003 このようにして朝宮望愛は恋人(仮)となる。
「やっぱり浮気だと思います」
「なんて?」
「浮気だと思います!」
「何がだよ……」
開口一番、そのようなことを言い放ったのは当然ながら朝宮であった。
俺の部屋まで上がり込み、ソファに腰を下ろしてようやく放った一言がこれである。
「わたしという彼女がありながら、幼馴染とはいえ他の女性と二人で、しかも密室で出会うのはやはり浮気だと思うのです」
「それに関しちゃもう許可済みだろうが……朝宮だって、二つ返事で了承してたろ」
「それは……そうですが! でもですよ!? 冷静になって考えても見れば、これは彼女と言う立場としては拙いのでは思い直しまして──」
「まあ、確かにそれは」
一理ある。俺だって逆の立場になれば、浮気を疑うこと間違いなしである。
とはいえそれは本当に、付き合っている相手がいるのであれば、の話であるが。
つまるところ──
「俺たち、そもそも付き合ってないだろ……」
そう、付き合っていないのである。
先日受けた告白の返事は、普通に保留とさせてもらっていた。
「いいえ、揺日野さんは必ずイエスと言いますよ。わたしが言わせますので」
「何て根拠のない謎の自信なんだ……恐怖すら覚えてきたんだけど」
「ふふっ、大丈夫。怖いことはありませんよ」
ニコリと笑う朝宮だった。参ったな、一ミリも恐怖が薄れない。
むしろこれから何を告げられるのかが全く予想できず、恐怖は高まるばかりであった──そう、付き合ってもいない女子を家に招いたのには、当然ながら理由があった。
それはつまり、先日の告白がただの好意から発生したものではないということを意味する。
「そう難しい話じゃないですよ、それこそ……えぇと、繋ぎの恋人? でしたか。をやっていた揺日野さんには、馴染みがある話だと思います」
「そこで馴染み深さが発揮されることってあるんだ」
「ええ、わたしもビックリです。でも、だからこそ都合が良いとも言えるのですが」
回りくどい言い方をするな、と思う。
残念ながら察しの良い方ではない俺が、無言のまま続きを促せば朝宮は、「こほん」と一息入れた。
「端的に言うと、揺日野くんにはわたしの『人避け』になって欲しいんです」
「人避け?」
「はい。言うなれば、揺日野くんと夜城さんの関係と、似たような関係になって欲しい……と言えば、分かりやすいでしょうか」
「……なるほど、お姫様でも人疲れするって訳ね」
「あはは、わたしも人間ですから」
申し訳なさそうに苦笑いする朝宮。要するに、そういうことなのだろう。
彼女の周りには常に人がいる、それは裏を返せば、一人で休まる時間が無いということに他ならない。
まあ、学校なんて多少の差はあれども、そういうものだとは思うが、朝宮の場合は別格だ。
学年問わずに人が寄ってくる。
俺達は勝手に、朝宮を姫様か何かのように扱ってはいたが、当然ながら同じ人間であるのだから、気疲れだってするだろう。
表面上だけだとしても、恋人がいれば多少は楽になると考えたのかもしれない。まあ、いざとなったら強引に連れ出しても許される訳だしな。
「もちろん、人避けしてもらっている間は、わたしに出来ることは何でもするつもりです。常識の範囲内で、ですけどね」
「女子高生が軽々にそういうこと言うんじゃねぇよ……」
思わず心配してしまった。大丈夫? 俺達、ただのクラスメイトってだけで、そこまで信頼がおける仲ではないと思うんだけどな。
どうにも朝宮望愛と言う少女は、そこそこ刹那的に生きているらしいということを、肌で実感させられてしまった瞬間だった。
「……そういうことなら、もっと適任がいるんじゃないのか? それこそ、朝宮の周りにはたくさん人がいる訳だし、選り取り見取りだろ」
「まあ、そうですね。確かにいつも教室の隅にいて、休み時間となれば寝た振りかスマホを触っているか、読書しているかだし、授業で当てられたら妙に声が小さく、そのくせ一人で本を読みながら時折不気味に笑っている揺日野くんに頼むメリットは、一見ありません」
「あの、ちょっと? 別に俺を傷つけろって言いたかった訳じゃないんだけど? ねぇ……」
「でも、揺日野くんが良いんです。だって、揺日野くんはわたしのことを、絶対に好きにはならないでしょう?」
だから良いんです、と朝宮は小さく笑う。
その点にしか価値は無いが、逆説的にその一点だけが、朝宮にとっては何よりも価値があるのだと、端的にそう言っていた。ので、深々と溜息を吐いた。
「それにほら、揺日野くんなら仮にクラスメイトから嫉妬で嫌われたとしても、何とも思わないでしょうし」
「お前は俺を何だと思ってるんだよ……流石に傷ついちゃうに決まってんだろ」
「大丈夫、傷ついてもわたしがいますよっ」
「何それで釣り合うでしょ? みたいな顔してんだよ……」
とんでもないことをニコニコと言い出す女であった。
誰だよこいつをお姫様とか言い出したやつ、どっちかって言うと悪役令嬢だろこれ。
しかしまあ、朝宮の言っていることは然程ズレてはいなかった。
少なくとも今の俺が朝宮を好きになることはないだろうし、クラスメイトからハブされたところで慣れているというものだ。
ただ、あまりにもその言い分が加恋のそれと同じでかなり微妙な顔になってしまった。
あいつも当時、似たようなこと言いながら話を持ち掛けてきたんだよな……。
女って皆こういうものなのだろうか……。
「あ、ダメですよ、揺日野くん。女の子といる時に、他の女の子のこと考えちゃ」
「いやこえーよ、何? エスパー?」
「女の子は皆、顔を見れば分かるんですよ──それより、どうですか?」
改めて投げかけられた問いに、「ふむ」と少し考えた。
ハッキリと言えば、断る理由は特にない。
純粋に遊び相手が減って、暇な時間が増えたタイミングでもあるし、適度に互いを利用して良いというのなら、特に乗らない理由も存在しなかった。
「まあ良いよ。ちょうど加恋にも恋人が出来たところだったし、俺も恋人作れって煽られたばっかりだしな」
そう答えれば、パァァ、と喜色全開にした朝宮が、静かに傍にすり寄ってくる。
細く、小さく、白い手が俺の頬へと触れた。
「それじゃあ、よろしくお願いします。わたしの恋人さん。ちゃんと私を守ってくださいね?」
「恋人っつーか、恋人(仮)だけどな」
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