混乱の尾張
年表作成
―――
「取り敢えず年表作らない?」
ある日突然蝶子がそう言った。
今日は蘭は稽古もなく信長の世話もなかったので時間をもて余していたところに、蝶子から呼び出しを受けてこうして蝶子の部屋にいたのだ。
「年表?」
「そう。私達がここにきて二年とちょっと経ったじゃない?だから今までに起きた出来事をね、ちゃんと残しておかないとと思って。それにそれ。」
『それ』と言って傍らにあった蘭の歴史のテキストを指差した。
「あ、俺の。」
「それに年表が載ってたじゃない。それを真似してさ。どう?」
「っていうか見たの?あの歴史嫌いな蝶子が?」
「うるさいわね!あんたが桶狭間に行ってる間暇だったのよ。」
「暇って……タイムマシン作りはどうなってんだ?色々あって忘れてたけど。」
「うっ……聞かないで……」
「はっはーん、さてはお手上げ状態だな?」
「諦めた訳じゃないわよ。時々市さんに頼んで父さんと話してるし。アドバイスもらったりしてるの。」
「ふ~ん……」
「何よ、その顔は……って私の事はいいの。それより年表の事よ。どう?いいアイデアだと思わない?」
「年表ね。確かに必要かもな。」
「でしょ。そうと決まれば早速やるわよ。実は私、日記つけてたの。それを見ながら作りましょう。」
「日記?あの三日坊主のお前がっ……」
「何?何か文句あんの?」
「イエ、スミマセン……」
ギロリと睨まれて蘭は一歩後ずさりした。
「市さんに聞いたら今は永禄元年だって。そのテキストには永禄元年は1558年ってある。パラレル・ワールドだとしても元号があってるんだから、西暦もあってると考えるのが妥当ね。」
「ホントだ。『永禄元年(1558年)織田信長、弟の織田信勝を暗殺。』……これが今年の出来事か。」
織田信長の年表が書いてあるページを見ると、永禄元年の欄はその一行だけだった。
蘭は複雑な気持ちになりながらも一旦テキストを畳の上に置くと、日記を押し入れから出している蝶子の背中をぼんやりと見た。
「じゃあ始めるわよ。まず私達がここに来たのが二年前。つまり1556年。元号でいうと弘治2年ね。出来事は、美濃の斎藤道三が息子・斎藤義龍との戦いで敗死。(長良川の戦い)ってあるから、これは確実だと思う。信長に拾われてこの城に来てすぐに戦が始まったって報せがきたから。」
「そうだな。そこを基準に考えようか。で、その数ヵ月後に信勝さんの軍と戦ったんだよな。俺が初陣を飾った戦だよ。確か稲生って所だ。あ、『稲生の戦い』ってある。じゃあここまでは史実通りって事か。」
蘭がテキストを見ながら言うと、蝶子も頷いた。
「で、秀吉とねねちゃんが年明けすぐに結婚した。つまり1557年ね。」
「うん。」
「でもね、ちょっとここ見て。」
蝶子がおもむろに別のページを開いた。
「秀吉の年表よ。注目はここ。『永禄4年(1561年)8月、ねねと結婚する。』」
「え!?全然違うじゃん。」
「それは多分、私達のせいね。ねねちゃんの『念写』の力を知って信長が急遽結婚させたんだもん。いつかはそうなる運命だったのかも知れないけど、ちょっと時期が早まったのかな。まぁ少し複雑だけどね。」
「だな。」
放っといても秀吉はねねと結婚したかも知れない。でもその時期と理由が変わったのは紛れもなく自分達の存在があったせい。
そう思うと何とも複雑な気分だった。
「信長の年表に戻るわよ。1557年は特に目立った出来事はないけど、1558年はさっきも言った通り信勝さんを暗殺した。」
「あぁ。でもさ、俺ずっと気になってたんだけど……」
「うん、私も。」
蘭と蝶子は顔を見合わせた。
「年表によると桶狭間の戦いは1560年。でも今川が滅びたのはつい最近……これってやっぱり俺らのせいだよな。」
「蘭。もう自分を責めるのはやめようよ。」
「え?」
思いがけない強い口調に蘭は蝶子を凝視する。
「確かに私達のせいで色んな事が変わった。でもさ、そもそも信長に必要とされてるからこうしてここにいるんでしょ?」
「蝶子……」
「まぁ私も人の事言えないけどね。最初にそのテキスト読んだ時結構落ち込んだから。でも私達がいなかったとしても、いつかはねねちゃんと秀吉は結婚してただろうし、今川義元は信長にやられてた。そうなる運命だったんだよ。」
「そう、だよな。でもそう考えるなら信長と……俺も、本能寺で死ぬって事は変えられないんじゃ……」
「バッカねぇ~、蘭は。そうならないようにするのがあんたの仕事でしょうが。」
「あ……そっか。」
「しっかりしてよ、もう……」
「ごめん、ごめん。」
ため息を吐く蝶子に片手で謝ると蘭は寝そべった。
「そうだよな。信長は天下を獲って信勝さんとの約束を果たさないといけないんだもんな。天下統一して戦のない平和な世の中になって、寿命を全うする。そしたら俺らも心置きなく未来に帰れる。な?」
蘭が上目遣いにそう言うと、蝶子は力強く頷いた。
「そうそう。その調子。」
「蝶子。」
「何?」
「ありがとな。」
「べ、別にお礼を言われるような事言ってないわ。何よ、もう……」
「あ、顔赤くなってる。」
「うるさーい!」
「あはは。」
手を振り上げて殴ろうとする蝶子を避けつつも、蘭は心の中で改めてお礼を言った。
(いつだってお前の言葉に俺は救われるんだ。本当にありがとうな。)
「さっ!年表を清書するわよ。ほら筆取って。」
「はいはい。」
突然空いた一日はこうして穏やかに(?)過ぎていった。
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