010 満を持して友人(暫定)は現れる。
「えーっと、揺日野。ちょっと顔貸せよ」
「おぉ……」
お昼休み終了、五分前。
実にカップルらしいお昼の過ごし方(諸説あり)をしてきた俺達は、多少の余裕を持って教室へと帰ってきていた。
本当ならギリギリまで粘りたかったのだが、生憎次の授業の担当は早めに来るタイプの教師だった。
ついでにチャイムが鳴っても中々終わらないことに定評がある教師なので、多くの生徒に嫌われがちである。
因みに教科は数学。
このままじゃ俺、数学嫌いになっちまうよ……! なんてことを考えていた矢先のことだ、全く話したことのないクラスメイトに話しかけられたのは。
染めているのか頭髪は金色で、パッと見イケイケのスポーツマンって感じである。
教室でクラスメイトに話しかけられること自体が久しぶり過ぎて、思わず感動してしまった。
「ごめん、ちょっと暴力沙汰とかは勘弁なんで……痛いの嫌いだし……」
「いやっ、別にそんなリンチするみたいな話じゃねぇよ!? 僕を何だと思ってるんだ!?」
確実に囲まれて半殺しにされるやつだと思ったのだが、どうやら違ったらしい。
しかし、だとしたら今呼び出す必要性が見当たらないのだが……。
「なぁ、頼むよ……」
「捨てられた子犬みたいな顔するじゃん」
あまりにも情けなかったので思わず「仕方ないなあ」と返してしまった。
男二人、揃って教室を出る。
そのままテクテクスタスタと、彼についていけば辿り着いたのは屋上だった。
さっきここから降りてきたばっかりなんだけどな……。
もしやここで殴り合いが始まっちゃう感じだろうか。
確かにリンチはしないとは言っていたが、タイマンをしないとは言ってないもんな……。
やっべー、震えてきちゃったぜ。
俺、喧嘩とかしたことないんだけど。
一撃でのされる可能性が普通にあった。
スッと振り向いた彼に、ビクッと過剰反応してしまう。
「悪いな、授業サボらせる形になって。でも、どーっしても聞きたいことがあってさ」
「はぁ……」
声のトーンと、その毒気のなさに、もしかして良いやつなのか? と思い始める俺がいた。
名前知らないけど。
「揺日野は、その、朝宮さんと付き合ってる……んだよな?」
「まあ、そうだな。この前から付き合い始めた」
「やっぱり、そうだよな」
ふぅ、と彼は息を吐く。
ははーん、なるほどな。朝宮に恋していたタイプの男子か?
だとしたら、この行動も納得というものである。
何ならもっと圧のある恐喝をされても、おかしくはないまであった。
いや、されたら普通に泣きそうになると思うけど……。
平和的な人で良かったー、なんて内心ほっと一息吐いた。
しかし、そんな俺の感想とは裏腹に、彼はその瞳に期待の色を乗せる。
「それじゃあ、夜城さんは今フリーなんだな!?」
「やじょ……は? 加恋?」
「そう、夜城加恋さん! 揺日野の元カノ。そうだろう?」
「ま、まあ、そうなるな」
そう答えれば彼は「良しッ!」と小さくガッツポーズを決めた。
普通に理解が追い付かずにそれを眺めていたが、ようやく彼の言動の理由を把握できた。
つまり、彼が好きなのは朝宮ではなく加恋なのである。
物好きなやつだな……とちょっとだけ思うが、まあおかしくもない。
顔も性格も良いやつだ。
付き合う相手としては、これ以上なくハズレではあるが。
それに──
「残念だけど、加恋は今彼氏いるぞ」
「!?」
「一年下の後輩くん、だったかな」
「!!?」
「あっちも付き合い始めたばっかりだから、多分今が一番ラブラブだと思うぞ」
「う、嘘だ、僕を騙そうとしている……!」
「騙すメリットが俺にはないんだが」
突然"すん……"って感じに真顔になる彼だった。やっべー、めっちゃこえーよ。
確実に脳が破壊されちゃた人の顔じゃん。
言わない方が良かったかなと思ったものの、知っていて敢えて教えないのも意地悪というものだ。
なのでもう一つ、有益な情報を教えてあげることにした。
「どうせ加恋のことだから、すぐに別れるだろうし、今の内にアピールしておいて損はないと思うぞ」
「夜城さんを尻軽みたいに言うのはやめろ、彼女に失礼だろ」
「うわっ、急に怖い顔になる! あと尻軽みたいじゃなくて、本当に尻軽だろ加恋は……」
彼氏とっかえひっかえな女だぞ。
一か月の間に付き合った人数が、片手で数えられなかった時とかあるからね?
しかも別れる理由が「いきなりキス迫ってきたんだよ? 早すぎでしょって」とか、「あの男ヤリ目だった!」なんてものばかりである。
明らかに普段の行動がそういう男ばかり引き寄せていた。
加恋本人は寂しがり屋なのに、長続きしない理由の一端は間違いなくこの辺にあった。
「まあ、何だ。加恋はああ見えて結構押しに弱いから、情熱的に押せばワンチャンあるかもよってだけだ。保証はしないけどな」
「……具体的にはどう攻めれば良い感じなんだ?」
「かなり乗り気じゃん」
数秒前までの頑なな態度はどこにいっちゃったんだよ。
手のひらクルクルじゃん。その内腱鞘炎になっちゃうんじゃないの?
「っつっても、俺は加恋を口説いたことないからな……アドバイスとか出来ないぞ」
「でも地雷回避とかは出来るだろう!? 頼む、僕の恋のキューピッドになってくれないか……!?」
「えぇ……超嫌だ……」
まず恋のキューピッドとかいう単語がもう嫌だった。
「そこを何とか頼めないか? もう揺日野にしか頼れないんだ! 僕、夜城さんのこと中学の頃から好きなんだよ……!」
「思ってたより熟成された恋心だったな……」
しかも中学って。同中じゃん。
名前を覚えてないことに静かに恥じる俺だった。
それに免じてため息を吐く。
「分かったよ、相談相手くらいにはなる」
「本当か!? やっぱり持つべきものは友達だなあ」
「友達ではないだろ。で、名前何? 教えてくれない?」
「僕の名前忘れちゃったのか!?」
ショックそうに叫ぶ彼であったが、忘れた訳ではない。
最初から知らなかったのである。
いやあ悪いねぇ、なんてことを真顔で言えば、彼はコホンと一息ついた。
それから片手を差し出してくる。
「僕の名前は
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