006 やはり新・恋人(仮)は隙だらけである。
一応恋人だけど、特に深くは知らない女の子が自分のベッドに全身擦りつけているのを見てしまった時の最適解ってなーんだ。
見なかったことにする。
滅茶苦茶真顔になった俺はそっと扉を閉めた。
普通に呼びかけながら扉を開いてしまったので、朝宮とはガッチリ目が合ってしまったのだが、まあ夢ってことにしておこう。
あるいは幻でも良いかもしれない。最近は暑いからなあ。
そういうこともあるよねーと背を向ければ、いやねぇよ! と言わんばかりにバーンッ! と扉が開かれた。
「みっ、みみっみみみみぃっ」
「なになに? 何語だよ、落ち着け」
「みっ、みーっ!」
「日本語分からなくなっちゃったのかなあ……」
完全に宇宙人とかに乗っ取られてる感じの発言しか出来なくなってる朝宮だった。
顔は真っ赤だし、必死の形相ではあるから、まあ何とか言い訳をしに来たのだろうが……。
折角見なかったことにしたのだから、そっちもそのようにしてくんねぇかなと思った。
「み、見ましたよね……!?」
「いや、見てない」
「嘘です! バッチリ目が合いましたぁーっ!」
「うおっ、声がデケェな」
お隣さんに壁ドンされちゃうから……と口を塞ぐ。
朝宮ってこんなにポンコツだったんだなあ、知らなかった。
まあ、知らないも何も、知ろうとすらしたことがなかったので、それも当然とも言えるのだが。
誰にだって複数の面がある。
人を知るというのは、それらを許容するということでもあるのだから。
「じゃあ分かった、こうしよう。確かに俺はめっちゃ見た。朝宮が俺のタオルを全身に巻き付け、顔面を俺の枕に押し付けながら、奇妙な動きをしていたことはバッチリ観測した!」
「これ以上ないくらいちゃんと見てるじゃないですか!? 余計な情報まで得ちゃってますよ!」
「ただ見なかったことにした。朝宮もその体で考えてみないか? 俺が朝宮を起こしに行ったら、朝宮はちょうど起きたところだった。どうだ?」
「……悪くないですね」
むしろ良いかもしれません! と至極真面目な顔で言う朝宮だった。すげーな、あまりにも混乱してるのか滅茶苦茶チョロいぞ。
IQとろけちゃったんじゃないの? ちょっと不安になってきちゃったんだけど。
「納得してくれたなら何よりだ。それより、昼飯用意したから」
「揺日野くん、料理が出来るんですか?」
「まあ、見ての通り一人暮らしだからな。必要に迫られて、最低限は習得したって感じだ。だから、クオリティについてはノーコメントで頼む」
そう言えば朝宮は「何ですかそれ」と小さく笑ったが、一人暮らしの男子高校生の料理スキルを嘗めないで欲しい。
こちとら実家を出る前までは肉の一枚すら焼いたことがなかった男だぞ。
一年そこらの成長なんてたかが知れているというものだ。期待しろとは口が裂けても言えない。
「わっ、オムライスですか」
「もっと洒落たものが作れりゃ良かったんだけどな、残念ながら俺の手札は数少なく……」
「いえいえ、わたし好きですよ。オムライスっ」
お世辞だとしても嬉しいことを言ってくれながら、朝宮が席に着く。
何というか、イレギュラーがなければいつも教室で見ていた通りの完璧お嬢様って感じだった。
向かいに座りながら、揃って”いただきます”をする。
「ん、美味しい。美味しいですよ、揺日野くん。とっても」
「……口に合ったようなら何よりだ」
「? あははっ、何ですか揺日野くん。照れてるんですか?」
「うるせ、あんまり褒められ慣れてないんだよ……」
それこそ純粋に褒められたのなんて、小学生振りじゃないだろうか?
少なくともここ数年はあまり覚えがない。
加恋はああ見えて料理上手だから、ついぞ俺に作らせることは無かったしな。
「それじゃあ、今日からは毎日わたしが揺日野くんのこと、いっぱい褒めてあげますよ」
「いや、それは鬱陶しいからいらない」
「もうっ、人の優しさは無下にはしないのが良心というものですよ?」
「悪い子ですまんな」
屁理屈ばっかり言わないでください……と半目を向けてくる朝宮だった。その様子が何だか面白くて、軽く笑ってしまう。
まるで普通の女の子のようだ──そう思ってから、普通の女の子なんだよなあと思い直す。
「人には色んな面があるってさっき言ってたけど、今の方がとっつきやすくて良いな、朝宮は」
「そうですか? まあ、男の人は、隙がある女の子の方が好きって言いますもんね」
「嫌な捉え方するなよな……」
「ふふっ、わたしのこと、好きになっちゃいそうですか?」
「な訳ねーだろ。つか、好きになったらダメって話だろうが」
俺はしょせん人避けだ。仮に好きになってしまったとしたら、その時はこの関係を終わらせなければならないだろう。
どこか事務的な関係と、抑えられない感情は一緒くたに出来ない。
まあ、今のところその予定はないのだが。
終わる時が来るとすれば、それは朝宮が俺を捨てる時だろう。
それも、そう遠くない日のことではあるのだろうなと思った。
「ところで揺日野くん」
「はいはい、今度は何?」
「わたし、前々から一つだけやってみたいことあったんです。試しても良いですか?」
「はぁ……どうぞ?」
随分と真剣な表情で言うものだから、思わず反射で促してしまった。
やばい! これでちゃぶ台返しとかされたらたまったもんじゃねぇぞ!
焦りのままに手を出せば、
「は、はい、あーん」
と、プルプル片手を震わせながら朝宮がスプーンを差し出してきた。
なるほど、そういう感じかー、と一人ごちる。
安堵より、前々からやりたかったことなんだそれ……という感想が先に来た。
「うっ、やっぱりだめ、ですか……?」
「や、別に良いけど。随分ピュアな恋愛観持ってるなと思って」
可愛らしいもんである。そう思いながらパクリといただいた。
うーん、俺の作った飯だな。普通に美味しい。
「えへへ、美味しいですか?」
「そういう台詞は、作った側が言うもんだと思うんだけど……」
「それもそうですね……それじゃあ、次はわたしが作ってあげますよ」
「次って……え? 何? 晩飯のこと言ってる? 泊まっていく気なの?」
「それも悪くないですけど、今日は準備がないので。また今度──そうですね、月曜とかどうでしょう?」
こてんと首を傾げながら朝宮が言う。平日は普通に学校だ、となればまあ、弁当ってことだろう。
まあ、それなら人避けとしての機能も果たせるだろうし、昼飯まで用意してくれるなら役得というものだ。
断る理由は無い。
「それじゃあ、お言葉に甘えるかな。好き嫌いはしないから、そこら辺は気にしなくて良いよ」
「ええ、それは知ってます。お任せくださいっ」
「知ってるんだ、どこ情報だよ……」
薄っすら怖くなってきた俺だった。
こいつの妙な俺に関する情報網は何なんだよ……。
軽く寒気を覚えたように身を震わせた俺の気持ちも知らず、朝宮は無垢な笑みを浮かべるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます