007 時を選ばず新・恋人(仮)は強襲をする。
ピンポーン、という我が家のインターフォンの音で目が覚める。
学校だろうが何だろうが、朝はとにかくギリギリまで寝ていたいタイプの俺は、眠気眼を擦ってスマホを見た。
月曜、午前六時半。いや、はえーな。誰だよ。
こんな早朝に訪ねてくるような知人はいない。よって間違ったか、悪戯か、あるいは勧誘の類だと判断して無視を決め込んだ。
仄かに残ってしまった朝宮の匂いに若干顔を顰めながら、二度寝を決めようとすれば再びインターフォンは鳴り響いた。
どうにもしぶとく粘るタイプの人間らしい。さっさと諦めて退散してくれないと、折角の眠気ちゃんもどこかに行ってしまいそうだった。
かくなる上は、顔だけでも確認するべきか……。
そんな考えが軽く頭を過ったが、行動に移すことは無かった。
まあ、ね。眠いし、だるいし。あと面倒くさいし。
頼むから諦めてくんねぇかな……と思えば、
「うおおおおお! なになになになに!?」
インターフォンは再度鳴らされた。いや、鳴らされたというか、痺れを切らしたのか超連打され始めた。
壊れちゃう、うちのチャイム壊れちゃうから! もうピンピンピンポピポピポピンポピンポーンッ! とか鳴ってんだよ。
難易度高めの音ゲーじゃねぇんだぞ。
うちのインターフォンで音楽を奏でるんじゃない!
悪質な悪戯ってレベルじゃねぇぞ!
やめろーッ! と叫びながらドアを開けば、見慣れた金髪女がそこにいた。
というか朝宮だった。
ムスッとした顔で俺を見る。
「遅いです、揺日野くん」
「……? 何でこの状況で俺が責められてるんだ……?」
「揺日野くんが早く出ないからですよっ」
大分理不尽なことを言った朝宮は、「おじゃましますね」と俺の脇を抜けるように入ってきた。
その後ろ姿を眺めて二、三秒。
ようやく正常な思考を取り戻す。
「いや待て、シレッと自分は悪くないですよみたいな面してるんじゃない。起こすにしてももうちょっとあっただろ……」
「てへ、バレちゃいましたか」
舌をちょこっと出して言う朝宮だった。こいつ、完全に可愛さを盾に許されようとしている……。
不覚にもドキッとしてしまったので不問とすることにした。
ま、まあ? 仏の顔も三度までって言うしな。
「で、こんな朝っぱらから何か用か」
「? 言ったじゃないですか、次はわたしが作ってあげますよって」
「……あれ、弁当のことじゃなかったのか」
「いえいえ、お弁当も作ってきましたよ。ついでに朝ご飯も作っちゃったので、持ってきたという訳です」
かなり簡単なものですけどね、と既に慣れた様子で食卓にサンドイッチを並べた。
朝宮の料理スキルがかなりの高みにあることが、一目でわかるくらい、随分と色彩鮮やかだった。
これで簡単なもの判定なのか……。
すげーな、と素直に感心しながら、お茶を二つ用意して席に着く。
「あっ、もしかして朝はお米派だったりしますか?」
「そもそも朝はあんまり食べない派だな」
「それはそれで良くないですね……明日から、毎朝来てあげましょうか?」
「や、そりゃ流石に申し訳なさすぎる」
両手を合わせていただきますをしてから、どれにしようかなと思えば、ずいっとその内の一つを向けられた。
「はい、あーん♡」
「うわっ、いきなり甘い声出すなよ……あむっ」
うまっ。
どうやら食わされたのはオーソドックスな卵サンドらしい。
甘めに味付けされた卵と、シャキシャキのキュウリが実にマッチしている。
それにこのパン、バターが薄っすら塗られてるのか。
「美味いな……いや、本当に美味い。ちょっとした店出せるんじゃないの?」
「褒めすぎですよ、このくらいは普通です。でも、良かったです。気に入ってくれたみたいで」
ニコニコとした朝宮に二口目、三口目と食べさせられる。
一口目はまだしも、それ以降は自分で食わせて欲しかったのだが、無言で睨まれてしまっては俺が折れるしかなかった。
気分は完全に、親鳥に餌を与えられるひな鳥である。
親にだってされたことねぇぞこんなこと……。
「こうしていると、小さい子供みたいで可愛いですね。揺日野くん」
「朝宮がそうさせてるんだろうが……」
それにしても、律儀なものだなと思う。
傍目から見れば、そこそこアホなカップルの構図であるのだが、しかし俺と朝宮は正確なカップルではない。
互いに都合の良い男女。それ以上ではなく、それ以下でもない。
だから、本来であればここまでちゃんとカップルらしいことをする必要ないのである。
まあ、あまりにも距離が近かったりするので、俺を本当に恋人が出来た時の予行練習相手にしているような気もするのだが……。
良くやるもんだな、と思った。
「揺日野くんは本当に、美味しそうに食べてくれますね。作り手冥利に尽きます」
「本当に美味しいものを食べたら、誰だってそうなるもんだろ。俺が特別って訳でも無い」
それより、と時計を見る。
いつもとは違い、会話をしながら、しかも食べさせてもらうなんて食事の仕方をしていたせいで、大分時間は経っていた。
今から軽く身支度を整えたら、それだけでもう、いつも家を出ている時間である。
ごちそうさまをしてから、一つ聞く。
「一応聞くんだが、一緒に登校するってことで良いんだよな?」
「はい、もちろん。その為の関係でもあるんですし、ね?」
「へいへい、精々盾として役目を果たしますよっと」
朝宮は登校時も色んな生徒に群がられるような人間だ。お陰で遠目に見ていると小規模な軍の進行かよと思うほどである。
そう考えると、俺一人で追っ払うことは出来るのだろうかと思ったが、まあやるしかない。
ご飯も与えられたのだから、それだけの働きをするのが筋というものだろう。
うむ、うむ、と自身を納得させながら、身支度を整えるために席を立った。
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