002 夜城加恋は自由気儘な幼馴染系美少女である。

「ねぇ、つむぎん。めっちゃ面白いこと言っても良い?」


 とある休日。午前、俺の部屋。加恋かれんがニマニマとしながらそう言った。

 嫌だなあという思い込めて無視をすれば、それを肯定と捉えたのか加恋がすり寄ってくる。


「私、彼氏できたわ」

「またかよ……はえーな、おい。この前別れたの、一週間前とかじゃなかった?」

「恋多き年頃でごめーんね☆」

「うぜぇ……」


 ばちこーんっ☆とウィンクした加恋が、「見て見て聞いてっ」とスマホの画面を見せつけてきた。

 そこに映っているのはやたらと楽しそうな加恋と、見覚えのない男子生徒だった。

 クラスメイトではなさそうだ。


「これね、一年の後輩クン。中学の頃からの付き合いなんだけどさあ、この前彼氏と別れたって話をしたら告白されちゃって! あまりの勢いの良さに負けてOKしちゃった☆」

「次の犠牲者は後輩かあ……南無」

「犠牲者って言い方なくない!? 私は恋してるよ、真剣に」

「はいはい、それこの前も聞いたわ」


 何ならその前も、そのまた前にも聞いている。こいつとつるむようになってから、何回聞いたか分かったものではない。

 お前、誰かと付き合う度に言ってんぞ。


「で、まあ、そういう訳だからさ」

「分かってるっての、契約解消な」

「そーゆーこと! いやあ、悪いねぇ。いつもいつも」

「そう思ってんならいい加減、一か月くらい同じ人と付き合ってみせろ……」


 えへへっ、と笑ってごまかす加恋だった──そう、契約。

 俺と加恋……夜城加恋やじょうかれんは、とある条件のもとに付き合っているカップルだ。条件は以下の通り。


 1.両方ともに恋人がいない場合、付き合うものとする。

 2.片方に恋人が出来た場合、この契約は破棄されるものとする。


 まあざっくりこんな感じの、如何にも頭悪そうなものである。

 当然ではあるが、俺が考えたものではない。加恋が考案したものであり、一年時の夏、持ち掛けられたものだ。


 簡単に言ってしまうと、加恋は女子ウケが悪いタイプの女子である。それゆえに男子と仲良くすることが多く、男好きというのも相まって誰かと付き合うことが非常に多い。

 しかし、この通り加恋は恋心が熱しやすく冷めやすい人間なのであった。


 つまるところ、二週間以内の破局率が100%の女であった。

 でも別れている間は寂しい。なら寂しさを常に埋めてくれる相手がいれば良いのでは? という、実に短絡的な思考の末に生み出されたのがこの契約だった。


 持ち掛けられたのが俺なのは、ひとえに俺と加恋が幼馴染であるからだろう。

 ついでに俺には親しい女子が他に存在せず、いつでも戻って来れるというのも含まれているに違いない。


 まあ、どちらにとっても都合のいい女/男である為の契約みたいなものだ。

 本命までの繋ぎの恋人、と言い換えても問題はないだろう。


「今度の後輩くんは、どういうタイプなんだ? 見た感じ、大人しめではありそうだけど」

「そうね……ズバリ! 陰キャだけど一途で献身的で、私のことを第一に考えてくれる背伸びっ子……かな!」

「それ、陰キャじゃないのか?」

「おっと、本物の陰キャさんは揚げ足取りが上手だねぇ」

「喧しすぎる……」


 本当に喧しかった。俺が陰キャなのは本当にもう、全く以てその通りなので何も言い返すことが出来ないのが難点だな。


 反面、加恋は見た目からして受け取れる印象そのままのような陽キャである。

 明るく染められた茶髪(コロコロと色は変わるが、基本的に茶髪だ)に、茶色の瞳(これまたカラコンでコロコロと変わる。一時期は日替わりだった)。

 出るところは出ており、引っ込むところは引っ込んでいる健康体で、服装は露出が高めのものが多く、アクセサリーは適度に付けている。


 全身陽キャ人間って感じだよ、もう。

 近くにいたら眩しすぎて浄化されんじゃないのって思う時あるからね。


「趣味はゲームって言ってたから、微妙につむぎんとは気が合わないかもね」

「まあ俺、ゲーム下手だからな……」

「つむぎんのゲームスキル、絶望的だもんねぇ。マリカーで逆走し始めた時は呆然としちゃったもん」

「うるせ、俺はアレだ。古式ゆかしい文学少年なんだよ」

「最近は漫画ばっかり呼んでるのに?」

「…………ぐう」


 顔面が腫れ上がるくらいの勢いでボコボコに論破されてしまい、思わずぐうの音が出てしまった。

 こいつ、いつの間にここまでの話術を……! と思ったが、前から大体こんな感じだったなと思い直した。

 普通に俺より成績良いからね、加恋。


「っつっても、加恋だって別にゲームが得意って訳じゃないだろ。根っからのアウトドア派じゃん」

「そこはほら、臨機応変に対応するというか? そもそもつむぎんに付き合えてるんだから余裕だよ」

「ま、それもそうか」


 付き合っているとは言え、俺と加恋のそれは実にドライなものだ。

 デートプランは交代交代で考えてはいるが、俺の提案するのが常にお家デートなので、流石の加恋も慣れているだろう。

 たまーに外に出た過ぎてうずうずした加恋に引きずられることもあるが、まあそのくらいだ。

 俺のお陰でハイブリッドな女になれたのだと感謝して欲しいな。


「恩着せがましー……まあ、つむぎんのお陰と言えなくもないけど、ほとんど私の努力でしょ」

「ばっかお前、努力するにはきっかけが大切なんだよ。その点を鑑みれば、やはり俺の功績と言っても過言ではない」

「めっちゃ過言だよ……それはそれとして、感謝はしてるけどね」


 だから、これはサービス。

 そう言った加恋が、俺の頬にキスをした。

 軽いリップ音。仄かに感じる体温。柑橘系の甘い匂い。


「しょっぱいサービスだな……」

「あっはは、だって私、もう彼氏持ちだよ? 元カレにこれ以上のサービスは罪でしょ、裏切りは良くないからねっ」

「まあ、そりゃそうなんだけど」


 とはいえ、頬にキスの時点で律儀とか誠実だとかはちょっと当てはまらない気もするのだが。

 色々と奔放な女である。これでもかなり自制を利かしている方であることを、経験的にもう分かっていた。


 あと、いつものことだし。

 こいつ、誰かと付き合う度にこれやるんだよな。

 もう飽きたんだけど、このサービス……。


「さてと、それじゃあやることはやったし、言うべきことも言ったし、帰るかな」

「送っていくか?」

「んーん、いらなーい。まだ夕方だしね」

「そか。それじゃあバイバイ、少なくとも一か月は来て欲しくないところだな」

「それは私の台詞だっての! つむぎんこそ、一人くらい彼女作ってみなよ! ま、無理だろうけど~!」


 ばーんっ、と扉を閉めて加恋は去って行く。

 ……いや本当、マジで面倒なことになる気がするから、本気で長続きして欲しい。

 そんなことを考えながらスマホを手に取った。

 新しく追加されたばかりの”友だち”を選択し、OK! と書かれた看板を持ち上げたクマのスタンプを送る。


 そうしてソファに寝転がること十数分。

 再び鳴らされたインターフォンに応じて扉を開けば、我がクラスのお姫様。朝宮望愛がニコニコとした様子で現れたのだった。

 

 

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