初めての友達
―――
それから一週間程が経った頃、蘭は信長の命令で父親代わりの森可成と一緒に前田利家の預けられている寺に行った。
「あ、あなたが利家……さん?」
「あぁ、君が蘭丸君だね。信長様からの文で君の事は知ってるよ。何でもあの裏山で遭難したって?よく無事だったね。あの山、猪や狼がうじゃうじゃいるのに。」
「あ、あはは……」
(そんな恐い山なの……?)
利家の言葉に今頃寒気がした蘭だった……
(それにしても……前田利家ってこんな感じなのか?)
蘭は恐る恐る下から見上げた。
前田利家はがたいが良く、身長も蘭より遥かに高かった。柴田勝家程ではないにしてもその大きい体にビビっていると、可成が寺の奥を窺いながら言った。
「利家。仕度は出来たのか?」
「あぁ、もういつでも出られるよ。」
「じゃあちゃんと住職に挨拶してきなさい。私も後で顔を見せに行くから。」
「はいはい。」
面倒くさそうに手をヒラヒラさせると、利家は寺の中へと入っていった。
「まったく……あいつは何というかいつまで経っても子どもで。驚いただろう?」
「え、えぇ……イメージと違って……」
「ん?」
「いえ、何でも……」
蘭は慌てて首を振ると精一杯の笑顔を見せた。
清洲城への帰り道、隣を歩いていた利家が突然話しかけてきた。
「桶狭間での君の活躍は人伝てに聞いてるよ。凄いね。でもどうしてあんなところに隠れてたの?というか、君って何者?」
「え!?あ、えっと……」
「まぁそんな事はどうでもいいか。実は僕ね、信長様に無断で桶狭間での戦に参加していたんだ。」
「え?でも……」
「うん、謹慎中の身だから本当は外を出歩くのも、ましてや戦に参戦するなど許されない。でも僕はどうしても信長様の……いや可成さんの役に立ちたかった!」
「父…上の……?」
突如大きな声を出した利家にビックリして飛び上がる。少し前を歩いていた可成も思わず振り向いた。
「可成さんは僕がまだ子どもだった頃から良くしてくれてね。早くに親から離された僕を本当の家族のように接してくれた。茶碗の洗い方から始まって、廊下の雑巾がけや信長様のお世話の仕方、そして剣の振り方まで。全部あの人に教えてもらったんだ。だから今回の戦で手柄を挙げたかった……!」
「手柄?」
「そう。僕の謹慎の理由聞いただろ?」
「うん……仲間を殺しちゃったって……」
「そもそもは相手が先に剣を抜いたから僕もつい手を出してしまったけど、人を殺した事に変わりはない。だから大人しく処分を受けた。でもいつかは信長様にやられてしまうかも知れない。そう思ったらいてもたってもいられなくなって……可成さんに何も恩返しせずに死ねないと思ったら、気づかない間に森の中を走ってた。僕は…僕は……!」
「利家。」
「可成さん……」
近づいてくる声に顔を上げると、可成がすぐ側にいて利家の肩に手を置いていた。
「お前は頑張ったよ。三人もの首を挙げたのだから。信長様はそれもあったからこそ、今回の件についてお許しを出してくれたのだと私は思う。」
「でも僕は……可成さんにたくさん迷惑を……」
「そんな事は気にしなくていい。お前にはこれまで随分世話をかけさせられた。今更どうという事はないよ。」
「はは……酷いな。」
利家は目にいっぱい涙を溜めながらも、目の前の可成に笑顔を向けた。
その姿は本当の親子のようで、蘭は何だか利家が羨ましくなった。
「さて、早く帰ろうか。信長様が待ってる。」
「うっ……僕未だに苦手だ。信長様の事。会いたくないなぁ……」
「そんな事言うものじゃない。ほら、行くぞ。蘭丸も。」
「あ、はい!」
可成に背中を叩かれて歩き始める。隣で利家がまだぶつぶつ言っていた。
「あーあ……可成さん、何とかして会わないようにしてくれないかなぁ。」
「聞こえてるぞ。」
「はぁ~い……」
「ふはっ!」
二人の微笑ましいやり取りに、蘭は思わず吹き出した。
―――
「ところでさ、利家さんって何でそんなに父上の事好きなの?」
「何だ?藪から棒に。」
「いや、ちょっと気になって。」
「う~ん……何でと言われると悩むけど……」
そう言うと、利家は顎に手を当てて考え込んだ。
ここは蘭の部屋の前の廊下の縁側である。先程信長と面会して改めて利家の帰参を許してもらったところだ。
利家が心配する程信長は怒っていない様子で、あっさりと部屋に帰るよう言われた利家は、拍子抜けしたような顔をしていた。
その時に蘭も部屋に戻るよう言われたので、利家と話がしたかった蘭は利家を誘ったという訳だった。
「一言で言うなら、強いからかな。」
「強い?父上が?優しくて穏やかな印象だけどな。」
「いや、戦になると人が変わったみたいになる。普段の姿と余りにも違うから、最初に見た時は小便出そうになったんだよ。」
「へぇ~……」
可成が戦っているところをまだ見た事ない蘭は、想像がイマイチ出来なくて曖昧な返事をした。
「敵を見つけて対峙したら絶対に容赦はしない。必ず討ち取るという強い気持ちで向かっていく。もし少しでも甘えとか隙を見せたら一発でやられると、そう教わった。僕はいつもそれを思い出して戦場の中に飛び込んでいく。それが、僕が今出来る唯一の事なんだ。」
「利家さん……」
「利家でいいよ。同じくらいの年だろうし。」
「いや、呼び捨てはちょっと……家来としても先輩なんだし。あ!じゃあ利家君、で。それでもいい?」
「ん~、まぁいいか。僕は蘭丸って呼ぶよ。いい?」
「もちろん!」
蘭は嬉しくなって利家の両手を取って握手した。最初は戸惑っていた利家も笑顔になってわざと力を入れてくる。
「いっ!いてて……」
「はははは!蘭丸の手は小さいな。」
「う、うるさいな!どうせ俺はチビだよ~だ!」
身長180くらいはありそうな利家(推定)にバカにされて、せいぜい160そこそこの蘭は思い切りいじけて見せた。
(もし信勝さんが生きていたら、こうやって笑い合えたのかな……)
一瞬そんな事を考えてしまった蘭だった……
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