第5話 モテる為の特訓
こうして、剛承さんのアニメオタクの為のモテトレーニングが始まった。彼が僕に課したメニューの一つはジムに行って筋トレをすることであった。アニメオタクの僕にとってまさに未知の世界であり、地獄の日々が始まった。
ベンチプレスという筋トレでは王道のメニューを始めた。台の上で横になって鬼のように重いバーベルを持ち上げるアレである。
「剛承さん、もう無理です。これ以上やると死にます」
「もっといける!死にそうなヤツは自分で死にそうとは言わない。自分に甘えるな!」
一番軽いレベルの重りでさえ、僕はこんな感じである。でも、剛承さんは更に僕を追い込むように厳しい筋トレメニューを日々課していった。僕は吐きそうになりながらも、彼女を作るという目的の為に挫けずに頑張ろうと決意する。
次のトレーニングはコミュニケーション能力の向上の講義であった。
「よいか、水鳥。人の話を聞かず、自慢ばかりするアニメキャラは嫌われる。そのことを知っているな」
「はい、確かにアニメでは自慢話などをして相手を見下したり、馬鹿にしたりする悪役キャラがいますね。確かにいい印象は持たないですね」
「うむ。だが、しかし実生活ではこういうコミュニケーションをしている者は実は多い。つまりだ、水鳥よ。謙虚に相手の話をよく聞く者がモテるということだ。肝に銘じておけ」
僕はまたメモ帳を取り出し、それを書き留める。僕は口下手だからトーク力を上げろとか言われるより
実践出来そうだなと少し安心する。アニメオタクの僕にとってコミュニケーション能力の低さなどあまり考えたことなどなかったが、この講義は恋愛以外の場でも使えるなと改めて勉強させられる。
こうして、剛承さんのトレーニングが始まってから一年の月日が流れようとしていた。相変わらず僕には彼女は出来なかったが、体と精神面で大きな変化が見られた。
僕はいつも風呂に入る前に、洗面台の鏡の前で自分の裸の肉体を確認するようになった。だいぶ筋肉が付いてきて、たくましくなったなと自分の努力の成果に満足する。トレーニング前と比べて、気持ちの面でも暗く考え込む事が少なくなったなと改めて感じる。
そんな毎日を送っていたある日、剛承さんからパソコンの事を教えて欲しいと言う知人がいるから、力になってくれと頼まれる。僕はパソコンのことは得意分野だったし、お世話になっている剛承さんの頼みは断れないなと引き受ける事にした。そして、僕と剛承さんとその知人の方と三人で会う予定になり、その当日となった。
会う場所は駅の近くの喫茶店。その場所は僕も何度か行ったことのある店だったので、迷うことなく予定時間の少し前に到着できた。まだ剛承さんと知人の方は着いていないようだ。
予定時間となり、剛承さんと知人の方が僕の座っている席の前に現われる。知人の方はノートパソコンが入っているとうかがえる鞄を下げ、剛承さんの後ろで僕の事を見て、ニコリと微笑んで来た。その方は二十代前半の女性で間違いなく美女と呼んでいいくらいの容姿の方であった。
「紹介しよう、私と同じ病院に勤めている看護師、由利本麻美子さんだ」
剛承さんは隣りの美女の方をちらりと見ると、その彼女は由利本ですと僕に丁寧に挨拶をしてきた。僕も慌てて席を立ち上がり、水鳥ですと彼女に挨拶をする。
剛承さんと由利本さんは僕の対面に座り、僕も再び席に着く。僕はもちろん凄く緊張していたが、剛承さんが彼女との会話の橋渡しをしてくれたので、何とか場の雰囲気を壊すことなく彼女との雑談をすることが出来た。
そして、剛承さんがそろそろ本題に入ろうかということで、由利本さんが鞄の中のノートパソコンを取り出し、話し始める。
「ちょっとパソコンのことで分からないことがあって、剛承さんに相談したんです。そしたら、友人にそういうことが詳しい人がいるから、紹介して頂けるということでお願いしたんです。水鳥さんがご迷惑でなければパソコンのこと教えて頂きたいのですが・・・」
「僕で分かる範囲であれば教えれるんですが・・・」
ここなんですがと由利本さんはノートパソコンを開き、僕に分からない所を聞いて来る。幸い僕にでも解決出来そうなことだったので由利本さんのパソコンを借り、解決する。
「ずっと調べても出来なかったのに、一瞬で解決して頂けるなんて。水鳥さん、すごいですね」
「いえ、ただ僕はこういうの好きなだけで大したことはないですよ」
剛承さんはまた由利本さんが分からないことがあるといけないから、お互いの連絡先を交換しておけと僕に促す。僕は何ていいアシストをしてくれる人なんだと内心感謝しながら、由利本さんと連絡先を交換した。彼女の方も喜んで交換してくれていたように見えたので、臆病な僕もすごく嬉しかった。
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