第9話 僕はディール・アンパシー
僕はディール・アンパシー。
特例生として帝都の頂点たる学園に入学し、毎日お貴族様たちが優雅に過ごす空間のなかで、せっせと学費免除のためにピアノのメンテナンスに励む学生さっ。
と、まぁ変わり映えのしない毎日のなかで、つい昨日に僕の認識が一新されるイベントが発生した。
僕は友達がいない。
お貴族様方に話しかけると下手をすれば不敬罪で処刑されても文句は言えないと父に習った。
では周りにいる他の特例生はどうかと思ったのだけど、残念ながらみんな気難しい性格をしているみたいで、とてもではないけど社交的とはいえない。
隣の席にいる剣術大会で優勝したという男子なんて、目付きが剣呑すぎるから話しかけたらなにをされるかわからないくらい怖いし。
でもそんな僕にも、友達………といえるかわからないけど、それに近い子ができた。
彼女の名はエカテリーナ・アシュベンダー。遠くの街から来たというお貴族様の御令嬢。
昨日は一部始終しか見ていなかったのだけど、先輩に暴挙を働いたというおてんばさん。
なにをすれば400キログラム以上のグランドピアノが砲丸のように宙を舞い、遠く離れた壁に着弾するのかは知らないけど、それをやってのけるすごい女の子。
暴力を振るった––––とは思えないのだけど二年生の先輩の心を折った事実は否定できない。これまで出会ったことがない子だ。
けど僕は、そんな非日常的な光景に目を奪われ、そして彼女の笑顔に心も奪われつつあった。
「い、いけない。相手はお貴族様。僕なんかが話しかけちゃいけないひとなんだ」
あの夢だか悪夢だかわからないイベントの翌日の放課後。朝から調子を調べていた四年生の教室のピアノの最終メンテを行うため、僕は足早に廊下を歩く。
お貴族様の御令嬢に心を奪われるなんて、平民の出自ではあってのならないこと。許されない恋というやつだ。
この
心に志と平和を。世界の頂点たる楽器、神への調べを奏でるピアノの調律やメンテナンスをする技師たちに煩悩など許されない。すべてをピアノに捧げる決意を持たなければ。
「さて。今日も頑張ろ––––」
「ディール・アンパシー。こちらに来たまえ」
「––––あっ」
僕が愛するピアノへの志と、僕の心に宿した平和は一瞬で
僕に声をかけたのは二年生の先輩で、そしてお貴族様だからだ。
「は、はいっ。ディール・アンパシー、参ります!」
父から教わったことはお貴族様に話しかけてはいけないこととは別に、話しかけられたら三秒以内に応答し、馳せ参上すること。業務上のスマイルも忘れずに。
「お呼びでしょうか。先輩」
僕は平民だから。お貴族様と同じ目線で話してはいけない。昨日のはイレギュラーだから例外として。
だから先輩の目前でスライディングするように片膝を突いた。地面だったら膝に擦り傷をこさえているだろう。
「きみには聞きたいことがある。答えたまえ」
「………はっ」
まるで国王に
僕は心の内で誰にも知られぬ優越感に浸っていた。騎士職は幼少期からの憧れだったからだ。だからこんなやり取りに淡い憧憬を抱いていた。
けど、
「昨日の大ホールの傷害事件についてだ。きみは目撃者だったね。いや、しかし………見方によっては加害者に加担する側でもあるか」
「え………そ、そんな。滅相もない!」
空想上の国王に重ねた先輩のお貴族様の御子息は、冷酷な処刑人と化した。
「私はアイニス・デカルト。………ロゼッタは知っているだろう? 彼女の婚約者である。きみには先日の我が婚約者への無礼を働いた一年生に加担し、犯罪を見逃すよう仕向けた疑いがかけられている。来たまえ。この私が直々に聴取しよう」
アイニス先輩は右手を軽く持ち上げると、廊下の突き当たりからゾロゾロと見覚えのある先輩たちが登場する。
全員、昨日大ホールでエカテリーナさんを嘲笑し、蹴落とそうとした先輩たちだ。その殿には今朝から噂が出回っている
次の瞬間、僕の背後からも現れた先輩に棒状のなにかで頭を殴られる。
失神はしなかったが激痛で倒れ、体を動かすどころか呼吸困難に陥った。
「さぁ。移動しよう。ここは人目があるかもしれない。誰もいない場所で取り調べを行おうではないか」
薄ら笑うアイニス先輩は、満悦そうに笑うロゼッタ先輩の肩を抱き、取り巻きたちに命じて僕を拘束。連行した。
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