008 ようやく旧・恋人(仮)は新・恋人(仮)を知る。
公立空上高校は、どちらかと言えば進学校に類する学校ではあるが、だからと言って、特に目立って有名というほどの学校でもない。
至って普通の高校だ。強いて言うのであれば、旧校舎と新校舎が並んで建っているのが、少々奇妙に見えるといったくらいか。
だからまあ、学校の治安もほどほどに良い方であり、通う生徒も一般的である──ただ一人の例外を除いて、ではあるが。
朝宮望愛。言わずと知れたお姫様である。
今日も今日とて長い金髪を靡かせ、誰をも拒絶しない笑みと共にあるのは、彼女の取り巻き達──ではなかった。
この前までは影も形も無かったはずの、謎の男子生徒だけが彼女の横を歩き、わらわらと群がってくる生徒を「がるるるーっ」と追い払っているのである。
その様はまるで、小動物を威嚇する猛獣。
群がることしか出来ない陽キャでは所詮、孤高を好む陰キャには敵わない──
「何を言ってるんですか、揺日野くんは……途中からただの僻みになっていますよ」
「しれっと人の思考を読むのはやめない? 俺のプライバシーが守られていなさすぎるだろ」
「揺日野くんが何でも顔に出しちゃってるのが悪いんです」
「そんな流暢に顔に書いてあるのか、俺の思考……」
今度からお外ではえっちなこと考えられないじゃん、と思った。
ワンチャン読まれて即通報である。そうなってしまったら、あまりにも俺が可哀想というものであった。
「っつーか、寄ってくるやつが多すぎるだろ。分かってはいたつもりだけど、やっぱり超人気者だな。朝宮は」
「これでも普段よりは少ないくらいですよ? みんな、揺日野くんを警戒してるみたいです」
「警戒って……や、まあ、間違いではないんだろうが……」
自分でも自覚している通り、俺は先週まで一切朝宮と関わりが無かった男である。
それが突然、月曜の朝から一緒に登校して来たのだから、そりゃ何か変だとくらいは思うだろう。
むしろ、思わない方がおかしい。
俺自身でさえ、何でこんなことになってんだかな、とちょっと考えてしまうくらいなのだから。
寄っては来ないにしろ、大量の視線に串刺しにされ、コソコソと何かしらを囁かれるというのは、気分的にあまりよろしくはなかった。
まあ、慣れてはいるから良いんだけど……。
「これ、校舎に入ったらもっと増えることになるのか……」
「そうですね、ここからが本番ですよ、揺日野くん」
ニコニコーっとしながらそう告げた朝宮に、これは思った以上に大変だぞ、と思い直す。
やはり外野から何となく見ていただけなのと、こうして中心で見渡すのでは別世界だ。
そりゃ朝宮だって疲れるというものである。
人気者の苦労、その一端を垣間見てしまった瞬間だった。
「何か、改めてなんだけど、良かったのか? 元より評判が悪いらしい俺と、表面上は付き合うだなんてしても」
「ダメだったら、元より話を持ち掛けませんよ。それに、揺日野くんだから良いんです」
「……さいですか。それならまあ、良いんだけど」
後悔はなるべくするなよ、と言いながら朝宮の手を握った。
少しだけ緊張したように朝宮は手を強張らせたが、するりと指を絡ませてくる。
「な、何だか本当の恋人っぽくてちょっとドキドキしますね……」
「とてもじゃないが俺を押し倒したやつの台詞とは思えないな」
「あっ、あれは……あれも! 忘れてください!」
忘れて欲しいことが多すぎる朝宮だった。頬を赤くして睨みつけてくるが、これまた少しも怖くない。
軽く涙目なのがむしろ庇護欲をそそらせるほどで、何だかこっちまで照れてしまいそうなものであった。
いや本当、まじまじと見れば見るほど可愛くはあるんだよな……。
「ゆ、揺日野くん。そんなに見られると、少し恥ずかしいです……」
「ん、おお、悪い」
ストレートな反応されてしまって、思わず初心な反応を返してしまう。
ちょっと? 何か本当に付き合いたてのカップルみたいな雰囲気になってきちゃったんだけど?
誰か助けてくれないかな──と思った、矢先のことである。
「つっ、つむぎん!!?」
校舎を目前にしたところで、実に聞き慣れた大声が耳朶を強烈に叩きつける。
そちらの方へと目を向ければ、制服をまあまあ着崩した、如何にも今時のイケイケJKみたいな女がそこにいた。というか、加恋だった。
有り得ないものを見た! と言わんばかりの表情で、それでも訝し気な色を瞳に宿しながら歩み寄ってくる。
「え? ちょっ、なに? 私、分かんないんだけど……その、二人はどういう関係なの……?」
「あ? あー……」
別に加恋には、隠すことなく伝えても良いかなと思った。
似たような契約をしていた関係な訳であるし、口が堅いことも知っている。
しかし俺が何かを言う前に、グッと腕を朝宮に引き寄せられた。
左腕を完全にホールドされている。抱きしめられている状態だ。
「揺日野くんは、わたしの彼氏です。わたしたち、この前から付き合い始めたんです、夜城さん」
「へ、はぇ……?」
些か冷たすぎるくらい低い声音で朝宮が言う。誰かに打ち明ける気は無いらしい。
まあ、確かに今の関係の主たる部分は俺ではなく、朝宮な訳だしな……。
彼女がそう決めたのならば、俺もそれに従うのが道理というものだろう。
あとそろそろ腕離してね。何かその、柔らかい部分が押し当てられまくってるから……。
「まあ、何だ。加恋もこの前、俺に彼女を作れだとか言ってたろ? つまりはそういうことだな」
「や、でも、それは! 違うって言うか、そうじゃないっていうか……!」
「何も違うことないだろ……ビックリしすぎてんのか? 語彙がヤバいことになってんぞ」
大丈夫か? と頭をポンポンしようとして、やめておく。
一応、こいつも彼氏持ちになった訳だし、俺の隣には恋人(仮)がいるのである。
スキンシップは控えめにするべきだろう──とか考えていれば、キッ! と加恋が俺を睨むようにして見た。
その瞳が、どんどんと潤んでいく。
「ばかっ」
爆発したように一言、そう言い捨てて加恋は行ってしまった。
えぇ……何だったの今のは……。
久し振りに泣かせちゃったのは分かるのだが、何が悪かったのかが一ミリも分からなかった。
そっちは分かる? と朝宮を見れば、
「揺日野くんは悪い人ですね」
なんて、実に嬉し気に返されてしまう。
どうやら俺が悪いのは確定らしいが、教えてはくれないようだった。
「朝から何でこんな気まずい気持ちにならなきゃいけないんだ……」
「今までの分のツケじゃないですか?」
「絶対そこまで悪いことしたことねぇよ……」
深呼吸を一つ。
週の始まりは最悪のスタートを切ったな、と空を見上げた。
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