法務、外務、財務、文部科学、農林水産、厚生労働、経済産業、国土交通、国防。役所を設置する必要があるね」

「それから法律を制定しないと」

「病院も欲しいですね」

アレクサンドラ、フローラも口々にしゃべり出す。

「マグダレナ、一つずつ議題を搾ろうぞ」

スネグーラチカは頭を抱えている。

「では、憲法と法律から行きましょう」

マグダレナは言った。

いわば議長役だ。

「現在、フロストランドに法律は存在しますか?」

「だいたい慣習に従っていて、明文化されてはおらぬな」

「ああ、10両盗んだら死罪とか、ケンカ両成敗とかいうやつ?」

静は授業で習ったものを思い出した。

「おお、そうじゃ。我らはまどろっこしいのは好まぬゆえ、そういう分りやすいのが多いの」

「あー、てことは10条程度の簡潔なタイプがいいね」

パトラは言った。

「先に10条の憲法、細かな法律は後で制定してゆく、と。主に慣習を明文化する」


「それから、かねてからの要望ですね」

「かねてからの要望?」

アレクサンドラが聞いた。

「上下水道の設置です」

マグダレナは説明した。

「とりあえず、現在までに浴室、トイレ、ボイラー、粉挽き設備、貨幣制度の施行などを行いました」

「まだローカルなものだけどね」

クレアが補足する。

「え、もしかして前はなかったの?」

「ひえー」

「後から召喚されて良かった…」

パトラ、アレクサンドラ、フローラはほっと胸をなで下ろしている。

「私の要望だよ、感謝したまえ」

静はワハハと胸を張る。

「はいはい」

クレアがさっと流した。

「水道を設置するには、ポンプを開発する必要がありますね」

マグダレナは話を進める。

「あー、自動で水を送り出す装置がいるわけね」

アレクサンドラがうなずいた。

「じゃあ発電所を作らないとね。ボイラーがあるから、火力発電かなぁ」

「なんじゃ、それは?」

スネグーラチカがまた目を輝かせる。

「簡単に言うと雷で機械を動かすって感じかな」

アレクサンドラはふわっとした説明をする。

「雷じゃと!?」

スネグーラチカは驚いた。

「それは魔法かえ?」

「魔法?」

「あ、魔法あるんだ」

「今まであんまり意識してなかったけど、存在するのね」

静、クレア、マグダレナは感心している。

「それでは、憲法と法律の制定、ポンプ、発電所の開発を当面の目標にするということで」

マグダレナは言って、ペンで議事録を記入している。

スネグーラチカに頼んで、羽ペンとインク、紙を用意してもらっていた。

「教育とか医療はどんな感じなのですか?」

フローラが発言する。

「はあ…」

スネグーラチカはため息。

「皆も知ってるとは思うが、我らはそっち方面は苦手じゃ」

「あー」

静は思わず納得する。

「シズカと同じで、脳筋だもんね」

「シズカさんも同類ですねぇ」

クレアとマグダレナは同時に静を見る。

「ちょっ、なにをおっしゃるウサギさん!?」

「チッチッチッ」

「証拠は揃っていてよ、タートルズ」

「なんだそれは?」

パトラは呆れている。

「それはともかく、教育はほとんどないに等しいですね」

マグダレナは言った。

「医療についても、医師があまりいなくて民間療法が幅をきかせているというのがありますね」

「もしくは治癒魔法に頼り切りか」

クレアが言う。

「学校を建てるべきでしょう、あと診療所的な物を」

フローラが提案した。

「まずは小学校から」

「医務室は小学校へ併設したらいいんじゃない?」

「あら、そうですね」

クレアが提案すると、フローラはうなずいた。

「基礎から始めて浸透してきたら、中高等学校や総合病院を作ればいいと思いますわ」

マグダレナが笑顔で締めた。

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