第1話 エカテリーナ・アシュベンダー
初春の訪れと同時に、アルスタール学園では戦争のゴングが高らかに鳴り響いた。
しかしそれは決して音源として聴覚が捉えられるものではなく、水面下で拡散する無数の小競り合いを告げるものである。というのが生徒たちの認識である。
帝都の若芽を育む教育機関の頂点。それがアルスタール学園である。
エリート校として知られる敷居の高い施設は、実は入学するための筆記試験はほぼ実施されていない。
試されるのは技能と才能。そして家柄。つまり出身と功績が問われる。
個人の情報と経緯は、教職員たちと理事で吟味される。とはいえ莫大な学費と、寄付金を募れるだけの家か否かを裏では探られている。
とはいえ入学を希望する家柄はほぼ学園側が求める水準を満たせる貴族ばかりで、その貴族たちが挙って集まる帝都ならば学園側も首を横には振れない。
その年も定員を満たせるだけの貴族の子息と息女が集まった。大変満足な結果である。
しかしそれでは見栄えが悪い。阿漕な商売をしていると陰口を叩かれれば評判の低迷にも直結する。
よって学園は救済措置、あるいは信用回復措置、もしくは名声の向上を狙って数年前からとある制度を取り付けた。味を占めて忘れられなくなった蜜の味を隠蔽する手段として。
それが特例生の募集である。
特例生とは優れた家柄ではなくとも、優れた才覚や技能を備えていれば入学を許すという制度で、貧困を極める家柄の子供たちにとっては学費免除のため、狭き門を叩くべく必死に研鑽を積む。
剣術を重んじる大会での優勝。舞踏会での入賞。技術分野での功績。
結果としてアルスタール学園の思惑は、帝都やその周辺の街や村の子供たちの向上性を高めると評判となった。
さて、話を戻すとして、水面下で拡散する戦争だ。
一年生から四年生まで存在するこの学園は、九割が富裕層の子供で占めている。
誰も特例生など目もくれず、貴族出身同士の心理戦へと発展させた。
もちろん貴族にも格差は存在する。よって子供にもダイレクトに反映される。
狙うは同じレベル出身の同級生。
入学初日から戦いの火蓋は落とされる。
誰もが家柄と自分の功績の自慢を語り、内容によって勝敗を決する。
同時に家柄が上の同級生、あるいは先輩たちへの媚び売りも忘れない。
社交による戦争は始まっている。不可視にして
もし仮に、自分の失態で上のクラスの同級生、もしくは先輩の逆鱗に触れたとしよう。
子の失態は親の失態。被害は親にも波及する。
まさに一瞬の駆け引き。過去、それで失敗した家柄はその後は反映することなく廃れたとも言われる。
世間から見れば温室育ちの金持ち坊ちゃん嬢ちゃんと揶揄されようが、各々が家の名を背負っている立派な戦士。性別など関係ない。弱肉強食。一瞬の油断が死に直結する。
厳しい世界なのだ。
そんな厳しい世界に、たったひとりの少女が現れた。
容姿の程は上の上。つまり優れた美貌を兼ね備えている。
少女らしいあどけない面影を残しつつ、しかし発したソプラノの声は凛としていた。思わず誰もが聞き入ってしまう怜悧な声音で述べる。
「ご機嫌様。わたくしはエカテリーナ・アシュベンダーと申します。以後お見知り置きを。わたくしはこの学園生活を心待ちにしておりました。なぜなら、多くの奏者を輩出しているのですから。わたくしは奏者となることを志しておりますの」
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