第10話 僕の意思は変わりません
最早それは人柱である。
暴徒と化した人物たちを
具体はどうであれ、手段のひとつには生贄が最適である。
そんな哀れな少年、ディール・アンパシーが先日の件で首謀者の婚約者の怒りを買い、是正という名の私刑を執行された––––とは知らず、エカテリーナが次の招待状を手に取ったのは私刑が開始される数分前だった。
「まぁ………まあまあ! どなたからの招待状ですの?」
その日の放課後、エカテリーナが机のなかにあった招待状を手に取り喜悦する。周囲の目も気にせず大声で喜んだ。
「アドニス・デカルト様………知らないお名前ですわね」
「ッ!?」
「あら? あなた、なにかご存知でして?」
「い、いいえ。なにも存じません。お気になさらず」
招待状の送り主を口にした途端、隣でほくそ笑む同級生の表情が凍り付く。
実はこのなかでエカテリーナだけが知らなかったのだ。アドニスという二年生の実態を。
貴族の子息。つまり権力者の息子。噂はすでに出回っていた。
裏では犯罪者を買い取り、屋敷の地下で私刑に処すことを趣味とする嗜虐生のある男であると。
剣術の大会が催されれば常に上位に君臨する。ちなみにそこに
去年は決闘の申請によってアドニスは四年生を半殺しにした武勇も知れ渡るほど。
この学園でも二年生にして上位に座す存在であるがゆえ、噂も相まって上級生でさえ手を出せないのだ。
しかしエカテリーナはつい最近越してきたばかりの田舎者。デカルト家が輩出した優秀な後継など知る由もない。
「楽しみですわぁ。今度はお茶会のお誘いかしら」
例によって他人からの悪意など微塵も見抜けぬエカテリーナは、ルンルンと胸を弾ませて教室を後にする。
ついに終わりの時が来た。ロゼッタの噂が生徒間で
この時だけはアドニスに感謝する反面、余計な火の粉を被らぬようにと一年生の若芽たちは二次被害を恐れるあまり神に祈った。
ーーーーーーー
「ディール・アンパシー。きみの強靭なメンタルには恐れ入る。しかしだね、私はそろそろ自分に素直になることを勧めよう。なに。微弱でもいい。首を縦に振れば万事解決さ」
「ごふっ………い、いいえ。僕は………なにも知りませんから」
「強情だね。平民にしておくのは勿体ない
納刀した宝剣をヒュンヒュンと玩ぶアドニスは、地に四肢を突く下級生を褒め称える。しかしそれにしては湛える視線は喜悦で溢れていた。
アドニスは罪人を買い取り、意のままに
猟奇的な嗜好ではあるが、罪人といえば秘密を抱えるケースが多く、それをダメージで暴くこともできる。つまりアドニスの趣味は拷問官の役割も兼任しており、最終的に殺してしまったとしても許されてきた。
貴族の子息が拷問官というのは聞こえが悪い。よって非公式な復職のようなものだ。
趣味と仕事が両立する。アドニスは自分の趣味に誇りを覚えるようになった。
去年半殺しにした上級生は、それを咎めた偽善者だ。
とはいえ、最近ではその趣味もまんねり化してきた。刺激が足りないのだ。
罪人は拷問官がアドニスと知った途端に罪を吐く。なにも言わずとも秘密を吐露する。
最終的には目もくれられぬほど原型を無くした状態で死ぬのだが、あまりにも許しを乞う者が多く、抵抗も極端に同一なものとなった。正直に言うとつまらなかった。
しかし––––この少年はどうだろう。
アドニス・デカルトの名を聞いてもなにも秘密を吐露しようとしない。どれだけ痛めつけても反抗的。一貫性のある精神力を持つ
これこそアドニスが求めた絶好の調教相手だった。
殴っても蹴っても音を上げない。どれだけ痛めつけても壊れない。屈強な精神はそのまま。つまるところ頑丈なオモチャだ。
アドニスは、他の誰かに忠誠を誓っているような無骨でいて筋のある人間が好きだった。その精神力ごと破壊した時の顔を見る瞬間がゾクゾクしてたまらない。
「では質問を変えよう。きみはもしかして、あのエカテリーナ・アシュベンダーに忠誠を誓っているとでもいうのかい?」
「いいえ………僕は平民です。貴族様の御令嬢に、騎士のような忠誠を誓うことは不敬であると心得ています」
「それは関係ないさ。個人の思惑は自由だろう? 貴族の出であっても、平民の出であってもイメージすることだけは平等に許されている。公的でなくとも慕うこともね。さぁ答えたまえ。きみは彼女を慕っているのか」
「それは………」
肯定せよ。とアドニスは強く願った。その瞬間、彼が持つ宝剣が新たな犠牲者の血を吸うこととなる。
しかしディールは数秒黙したあと、
「僕はその質問に答えることはできません。申し訳ありません」
ハイパー教官から忠告を受けたばかりだとしても、ディールはせめてアドニスの思惑を阻むために。エカテリーナの身代わりになることを選んだ。
「………そうか。そうか」
アドニスの
「右手を出したまえ。小指から順番に落としてあげよう。そうすれば気が変わるさ」
ディールをある程度痛めつけた取り巻きたちが右手を地面に押さえつける。アドニスは宝剣を抜剣。美しい鋼の頭身が陽光を受けて輝いた。
「なに。隻腕の技師も………世の中には数人はいるのではないかな。しかしせめて小指だけで気を改めることだ。きみも痛みは最小限に抑えたいだろう?」
「………僕の意思は変わりません」
「そう」
苛立ちは狂喜に塗り替わる。
ここまでされて意志を捻じ曲げないとは大したものだ。なにも言わずとも忠誠しているようなもの。条件は満たされていた。
「では、せめて良い声で鳴きたまえ」
「あら。それが帝都のお茶会の作法なのですか? なんだか変わっておりますのね」
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