第81話 景虎の決断
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長尾景虎から上杉憲政の計画を聞いた明智秀満は急いで駿府に戻った。
「強気だった理由はそれか…」
秀満からの報告を聞いた信行は舌打ちした。
「しかし幕府を再興したところで付いて来る者は居るのでしょうか?」
「木下様、残念ながら東国は幕府の権威が根強く残っているのです」
話を聞いて首を捻る秀吉に秀満が事情を説明した。
東国は古くから朝廷の指示に従わず独自路線を歩む勢力が多かった。
しかし源頼朝が東国武士の力を後ろ盾にして鎌倉に幕府を開いてからその風潮は変化して幕府の方針に従うようになった。
朝廷の指示で鎌倉幕府を滅ぼした足利尊氏は京都に幕府を開いたが、東国を重要視していた尊氏は四男基氏を鎌倉公方として纏め役を担わせた。
五代目に当たる成氏の時に鎌倉から下総の古河に拠点を移して古河公方と名乗り今に至っている。
「下総が里見と北条の係争地になった事で足利義氏他国に移らざるを得ない状況になっているのに目を付けたのでは?」
「北条の力を削いだ事が里見と上杉の増長を招くとは思いもしなかったよ」
「何らかの手を打たなければ厄介な事になります」
「内府殿と兄上に頼んで朝廷を動かそう」
内大臣北畠晴具と大納言織田信長を通じて上杉憲政による幕府再興計画がある事を朝廷に伝えて足利家が関与する統治機構の存在を一切認めないとする勅命を出してもらう為に京都へ使者を向かわる事を決めた。
「治部卿様、里見と北条に情報を送って争わせましょう」
「情報?」
「里見には古河公方が上杉を率いて里見討伐に向かい、北条には古河公方が上杉を率いて北条討伐に向かうという内容です」
光秀は急場凌ぎになるが、足利と上杉・里見・北条を互いに争わせる策を提案した。
「里見はともかく北条は引っ掛からないだろうね」
北条は忍を抱えているので調べれば直ぐに偽情報だと明らかになる事を信行は指摘した。
「付け焼き刃的な策ですがやらないよりはマシだと思います。里見が動けば北条も動かざるを得ないでしょう。一時は武蔵撤退寸前まで追い込まれていますので動かなければ地侍など協力者の離反を招く事になります」
「どうせなら古河公方と関東管領に味方する者は悉く朝敵と見なすという勅命も要請しよう。これに関しては時期を少しだけ遅らせる」
「古河公方と関東管領だけでなく、里見と北条も朝敵にするのですか?」
「その通り。その方が我々も動きやすいからね。朝敵に手を貸す勢力が居ればそこも朝敵にされるから誰も手を貸さず見ているだけになる。その間に相模と伊豆に攻め込む準備を整える」
「なるほど」
信行の答えを聞いた秀吉は合戦の準備で忙しくなるぞと気を引き締めた。
*****
信長は北畠晴具の屋敷を訪ねて信行からの手紙を見せた。
「治部は東で上手くやっているようだな」
「今回は流石にやり過ぎだと思いましたが」
「そう言うな大納言」
晴具は信行の事を気に入っているので余程の事が無ければ肩を持つ。
「北条の勢いを削ぐ為だとはいえ、朝廷に無理を願い出る結果に繋がりましたので」
信長は内府を通じて朝廷に勅命発布を願い出るなど走り回る事になるので少々不機嫌だった。
織田北畠連合を毛嫌いする公家も少なからず存在するの警戒しているが、今回の一件はその連中を勢い付かせる事に繋がると考えていた。
「奴等は集まったところで何も出来ん。何度も言っているが、御上の信頼が厚い大納言を陥れるような真似をすれば無事では済まない事は連中も理解している筈だ」
「内府様からそのように言って頂けると我々も助かります」
「朝廷と我々は持ちつ持たれつの関係だ。邪な気持ちを抱かず、役目を粛々とやっていれば安泰だ」
「話は変わりますが、長尾への対応はお考えですか?」
「謀反とも言える計画を察知した長尾景虎には何らかの礼をせねばならん」
「弟の話では権威を重視する御仁だと」
「それなら相応の官位を呈示するべきだな」
長尾景虎には兵部卿(正四位下)、宇佐美定満には兵部少輔(従五位下)が贈られる事が決まった。
幕府再興計画を察知した長尾家に対して正親町天皇は勅使を派遣する事で感謝の意を示す事にした。
*****
景虎は正親町天皇からの勅使を見送った後、定満を部屋に呼んだ。
「織田信行にしてやられたな」
「どういう意味です?」
「儂があの男を助けた事で官位が授けられた事だ」
「某も兵部少輔を授けられるとは思いもしませんでした」
「恩には恩で返す事で義理堅い事を儂に示した。それに官位を我等に授ける事で背後には朝廷が付いているから裏切るなよと喉元に刃を突き付けた」
「確かに。で、どうなされるつもりで?」
「織田北畠連合と手を組むしか道は無いだろう。我等が食糧難である事も既にお見通しで大量に援助してもらった」
越後は現代のように米の産地ではなく、青苧と呼ばれる植物栽培が盛んな地域だった。
慢性的な食料不足から景虎はその確保に追われていた。
秀吉からその情報を聞いた信行は信長に働きかけて織田領内から大量の食料を尾張から若狭を経由して海路で運び込んだ。
「織田が打算的な考えで動いていたとしても厚意を無にするわけにはいきませんな」
「本来なら儂が上洛して礼を言わねばならんが信濃の件があるからな。定満も春日山を見てもらわねばならん」
「となれば…、直江景綱か山崎秀仙に任せるのが最善でしょう」
「ならば秀仙に任せよう。軒猿に頼む事が多くなるから景綱は動かせん」
「直ぐに手配致しましょう」
定満から交渉内容について指示を受けた秀仙は海路で西へ向かった。
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