第79話 長尾家との交渉

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武田が再び活動を始めた。

木曽福島で敗れてから鳴りを潜めていたが、標的を変えて三河・遠江・駿河の国境で小競り合いを起こしていた。


「武田も懲りない奴だね」


「甲斐に攻め込む戦力は準備出来ますが…」


戦奉行の光秀は領内各地の戦力が記された大黒帳を捲りながら必要と思われる戦力を頭の中で弾いていた。


「甲斐を取ったところで旨味は無い。それに越後の長尾や上野の上杉と揉める可能性がある」


「それなら長尾や上杉と手を組んで圧力を掛けるのはどうでしょうか?」


信行と光秀が乗り気で無い事を察した秀吉が外交で抑止する提案を出した。


「長尾と上杉が動けば兵力をそちらに向ける必要があるのでチョッカイされなくなるでしょうが…」


「明智殿、駄目ですか?」


「上手い策であるのは間違いないのですが、幕府との繋がりがあった勢力なので我々を良いように思っていないでしょう」


「確かに…」


御上を悉く怒らせた幕府は半ば自滅した形だが、地域によっては織田が朝廷に手を回して幕府を崩壊に追い込んだと伝わっている所もあった。

幕府との関係が強い勢力から見れば織田家は敵視するべき存在だった。


「決裂を前提に交渉するのもありかもしれない」


「条件は?」


「甲斐及び北信濃に関して織田は一切関知しない。国境さえ侵さなければ何も言わない」


「それなら見込みは有ります」


「南信濃については秀孝の範疇になるから口出しは出来ない。長尾が持ち出したら那古野に行って交渉しろと言ってやれば良いだろう」


「尾張守様はどうされるでしょうか?」


「福島までは領有を主張すると思うけどね。岩村城の事があるから城を貰わないと割に合わないよ」


「確かに…。岩村城の再建に見合う物を貰わなければなりません」


光秀は苦笑しながら相槌を打った。

武田に内通して籠城した遠山家臣を炙り出す為に信行は新兵器の大筒を用いて本丸を破壊したからである。


「秀吉、交渉を任せて良いか?」


「お任せ下さい。武田に対する我々の姿勢を説明して参ります」


「服部党を護衛に付ける。駿河の商人に扮して行動すれば怪しまれないだろう」


「準備が終わり次第、越後に向かいます」


小商いの経験がある秀吉にとって商人に扮するのはお手のものだった。

服部党の中から商いの経験がある者を選ぶと自身も駿府に拠点を構える商家の関係者に扮して越後に向かった。


*****


越後に入った秀吉は商人のフリを止めて長尾景虎の本拠地である春日山城に正面から乗り込んだ。


「織田家臣、木下秀吉と申します」


「長尾景虎である。今日は何の用件で参られた?」


「武田に圧力を掛けて頂きたく」


「理由は?」


「我々は相模の北条と一線を交える準備をしておりますが、武田に邪魔をされまして遅々として進んでおりません」


信行が攻めるなら北条と言っていたのでそれを持ち出した。


「相模を取り北条に致命傷を与える算段か」


「その通りでございます」


「その後は?」


「房総の里見に喧嘩を売られましたので相手にする予定です」


「武蔵から下総を狙うのか?」


房総半島を拠点にしている里見を狙うなら相模から武蔵に出て下総へ攻め込むのが最善の手である。


「いえ。海より安房を目指します」


「里見を潰さんのか?」


「潰したところで旨味がありません。落とし前をつけさせて終わりです。領地を得ても飛び地になるので面倒なだけです」


領地云々ではなく落とし前をつけるだけに里見を攻めると言い切る秀吉と背後に居るであろう信行の事を面白い奴だと景虎は思った。


「武田は正当な理由なく北信濃の村上義清を攻めている。故あって助太刀するので武田には実質圧力を掛ける事になるが」


「織田は甲斐には手を出しません」


「好きにしろと?」


「はい」


武田が北信濃に兵力を向けた隙に甲斐を攻め取ると思っていたが手を出さないと断言したので景虎は戸惑いの表情を見せた。


「宇佐美、どう思う?」


「甲斐を取れば関東平野に進出する拠点が手にはいります。織田家には南から武田を攻めるフリをしてもらえれば」


「木下、やれるか?」


「治部卿に伝えまして必ず動くように致します」


秀吉はこれで役目を果たせたと安堵した。

上野の上杉は長尾との交渉が上手く行かない場合に話を持ち込むつもりだった。

長尾との交渉が上手く行けば手を出さない方向で考えていたので手間が省けた。


「我々も動くと言いたいところだが、一つだけ聞いておきたい事がある」


「何でしょうか?」


「織田は幕府を潰したのか?」


景虎は朝廷より幕府を重視していたので幕府崩壊に一枚噛んでいると思われている織田に疑念を抱いていた。


「御館様…」


「宇佐美、これだけは譲れん。木下、返答次第ではご破算にさせてもらう」


定満が窘めようとしたが景虎に制されて何も言えなかった。


「これをご覧下さい。長尾様が幕府の話をされた時にお渡しするようにと預かっておりました」


信行が書いた手紙を読んだ景虎は顔色を変えた。


「宇佐美、見てみよ」


「拝見致します」


「細川兵部大輔の手紙は出鱈目でしょうな」


細川藤孝は各地の有力大名に対して織田と北畠の陰謀で幕府は崩壊に追い込まれた旨を記した手紙を送っていた。


「やはり軒猿の調べた通りだったか」


藤孝の手紙を見た景虎は定満の助言に従って忍を京都に送り込んで真偽を調べさせていた。


「左大臣と右大臣が連署しているので間違いありませんな」


景虎が幕府を重んじている事を耳にしていた信行は幕府崩壊の経緯を文書にした上で京都の北畠具房に早馬を出して左大臣西園寺公朝と右大臣花山院家輔から副署を貰った。

それを秀吉に預けて幕府の話が出たら渡すように命じていた。


「疑って済まなかった。長尾は兵を出すと治部卿に伝えてくれ」


「ありがとうございます」


景虎から言質を得た秀吉は上野を後回しにして一旦駿河に戻った。

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