1枚目-シミと私

1枚目 シミと私


1枚目 シミと私


早朝に次期生徒会の会議。

緊張と不安で眠れない毎日。

『ちょっと顔むくんでるかな…』

疲れが顔にでてしまうのは、極力避けたい。

私以上に頑張っている佐山君の前では、明るく振舞いたい。

そっと隣に立つ。

「大丈夫?今回は、ちょっと大変だったよねぇ」

「大丈夫だよ。あと一息だから」

顔や行動にはださないけど。私には、意識して笑ってくれる優しい人。

あまいあまい砂糖がひろがるように、心から柔らかくなる。


「おそろい。…あっまい」

「コーヒー。苦手じゃなかったっけ?無理してない?」

「ん?なんとなくコーヒーがよかったんだよ」

彼と私のつり合は大事だ。

でも、佐山君はよくコーヒーを飲む。

今までは、コーヒーも、渋いお茶も避けてきた。

ブラックじゃなければ飲めるようになってきたときは距離が縮まっていると感じた。

「そっか」 

「私、ちゃんとやれてるかな?」

「大丈夫だと思うけど」

「でも、まだちゃんとできてないよね…。結局は、佐山君に補足説明させちゃうじゃん?」

「俺は、そういう仕事だから」

仕事だから。

遠い言い方に苦しくなる。

もっと頼りにいされたいし、ちゃんとしてるって言われたい。

(本当に彼女になってるのかな。違うのかも…。友達以上って感じなのかな…)

生徒会長にならないかと迷ってた時。「俺、役員やるよ」って言葉は、嬉しかった。

「なんだか、思った以上にきつい役回りだなぁー」

「でも、香織だからってみんなが言ってきたんだろ?」

(やっぱり、生徒会と関係性がごっちゃになってる)

「信用されてるんだなーってうれしいからね」

「がんばるしかないよ」

「がんばるしかないよ」

「―…あ、うーん。噂がなければもっとね…いいんだろうけど」


私に絡まってる噂。

この学校にはクラスというシステムがないから、クラスメイトはいない。

でも、私を名指しする噂がある。

生徒会長になる今はまだ、友達になっている人以外、会話もないし、性格だってしらないのに。

黒くて濃くて、底が見えないコーヒーのに映る顔は引きつっている。

噂をしている人は、どんな顔してるのだろう?

「気にしなくていいよ」

いつもの言葉へ落ち着こうとする。

自分を落ち着かせるために。でも、それは逆で、かき乱していくだけ。

「私、がんばるよ!えへへ…会議はおわったし。ちょっとゆっくりできるよね!!あっ…!!ごめんなさい…!」

「-…大丈夫」


やっちゃった。

あれ…ヘリオスの純白の制服に拡がる、私がつけたシミ。

菊姉の視線に、だれかが言い始めたあの言葉が響く。

『本当に、菊姉と同じ年?』

だめ。落ちこぼれじゃだめ。

せめて、年相応くらいちゃんとしないと。また比べられて笑われる。

純白は、ヘリオスのプライドなんだって聞いたことがある。

だから、消さないと…。

元通りよりもきれいにしないと。

不注意で、こんなにしてしまった汚れは、落ちなくなる。

落ちなくなったら、取返しつかない。


手首を取られ、落ち着くように促されて気付く。

汚れはさっきより、深く広く滲んでいて。菊姉を叩くような力がはいっていたこと。

あぁ…なんか八つ当たりみたいだ。

自分でも驚くくらいに呼吸が乱れてる。

「いいって。下手にやるとしみが拡がる。この後、練習前にでもやるよ」

「クリーニングにださなきゃいけないんだったら、その額は私払うからね!」

「本当、大丈夫だから」

「…今日、召集かかったんだね」

「うん」

「そっか。両方あったのか」


佐山くんの手に、ハンカチ。

そんな優しさも、私が一緒にいたら、責められてるようで、やりきれない。

考えがぐるぐるする。止まらない。


―駒野香織は、嘘つきで、腹黒く狂っている。人の不幸が大好きな性悪女。

かわいそうなのは佐山君。

優しさから巻き込まれて、洗脳されてるっぽい顔をしている。だから周りの声がきこえていない

あの2人に近づくのは 仲良くするのはやめた方がいい 巻き込まれないように気を付けて―


佐山君が噂に巻き込まれていることが、証拠。

でも、佐山君が一緒ならいいかも、と思ってしまっている。

1人ではとても耐えられない。

誰か道連れにしたら、少し軽くなる。

噂とは違うけど、私は腹黒い。

さっきだって。本当は八つ当たりしたい。

菊姉がしっかりしなければ、私だって頑張らなくていいんじゃないのかって思う。

これは、最低なことだって分かっている。

気にしなくていいよっていってくれることに甘えていたらだめだ。

佐山君は、あの時の私に優しい言葉をかけてくれた人。

コーヒーが飲めるようになったように。私から変えられることをしなきゃだめなんだ。

コーヒーは、私の頭にもかかってしまったようだ。

「んーーーー!!やっぱり気になる!ヘリオスのところいっていい!?」

「「え?」」

しっかり、ゆっくり説明しよう。菊姉をマネて。

「元々、新会長としていくつもりではあったの。でも、承認がなかなか通らなくて。でも部長がここにいるんだし。このシミのこともあるし…!」

マネはうまくいかなかったけど、説明はいつもよりできた気がする。

「承認が通らない?私はそんな話はきいたことがないけど」

(え?)

「そうなの?3週間くらい前からしてるよね?」

「うん。次期生徒会の名義でしてるはずだけど」

「???…ちゃんと正規ルートであるところを通せば、問題はないと思うけど…。なんでだろう…。先生もいいというはずだろうし…」

佐山君はその証拠をみせようとしているし、私だけが確認したわけじゃないことはわかる。

でも届いてすらないっておかしくない?

「珍しい形の持ってるんですね。おはようございます」

「先生。おはようございます」

「飲み物を買いたいので、ずれてもらっていい?」

「あ、どうぞ…」

よく見る先生たちは、みんなには受けがいい。

…私はあまり好きになれない。


佐山君と小峰先生の難しい話に、隣にいるのについていけない。

こう思ってることもなんとなく察してくる顔を向けられる。

「はい。サジット側にいる現生徒会長の恒元さんも、施設には来たことありますよ」

「梓ちゃんが?」

「先に言っておくと、サジット側とヘリオス側にわかれての言い合いにはなりませんでしたよ」


梓ちゃんは、最近、やたらと怒る。

あんなふうに怒る人じゃなかった。

笑って楽しそうにして、生徒会も盛り上げていた。生徒会が崩壊してからは、学校にも来なくなった。

小峰先生は、あの時、生徒会の相談役でしたよね。

なんで、止めに入らなかったんですか…?


「…あの。さっき菊姉の制服にコーヒーをかけてしまって…!!染みをつくってしまって。できれば謝罪もかねて…!!!」

―ガン ゴロン

「なにか、ありました?」

「別に…?怒らせたわけじゃないですけど。いつもあんな感じですよね。彼女」

「いつも…? いつもかどうかは、わからないですが。最近は忙しいのだと思いますよ。今朝の召集で何かあったのかもしれないですね」

菊姉は、いつもあんな感じじゃない…。

「わ。私がコーヒーをかけてしまったからかもしれません!!!」

「この場合は、関係なさそうだけどね…」

佐山君は深見先生となんかあったみたいという顔。

深見先生。ご自分の、噂知ってますか?

「えっと。話が途中でしたね。謝りたいということですか?」

「謝りたいというか…!!」

私は、ちゃんとしたいから…・

コーヒーは床にも広がって、お気に入りの靴を汚していく。

(新しくて気に入ってたのに)

「先に言質をとってしまった形になってしまってすみません。実は、3週間前からヘリオスの施設への見学申請はだしているんです。その話をしていて―」

「…。俺のところには、きてませんね。他の先生方が、回したという連絡もないですね」

「おかしいな…」

履歴はある。

どこかで消えたなんてないから、削除された?

申請を止めるっていう、嫌がらせ…?セキュリティ対策はされているのに?

でもそんなことができるなら…。アクセスしてる人で…それは限られてくるはずで…。

「深見先生は、サジット派ですか!?」

「…え?…あぁ。はい」

「サジットにも、専門職みたいな部門があるんですか?」

「いや、単純に個人で、試験を受け、資格をとっただけです。ミデンのような制度はサジットにはないですから」

「菊姉に、何の話があったんですか?」

「駒野さんには、関係のない話なので」

さっきのことも、私への言い回しも、どっか変だ。

「うーん。どこにも申請が間違っていってるわけではないですね」

「じゃあ、直接申請をし直します!!どうすればいいですか?」

「あぁ…えっと―。じゃあ、このまま手続きしましょう。まだ時間ありますし。俺がやったほうが早いでしょう」

「私もいいですか?」

「え?深見先生もですか?」

「そこまで、驚かなくても」

「驚きますよ。興味ないですよね?」

「そういう風にみえているんですね。見学に行こうとすると、いつも彼女の機嫌の悪さにぶち当たるだけですね」

「ぶち当たる…」

(なにその言い方…)

「菊原さんって、さっきみたいな感じが多いじゃないですか。この機会に、彼女の担任として、行動を知っておきたいと思っているので」

「…さっき?うーん?…あぁ。いや。大丈夫だと思います。一緒に手続きしてしまいましょう。すこし連絡をしてきます」

電子的なものでうまくいかないのなら、直接連絡をしたほうが確実ということなのかな。

とはいえ、深見先生は行かない方がいいんじゃなんて、担任という言葉をきくといえない。

私も同じように、次期生徒会長という立場をつかっている。

ただ、ひとついえること。

「菊姉さんがいつも不機嫌っていってましたけど。私の前では違いますよ」

「―…そうですか」

「いつも大人です」

「…」

先生は黙って、私と目を合わせてくれなくなってしまった。

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