第82話 敗戦

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「長尾勢が北信濃に攻め込みました。武田晴信は葛尾城で迎え撃つ構えです」


長尾景虎は約束通り信濃に侵入した。

北信濃と甲斐を攻め取る為に自ら大軍を率いての事だった。

武田晴信は透破を通じて情報を手に入れていたので北信濃の中心である葛尾城に入り、長尾勢を待ち構えていた。


「三河から利家が、遠江から勝家が北上する事が決まっている。既に動き出している筈だ」


三河は長篠の前田利家が、遠江は掛川の柴田勝家が準備を終えて待機していた。


「本多忠高と榊原長政にも指示を出します」


「二人には躑躅ヶ崎を狙う素振りをするように伝えてくれ」


光秀は国境に留まっている忠高と長政に対して甲斐侵入の指示を出した。

武田の本拠地である躑躅ヶ崎館を狙うフリをして武田勢の混乱を狙うものだった。


「これが終われば上杉討伐ですか?」


「そうなる可能性もある。長尾景虎に会って意見の摺り合わせをした方が良いだろう」


「確かに。上野に行くなら甲斐を抜ける必要が有りますので」


武田を潰した後は相模と伊豆を取りに行く予定だっが、足利と上杉が幕府再興を画策しているのを潰す為に上野へ向かう可能性が出て来た。

上野に向かう為には甲斐を経由するので景虎に許可を得る必要があった。


「今の間に道筋を調べておいては?」


「そうだね。服部党に街道を調査させておこう」


*****


関東管領上杉憲政は館林城を訪ねて古河公方足利藤氏と対面していた。

藤氏は古河城を北条に奪われた後、憲政に保護されて館林城を居城として使っていた。


「憲政、本当に大丈夫なのか?」


「お任せ下さい。準備は着々と進んでおります」


憲政は藤氏を擁立して関東の地に幕府を設ける計画を立てていた。

本家の足利義輝は朝廷の怒りを買って京都から追放され行方知れずになっている事から藤氏を擁立しても支障は無いと判断しての事である。


「甲斐の武田、下野の宇都宮、下総の里見からは協力を取り付けております」


「それなら良い」


憲政は藤氏の名前を使って幕府再興の協力を求める御内書を発行して関東の大名家にバラ撒いた。

近隣では武田・宇都宮・那須・里見・佐竹、その他にも東国の諸大名からも協力を取り付けた。


「里見が勢いを取り戻して武蔵の東半分を手に入れました。公方様が古河城に復帰される時期も近付いております」


「一時はどうなるかと思ったぞ」


「手を組んでいた織田に裏切られたのが理由だと里見義堯は話しておりました」


「また織田か。忌々しい連中だ」


本家を潰して幕府を崩壊させた上に協力者である里見を窮地に追いやった織田に対して藤氏は怒りを露わにしていた。


「織田は長尾と手を組み武田を潰そうとしております」


「何だと?」


「先日手を組まないかと持ち掛けられました」


憲政は明智秀満が訪ねた時の状況を藤氏に語った。


「舐めた真似をしてくれる」


「無理難題を吹っ掛けたので使者は駿河に逃げ帰りました」


「よくやってくれたが、このまま手を拱いているのは癪だな」


「その点については近々動きがあります」


長尾が信濃を攻める際に織田が甲斐に攻め込む手筈になっているのでその背後を奇襲して損害を与えて武田の援護を行う予定である事を伝えた。


「流石は憲政だ。上手く行けば駿河を攻める事も有り得るな」


「その通りです。駿河を取れば北条を挟撃する形になるので関東平野が公方様の手の中に」


憲政は岩櫃城に戻ると長野業政に命じて甲斐方面に向かわせた。


*****


躑躅ヶ崎館の近くに本陣を構えている本多忠高は甲斐西部に居る柴田勝家から伝言を受け取った。

忠高は巡視から戻った榊原長政を本陣に呼んで内容を説明した。


「柴田殿と前田殿は信濃に向かったぞ」


「長尾景虎の援護か?」


「それもあるが南信濃に向かっている浅井長政殿の援護が目的のようだ」


勝家と利家は諏訪で合流すると南信濃に進路を取った。

信行から武田攻めを知らされた尾張の秀孝は岩村城の浅井長政に福島城攻略を指示した。

長政は直ぐに北上を始めて二人が南信濃に入った時には福島城の攻撃を始めていた。


「長尾勢の話は聞いているか?」


「葛尾城を包囲して持久戦に持ち込むようだ」


「ちょっと待て。長尾は兵糧面で問題があると木下殿から聞いた事があるぞ」


「その通りなのだが、治部卿様が大納言様に頭を下げて大量の食糧を援助させたと聞いている」


景虎が武田と雌雄を決する決断をしたのも織田の援助があっての事である。

その代わりに越後の主要生産物である青苧を若狭経由で織田に安く譲っている。


「これが終われば北条攻めだな」


「母衣衆に居る倅が楽しみにしていたぞ」


「儂も出陣前に話をしたが地黄八幡と一騎討ちをしたいものだと大言を吐いていた」


忠高の嫡男忠勝と長政の次男康政(長男の清政は病弱で家督継承を拒否)は共に母衣衆の一員として武功を挙げている。

信行も目を掛けており、近い内に一軍を任されると噂されている。


「て、敵の奇襲です!」


「何だと?!」


「旗印は檜扇!」


憲政の指示で甲斐に向かっていた業政が横腹を突く形で攻撃を始めた。


「長野業政…、上杉か!」


「長政、対応出来るか?」


「任せろ」


長政は手勢を率いて長野勢の迎撃に向かった。


「本多隊は躑躅ヶ崎館からの攻撃に備える!」


「後方から敵襲!」


「馬鹿な?!」


「旗印は四割菱」


「武田が戻ったのか。それを検索している暇はない。よいか、ここから一歩も通すな!」


「「応!」」


本多隊を襲ったのは躑躅ヶ崎館に居たの武田義信だった。

義信は織田勢に包囲されていたが、透破の協力を得て時間を掛けて城から兵士をある程度脱出させた。

近隣土豪の協力を取り付けて奇襲部隊を編成した。

以前から連絡を取り合っていた業政と示し合わせた上で二方向からの攻撃を敢行した。


「このままでは拙いな。そこの二人!」


「「はっ」」


「お前は駿府に向かい御館様に伝えろ」


「承知!」


「お前は信濃に向かい柴田様に伝えろ」


「承知しました!」


「早く行け!」


二人は忠高に一礼すると馬に乗って戦場から脱出した。

その直後、本陣に武田勢が侵入した。


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