004 しかして新・恋人(仮)の猛攻は可愛らしい。

 恋人と別れた次の日に、新しい恋人が出来た。

 一言に纏めてしまうと、どうしても奔放なやつに見えてしまうのだが、それは間違いであると頭ごなしに言えないのが辛いところであった。

 実情は大分……どころか、かなり違うんだけどな。


 恋人(仮)である。

 どこぞのゲームじゃねぇんだぞと言いたいところではあるが、事実その通りなのでどうしようもない。

 契約恋人とか言うと何かインモラルな雰囲気漂っちゃうし……。


 かといって、繋ぎの恋人かと言われれば、加恋はそうだが朝宮はまた違ってくる。

 だからやっぱり、恋人(仮)と言うのが一番口に馴染んだ。


 まあ、そのような仰々しい呼び方をしなくとも、都合の良い遊び相手という認識しかしていないのだが。

 加恋とだって、まあ基本的には仲の良い友人くらいの距離感で接していたことが多い──もちろん、恋人のように振舞ったことがないという訳ではないが。

 それが常態化していたのかと言われれば、そうでもない。

 だから、だから──


「何で俺はお前に押し倒されてるんだろうな、朝宮」

「……? 恋人とは、こういうことをするものではないのですか?」

「すげー偏った知識からの発言! エロ漫画で恋愛学んだのか?」


 恋人(仮)の契約が成立したのがつい先程のことであり、そのままソファに押し倒されるまで数秒も要さなかった。

 実にシームレスである。何だこれは?


「もうちょっとこう、さ。自分のこと大切にしてあげなよ……」

「ですが、契約としましては、わたしに出来ることは全てやらなければなりませんし」

「その条件でウキウキに身体差し出してくるタイプの女、初めて見たよ俺」


 見た目に反して貞操観念がガバガバだった。いや、仮にも恋人ではあるので、ガバガバではないのかもしれないのだが……。

 むしろ、在り方としては正しいのかもしれなかった。

 俺たちがまともに話すのは、これが初めてであるということを除けばの話ではあるが。


「そういうのはこう、ちゃんと段階を踏んだ先にあるものだろ。全段すっ飛ばして駆けあがってくんな」

「おや? 揺日野くん、意外と童貞っぽいんですね」

「超失礼! 直截的な言葉あんまり使うなよ、ビックリしちゃっただろ……」

「ふふっ、わたしが中身までお姫様らしい、純朴で可愛い女の子だと思っていましたか?」


 だとしたら的外れです、とニッコリしながら朝宮が言う。

 何というか、知らず知らずのうちに作り上げていた朝宮の偶像が破壊される音が聞こえた気がした。


「お前、意外と性格悪いのな」

「良い方ではあると思いますよ? ただ、多面性があるというだけのことです。誰だってそうでしょう?」

「そう言われたらそうですね、としか言えねぇよ俺は……」


 誰にだって色々な面があって、相手する人によって付け替えられるものだ。

 それに例外はない。あるいはもっともっと子供の頃は、例外であったかもしれないが。

 大人になるにつれて、例に倣ってそうなるものだ。万事そうであるように。


「そう、だからこれは、恋人にだけ──揺日野くんにだけ見せる一面なんです。そう思ったら、興奮してきませんか?」

「いや言い方、言い方が生々しすぎるでしょう? ちょっと肯定しづらいだろうが……」

「素直じゃないようで、素直な人ですね、揺日野君は……えいっ」


 掛け声と共に、重力に身を預けた朝宮がポフンと俺に圧し掛かる。

 人ひとり分にしてはあまりにも軽く、けれども確かな温かみがあった。

 朝宮の長い金髪がふわりと舞って、すげーいい匂いがする。


 何で女の子ってこんなにいい匂いする訳? 同じシャンプー使ってもそうはならなかったんだけど……。

 不思議でいっぱいだなあ等と現実逃避気味に考える俺の胸に、朝宮は軽く頬擦りをしていた。


「冷たい対応ばっかりするくせに、いっぱいドキドキしてますね? 揺日野くん」

「……あのな、朝宮くらい可愛い女子に引っ付かれたら、誰だって緊張するに決まってんだろ」

「経験豊富なのに?」

「それどこ情報だよ、全然豊富じゃねぇよ……!」


 そもそも、仲の良い女子だって加恋くらいなものである。え? 仲の良い男子? へへっ、いる訳ねぇだろ、言わせんなって。


「結構噂になっていますよ? 揺日野くんは毎日女漁りしてるって」

「何て悪質な噂なんだ……俺の尊厳、貶められすぎだろ」

「夜城さんとも良く一緒にいるから、というのが一番の理由な気はしますけどね」

「あ? あー……なるほどな」


 何度でも言うようだが、加恋はかなり奔放な人間だ。そりゃもう、多方面に、割と際限なく。

 つまりはそういうことなのだろう。


「ま、それなら必要経費だな」

「仕方のないことだ、と?」

「そんな噂を流す連中と仲良しこよししたくはないし、あんなんでも加恋は大切な……友人? まあ、幼馴染だしな。優先度はこっちのが高いよ」

「彼女のわたしよりも、ですか?」

「嫌な詰め方してくるねきみ……」


 仕事とわたし、どっちが大切なの! と詰められる旦那の気分ってのはこんな感じなのかもしれない。また一ついらん知識が増えてしまったな。


「生憎、俺は余所見が苦手な人間でな。てっぺんしか見てられないんだ」

「つまり?」

「つまり、今は朝宮しか見てないってことだ。俺は友達より、恋人を選べる人間であるつもりなんだ」


 言いながら身を起こす。小さく悲鳴を上げた朝宮を片腕で支えて、少しだけ引き寄せた。

 至近距離で目が合った朝宮に、軽く笑いかける。


「だから、これはその証明だ」


 ついでにさっきの意趣返しである──とは口に出さずに、何故かキュッと目を瞑った朝宮の額に口づけをした。


「へっ、え、はぇ……?」


 恐る恐るといった様子で目を開いた朝宮が、そんな小動物らしい声を震えながら発する。


「い、今、キ、ス……きゅう」


 それからせり上がるように、頬どころか顔を真っ赤に染めあげ、パタリと倒れてしまった。

 揺すってみても返事がない。

 こいつ、口の割に耐性が小学生以下じゃねぇか……!?


「えぇ、朝宮が一番ドキドキしてたんじゃん……」


 取り敢えず、ベッドにでも放り込んでおけばいいかなあ。

 どうせすぐに目は覚ますだろうし、土下座と共に昼飯でもお出しして、許してくれることを祈ろうと思った。



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