005 ノックダウンされたお姫様の真意。
「──ん、あれ? わたし……」
パチリと朝宮望愛は目を覚ます。真っ先に映り込んできたのは見知らぬ天井だった。
それから、少しだけの身じろぎで周りを確認する。
なるほど、本当に知らない部屋のベッドで寝かされているようだ──そこまで考えたところで、ハッ! と望愛は全てを思い出した。
「そ、そうでした、わたし、気絶させられて……!」
微妙に誤解を招きそうなことを呟きながら、望愛は身を起こし、そして再度停止した。
──揺日野紡という少年は一人暮らしだ。
そう、つまりこのベッドは彼のものと考えて間違いはないのである。
(揺日野くんの、ベッド……)
望愛は静かに、しかして思考を高速回転させる。
その末に辿り着いた結論──それは!
「揺日野くんのベッドを堪能できる、またとないチャンスですね」
ていやっ! と望愛は再びベッドへと倒れ込んだ。うん、うん、冷静になってみればこれは彼の匂いだ、と一人頷く。
かけられていたタオルなんかももう、顔を覆う勢いで被ってギュ~っと望愛は抱きしめた。
はた目から見れば実におかしな人であり、ワンチャン不審者かどうかというラインであるのだが、望愛は彼女という大義名分を取得している。
合法。これは合法だ。法には何ら抵触していない!
そも、気絶させたのもベッドに寝かせたのも揺日野くんなのだから、自分に一切の非は無いはずである。
完璧な理論武装を構築した望愛は、えへへとだらしない顔つきで枕へと顔を埋めた。
「プラン通りではありませんが、これは嬉しい誤算というものでしょう……!」
何ならもう最高です! なんてことを考える望愛の耳朶を、ポンポンポーンと連続する通知音が叩いた。
自身のスマホからである。
(そうでした、連絡するのを忘れていました!)
いそいそと取り出せば、今回の計画を一緒に立ててくれた友人たちからのメッセージが溜まっていた。
グループ画面を開く。
雪希:望愛、大丈夫? 上手くやれてる?
陽菜:ゆきちゃん心配しすぎ~
雪希:だって全然連絡ないじゃない……ハッ、もしかしてもう、ヤッてる……!?
陽菜:ん~、のあちゃんじゃ無理だと思うけどなあ
雪希:でも、相手は百人斬りの揺日野くんなのよ?
陽菜:噂に振り回されすぎ~
雪希:でも眉唾って証拠もないじゃない、心配だわ
陽菜:仮にそうだとしたら、それはそれでオールオッケーなんだけどねぇ
雪希:まあ、確かにそうなんだけれども……あの子、ちょっとえっちなイラストでも目を回しちゃうじゃない
陽菜:そうそう、だから多分、問題ないよ~。揺日野くんが、眠ってる女の子でもお構いなしって人じゃないなら、の話だけど~
雪希:怖いこと言わないでくれるかしら……
別クラスである為、学内で関わることはそう多くは無いが、放課後や休みの日等は一緒に過ごすことが多い二人である。
ふっと頬を緩めた望愛が、タタタッと文字を打ち込んだ。
望愛:ふふっ……揺日野くんのベッドにいます、今
雪希:!!!
陽菜:おぉ~、ヤッた?
望愛:……いえ、その、額にキスされたのですが、気絶してしまいまして。寝かされていました
望愛がそう、歯噛みしながら返せば、爆笑しているクマだったり猫だったりのスタンプが連打される。
くっ、こんなはずではなかったのに……!
改めて後悔しながらも、ムスッとしながら画面を見つめる。
陽菜:ピュアピュアだねぇ
雪希:ある意味安心ではあるけれどもね
陽菜:でもでも~、そんなんじゃ揺日野くんを落とすなんて夢のまた夢だよ~
「そう、なんですよねぇ……」
望愛がポツリと肯定の意を零す──そう、朝宮望愛は、揺日野紡という少年のことを好いている。
有り体に言ってしまえば、恋をしていた。
人避けになって欲しい? 好きにならないから良い? 恋人(仮)? そんなものは、彼に近づく建前に過ぎない。これは作戦の一環である。
その名も──ズバリ! 恋人(仮)から恋人(真)になっちゃおう作戦!
望愛に相談された、雪希と陽菜の二人が、どこからか仕入れてきた揺日野の情報を元に立てた作戦である。
もちろん、望愛は考えていない。こいつの恋愛偏差値は見ての通り3か4くらいしかないので当たり前である。
最も障害になるだろうと考えられていた、夜城加恋ともタイミング良く別れてくれたので、今のところかなり順風満帆であった。
流れは来てる。これは勝利の流れだ、間違いない。
出だしこそ少々躓いてしまったが、まだ好機は残っている。
焦ってはならない、落ち着いて、冷静に攻めれば問題ないはずだ。
朝宮望愛はここからが強い。
難攻不落(と、望愛の中で定評のある)揺日野も、時間をかければ攻略できるはずである。
「え、えへへ、それに今はわたしが一番だって、証明してくれましたし」
にへら、と朝宮は表情を崩す。気絶はしたものの、そうなる寸前までのことは鮮明に記憶に残っていた。
揺日野の匂いや、見た目以上にしっかりとした身体。
初めてあれほどの間近で聞いた声、自分を支えてくれた腕。
思い出すだけで体温がちょっと上がってしまいかねませんね、と望愛は頭を振った。
これ以上はヤバイ。また気絶してしまう。
「こんなところで満足していてはいけません、いずれは……ええ、いずれは揺日野くんの全部を貰って、わたしの全てを捧げるのですから」
目標は高く、そして必ず叶える。それが望愛のモットーだ。
これまで貫けなかったことはない──そして、これからも貫き続ける。
「必ずわたしのものにしてみせますよ、揺日野くん……!」
想い人の部屋で、そう小さく宣言する望愛だった。
──でも、今だけは。
「ちょっとだけ、あとちょっとだけですので……」
セーフセーフ、まだセーフ。望愛は自分に言い聞かせるように内心で唱えながらタオルに包まり、再度枕へと顔を埋めた。
──揺日野紡が、「そろそろ起きてくんねぇかな」と扉を開けるまで、後五秒。
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