第89話 本陣襲撃
岩櫃城の上杉憲政は降伏勧告に応じる事なく籠城を続けていた。柴田勝家は城攻めと降伏勧告を並行して行っていたが、のらりくらり躱そうとする憲政側の態度に腹を立て降伏勧告を止めて城攻めに注力する事にした。それから数日後に信行率いる部隊が本陣に到着した。
「治部大輔様、お待ちしておりました」
「上杉は舐めた態度を取っているらしいね」
「はい。何を根拠にそのような態度を取っているのか全く分かりません」
「館林城が落ちた事は伝わっているのか?」
「おそらく伝わっていないと思われます」
「それなら足利藤氏に勧告させてみるか」
「大丈夫ですか?」
「馬鹿な真似をすれば上杉共々消えてもらうだけだ」
「分かりました。そのように段取り致します」
勝家は藤氏の身柄が本陣に到着次第、再度降伏勧告を行う方向で準備を始めた。その際は前田利家が監視を兼ねて藤氏に同行、藤氏や憲政が不審な動きを見せた場合はそのまま城内に捨て置けと追加の指示を出した。
*****
「足利藤氏と申します」
「織田治部大輔信行である」
「既にお聞きされていると思われますが、某の首で館林城の将兵を助けて頂きたい」
「御上の意に背いた貴殿の首に何の価値もない」
「…」
「貴殿の首を取ったところで忠高や長政は帰ってこない」
「根切りされると?」
「そうだな。そこまでしなければ私の怒りは収まらない」
「何卒、何卒!」
「幕府再興など出来もしない事に踊らされた連中を助ける義理は無い」
「それは…」
「罪を自覚した事に免じて機会を与えてやる。命を懸けて上杉憲政を説得しろ。その結果で沙汰を改める事も考えてやろう」
「分かりました。全力を尽くします!」
明智光秀や塙直政から怒りに任せて早まった真似をすれば遺恨を残す事になると諫言されていた事もあり、信行は冷静に対応していたが怒りを抑えている事は誰が見ても明らかだった。藤氏は自身の動き一つで館林城に残されている者の運命が決まるとあって悲壮感が漂っていた。
「上杉は説得に応じるでしょうか?」
「何とも言えないね。どう足掻いても勝てない状況下で降伏しないのは裏で何かを画策しているか余程の馬鹿のどちらかだよ」
「馬鹿で関東管領が務まるとは思えません。となれば何かを画策していると考えるべきです」
「宇都宮と那須が蜂起して館林を攻める?」
「十分考えられますが、酒井殿と石川殿が後れを取るのは有り得ないでしょう」
「里見と北条が手打ちして上野に侵攻するのは?」
「それは無いでしょう。関東平野の支配権を争っている最中に手打ち出来る条件は皆無と言って良いのでは?」
光秀と直政を交えた三人で憲政の考えを推測してみたが、これといった結論が出ないまま時間だけが過ぎて行った。
「治部大輔様、宜しいでしょうか?」
「利益、どうした?」
「本陣周辺に忍の姿がチラホラと」
「服部党ではないのか?」
「動きが明らかに異なります」
「どこの忍だ?」
「おそらく風魔」
「北条が動いたのか?」
「北条が関与しているかは分かりません。しかし我々に対して何かを企んでいるのは間違いありません」
「まさかとは思うが、暗殺?」
「風魔なら十分に考えられます。連中は荒事に慣れているので相討ち覚悟で動く可能性は十分にあり得ます」
「服部党は居るか?」
「はい」
「直ぐに警護の段取りを行え。風魔に気取られるな」
「承知致しました」
「利益、私の警護を頼めるか?」
「お任せ下さい」
滝川利益の報告から岩櫃城を包囲する織田勢の動きが若干慌ただしくなった。風魔もその動きを察知していたが、指揮を執る光秀が夜襲に警戒するようにと各所に指示を出しているのを見て、付近に服部党の姿が無い事から行動に影響なしと判断して気に留めなかった。
*****
その日の夜更けに信行が居る織田勢本陣に潜入する忍の姿があった。忍は監視の目を潜り抜けて信行の寝所前に到達した。寝所に入ろうとした途端、気配を感じて後方に飛び退いた。その視線の先に刀を手に持つ利益の姿があった。
「…」
「風魔が何の用で姿を見せた?」
「…」
「答える気は無いか。聞かなくても分かっているが」
「何者だ?」
「滝川利益」
「滝川…、甲賀の一党か」
「如何にも。貴殿も名乗ったらどうだ?」
「…」
「言いたくないなら言わなくて良い。風魔小太郎」
「…」
「目的は治部大輔様の暗殺だな」
「そうだとしたら?」
「身を挺して阻止するまでだ」
小太郎は利益に斬り掛かったが相手にならず逆に押し込まれた。一歩間違えれば自身の命が危険に晒される状況下で小太郎は笑みを浮かべた。しかし利益の表情が全く変わらないのを見て不安に駆られた。
「お前が私を引き付けている間に襲わせる考えだろう」
「貴様…」
「お前も忍なら私もまた忍だ。お前の考えはお見通しだ」
「しくじったか」
その直後、寝所から叫び声が聞こえた。声を聞いた小太郎が舌打ちして後方に下がると寝所の中から信行と武士が姿を見せた。武士は利益麾下の上忍で信行の傍で予め襲撃に備えていた。侵入してきた風魔の忍は信行を目の前にして武士の手で斬り殺されていた。
「風魔小太郎、どうする?」
「…」
「降伏するか、退くか、自死するか。好きにしろ」
「今回は退かせてもらう。今回の件、北条は無関係だ」
「治部大輔様に伝えておく」
「御免!」
小太郎は足早に本陣から姿を消した。罠があると考えていた利益は後追いするなと配下に命じたので誰一人後を追う事なく小太郎の後ろ姿を見送るだけに留めた。
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