第7話 あの首魁かぁぁあああああああ!!

 その日の放課後、担任となる教官から生徒指導を担当するあの青年が指定した場所を告げられ、その日はピアノメンテナンスが免除されたので足早に向かうディール。


 エカテリーナも同様に同じ場所と時間を告げられた。


 途端にクラスメイトたちは愉快そうな視線を投げ掛ける。


 生徒指導はつまるところ「ついに教官たちの裁判が始まるのだ」という意味だ。


 実際のところ、間違ってはいない。学園での不祥事は親にも知られる。家柄が良いと事件を揉み消すのも一苦労だろうし、評判のガタ落ちにも繋がるから。


 それも後継の長子なら断然騒ぎになれば問題だ。


 いったい貴族たちは証拠隠滅や口封じのため、このアルスタール学園にいくら払ったのだろうと考えるだけで怖くなる。


 ロゼッタの件は早速金持ちの親たちが動いて、寄付金という名目の口封じを行ったか。阿漕なことだ。


 ゆえにエカテリーナの鬼畜めいた暴走は噂にもなってない。元々ひとの気配が少ない場所で発生した不祥事だし、ディールだってすべてを知っているわけではない。


 さて、ディールが移動したのは広大な棟のひとつだ。目的地は生徒指導室、あるいは折檻部屋。あるいは馬鹿な子供たちを嘆きながら回収しに来た親たちの面会室。


 いくつもの棟を隔てた先にそれはある。普段は誰も寄り付かないそこに。


「………あー、緊張する。事情聴取って初めてだよぉ」


 情けないことにディールは戦意喪失していた。なにを言われても白旗を挙げながら「はい。申し訳ありません」と呪文のごとく唱えるしか平穏な翌日を送る術は無い。


 やがて生徒指導室の前に到着すると、ノックしようと手を伸ばすが途中で止まる。


 原因は生徒指導室にいた支配者の、哀れな慟哭によって。



「おぉぉまぁぁえよぉぉぉおおおお! なにやってんのぉぉぉぉおおっ!?」



 想像を絶する断末魔。至近距離で聞いてしまったディールは肩を大きく振るわせる。


 次いで、


「ここは禁煙ですわよ」


 エカテリーナの声。おかしい。彼女よりも先に教室を出たはずなのに先着していたなんて。


 ともかく、呼ばれているなら入るしかない。なにを言われても頭を下げ続けるのだ。と意を決してドアをノックする。


「あー………ディール・アンパシーか。入れぇ………」


 気怠そうな許可を得る。


 どんなカオスが広がっているのかと怖くなったが入室。


 案の定、混沌がそこにあった。


「あら、ディール様。ご機嫌様」


「お、お疲れ様です。エカテリーナ様。あ、あの………これはいったい」


「お気になさらず。このハナタレに焼きを入れてましたの」


「ヤキ!?」


 ソファに腰掛けるエカテリーナは優雅に応えを返した。


 対する生徒指導の教官は憮然とし、咥える煙草から魂を吐くように紫煙を天井まで燻らせる。


「お前さぁ………本当、そういうところだぞ!?」


「どういうところでしょう?」


「すべてがまかり通ると勘違いしてるとこだよ!」


 バンとふたりを隔てる背の低いデスクを叩く教官。ディールはまたビクッと震えるが、エカテリーナは紅茶を嗜みながら教官の罵声を小鳥のさえずりと思っているのか軽く流していた。


「俺がここに赴任するまでどれだけ大変だったか知らないだろ!?」


「ええ。聞いてませんし」


「今のお前の年頃に頭のおかしい連中を大量生産したあの村を出て、放浪しながら日銭を稼ぎ、ひたむきに勉強して………そりゃ壮絶な下積み時代だったよ。殴られもしたし蹴られもした! 唾も浴びた! それでも俺なりに頑張って、努力して………やっとこの学園に赴任したんだ!」


「それはそれは。ご苦労様です」


「なのになんでここなんだ!? なんで自分で頭のネジを外して、全部食っちまうようなぶっ飛んだ鬼畜のなかでも、最高傑作とまで呼ばれた最終決戦兵器みたいなヤベェ奴が来ちまうんだよ!?」


「ママう………お母様の要望でしたので」


「あの首魁しゅかいかぁぁあああああああああ!!」


 生徒指導の教官は気の毒になるほど取り乱した。ロゼッタを連行するよう部下たちに命令したクールな面影はどこにもない。


「くそぉ! あの女狐………帝都を戦場にするつもりかよ!? よりにもよって鬼畜英才教育全科目履修しちまうようなヤベェ奴を寄越すとかよぉ!」


「そんな豚みたく喚いていると、また発作を起こしますわよ?」


「は、はぐ………かひゅっ………!」


「ほら。相変わらず雑魚メンタルですこと」


 なにを言っているのかわからないが、とりあえずこのふたりは知り合いというか、旧知の仲であるようで。


 生徒指導の教官が突如として喘ぎ始めると、懐から紙袋を取り出して吸っては吐いてを繰り返し、数分後に治った。

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