011 ほんの少しだけ新・恋人(仮)は不安がある。


 恋人(仮)が出来たと思ったら、友人(暫定)が出来た件について。

 初めて身内か恋人(仮)以外の連絡先が追加され、心なしかスマホが重くなったように思える。

 友人……友人かあ。


 新鮮な響きだなぁ、とか思っていたら授業は終了し、放課後の時間がやってきてしまった。

 とてとてとてーっと朝宮がやってくる。


「さ、帰りましょう。揺日野くんっ」

「だな、今日は直帰で良いのか?」

「そうですね、その予定です──あっ、もしかして家に寄って欲しかったですか? 仕方ないですね……」

「言ってない言ってない、急に妄想豊かになるのはやめろ」


 遠慮しなくて良いんですよ? なんて宣う朝宮の手を握り、引きずるようにして教室を出た。

 今日一日のやり取りで、どうにも俺が朝宮を脅すなり何なりして侍らせているのではなく、それなりに良好な関係であるのが広まったのか、視線の量は少なくなっていた。


 朝のように威嚇しなくとも、誰かが寄ってくるような様子もない。

 とはいえ、遠巻きにされていることに変わりはないのだが……。

 多少以上に気は楽になっていた。それは朝宮も同じことだろう。


 校舎を出て、朝宮の家の方角へと足を向ける。


「それで、先程はどうしたんですか? サボりだなんて、揺日野くんらしくなかったですが」

「あー……何かな、恋のキューピッドにさせられていた」

「なんて?」

「や、だから、恋のキューピッドになったんだよ、俺」

「???」


 意味が分からないよ? という顔をする朝宮だった。うん、そうだね。実は俺も良く分かっていないんだ。

 今更ではあるのだが、俺は真っ当に恋をしたことがないし、ハッキリ言ってかなり役不足なんじゃないかと思い始めている始末である。

 

 だ、だだだ大丈夫かなぁ……? と今からちょっと胃が痛かった。

 やべーよ、もう浮雲あいつの連絡先ブロックしたくなってきちゃったんだけど。


「まあ、浮雲は加恋のことが好きなんだと。で、付き合えるように助言とかしてくれないかって話をされたんだ」

「……なるほど、夜城さんはモテモテですからね」

「そりゃ朝宮もだろ……や、ベクトルはちょっと違うかもしれないけど」


 モテモテ(異性限定)とモテモテ(人類)くらいの差があった。これもう別物だな。


「その話は承諾したんですか……というのは違いますね。承諾したんですよね?」

「まるで俺がイエスマンみたいな言い方やめろよ……。でも、そうだな。色々思うところはあったから」

「色々……夜城さんのことが好き、とか?」

「そりゃ嫌いじゃないし、どっちかって言えば好きだよ。

 俺と加恋、何年の付き合いだと思ってんだ……だから、まあ、加恋には幸せになって欲しいとは思ってる」


 ただでさえ、寂しがり屋な女である。

 仮に浮雲と付き合って、それが長続きするのなら俺だって万々歳だ。


 自業自得みたいなもんとはいえ、加恋の悪評は無くなって欲しいしな。

 その為だけという訳ではないが、役立てるのなら役立ちたい。


「ふむん……」

「えっ、何? その目は……何を見定めてんの? 怖い怖い」

「浮気心チェックです。女の子はこうやって観察することで、彼氏が他の女に靡いてないか分かるんですよ」

「女子怖ぇー!」


 あと普通に失礼だった。

 浮気とかしないつってんだろ。

 もっかいキスして分からせてやった方が良いのかもしれない。


 クイッと顎を持ち上げてやり、目を合わせる。

 ものの数秒で朝宮は顔を真っ赤に染め上げた。


「ふ、ふぇ……」

「耐性が雑魚すぎる……ちょっと押されることに弱すぎじゃない?」

「あ、うぅ、こっ、こんな道端で、そういうことをする揺日野くんが悪いと思うんですけど!?」


 あまりにも正論だったので押し黙ることでスルーした。


「どっちが悪いかって言えば、すぐにそうやって人を疑う朝宮の方だと思うんだが?」

「そっ、れは、ごめんなさい……」

「ん、素直でよろしい」

「あうっ」


 パチーンッと軽めにデコピンをしてから、手を繋ぎ直す。

 仲直りってほどのことでもないけどな。


「まあ、加恋のことが好きだとか言ってたし、俺も悪いんだけどな。でも、そうやってすぐ恋人を疑ってたら、先にそっちが病んじまうぞ」

「経験豊富そうなこと言い始めましたね……それも経験則ですか?」

「経験則っつーか、ほぼ一般論だな。大体の場合において、信じていた方が精神的には楽だよ、何でもな」


 まあ、だからと言って、盲目的になれという訳ではないのだが。

 一定以上の信頼を置ける人が、恋人であったり、親友であったりするのだと、俺はそう思うから。


 そういう人を常々疑っていると、そのうち何も信じられなくなってしまう。

 人というのは、そういうものだ。


「あと、そういうのを嫌う男子は多いと思う。や、これは女子もそうかもしれないけど」

「ゆ、揺日野くんは、どうなんですか?」

「俺もあんまり好きじゃないけど、俺の場合は、大体俺に原因がある場合が多いからな……」


 言ってしまえば、今だってそうである。

 親愛だろうが恋愛だろうが、好きの一言に纏めがちなのは良くないなと思いました、まる。


「まあ、本当に好きになった人が出来た時の参考にでもしてくれ」

「ふふっ、嫌ですね。今のわたしの彼氏さんは、揺日野くんですよ?」

「そりゃそうだが……」


 (仮)じゃん、と言うのは無粋か。「そうだったな」と言い直せば、握っていた手をキュッと、一際強く握られた気がした。

 えへへぇと表情を崩した朝宮の隣を歩いていれば、ふと足が止まった。

 目を向ければ、やたらと豪華な一軒家が登場である。


「うおっ、でっか……ここが家か」

「はい、送ってくれてありがとうございます。揺日野くん」


 あっ、寄って行きますか? なんて誘いをやんわりと躱して手を離す。

 少しだけ名残惜しそうにしていた朝宮が、少しだけ手をあげて振った。


「それじゃあ、また明日。迎えに行きますね」

「や、待ち合わせとかで良いと思うけど……じゃあな」


 家に入った朝宮を確認してから背を向けた。

 や~~~っと一日が終わった気分である。

 今日は早めに寝るかな、と帰路についた。


 で、そんな感じに自宅へと帰ってきた俺は、


「話、聞かせてもらうから。つむぎん」


 何か当たり前みたいに入ってきた加恋に押し倒されるのであった。

 やだ、俺ってば女子に押し倒されすぎ……!?


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