ある夜

藤間伊織

第1話

仕事で遅くなって外は大分暗くなってしまった。


「ただいま!」


玄関から声をかけると奥のドアが開いて、彼が出てきた。


「うわ、廊下寒い!おかえり、早く入ってあったまって!」

そう言って彼は私の頬を両手で挟んだ。暖かい。

「ありがと、すぐ行くから先戻ってて大丈夫だよ。あ、これ冷蔵庫に入れておいてくれないかな?」

「わかった、じゃあ何か暖かい飲み物でも用意しておくね」


私は手を洗ってうがいをして部屋着に着替える。その間にもキッチンの方からいい匂いがしていた。彼がリビングに色々運んでいる音がした。


「おまたせ~。いい匂い……クッキー?」

「うん。最近寒いから作ってみたんだ。ジンジャークッキーなんだけど……お口に合うかな?」

「おいしそう!」

「じゃあ食べよ!ご飯前だしそんなには食べられないけど……食べたそうだし?」

「あ!私のこと食いしん坊だと思ったでしょ!違うよ、クッキーがおいしそうなだけ!」

「うんうん。お仕事お疲れ様。紅茶淹れたからどうぞ」

「あ、ありがとう……。お疲れ様」

「ん?俺は今日休みだったし、趣味のお菓子作りもできたし全然疲れてないよ!」

「もー、いちいち真面目に返さなくていいから!いいの、お互い労わなくちゃ!」

「ごめんごめん、ありがとう」


大体いつものやり取りなので、お互い顔を見合わせて笑い出す。本当に、何度もやってるのによく飽きないなと我ながら感心する。


一枚とって口に入れる。うん、スパイシーでおいしい。焼き加減もちょうどいい。


「おいしい」

「そっか!よかった~」

そういいながら彼も一枚手に取る。

「あ、そういえばあれ何?冷蔵庫に入れておいたけど……」

「ああ、あれ帰ってくる途中のケーキ屋さんで期間限定モンブランののぼりが見えて……。買ってきちゃった」

「え!モンブラン?もしかして……」

「うん、好きでしょ?」

「大好きだよ~!」

満面の笑みでぎゅっと抱き着いてくる彼に思わず苦笑いする。まったく子供っぽいんだよなぁ……。


「危ない」 「え?」


急に抱き寄せられて驚いたが、顔を上げると彼が片手で紅茶のカップを押さえていた。どうやら私が手で引っかけそうになっていたらしい。


「ごめん!火傷してない?」

「大丈夫大丈夫、それより床にこぼれてない?……大丈夫そうだね!よかった!」

「あ!」

「え、やっぱりこぼれてた?どうしよう、二人で選んだカーペット……。え、まさか火傷してた⁈大丈夫だと思ってたんだけど気づかなくてごめん!」

わたわた一人で勝手に慌てている彼にもはや心配を通り越してあきれてしまう。まず

自分のこと心配して!


「火傷してるのはあなたです!手にかかっちゃってるよ!ちょっとだから冷やせば大丈夫、キッチン行こ!」


しばらく冷やしていると赤みもひいたのでリビングに戻る。


「ごめんね……」

「なんで謝ってるの……。私が周りを見てなかったからだよ、ごめん……ううん、ありがとう」

「!……うん、他に被害なくてよかった」

「もう少しくらい自分の身も守ってあげてね……」

「?えと、わかった……?」


本当にわかっているんだろうか……。もういつもの調子に戻ってはしゃぎ始めている。


「あー、デザート楽しみ!モンブラン!……そんなに食べて大丈夫?」

「おいしいよ?クッキー。大丈夫、ごはんは残さないし、デザートは別腹だよ!」

にこ、と自慢げに笑って見せると彼は黙り込んでしまった。


「食い意地張ってるわけじゃないよ!ごはんがおいしいからぺろっと食べられちゃうだけ!」

言い訳じみたことを言ってみるも鈍い反応しか返ってこない。


「なんか顔赤いよ?まさかさっきの火傷のせい⁈」

他に怪我でもしてしまったのだろうか。


「……いや、大丈夫。今日の晩御飯当番俺だったよね、準備してくる……」

ぽん、と私の頭に手をおいて立ち去ろうとする彼を慌てて追いかける。


「待って、心配だから私も手伝う!」

「ん、だいじょう……いや、ありがとう」


嬉しそうに笑う彼はいつもの調子に戻っていて安心した。二人でエプロンをつけてキッチンに立つ。すっかり体もあったまったし、さくっと美味しいごはん作りましょう!彼の楽しみにしてるデザートも待ってるからね。


彼とふと目が合って、くすりと笑いあう。そんなある夜。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ある夜 藤間伊織 @idks

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ