第88話 思わぬ降伏

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上野に入った信行は上杉憲政の居城である岩櫃城に向かった。岩櫃城に到着すると柴田勝家と前田利家に出迎えられた。岩櫃城・箕輪城・館林城への攻撃は既に始まっており、館林城に至っては落城間近であるとの知らせが届いていた。


「忠次と数正なら安心して任せておける」

「北条の動きが気になりますが」

「盛次に命じて相模を攻めるフリをさせている。それに里見が息を吹き返しているから北条もそれらの対応で首が回っていない筈だ」

「武蔵の半分を奪い返したと聞いております」


上野の攻略を終えた後は長尾が北から、織田が西から関東平野に攻め込んで足利藤氏に味方している勢力全て根切りにする。どっち付かずの北条も足利藤氏に与する勢力として関東諸勢力と同様の対応を取るという噂を流している。


「里見も北条も関東平野の支配権を確立して我々に対抗する考えでしょうが」

「三城とも保って一ヶ月と見ている。その間に関東平野の制圧をするのは不可能だよ」

「確かに」

「上野が制圧された後、連中がどのような動きをするか楽しみだ。今さら頭を下げて来たところで許すつもりは一切ない」

「今は足利・上杉・長野を潰す事に集中しなければなりません」

「そうだね。まあ奴等が降伏する事はないと思うが、万が一の時は岩櫃まで連れて来るようにと指示を出してくれ」


*****


「館林城から軍使が来ただと?」

「はい。白旗を揚げております」

「降伏するつもりだな」

「数正、受け入れるつもりか?」

「受け入れる事はないが、取り敢えず停戦しなければならない」

「…」

「忠次、お前の気持ちは理解しているつもりだが、大将が命令に従わなければ賊軍と変わらないぞ」

「分かっているが…」

「今は抑えてくれ」


館林城を攻めている酒井忠次と石川数正の本陣に足利藤氏の軍使が訪れた。忠次は会う必要なしと追い返そうとしたが、信行の面子を潰す事になるぞと数正から窘められて渋々会う事にした。


「足利藤氏様は全面降伏すると仰せです」

「それで?」

「それでと申されますと…」

「代理を立てるなど舐めているのか?」

「降伏するなら本人が来て頭を下げるのが筋ではありませんか?」

「御館様は体調を崩して寝込んで」

「言っておくが我々は認める気はないぞ」

「どういう意味でしょうか?」

「躑躅ヶ崎で上杉憲政に同輩を皆殺しにされている」

「そ、それは上杉憲政殿がやった事で」

「上杉がやった事だと?命令したのは足利藤氏だろうが」

「知らぬ存ぜぬが罷り通ると思ったら大間違

いですな」

「上杉憲政が提案した事を認めただけで」

「例えそうであったとしても足利藤氏が指示を出した事になるでしょう」

「そこを曲げて」

「同郷の友を殺されているのだぞ。降伏など認めれるか!」

「落ち着け、忠次。軍使殿、そういう事だ。足利藤氏殿によく考えられよと伝えて頂けるか?」


*****


軍使が訪れた次の日、足利藤氏は家臣数名と共に織田勢本陣を訪れた。正装で武器を持たず丸腰で降伏する意志を表していたが、忠次と数正は冷ややかな視線を送っていた。


「足利藤氏と申します」

「酒井忠次である」

「石川数正と申す」

「足利殿は何の用で参られた?」

「降伏致します」

「それだけか?」

「それだけ?」

「貴様が忠高と長政、それに多くの仲間から命を奪った。その始末はどう付ける!」

「…」

「何とか言ったら」

「忠次、よせ!」


忠次は刀に手を掛けようとしたので数正は身を挺してそれを止めさせた。降伏した場合の処分も一任されていたら数正でもその場で首を刎ねていたが何とか押し留まった。


「わ、私の首を差し出します」

「足利藤氏殿、貴殿の首を差し出して済む問題ではないのだ」

「…」

「治部大輔様に直接弁明されよ。私が言えるのはそれだけだ」

「家族はどうなるのですか?」

「分からないのが事実だ」

「…」


数正の話を聞いて藤氏は愕然とした。己の首一つで済まないとなれば根切りされる事になる。二人が居る場所に案内されている最中、敵は全て根切りだと聞いていたが間違いなのかという声が織田の将兵から出ていた。


上杉と長野の甘言に惑わされて取り返しの付かない事を仕出かしたと藤氏は後悔していたが後の祭りである。数正麾下の将兵によって岩櫃城に送られた藤氏の目は生気を失い死人のようであった。

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